失業者も増え、生活支援手当の申請者も100万人に迫る勢い

世界中でまん延する新型コロナウイルス。英国では、チャールズ皇太子、ボリス・ジョンソン首相が相次いで感染。国民の間にコロナウイルスに対する恐怖が一気に高まった。3月23日に出された外出禁止令以降、「家にとどまれ」という政府の指示に従い、どの街も人通りが途絶え、ひっそりと静まりかえっている。経済活動がストップし景気が一気に冷え込む中、英国ではさまざまな経済支援策を打ち出している。今回は、その中でも「住まい」に関する状況を中心に報告していく。

英国では3月23日に発令された外出禁止令により、食料品スーパー、薬局、郵便局、銀行、公共交通機関など生活に必須な店・分野以外は休業している。「人の動き」も「物の流れ」も大幅に減り、景気は一気に冷え込んでいる。労働者の20人に1人は職を失い、3月後半に生活支援手当給付の申請をした人たちは、通常の10倍にあたる100万人近くになった(労働・年金省データ)。6月末までロックダウンが続くと、経済は35%収縮し、失業率は年初の3.9%から10%まで悪化すると予測(Office for Budget Responsibility 予算責任局)されている。

閉まっているカフェの窓には「試練の後には明るい希望がある」というメッセージを込めた虹の絵が。虹の絵はイタリアで始まり、米国やカナダに広まった模様(レスター市) © Yumi Ishikawa閉まっているカフェの窓には「試練の後には明るい希望がある」というメッセージを込めた虹の絵が。虹の絵はイタリアで始まり、米国やカナダに広まった模様(レスター市) © Yumi Ishikawa

企業支援のため3,300億ポンドを超える緊急対策を実施

このような中、ジョンソン首相は療養中の声明文で「国民が団結すれば、ウイルスに勝てる。今回の危機で証明されたのは、やっぱり『社会』は存在するってことだ」と述べた。これは1979年から90年まで保守党政権を率いたサッチャー首相の発言をもじったものだ。サッチャー女史は「社会なんてない。あるのは『個人』だけ」と述べ、自助努力、市場原理、個人主義に基づく政策を推し進めた。この流れをくんだ保守党政権は、過去10年間、緊縮財政を敷き、医療、福祉、公的扶助、公共サービスも削減。野党の労働党は政府のやり方を弱者切り捨てと批判してきた。ところがコロナウイルス危機に伴う緊急対策に、政府は労働党顔負けの巨額の公共支出を盛り込んだ。休業従業員給与の8割補填、銀行融資への政府保証、減税や助成金などで総額は3,300億ポンド(43兆円、1ポンド=130円で換算)を超える(3月17日付テレグラフ紙より)。労働党の政策公約を「ばらまき財政」とやゆしてきた保守党が自ら大型支出に踏み切ったのだ。

当初、ジョンソン首相は、十分な人数が新型コロナウイルスに感染して「集団免疫」を付けるという強気の方針で物議を醸した。その後、集団免疫シナリオでは少なくとも25万人が死亡するという予想を受け、他の欧州諸国よりも遅れて社会封鎖路線に変更した。しかし、ロックダウン宣言後のスピード感には目をみはるものがあった。3月25日に成立したコロナウイルス関連法には、住まいに関する具体的措置として、住宅ローン返済の猶予、家賃滞納の容認、家賃や住宅ローンの滞納による差し押さえの禁止などが含まれた。

住宅ローンの返済猶予、家賃滞納の猶予期間が延長になっても課題は山積

英国では全2,800万世帯の30%が住宅ローンを抱え、37%が借家に住んでいる(Office for National Statistics 国家統計局2018年のデータより)。すなわち、全世帯の7割近くが毎月、何らかの住居費を支払っているわけだ。近年、家賃も住宅ローン返済額も上昇し、いずれも全国平均は手取り収入の3分の1とされる。ただし、地域差が大きく、住宅価格がずば抜けて高いロンドンでは手取り収入に対する住宅ローン返済額の割合の平均は45%と、負担は極めて重い。しかも、英国人は日本人に比べると、貯金額が少ない。8人に1人は貯金ゼロで、3人に1人は2,000ポンド(日本円で約26万円)以下(Statista 2020年データより)である。 このため収入が途絶えると、多くの世帯でたちまち生活が立ち行かなくなる。

住宅ローン返済不能になった世帯の救済のため、政府は支払いを最長3ヶ月猶予するよう貸付機関に指示した。この期間中も利子は付くが、何も払わなくても家を差し押さえられる心配がなくなる。この措置の発表後、金融機関には1日あたり6万件余りの猶予申し込みが殺到した。3月25日からの2週間で新たに住宅ローン支払いを免除されたのは計120万世帯。その数は今後も増える見通しだ。

一方、賃貸を見てみると、英国では賃貸借契約を解消する場合、家主は2ヶ月前までに借家人に通告する必要がある。借家人の救済策として、3月末からの半年については、これを3ヶ月に延長することとなった。家賃が滞納されても、家主は解約通告をしてから3ヶ月待たないと裁判所に強制退去の申し立てができない。家賃の滞納分については、後払いの分納なり家賃の減額なり、借家人と家主の間で決めるようにということだが、前述のように貯金もなく、普段からぎりぎりの生活で家賃を捻出している借家人から全額回収できるケースは限られるだろう。このため家主側にかなりの損失が出ることが予想されている。一方、借家人からは「退去までの期間が1ヶ月延長されたくらいでは十分な保護とはいえない」との不満も出ている。

ブレクジットに加えコロナ禍で完全に動きが止まった英国の不動産業界

ロックダウンでは、不動産会社も店舗を閉めるよう指示された。電話とメールでのやり取りは可能だが、物件の内覧もストップし、住宅ローンを組むのに不可欠な専門家による現地調査もできない。引越しも原則的には見合わせるよう通達され、住宅市場は全く動きが止まってしまった。英国では10年間にわたる緊縮財政で、貧困層はいっそう困窮し、富裕層は資産を増やしてきた。多くの低所得者にとって持ち家は手の届かないものになってしまった。コロナ禍における政府の支出はこうした弱者切り捨てのつけを一度に払わされているようなものと見ることもできるかもしれない。

そもそも、ブレクジットによる影響が懸念されていた英国経済。そこへ突然やった来たコロナ禍である。英国では家の売買には数ヶ月かかるので、凍結状態に入ってしまった住宅市場が再び動き出すのは、早くとも秋以降になるだろう。2008年のリーマンショックでは住宅価格は16%急落したが、今回もかなりの低迷が予想されている。暖かな季節の訪れとは裏腹に英国の不動産業界には重苦しい空気が立ち込めている。

売却済みの看板が出ている家も実際に引越しできるのはいつになるか分からない(レスター市内) © Yumi Ishikawa売却済みの看板が出ている家も実際に引越しできるのはいつになるか分からない(レスター市内) © Yumi Ishikawa

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