国際的に活躍する建築家が調布に

調布に最近新しい動きがある。調布市富士見町に建築家・菅原大輔さんの事務所兼カフェ「FUJIMI LOUNGE(フジミラウンジ)」が2019年5月にできたのだ。

菅原さんは10カ国22都市のプロジェクトを担当し帰国後独立した。「物語る風景」をキーワードに、建築だけでなく、まちづくり、ブランディングから被災地支援に至るまで多岐にわたる活動をしている。
最近は「micro_public_network」という考え方を提唱し、全国で地域活性拠点群とこれをモビリティーなどでネットワークさせるまちづくりの活動も行っている。ローカルな仕事でグローバルな価値目指すその活動が評価され、国内外30以上の受賞実績がある。

そういう経歴なら青山あたりに事務所を開きそうなものだが、菅原さんは自宅と仕事場が近い方が好きであり、都心居住ではないため、地域とつながったライフスタイルをつくりたいという思いがあった。また、そもそも自宅を川崎市のマンションから調布市富士見町に引越したということもあって、事務所も同じ町内で開いたようだ。

元酒屋だった空き店舗をリノベーションして、2階が事務所、1階がカフェ、地下は「まちの工作室」(工具や材料サンプル、レーザープリンターなどが備らえれた工作室は、地域の人が、日曜大工や工作ワークショップなどに使用できる)とした。3階のベランダからの眺めは、深大寺(じんだいじ)などの緑豊かな景色が広がる。

まさにFUJIMI LOUNGEは、設計事務所の足元に設けられた調布の魅力ある点を結び合わせるmicro_public_networkの実証の場でもある。

調布駅北口富士見町にできた「FUJIMI LOUNGE」調布駅北口富士見町にできた「FUJIMI LOUNGE」

増える空き家を自転車でネットワーク

2019年11月には「空き家×カフェスタンプラリー」が開催された2019年11月には「空き家×カフェスタンプラリー」が開催された

深大寺は奈良時代、733年(天平5年)に創設された。東京都では浅草の浅草寺に次ぐ古いお寺である。国分寺崖線の崖面に建ち、境内に複数の湧水があり、湧水を利用した「不動の滝」は「東京の名湧水57選」に選定されている。釈迦堂に安置されている銅造釈迦如来倚像は関東地方には数少ない古代の仏像だという。もちろん門前町の深大寺そばも有名だ。

また調布は、「ゲゲゲの鬼太郎」の作者 水木しげるが生前住んでおり、朝ドラで「ゲゲゲの女房」が放送されたこともあって、全国に知られた。深大寺門前にも「鬼太郎茶屋」がある。

そういう中、近年、調布市でも空き家が目立ち始めた。
1960〜70年代にできた住宅が、代替わりの時代に入ったからだ。調布市では平成29年4月に都市整備部に空き家施策担当をもうけ、近年空き家の実態調査を行い、2038年には市内の空き家数が2万3,751棟、住宅総数の14%になると予測されている。それを踏まえて、2020年4月スタートする調布市空き家等対策計画の準備が進められている。

深大寺地区は観光・商業振興と連携した空き家活用を、富士見町はもともと子ども食堂、お祭りなどの地域活動が盛んなため、子どもや高齢者の居場所づくりなどの空き家活用の実現を目指し、昨年度,調布市が空き家利活用提案プロジェクトを立ち上げ、地域連携の取組みをはじめた。

ちょうどそこに菅原さんが来た。地元住民が、FUJIMI LOUNGEという新しいものができて、意欲的な建築家らしいという情報を市の空き家施策担当の松元さんに伝えると、早速菅原さんと市のコラボレーションが始まった。
11月には「空き家×カフェスタンプラリー」が開催された。「調布の魅力」をテーマに、調布にも増えてきたリノベーションによる空き家再生をした魅力的なカフェやフォトスポットなどを巡るスタンプラリーである。空き家関連の「トークセッション」や調布の魅力ある風景を撮影した「フォトコンテスト」も同時開催した。

空き家カフェ×スタンプラリーをやってみての感想として菅原さんは
「今回のイベントでは、シェアサイクルを利用することで、空き家カフェや観光地の回遊ルートをつくったことで、利用者からは、まちの見え方や移動の感覚が変わったという意見をもらった。空き家カフェ相互の間は徒歩だとかなりの距離があり、バス路線ではつながっていなかった。
しかし、シェアサイクルでネットワークされると、気軽に選択できる地域の社交場、あるいはワークプレイスとしての見ることができるようになった。地域に点在する空き家を交通や交流の拠点に改修、活用することで、まち全体の経済活動と日常生活をいきいきとさせる新しい社会インフラとなるポテンシャルを感じた。大規模再開発とは異なる、場所の風景を更新する都市開発の手法ともいえるでしょう」と語る。

京王線沿線の新しい動き

京王線仙川駅周辺は急速に変わってきた京王線仙川駅周辺は急速に変わってきた

調布市は京王線で新宿から20分弱。仙川駅周辺は近年安藤忠雄の設計した多目的ホール付きのビルや、猿田彦コーヒーなどの人気店もできるなど、商業・文化的に発展している。
沿線の下高井戸駅は古い商店や味に定評のある飲食店が多く、名画座の映画館もあるなどコアな人気がある。世田谷線に乗れば三軒茶屋に出られ、そこでまた田園都市線に乗り換えれば用賀にある世田谷美術館も行きやすい。

芦花公園駅は名前の通り徳富蘆花の自邸だった場所が自然と文化の感じられる公園になっているほか、世田谷文学館では毎回マンガ、SF小説、デザインなどまで分野を広げた意欲的な展示がされており、私もほぼ毎回観覧に行く。だから私は、今気に入って住んでいる西荻窪からあえて引越すならどこかと聞かれると下高井戸と答えることにしているほどである。

調布駅は鉄道の地下化をしたが、地上は高層ビルを建てる予定はなく、広場などとして整備していく計画らしい。シェアオフィスも増えており、在宅勤務、ノマドワーカーなども住みやすい環境が整ってきている。多摩川、野川も近く、歴史も自然も豊かであり、気分をリフレッシュする場所は多い。この気分をリフレッシュする場所が多いというところが郊外に住んで働くことの大きなメリットである。

駅前集中型から沿線型へ

従来型の再開発では、郊外の主要な特急停車駅などの駅前に大型のショッピングセンターをつくり、核テナントとして大手百貨店やスーパーが入居し、駅前でワンストップで何でも揃うというのが売り物だった。音楽ホールなどの文化施設もそうした駅に集中しがちだった。最近はそこにタワーマンションがセットになっている。
この種の開発は、首都圏では1970年代に、吉祥寺、柏、松戸、船橋、浦和などが先鞭を付けたと言えるが、それから40年以上経って、もはやその手法は時代遅れになっている。

まず買い物自体がネットで済ませられるようになった。ネット自体がワンストップで何でも買えるモールなのだ。
だから駅前にワンストップ型の商業施設が整備されても昔ほどメリットがない。最大公約数的な商品を並べた商業施設では、自分の欲しいものがない可能性も高いのだ。

これからは、ひとつの駅に商業・文化を集中させるよりも、沿線全体の各駅を個性的に開発していく時代であろう。美味い店と古い映画館のある下高井戸と文学館のある芦花公園と深大寺のある調布というようにである。
かつ、各駅でも駅前だけでなく、駅から離れたところだからこそできる、より個性的な店が散在していることが求められる。そうすることで、商業・文化・歴史や自然も全体に楽しめるようになり、沿線価値自体が上昇するのである。

調布に限らず、小金井でも、吉祥寺でも、国立でも、最近できたカフェやショップは、必ずしも駅周辺ではない。むしろ遠いところにできている。遠いところほど家賃が安く好きな店がつくれるから個性豊かになり、飲食店だと家賃ではなく料理そのものにお金をかけられるようになり必然的に美味しくなるようだ。
雑誌の街歩き特集を見ると、吉祥寺特集では駅前の店はほとんど取り上げられておらず、中道通りすらほとんど取り上げられていない。国立特集でも谷保駅周辺の店が多数紹介されている。

小田急線沿線もがんばり始めた

小田急線でも今までは沿線全体を盛り上げる施策は少なかったように思われるが、近年、下北沢駅の地下化に伴い、東北沢駅から世田谷代田駅までをひとつながりにしようとしているのは注目される。

下北沢から東北沢までは旧線路の上をウッドデッキの遊歩道にした。遊歩道上では演劇などのイベントが行われる。
下北沢駅の駅上には「シモキタエキウエ」という商業ゾーンがオープン。吉祥寺ハモニカ横丁で名を馳せた手塚一郎氏がここでも隈研吾事務所設計の飲食店「ゴリラ」を開業した。(トップの写真)

また下北沢駅地上の世田谷代田側には、ツバメアーキテクツ設計の木造の商店街 「BONUS TRACK」がつくられているが(2020年4月開業予定)、これは木造密集地域の商店街のよさを取り入れ、かつ低家賃で個人店を入れるように企画されている。下北沢らしいザワザワとした自由で、ちょっとアナーキーな雰囲気を新しい開発の中でも取り入れていこうというものであり、とても評価できる。

他にも保育園、宿泊施設など、いくつかのプロジェクトが進行中である。このような一連の施策により、東北沢から下北沢を経由して世田谷代田までの3駅間がひとつながりになる。そうなるとさらに代々木上原まで歩いちゃおうとか、梅ヶ丘まで散歩しようといった行動が誘発されるはずであり、それによりまた新しい店ができるなどして、沿線全体の魅力を向上させて行く可能性は高い。

下北沢駅上に建設中の木造商店街BONUS TRACKの模型(ツバメアーキテクツ)下北沢駅上に建設中の木造商店街BONUS TRACKの模型(ツバメアーキテクツ)

公開日: