特殊温泉として京都市内で初めて『温泉』の看板を掲げた船岡温泉
JR『京都』駅から車で約15分。昔ながらの商店街の風景が続く鞍馬口通沿いに、ひときわ目を惹く純和風の建物がある。巨大な石垣が積み上げられた立派な門構えで、庭の手入れも行き届いており、一見したところ高級料亭のような佇まいだが、奥には大きくそびえ立つ煙突が見えている。実はこの建物は、地元の人なら誰もが知っているという老舗銭湯『船岡温泉』。国の登録有形文化財にも指定されている貴重な建物だ。
少々意外な感じがするが、実は京都市内には昭和初期まで『温泉』と呼ばれる施設が無かったという。今でこそ、最新技術を使って掘削すれば日本国内のどこにでも温泉が出ると言われるものの、当時の技術ではせいぜい地下20m程度の掘削が限度だった。そこで、料理旅館を営んでいた初代が「なんとか京都に温泉をつくりたい」と思案し、日本初の電気風呂を導入。昭和7年に通産省から『特殊温泉』の認可を受けて、京都市内第一号の温泉『特殊船岡温泉』を開業した。
現在(※2018年3月現在)は、大人430円、中人150円、小人60円で気軽に入浴できる銭湯となっているが、庶民的な銭湯のイメージからは想像しがたい脱衣室や洗面室・浴場の豪華な造作が「あまりにも美しすぎる」と評判になっている。
戦争による観光客激減で旅館業を廃業、その後『銭湯』へ
▲船岡温泉三代目の大野義男さんは今も番台に立つ。84歳と思えぬ若々しさは温泉効果だろうか?「祖父、父、わたし…の間にうちの母も特殊温泉の免許を受けて仕事をしていましたから、地元の方からは“四代目”と呼ばれることもありますが、一応私が“三代目”です(笑)」と大野さん。もともと市役所に勤務していたが、祖父の遺志を受けて温泉を継ぐために昭和33年に離職したそうだ「もともとここは、大正12年に私の祖父が創業した料理旅館でした。旅館の隣にお風呂があって、観光客でよく賑わっていましたが、昭和16年12月の大東亜戦争の宣戦布告以降は状況が厳しくなったので、京都にもぜんぜんお客さんが来んようになりました。
旅館業は、旅行してくれる人がいなければ成り立ちませんし、もしお客さんが来てくれたとしても、当時は物不足から野菜も魚も足りなくて、出せる料理が無かったんですね。それで祖父は料理旅館の一時休業を決断して、終戦を待つことになったんです」(以下、「」内は大野さん談)
『船岡温泉』三代目の大野義男さんは、終戦当時まだ小学生だった。幸い京都市街は戦火を免れたため、祖父が建てた旅館の建物は被害を受けることなく、大正12年の竣工当時のままの姿で残すことができたという。
「しかし、昭和20年8月に終戦を迎えた後も、お客さんはなかなか戻ってきてくれませんでした。旅館の建物を遊ばせておいても仕方ないので、昭和22年から地元の人達も通える『銭湯』に変えて、営業を再開することになったんです」
名杉を扱う庭師だった祖父のこだわりが詰まった「美しすぎる銭湯」
『船岡温泉』の建物には、もともと鞍馬貴船の名杉の元方であり庭師としても活躍していた大野さんの祖父のこだわりが随所に詰まっている。
「祖父はとても美意識の高い人でね、子どもの頃からずっと祖父の自慢話を聞いていましたから、“この建物はおじいさんの大事なものなんだ”と思って育ちました。例えば、脱衣場の分厚いケヤキの格天井は、交互に木目を変えて配列されています。これだけの美しい木目が出る材料をいま集めようと思ったら大変なことで、職人さんからは“こんな天井はもう二度と造れない”と言われました。“鞍馬口通は鞍馬天狗にご縁があるから”と、天井に天狗を造ってもらったのもおそらく祖父の趣味だったと思います」
また、浴場や洗面室に貼られている色鮮やかなマジョリカタイルは、「1万円札を一枚ずつ壁に貼ってくようなもの」と言われるほどの高価なアイテムだったそうだ。1世紀近い時を経てもまったく色褪せず、欠けもしていない。補修する必要がないほど強く精巧にできているという。「ただ、改築をしたときにその価値を知らない工事業者の人に一部のタイルを割られてしまったのはとても残念でしたけどね…」と大野さん。
大正建築の美しさを残す意匠性と、ひとつひとつに贅を尽くした素材の数々。祖父自慢の“作品”の評判は人づてに広がり、(大野さんによると「突然役所の人たちがやってきて」)平成15年3月に国の有形文化財の登録を受けた。
バブル時代の「土地の有効利用」によって、京都も多くの美しい建物が消えた
こうして登録有形文化財となった『船岡温泉』だが、実は平成のバブル期に「取り壊し計画」が持ち上がったこともあったという。
「土地を有効利用したらどうですか?と言われて、ぜんぶ取り壊して300坪の敷地にビルを建てるように誘われたんです。地下を事務所にして、上を貸事務所にして、銭湯からビル経営に替えませんか?と。一瞬迷いましたが、そこで子どもの頃に聞いていた祖父の自慢話が思い浮かんで、“こんなん二度とできへん。だから取り壊すのはやめよう”と思い、お断りしました。
当時の鞍馬口通には、うちの他にも何軒か昔ながらの風情ある建物が残っていましたけど、あのバブルの頃にみんなビルに替わってしまったのが残念ですね。今改めて思うのは『土地の利用』と『建物の利用』は違うということ。
昭和の高度経済成長期や、平成のバブルのときに、京都市内でも古い建物をどんどん壊して新しくしてしまった…その頃から京のまちが壊れてしまったんやと思います。今さら法律で“古い建物を守りましょう”なんて言うても、もう遅いんですわ」
文化財指定によって建物を守ることはできるが、銭湯稼業を守ることは難しい
ちなみに、『船岡温泉』の建物は文化財として保護されることが決まったが、「銭湯としての稼業を守っていくことはなかなか難しい」と大野さんはいう。
京都府内の銭湯の数は現在116施設あるが(京都府浴場組合データ)、近年の重油の値上がりなどを受けて営業継続が困難となり、毎年10施設ほどが廃業に追い込まれているそうだ。
「一応、うちには四代目がいるのですが、悲しいかなどこの銭湯も赤字続き。借金をしてまで、息子に“銭湯を続けろ”とは言えませんから困ったものです。うちのおじいさんが大事に造った建物だからビルやマンションに替えることはできないけれど、この建物さえ守ることができれば、そろそろ業種を変えてもいいのかな?と最近考えるようになりました。例えば、温泉の看板を下ろしてスーパー銭湯にするとか、カフェやレストランにするとかね…ちょっと寂しいけどね」
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日本の建築史を物語る古い建物を未来へ残していくために絶対に欠かせないものは、家主の「建物への愛着」だが、個人の愛着や熱意だけで建物を守っていくにはやはり限界がある。単に「建物を守る」だけでなく、建物そのものの「歴史・成り立ち」やその建物によって育まれた「地域文化」を守り続けることにこそ、文化財としての本当の意義があるのかもしれない。
わずか430円の入浴料で誰もが満喫できる登録有形文化財。みなさんも京都を訪れたら鞍馬口通の『船岡温泉』に立ち寄って、京都の美しい銭湯文化を体感してみてはいかがだろうか?
■取材協力 船岡温泉
http://funaokaonsen.net/dish.html
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