「家」と「家に棲む妖怪たち」の関係

掃除をさぼっていると、天井を嘗めてシミを作るという妖怪「天井嘗め」掃除をさぼっていると、天井を嘗めてシミを作るという妖怪「天井嘗め」

最近、巷では「妖怪ブーム」が巻き起こっているが、古来家と妖怪は縁が深いものだった。“家に棲む”ことにより、妖怪が私たちに教えてくれていたこともあったろう。今回、家と妖怪について様々な角度から探ってみたい。

洞窟に住んでいた人類が家を作り始めたのは、石器時代の中頃と言われるが、そこにいつごろからか「魔」が同居し始めた。

「魔」つまり家に同居し始めた妖怪とは?“家の中に棲む妖怪”について見てみよう。

真夜中、どこからともなく「ピシッ」という音が聞こえることはないだろうか。これは妖怪「やなり」の仕業だと考えられる。眠れずに天井をじっと見ていると、シミに気づくかもしれない。それは「天井なめ」という妖怪が舐めた跡なのだと言われてきた。現代人なら、「それはみな、合理的に説明がつく自然現象でしょう。妖怪なんてとんでもない」と笑い飛ばすだろうが、ほんの少し昔まで、日本人は妖怪の存在を信じ、恐れたり懐柔しようとしたりしていた。つまり家と妖怪の関係について否定せず、ありのまま受け入れていたということだ。

「やなり」や「天井なめ」の他にも、風呂垢を舐める「垢なめ」、トイレを覗き込む「頑張入道」など、“家に棲む妖怪”はたくさんいたとされる。

人間の恐れと反省が生み出した妖怪

長いあいだ風呂桶の掃除をしないでいると、垢嘗めがきて湯垢を嘗めとってしまう長いあいだ風呂桶の掃除をしないでいると、垢嘗めがきて湯垢を嘗めとってしまう

なぜ人は、妖怪の存在を生み出したのだろうか。
理由の一つは、純粋な恐怖心だろう。トイレに出没する「頑張り入道」がその最たる例。現代の私たちにとっても、トイレは少し怖い場所だ。大概の場合、建物の北側や隅に位置し、どことなく薄暗い。さらに個室で一人きりになるのは不安なものだ。そんなとき、ありもしない視線を感じることは、誰だってあるだろう。ましてや昔の厠だ。明かりもなく、足元には大きな開口部があり、人に不安感を抱かせるに十分だった。

「やなり」に関しては、現代の私たちもしょっちゅう耳にしているに違いない。ただ昔の人が「妖怪の仕業」と考えたその現象を、私たちは聞き流しているだけだ。「天井なめ」や「垢なめ」も、天井や風呂桶のシミを、妖怪の仕業と考えて恐れたのがその発端に違いない。しかし、これらの妖怪はただ怖いだけの存在では終わらなかった。人びとは、「彼らに舐められたらいやでしょう。それならしっかり掃除をしなくては」と、自らを、あるいは子どもをたしなめるようになった。

これらの妖怪たちは、教訓的存在となったが故に、近代まで生き残ったのかもしれない。

妖怪の仕業を科学的に検証すると

トイレを覗く不届きな妖怪「がんばり入道」トイレを覗く不届きな妖怪「がんばり入道」

「やなり」は、気味の悪い現象だが、科学的に説明がつく。夜間、空気が冷え込むことにより物質の体積が減るが、金属と木材ではその比率が違う。それが歪みを生み、高い音を立てるのだ。建て付けの悪かった時代、トイレに吹き込んでくるすきま風は、「頑張り入道」の息を思わせた。雨漏りが珍しくなかった時代にあって、天井にカビ由来のシミができるのは、納得がいくし、風呂場のカビは現代人にとっても頭痛のタネだ。

現代人なら、これらの妖怪を退治する現実的手法を持っている。「頑張り入道」対策なら、トイレの電球を明るいものに変えればいい。「垢なめ」を撃退してくれる強力なカビ洗浄剤も、薬局で簡単に手に入る。また、屋根の工法がしっかりした時代には、天井のシミは却って珍しいぐらいだ。夜中に音がしても「あれは科学的に解明できる現象だ」と納得すれば怖いことはない。

しかし昔の人たちにとって、妖怪退治はそう簡単ではない。そこで、妖怪たちに魅入られないよう、魔除けのための手法をいくつも編み出した。現代でも見かけるのは鬼瓦だろう。屋根の突端部分に恐ろしい鬼の顔をした瓦を取り付け、魔を追い払おうとしたものだ。また、魔除けの護符を玄関に貼るのも有効だと考えられた。

地方へ行くと、玄関に籠をかぶせて置かれているのを見ることもあるが、これも魔除けの意味がある。籠にはたくさんの「目」があるので、魔を睨みつけて追い払ってくれると考えられたのだ。

現代に生きる「家の妖怪」たち

それでは、妖怪たちは死に絶えてしまったのだろうか?

世の中が明るく、便利になれば、恐怖心や手入れの不行き届きが生み出した妖怪は、生き残る余地はない。しかし、有名な「緑風荘」は火事で焼失してしまったが、東北にはまだ、「座敷童の出る家」が残っている。「座敷童」の正体は、その家に昔住んでいた子どもだとか、河童だとか、さまざまに言われているが、一体に幸福を呼ぶ妖怪として知られる。

怖い妖怪は遠慮したいが、幸運を呼ぶ妖怪ならぜひ迎え入れたいものだ。でもどうすれば良いのだろうか。護符ならば、現代でも神社や寺院で手に入れることができるが、それだけでは「座敷童」を呼び込めそうではない。「座敷童」が棲む家は、家人が家屋を大切に扱っているという共通点がある。行き届いた掃除は悪い妖魔を撃退する効果があるとともに、良い妖怪を呼び寄せる力もありそうだ。

疲れているときの掃除はめんどうくさいものだが、「座敷童を呼び寄せるため」と思えば、頑張る気持ちも起こるのでは?
様々な技術が生み出され、発展していく家。その一方、私たちが忘れてしまっていることも、何かあるだろう。古来、人ともに生き続け、“家への愛着”を教訓的に教えてくれる妖怪の存在は、今だからこそ大事な存在なのかもしれない。

2014年 08月18日 11時01分