自然豊かな町で活動する「地域おこし協力隊」
岡山県に程近い場所に、兵庫県佐用郡佐用町がある。この町は、全国名水百選の清流「千種川」をはじめ日本の棚田百選に選定されている「乙大木谷(おつおおきだに)の棚田」があり、星のキレイな場所として「兵庫県立大学西はりま天文台」の施設がおかれている。また、夏には蛍の大群が飛び交い、130万本のひまわりが咲き誇り地元・兵庫はもちろん、大阪や岡山といった近畿・中国地方からも多くの観光客が訪れる観光名所だ。
のびやかな自然あふれる佐用町だが現実は、高齢化、過疎化といった状態が続いているという。この状況をなんとかしようと、地域活性化や町への移住者サポートなど佐用町役場では様々な事業を行っており、そのひとつに「地域おこし協力隊」の導入がある。「地域おこし協力隊」とは、2009年に総務省が制定した制度だ。都市から過疎地域などに住民票を移し一定期間、地域に定住し地域のブランド化、地場産品の開発・販売・PRといった地域おこしや住民と協働して地域活性化活動を行いながら、その地域への定住・定着を図る取り組みをいう。総務省が公開しているデータによると、2015年度(平成27年度)は、全国で673団体が導入し2625名の隊員が活動している。また、隊員の約8割が20歳〜30歳代で、任期終了後、約6割が同じ地域に定住し、その2割が起業しているという(平成27年3月末時点)。
佐用町では、2011年(平成23年)から「地域おこし協力隊」を導入しているという。手探りで始めたというその活動には紆余曲折、様々な出来事があったという。
「1日体験ツアー」で、町を知ってもらう
今年度から佐用町役場で「地域おこし協力隊」を担当することになった企画防災課と、前担当の農林振興課の方々に活動の様子を伺った。
まず、募集要項について聞いてみると、1)特産品の加工・販売促進、農作業の補助などを行う「農林振興支援員(1名)」、2)佐用郡森林組合業務全般の補助、林業振興に係る事務補助などを行う「林業振興支援員(1名)」、3)U・J・Iターンのための企画・立案・定住促進などを行う「定住促進コーディネーター(1名)」、4)新たな視点での観光資源の発掘や創出、観光客誘致の取り組みなどを行う「観光振興専門員(1名)」、5)町の魅力の発信、マスコミへの効果的な情報発信などを行う「情報発信専門員(1名)」、計5名・各3年の任期で20歳以上40歳未満という主な内容を教えてくれた。
その募集の結果について、企画防災課の課長・久保正彦さんは「4月(平成28年度)から『地域おこし協力隊』を採用するにあたり、2016年度1月ごろから隊員の募集を始め、4名の採用が決まりました。東京・千葉・神奈川・大阪などから定員5名に対し、約3倍となる16名の応募がありました。上場企業に勤務している方や英語力の高い方、都会に住みながら猟師の資格を持っている方といった凄い方々、単身者、家族連れなど色んな方々に応募いただき、こちらが驚いているほどです」と話す。
また、同課の係長・谷本美沙さんは、何も知らない地域へ来るのは不安だと思うので、「採用面談の前に、佐用町のことを知ってもらおうと、スーパーや学校、住宅といった生活施設、天文台などの自然環境や観光スポットなどを巡る『1日体験ツアー』を実施しました」と、応募者に安心してもらうための取り組みについても話してくれた。ツアー参加者からは「自然が豊かなことはもちろん、何よりも人と人とのつながりがあって触れ合えるところが良かった」と好評だったという。
手探りで始めた兵庫県初「地域おこし協力隊」導入当時の苦悩
「今回は、今までのことがウソのような盛況ぶりです」と嬉しさと驚きの声で、前担当の農林振興課の牧信幸さん、総務課の松阪鉄矢さんは言う。佐用町役場が「地域おこし協力隊」を初めて導入したのは、総務省が制度化した2年後の2011年。当時、佐用町の小規模集落サポーターを企画・運営していたキタイ設計の担当者から、この制度を聞いたのがキッカケだったという。「導入した当時から比べると制度も整ってきたし、ドラマやTVのCMなどで地域おこし協力隊の制度も認知されるようになりましたが、始めた頃は誰も知らないし、実施する我々も分からないことだらけで、採用してもその人に何をしてもらえばいいのか分からなかった」と松阪さん。事実、協力隊の募集をしても応募自体がほとんど無く、あっても条件に該当しなかったり、2015年までの4年間で採用できたのは、たった2名だったという。
このままではダメだと思い、新しく担当することになった企画防災課の担当者が東京や神戸などに出向き、制度を成功させるべく情報収集に努めたのだとか。その結果、何をしてもらえばいいのか分からなかった仕事内容(募集要項)をしっかり固め、告知・宣伝といった露出を増やすことなどの改善を加えた。今までは、役場のホームページだけで宣伝していたが今回は、移住・交流推進機構JOINのサイト、関西はもちろん東京を始めとする関東方面の新聞紙面などにも掲載した。地域おこし協力隊の世間での認知度が上がっていたこと、募集に関して町のビジョンを明確化したこと、募集の告知エリアを広げたことに加え、佐用町は高速道路や電車の特急停車駅という都会からの交通アクセスが良いことも手伝って、今回の結果につながったと担当者は話す。
元協力隊員が伝える田舎暮らしの心得「田舎は、不便を楽しむところ」
2012年度に、地域おこし協力隊員として採用され2015年度までの任期を終えた福井正春さんに、活動内容と定住後の暮らしぶりについて話を伺った。
「今回の募集は色々決まっていますが、当時は真逆でした。役場の人も採用したはいいが、"何してもらおう。"という状態で僕の仕事内容が決まっていませんでした。当時の給与は時給だったので何かしないと生活ができない状態でしたね」と、同席していた役場職員の方をチラリと見て、笑いながら当時を振り返りかえる。「地域の自治会長さんも、ポンとやってき来た僕を、どう使おうかと悩んでいたようです。そこで、色々話を聞いていたら高齢化で田んぼの草刈りに困っていると知って、草刈りの仕方を教えてもらって、棚田や7つある集落の田んぼの草刈りをすることになりました」と、自分で見つけた仕事について話してくれた。
「夏は熱いので草刈りは、朝早くから始めて8時ごろまでか、15時以降にするのがこの辺りの人にとっては当たり前だったんですが、僕の場合は仕事なので日中もしてたんです。そしたら地域の人が、そんな暑い中せんでもええよとか、休みながらしたらええよ、って気を使ってくれて。中には、冷えたスイカを朝、昼、15時の休憩、自宅に持ち帰り用、というように1/4ずつ差し入れしてくれて、すっごく美味しくて有り難かったのを覚えています」と、地域の方々との交流を嬉しそうに話されていた。
草刈りをしたことがなったという福井さん、斜面などで落ちそうになったこともあり、慣れない仕事は大変だったようだが、誰かの役に立っているというのが直に分かるので、とても充実感があったという。
任期を終えた今は、佐用町の目高という集落に古民家を借りて住んでいる。現在の仕事は、任期中に取得した猟師の資格で猟犬とともに、農作物への獣害を防ぐために働いているという。福井さんは、「田舎の生活は、しんどいですよ。不便な分、自分が動かないと仕方がない。以前、ある人に『不便を楽しむのが田舎暮らしやで!』と言われたことがあって、本当にそうだなと思います」と田舎ぐらしの心得を教えてくれた。
いかに地域に、なじめるか!が移住の鍵
元協力隊員の福井さんは言う。「移住者にとって、快適な田舎暮らしにできるかどうかは、いかに地域に“なじめる”か、が鍵なんです」と。地域おこし協力隊とはいえ、地域の人にとっては、よそ者という印象は拭えない。そこで、すでに出来上がっている地域のコミュニティに、どう入っていけるかが重要だというのだ。他の地域でも、移住者と地元住人の考え方の違いやコミュニケーション不足といったことが原因で、お互いの感情に溝ができてしまうことがあるという。結果、せっかく移住して来てくれたのに都市部からの移住者同士のグループと、地元住人の集まりというように分かれてしまい交流がなくなってしまうのだとか。
では、地域住人に受け入れられた福井さんはどのようにして、地域にとけ込むことが出来たのか聞いてみた。「僕の場合、地域ごとにある集会に毎回、顔を出してたんです。最初は、この人は誰?という雰囲気でしたが、何かあるごとに参加していたので、いつもいるよねと言われるようになり、そのうちみんなが色んなことを話してくれるようになりました」と佐用町に来たばかりの頃のことを教えてくれた。
「見た目が怖い年配の男性がいて、集会に誘ってくれたんです。その人の言う通りに集会に参加していたら、地元の人とだんだん仲良くなって。見た目は怖いけど情の深い人で、今はその人にすごく感謝しています」と話す。そして、「移住者も地域のことに参加するときは、しんどいことや難しいことでも、ちゃんと参加して欲しい」と話は続く。「楽しいことにはワイワイ参加するのに、大変そうなことになると姿を消す人が、たまにいます。事情やタイミングもあると思いますが、それが毎回になると地元の人からの信頼もなくなって、よそ者扱いされるようになります」と移住者へのアドバイスもされていた。
最後に、課長の久保さんは「地域づくりの話で『よそ者、若者、バカ者』というのがあって、よそ者は、地域に新しい風を吹き込んでくれる人、若者は、若者の意見を取り入れること、バカ者は、何でもやってみることを言うんですが、この地域おこし協力隊を進めるにあたって、移住者を受け入れることで今までなかった知恵を持つことができるようになります。また、それが地域の刺激にもなります。地元住人、移住者がともに協力し合って地域を盛り上げていってくれれば」と期待のこもった言葉で締めくくった。
移住者を受け入れる地元住人と、田舎暮らしに夢を抱く移住者、両者が歩み寄りお互いに理解しあうことが、成功への道なのかもしれない。
取材協力
佐用町役場 http://www.town.sayo.lg.jp/cms-sypher/www/normal_top.jsp
キタイ設計株式会社 http://www.kitai.jp
公開日:







