建物の老朽化と高齢化が進む男山団地の再生への道

京都府八幡市に、UR都市機構が管理する「男山団地」がある。1972年に入居が開始し、約40数年の年月が経った今、同じ時期に建設された他の団地と同じように、住宅の老朽化や設備の陳腐化、入居者の高齢化という課題を抱えている。また、入居者の年齢が上がるにつれ、団地内のコミュニティの衰弱も懸念されているという。敷地内に4,600戸の賃貸住宅と分譲住宅1,300戸が併存し、これらの団地を含む男山地域に暮らす人の数は八幡市の人口の約3分の1を占める。一般的な発想でいえば、建替えの話が出てきそうだが、首都圏をはじめUR都市機構が管理する賃貸住宅は、全国に約75万戸ある。これだけの戸数を管理していると、建替えもそう簡単にはいかない。八幡市としても、何か手を打ちたいと思うものの、市が管理するエリアではないため、何もできないというのが実情だった。そこで、八幡市は関西大学に声をかけ、改善の糸口を模索した。
「その頃、関西大学では、学内の先端科学技術推進機構地域再生センターが掲げた研究プロジェクト『集合住宅“団地”の再編(再生・更新)手法に関する技術開発研究』が、文部科学省の『平成23年度私立大学戦略的研究基盤形成支援事業』に採択され、このプロジェクトが実施できる団地の候補を選定するところでした」と、建築家および本プロジェクト代表・関西大学の江川教授は語る。
八幡市から関西大学への働きかけで動き出したこのプロジェクトについて話を伺った。

UR都市機構が管理する「男山団地」は、西日本で3番目となる大規模団地UR都市機構が管理する「男山団地」は、西日本で3番目となる大規模団地

「男山地域まちづくり連携協定」に至るまでの経緯

『集合住宅“団地”の再編(再生・更新)手法に関する技術開発研究』プロジェクト(事業)について、「八幡市と関西大学の間ではほぼ合意に達したが、肝心のUR都市機構をどう、引き入れるかが課題だった」と江川教授は語る。事業の採択から1年目は八幡市と考え、2年目からURが参画し、連携協定を結ぶまでに2年半の時間を要したという。UR担当者は当初のことを、「一緒にプロジェクト(事業)をやっていきましょう。というものの、計画がはっきり見えずどういう方向に進んでいくのか分からなかったし、他の団地の住人からするとなんで男山団地だけ?という印象を受けるので、当初は参画するのを少しためらいました」と話す。参画を決めた理由については、「男山団地の賃貸住宅4,600戸というのは、西日本で3番目に大きい団地になります。団地地域がこれからどのように変化していくのか、という点では良いモデルケースになると思いました」と当時の心境を話してくれた。こうして、京都府知事が立会人となり、行政の京都府八幡市、事業主のUR都市機構、プロジェクト発案者の関西大学という三者に、男山団地の住人、関西大学の学生も加わり、共に協力・協働しあって「男山団地」の再編事業に取り組むこととなった。

学生や支援団体が運営する2つの「テラス」が、団地の住人と地域住人の交流の場に!

「だんだんテラス」の各種イベント風景「だんだんテラス」の各種イベント風景

大学の担当者は、団地の建築が最盛期だった頃のことを「団地は20世紀の縮図のようなものです。団地が建ちはじめた頃は、そこに住むのがステイタスであり、憧れでした。団地内と周囲との境界を示すように、団地の周りに駐車場を作りその中に建物を立てました。そのことで、団地の中は住人たちのエリアで、周囲(地域)と交わることがしにくくなってしまったんです。当時は、それで良かったかもしれないのですが、今となっては街と団地内との交流がほとんどなく、孤立しやすい環境になってしまいました」と話す。孤立状態を改善する方法として、「団地の敷地内だから地域に住む人々が使えないのではなく、みんなが使える空間にすること。せっかく造った資産なので、新しく造り直すというよりは、みんなで共有できるようにしようと思いました」とも語ってくれた。

そこで、出てきた案が団地内の住人と周辺地域の住人が交流できる場所を作ることだった。その案をもとに、団地をはじめ地域の方々が自由に集うことのできるオープンスペース「だんだんテラス」を開設。団地内の商店街の空き店舗を使い、気軽に訪れることができ、談笑できる空間を作ったのだ。「だんだんテラス」で最初に取り組んだのが、八幡市内の農家さんの新鮮野菜を販売する「朝いち」だ。「団地内や周囲に、開始時間などの案内チラシを入れながら、来てくれるのだろうかとドキドキしました」と学生はいう。「朝いち」は、売れ行きもよく現在も大好評な企画だ。そして、活動開始から10ヶ月後、「ラジオ体操」を開始した。「だんだんテラス」を運営する関西大学の学生は、「利用者からの発案もあり、利用してもらいやすいように、ラジオ体操を始めた」と話す。ラジオ体操は誰でも知っているので、参加しやすいのではないかと考えたという。回を重ねるごとに少しずつ人が増え、ラジオ体操を通じて参加者同士の交流も増えたという。今では、住人主催の文化教室や食事会、ランチ会など様々なイベントが開催されている。このテラスを利用している団地の住人や地域の方々からは、「学生さんみたいな若い子と話す機会が増えて楽しい」、「色んなイベントがあるので、刺激になる。家にじっとしているよりここに来ると誰かいるので、気分転換に丁度いい」、「イベントのリクエストをしたり、生活の相談をしたりできるので助かる」といった意見が聞かれた。
他にも、子育てをサポートする「おひさまテラス」が開設されている。子育て支援団体が運営しており、親子で遊べるうえ、一時預かりなどにも対応している。このテラスには、団地をはじめ地域の子ども達が毎日20〜30人ほど通ってくるという。

プロジェクトを通じて感じた三者の意識変化

「おひさまテラス」を利用する親子連れと運営担当者「おひさまテラス」を利用する親子連れと運営担当者

先の項にもあったように連携協定締結前は、八幡市としては立場上、やりたいという人がいても特定の人(団体)をサポートするのは難しいし、URとしてもそういった機会があったとしても、男山のような大団地で明確なビジョンがない中、動きにくいなどの理由で長らくの間、八幡市(行政)とUR(事業主)は、にらめっこ状態だった。
「その間に、第三者的な目線で支援や企画、そして実際に現地で活動してくれる大学が入ってくれたことで、上手く動き出した感じですね」とURの担当者はいう。
連携協定が締結し動き始めた頃、それぞれどのように感じていたのかを聞いてみた。すると、八幡市はURに対して何をしてくれるの?と思い、URは八幡市に対しどうやっていくの?とさぐり、八幡市やURは、関西大学について、何を提案してくれるの?と、お互いが他人の出方を伺うような状態だったという。加えて、住人達も八幡市やUR、大学は、それぞれ私たちに何をしてくれるの?というように三者間、および三者と住人の間でも、それぞれが他人任せな感覚だったようだ。
そんな硬直状態の中、「だんだんテラス」や「おひさまテラス」などの活動を通じ、住人や地域の方々の何気ない談話や相談事などから、生の声を聞くことができ、それがキッカケで実現した企画や改善できた環境があるという。当初は、誰かが何かをやってくれるだろうと思い、それぞれが他者をあてにする状態だったが今では、住人、学生を含めこの地域やプロジェクトに携わる各関係者、それぞれが住まいに対して「自分たちは何ができるのか、自分がどう関わっていくのか」という自主性のある考えに変化したという。みんなが、自分のことだと思うようになったことで活気づいたのだ。

設定しなかった事業計画の終了時期

「男山団地」の地域再編に取り組むメンバー(一部)「男山団地」の地域再編に取り組むメンバー(一部)

ここまできてフッと思ったこと、それは採択されたプロジェクトには、期限があるということだ。どのプロジェクトもそうだが、期間中は良いがそれが終了したあとはどうなるのか?という不安が残る。理想をいえば、期間中に軌道にのり、手放しできる状態になれば問題はないが、なかなかそうはいかないのが現実だ。そこで、終了後について質問をすると「この事業に与えられた期間は5年です。ですが、再生計画や連携協定には期限を設けて(明記して)いないんです。通常、行政が行う事業は、いつ始まっていつ終了するのかといった実施期間を定めますが、それがないんです。今でも住人の方に、『期間を決めて何をいつまでにすると書かれているのが普通なのに』と言われます。でも、そんな短期間で完成できるものでもないですし、期間が終了したからといって無責任に手放すのも違うと思うんです。自分のことだと思って、持続していくこと、関わり続けることが大切なんです」と力強く回答してくれた。
建替え以外の方法での大規模な団地再編は、全国でも珍しい取り組みとなるこのプロジェクトが、今後どのように進化していくのか楽しみだ。

<取材協力>
「関西大学×八幡市×UR」地域再生・活性化プロジェクト
http://www.ur-net.go.jp/kansai/otokoyama_danchi/kandai/entry/

だんだんテラス
https://www.facebook.com/dandanterrace

おひさまテラス
https://www.facebook.com/おひさまテラス-1539638246280870/

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