「シェアハウス」という言葉には、ミスリードが多い?

「今あるシェアハウスのイメージは、なんだかすごくミスリードされているな、という印象です」「今あるシェアハウスのイメージは、なんだかすごくミスリードされているな、という印象です」

「シェアハウス」という言葉が多く聞かれるようになった。
入居する人は積極的にコミュニティーを求めていたり、人との関わりで何かを変えたいと思っている人が多い、というイメージだし、また水廻りや設備を共有することで家賃も安いのかも、学生にはいいよね、くらいに思っていた。でも本当の目的は何なのだろう?シェアハウスに住むことの意味は何なのだろう?
今回は、今あるシェア住居の仕掛け人ともいえる「ひつじ不動産」の北川大祐さんにお話を伺った。

北川さんから最初に出た言葉は、なんと「最近のシェアハウスのイメージは、なんだかすごくミスリードされてしまっていると思うんですよね」だった。
「僕は、シェアハウスという言葉を使っていないし、今後も使うつもりはない。”シェア”という概念で解説するのも、あまり的を得ていない気がする」
例えば、電車・バスなども「シェア」である。「単なる合理化の中に特に語るべきことがあるのだろうか、ということと一方で、「共有」「共同」という文脈も、実際に膨大な数のシェア住居に触れてきた経験から言えば違和感がある」のだそうだ。「ことさら”シェア”というところに焦点を当てるのはナンセンスだと思います」と北川さんは言う。

「共有部で人と人との間に自然に接点が生まれて、それが楽しくなる、豊かになる、というポテンシャルを生んでいくことは、本来集合住宅には備えられているはずなんです。でも、実際に上手に実現することは難しかった。シェア住居は、ようやくその方法論を確立しつつある重要な流れです。高度な新しい住宅のデザインの仕方に繋がる話だ、と思っています。」というのがその答えだ。

歴史が物語る「人」と「人」と「住居」の関係

「例えば、歴史を振返ってみると、自分たちが住まいに対して、何を求めて何を失って選択してきたのか、がわかりますよ」
昔は、下宿や寮・長屋が普通だった。戦後、住宅不足で団地等も多く造られた。1980年代になるとワンルームという言葉がでてくる。最初は”うさぎ小屋””日本の住宅事情の貧しさ”と言われていたが、今や都心でワンルーム暮らしはスタンダードにさえなっている。住まいを取り巻く環境の中で、人と人とがそれなりに接触をもつということというのには良いこともあれば、悪いこともある。ストレスを伴うのだ。それが、面倒だったり負担だったりすることで、孤立の快適を選んできたのかもしれない。

だが、北川さんは学生時代に東京に存在していた外国人のゲストハウスに”奇跡的に”出会う。
その暮らしの中で感じた人と人との距離感が、「心地よい」「楽しい」という思いが、実はゲストハウス運営の中で培われてきたノウハウに支えられている、ということに気が付いた。

「それでもやはり欧米人と日本人のコミュニケーションのあり方は違う。ゲストハウスの運営に根っこのようなものはあるんだけど、それだけで普通の日本人の求める高い住居水準になるわけではない。現代シェア住居はもっと繊細でもっと高度なオペレーションが育ってきたことで出来ているんです。今は別に人とかかわることが積極的に好きなわけでない”普通の人”があえて選び、暮らしを楽しんでいる。そこに、現代シェア住居の凄みがあると思います」と北川さんは言う。

日本的なモノづくりが昇華したカタチが「現代シェア住居」

単純に人と人とが集まって共有部分をシェアすれば暮らしは豊かになり楽しい毎日が送れるわけではない。シェア住居の拡大を支えるのは、日本人の高い要求水準を前提に、いかに快適な暮らしの阻害要因を解決できるか、であると北川さんは言う。複数の違った行動や感情をもつ人同士が、快適に暮らせる環境・導線・オペレーションなのだ。

「一人で住んでいるより、人と一緒に住んでいる方が快適であり、楽しく暮らせる…でも、現代シェア住居がそれを可能にしているのは、まったく日本的な地道なノウハウの積み重ね。生活空間として共用部を備えた住まいの暮らしを支える、技術と言ってもいいようなものを時間をかけて育ててきたからですよ。結果、誰もが住みやすくなる空間となった。」

例えば、キッチンを誰かが使ったとする。汚れたキッチンを次の人が使う時にどう思うのか…不快な思いをしないために、どういった設備や導線、ルールや運営・管理が必要なのかを考えられていなければ、多くの人が「こうなるだろうな」と思う通りに破綻していく。様々なトラブルについても同じで”意外と大丈夫”などというものではない。人と人とが接する時に、ストレスやデメリットが生まれないように、もしくはそれを埋めるように知恵を絞るのが「現代のシェア住居」なのだ。

「そういった意味では、一概に海外の方が進んでいるとは言えない。日本の都市圏で成功しているシェア住居は、世界的に見ても住宅として随分高度なオペレーションがされはじめているのではないかと思います」

「住宅の進化に向けて、時計の針を巻きたい」

「単純に自分が生きているうちに住みたいから、住宅の進化に向けて針を巻いていきたいです」「単純に自分が生きているうちに住みたいから、住宅の進化に向けて針を巻いていきたいです」

現代では、お互いに共通の趣味がある、共通の目的をもっている、ということをテーマとしたコンセプト集合住宅も出てきている。
だが、本来シェア住居がもつすばらしさは「多様性の共有」なのだという。普通の人が普通に生活の中で人と接触し、その中で違いを共有でき、違いを楽しめる…それらがすべてがいかに自然にできるか、ということがすごいのだ。そのことが生活や暮らしを良く変えていき、「実は、人生も豊かに変わっていく」ことを起こしていく。

「現代シェア住居は、たくさんの人の人生や生活を本当に良くしてくれる新しい仕組みだと思っています。良いコミュニティを住居で取り戻すということがこれからもっと設計や建築の観点からも追及出来ると思う。シェア住居はもうじき建築家や設計士に存分に活躍してもらえるステージに行けそうだな、と感じています。これからもっとエキサイティングになりますよ。」と北川さんは言う。

ご本人は現在家族ができたため、残念ながらシェア住居に住めていないのだとか。
「でも、住まいとしてはやっぱりつまらないんですよ。シェア住居は居住概念のパラダイムシフトを起こしてしまうから…。スマートフォンを取り上げられて、インターネットにつながらない電話を渡されるような感覚です」
家族と暮らすシェア住居ってどうですか?と問いかけると「ファミリー層は変数が増えるから、まさに技術的に難しいとは思います…。ただ、もうそろそろ挑戦すべきと思っています。いっぱい失敗するし成功もするんだろうな、と。家族向けも含めて、僕は住宅の進化に向けて、時計の針を巻きたいんです。単純に自分が生きているうちに住みたいから。」

これから少し先、住まいとしてシェア住居は”これが普通”になっているかもしれない。シェア住居だからといって我慢をすることを強いられないし、なにより一人で暮らすよりもスペックも環境も豊かな住居がたくさんできてくるかもしれないからだ。

一連の取材を終えて、シェア住居って奥が深いし難しいですね、と感想をもらしたら、
北川さんは「いえ、新しいんです」と答えてくれた。

2013年 12月17日 10時12分