「地方創生伴走支援制度」が開始。広がる地方の人材政策
石破内閣が掲げる「地方創生2.0」。石破氏は10年前に地方創生大臣を務めていたこともあり、これからさらに地方創生に力を入れていくことが見込まれるだろう。
そうしたなか、政府では「地方創生伴走支援制度」を2025年4月に開始した。これは、国の職員が人口10万人未満の支援対象地方自治体に副業として伴走支援を行い、課題に対して取り組んでいくものである。
省庁の職員が2~3名の「伴走支援チーム」で1つの市町村を担当。1年間を通じて、定期的なオンライン会議や四半期に一度程度の現地訪問を行う。どのような取り組みが行われていくか期待したい。
政府ではこれまでにも「地域おこし協力隊」や「地域活性化起業人」といった地方の人材確保・課題解決のための施策を行ってきた。そこで、今回は2つの制度を、体験談を交えてご紹介する。地域活性化に携わりたい人にはぜひ参考にしていただきたい。
移住の後押しへ。地域おこし協力隊とは
地域おこし協力隊は、2009年度から総務省が実施している制度だ。
都市部から過疎地域などの"条件不利地域"に移住し、地域活性化につながるミッションを自治体から委嘱を受け、1~3年間の任期の間に取り組む。報償費等で240万円、活動経費200万円が年間で支給される。
制度開始当初の2009年度では、隊員数が89人、受け入れ団体数は31団体だったところ、2024年度では、隊員数は7,910人、1,176の受け入れ団体となっており、過去最多を更新した。
活動領域としては、移住・定住促進や観光、一次産業、商品開発、教育などさまざま。自分のスキルや興味を生かして活動することができる。
では実際に地域おこし協力隊になるにはどうしたらよいのか。
ポイント①希望の地域や職種の条件を明確にしておく
普通の転職とは違い、住環境まで変わる大きな変化となるため、希望の条件を明確にしておくことが適切なマッチングに重要である。海や山などの自然を感じられる地域がよい、車がなくても生活できる環境がよい、子育てのしやすい地域がよいなど、希望する住環境を整理しておきたい。
また仕事においても幅広いジャンルがあるため、どういった領域で地域に貢献していきたいかを考えておくとよいだろう。これまでのスキルを生かす人もいれば、移住を機に全くの異業種にチャレンジするケースも見られる。
ポイント②卒隊後の希望を整理しておく
応募する段階で、任期を終えて卒隊したときにどうなっていたいかまで考えておきたい。募集には、市が業務を委託するNPOや地域事業者のもとで働く場合もあれば、起業・独立を目指してスキルを身につけ、個人で活動するものもある。卒隊後のことを考えて就労形態や活動内容を選ぶと、地域に定着しやすくなるだろう。
ポイント③お試し制度を活用する
応募先を検討するにあたって活用してもらいたいのが「おためし地域おこし協力隊」「地域おこし協力隊インターン」の制度だ。前者は2泊3日で実務経験を、後者は2週間から3ヶ月かけて実際の協力隊の活動を行うものだ。着任後のミスマッチを防ぐという意味でも、もし気になる自治体がこれらの制度を行っているのであれば、参加することをおすすめする。
地域おこし協力隊の募集は、自治体のサイトやマッチングポータルサイトなどで探すことができる。合同募集セミナーや「地域おこし協力隊全国サミット」なども行われているため、「地方移住や地域おこし協力隊に興味はあるけど、具体的な移住先はまだこれから検討したい」という方はこうした場で比較して、解像度を上げるのも手だ。
岩手県大槌町で地域おこし協力隊を卒隊し、会社を運営する伊藤さんの体験談
2021年12月から2025年3月まで岩手県大槌町の地域おこし協力隊1期生として活動していた伊藤将太さんに、当時の活動について話を伺った。
地域おこし協力隊になった経緯
岩手県北上市出身の伊藤さん。仙台、東京へ出て、中小企業の採用人事や創業支援などのコンサルティングを仕事にしていたという。いつか地元で起業したいという想いを抱いていたなかで、岩手でまちづくりを行う団体の代表に出会い、意気投合。その団体に入り、岩手県の各市町村で地域おこし協力隊の採用支援などを行っていた。地域おこし協力隊の採用支援を行うなかで、自分が実際にやったことのない協力隊の支援を行うことの実体感のなさにモヤモヤを感じていたところ、岩手県大槌町で移住定住・地域おこし協力隊支援の事務局設立をミッションとした募集があり、応募することになったという。
どのような業務内容だったか
移住定住・地域おこし協力隊支援などを行う事務局の立ち上げをミッションに、行政から受託を受けている団体と共に活動を開始。前職での経験を生かしながら、事務所探しから始め、仲間を集め、移住コーディネーターの業務や移住定住ウェブサイトの作成、空き家バンクの立ち上げなどを行い、スタッフ10名ほどの事務局へ育て上げた。その過程で、協力隊の卒業後を見据え、着任2年目に「さともり株式会社」を設立することとなった。
着任3年目からは、プライベートを使って行っていた「農業」を事業化させるためにミッションチェンジをし、耕作放棄地を借り上げ、開墾する「いわてReファームプロジェクト」などを行う。耕作放棄地を積極的に借りて、これまでやってきた移住や関係人口関連の企画と掛け合わせ、外から来た若者の力で畑を開墾していくというものだ。現在では、大槌町・釜石市・北上市の県内3拠点に展開しており、事業開始当初の100倍近くの圃場規模になっているという。
地域での暮らしはどうだったか?
移住定住・地域おこし協力隊支援の事業内容を変更する必要が出てきた際に、協力隊をやめるか迷っていた伊藤さん。地域に残る道筋となったのは、プライベートで手がけていた家庭菜園と地域のおばあちゃんだった。
「毎日、朝夕畑に行って作業をしていたら、地主のおばあちゃんが『昔はそこの畑を自分がずっとやっていたから、伊藤さんが借りてくれてうれしい。伊藤さんがいなくなるの嫌だ』と泣きながら言ってくれて。そのときに、もう農業しかないと思い、農業の事業を展開していきました」(伊藤さん)
暮らしと仕事の距離が都市部よりも近い地方。伊藤さんように、プライベートな暮らしの部分が仕事に影響することもあれば、また逆も然りだろう。どちらの軸も大事にしておきたい。
卒隊後なにをしているのか?
任期中に立ち上げた会社「さともり」で、「里山を盛り上げ守りつなぐ」をミッションに、里山複合事業を展開している。協力隊任期中に立ち上げた「いわてReファームプロジェクト」や、移住定住支援・関係人口の創出に加え、岩手で好きなことを生業にして生きる人たちを伝えていくWEBメディア「あのていわて」の運営も行う。ほかにも、県内他地域の業務や県の事業など、町内に限らずネットワークを広げて活動をしている。泊まれるセレクトショップをオープンする構想も進んでいるそうだ。任期中に基盤を整え、卒隊してからも地域で幅広く活躍している。
これから地域おこし協力隊になる人に向けて、気をつけたほうがよいポイントは?
「地域おこし協力隊と地域のミスマッチというのはよく言われますが、やはりちゃんと地域を知ってから挑戦したほうがいいと思います。移住体験への参加や、所属する組織の代表だけでなく一緒に働くスタッフと話すのも重要です。数時間ではお互いに仮面をかぶっていることも多くわからないので、長い目で見て検討するのがいいと思います。いいところだけでなく、よくない部分も知ったうえで、きちんと吟味する必要があると思います」(伊藤さん)
地域活性化起業人には、企業派遣型・副業型・シニアがある
続いて、2014年から開始した総務省の制度「地域活性化起業人」を紹介する。地域活性化起業人は、三大都市圏、三大都市圏外の政令市・中核市・県庁所在市の人材が自治体と協定を結ぶことで、地域活性化の活動を行っていくものだ。
企業派遣型・地域活性化起業人
企業派遣型の地域活性化起業人は、企業が地方自治体と締結を結び、社員を6ヶ月から3年の期間自治体へ派遣することで、地域活性化につながる取り組みを行う制度だ。地域活性化起業人となった社員は、月の半分以上を受け入れ自治体区域での勤務に充てる。上限590万円の経費と、上限100万円の発案事業費のなかで活動を行っていく。
企業派遣型の地域活性化起業人になるためには、所属する企業がどこかの自治体と協定を結び、企業内での募集に応募する必要がある。制度を活用している企業例として、株式会社JTBや合同会社DMM.com、ソフトバンク株式会社をはじめ、2024年度では派遣企業は390社、地域活性化起業人数は780人、受け入れ自治体数は421団体となっている。
副業型・地域活性化起業人
さらに2024年度からは、地域活性化起業人に「副業型」が加わった。副業型の地域活性化起業人では、企業に所属する個人と自治体間で協定を締結し、副業として月4日・20時間以上を派遣先の地域活性化活動に取り組む。派遣された地域活性化起業人は、月に1日以上派遣地域に滞在することが条件とされており、滞在にかかる交通費や宿泊費は上限100万円までの支給を受けることが可能。発案事業費上限100万円のなかで、地域活性化に関する活動を行う。まだ開始されて1年目の制度であるため、2024年度での受け入れ自治体は45団体となっている。
地域活性化シニア起業人
加えて、2025年4月より、「地域活性化シニア起業人」も新設された。自治体と企業を退職した個人と自治体間で契約を結ぶもので、勤務条件は副業型と同じだ。退職後のシニア世代の活躍の場となり、かつスキルや経験を地域活性化に生かすことのできるものである。ビジネスの第一線で活躍していた人が、この制度を活用して退職後は地域貢献に尽力するというセカンドライフもあるかもしれない。
副業型地域活性化起業人、地域活性化シニア起業人ともに制度が始められて日が浅いため、今後どのように活用されていくか注目だ。
三重県玉城町の元・地域活性化起業人(派遣型)、名取さんにインタビュー
2021年5月から2024年4月まで、三重県の玉城町で企業派遣型地域活性化起業人を務めた名取良樹さんに、任期中の活動内容をインタビューした。
地域活性化起業人になった経緯は?
移住マッチングサイト「SMOUT」を運営する株式会社カヤックで働いていた名取さん。自治体と移住を促進する業務をしている関係で、会社にはいくつか地域活性化起業人派遣の依頼がきていたという。起業人の性質上断っていたという名取さんだったが、会社からの独立を考え始めたタイミングで、挑戦してみることにしたんだそう。
業務内容
赴任前に伝えられていたミッションは、移住定住の促進。しかし、いざ赴任してみると、ミッションを設定した担当者は別の課へ異動になってしまっていた。玉城町は松阪市と伊勢市に挟まれているという立地のため、人口減少がそれほど深刻ではなく、移住定住促進へのニーズは非常に高いわけではなかったため、自分自身でミッションを考えるところからのスタートとなった。
「最初の2ヶ月くらいは何をすべきか見えていなくて、本当に何をやっているんだろうなと思っていました。地域の団体や飲食店に挨拶をしにいったり、いろんなところに顔を出し、徐々にいろんな人とつながりができて、ネットワークを広げていくなかでやることの解像度を地道に上げていきました」(名取さん)
地域を回ってネットワークを広げながら、これから行っていく事業を構想した結果、地域の写真資源をストックし、活用していくフォトアーカイブ事業を行うことに。写真素材を地域資源として掘り起こし、ストックフォトサービス「アフロ」に資源として蓄積。広告・マスコミなどに提供することで地域の収入としながら、地域を広めていくというものだ。
2年目以降には、空き家を活用した複合拠点づくりを行い、自身も住みながら、シェアオフィスや民泊として運用している。空き家の活用事例の少なかった玉城町。名取さんが拠点を開いたことで、町の活動のフィールドとして活用され、さまざまな事業のシナジーが生まれる場になっているそうだ。
地域での暮らしはどうだったか
現在とは制度が異なり、月のうち半分を地域での業務に充て、そのうちの半分を地域で過ごすという条件であったため、1ヶ月のうちの滞在期間は約1週間ほど。それでも空き家を借りて拠点を持ちながら、玉城町に限らず他の地域とも関係性を広げていったそうだ。こうした広域でのネットワークが、任期終了後の活動にも発展している。
任期終了後、どのように地域と関わっているのか
任期を終えてなお、玉城町との二拠点生活を続けるという名取さん。現在は、玉城町の地域おこし協力隊の採用支援を行っているという。名取さんが地域活性化起業人をしていた頃は、外の人を受け入れる土壌が整っていなかったというが、現在では地域おこし協力隊の採用に力を入れているというのだから、名取さんの赴任をきっかけに、地域の「外の人」に対する考え方が変わってきているのだろう。
「地域外の人を呼ぶということを地域としてあまりやっていなかったので、最初は抵抗感があったのが、自分が行ったことで、外部の人が来ても損にはならないみたいな。そのあたりの価値観は変えられたのかもしれないですね」(名取さん)
また、県の人口減少対策コーディネーター事業にも携わり、三重県南部地域における人口減少対策などにも関わっている。
さらに、2025年5月からは三重県の尾鷲市でも企業派遣型の地域活性化起業人を始めるという。カヤックから独立し、自身で立ち上げた会社としての赴任だ。地域商社の立ち上げを行い、甘夏の販路拡大に取り組んでいく。
地域おこし協力隊のように移住を要件とするものではないものの、こうして任期を終えても町だけでなく、広域で地域と関わり続け、地域活性化に貢献していく人材となっていくのは、地域側の未来を担う強力な「関係人口」であるといえるだろう。
どの制度が自分に合う? それぞれの制度を比較
地域おこし協力隊、地域活性化起業人(企業派遣型・副業型・シニア)とあるなかで、自分に合う制度を活用したいところ。それぞれの特徴を踏まえて比較してみた。
移住を希望し、生活をガラッと変えたい人には、地域おこし協力隊がおすすめだ。地域おこし協力隊は、地域への移住・定着を目的とするものであるため、業務面だけでなく、暮らしの面でも理想のライフスタイルを追求することができる。自分の人生を大きく変える選択になるからこそ、地域や活動内容はよく理解してから決断する必要がある。
企業派遣型の地域活性化起業人は、企業のアセットを活用し、培ったスキルを生かして社会貢献を行いたいという人に活用してほしい。会社と協定を結んだ自治体への派遣となるため、「特定の地域へ貢献したい」というよりかは、「まずは地域課題に触れてみたい」という方にもいいだろう。月の半分以上を受け入れ自治体で過ごす必要があるため、移住や二拠点生活に興味がある人には、試してみるよい機会になると思う。ただ、所属する企業がどこかの自治体と協定を結んでいる必要があるため、希望すれば誰でも活用できるというわけではない点に注意が必要である。
所属企業で本業は継続しつつも、個人のスキルを生かすための新たな一歩を踏み出したいという方には、副業型の地域活性化起業人がよいだろう。副業であるため、移住や月の半分以上の現地勤務といった条件のある上記2つと比べて、挑戦のハードルが低いのが特徴だ。また、月に1日以上現地滞在をすることが条件であり、かつ旅費の支給を受けることができるため、二拠点生活に興味がある方にとっては、ネックとなる移動や宿泊の費用をかけずに二拠点生活をすることができる好条件の制度なのではないだろうか。
これまで企業で活躍してきて、退職後のセカンドライフとして地域貢献や地方での暮らしに触れてみたいという方には、新設されたシニア型に挑戦してみるのも手だ。人生100年時代といわれるなかで、退職後の生きがいや居場所にもなりうる。受け入れる地域が、長年企業で培ってきたスキルを持つ人材をどのように生かしていくのか、今後の制度活用事例に注目したい。
今回は地域おこし協力隊と地域活性化起業人について紹介してきたが、地域に関わる方法はそれだけではない。地域企業への就職や、リモートワークでの移住などさまざまな選択肢がある。広い視野を持って慎重に検討し、理想の暮らしやキャリア形成に近づいてもらえたらなによりだ。
公開日:









