国際色豊かなメンバーの偶然の出会いが有田川町にブルワリーを生んだ

和歌山県の中央部にある有田川町は町の名まえが示す通り、高野山に端を発する清流・有田川沿いにある町。ここに2つの個性的なブルワリーがある。ひとつは2016年に閉園した田殿保育所跡を改装し、2019年5月に創業した「NOMCRAFT BREWING(ノムクラフトブリューイング。以下ノムクラフト)」。

名称の「NOMCRAFT」は外国人でも覚えやすい日本語「飲む」と英語の職人「craft」を掛け合わせたもの。その発想から分かる通り、ノムクラフトはアメリカ、イギリス、ドイツなど海外から集まった3人と日本人2人で経営されており、メンバーも国際的なら目指すのも世界。世界市場でも選ばれるビールを目指している。

そんな国際色豊かなメンバーがなぜ、有田川町に集結したのか。同ブルワリー代表取締役の金子巧さんによると偶然の積み重ねが人々を有田川町に導いたという。

旧田殿保育所を再生した複合施設THE LIVING ROOMの一角にあるノムクラフト。ノムクラフト入口の壁に残されている絵は保育園時代からのもの。建物内のあちこちには元保育園だった記憶が残されている旧田殿保育所を再生した複合施設THE LIVING ROOMの一角にあるノムクラフト。ノムクラフト入口の壁に残されている絵は保育園時代からのもの。建物内のあちこちには元保育園だった記憶が残されている

金子さん自身は教育系の大学を卒業後、そのまま先生になるというルートに共感できず、一回り上の友人の生き方の刺激を受けて海外へ。ワーキングホリデーの制度を利用、世界のあちこちを訪ねているうちにカナダでクラフトビールと出会う。

「カナダのジャスパーという街のブリューパブ(醸造所併設のレストラン)でアルバイト。早朝からロッキー山脈の大自然の中で釣りをして戻って昼寝、午後から仕事という生活をしていた時に日本人のビール職人と出会いました。彼はパン職人を辞めて醸造家をしており、釣りのスキルを教え、ビールのあれこれを教えてもらうという関係でした。また、ジャスパーでは今、ノムクラフトで一緒に仕事をしているジュンヤとも知り合いました。
その後、アメリカのポートランドにいた時に、近郊の小さな菜園を見学に出かけたら、たまたま日本から来た視察の人たちと一緒になりました。それが有田川町からきた人たちで、そこで出会ったのが現在ブルワリーの出資者となっている4人のうちの3人です。うち2人は有田川町の人で、彼らに誘われて有田川町を訪ねることになりました。
まだ2年は自由に暮らそうと考えていましたが、わざわざポートランドまで視察に来る有田川のまちづくりに興味がありましたし、みかんの仕事もあるということで、2~3ケ月滞在するつもりで訪ねることにしました」

旧田殿保育所を再生した複合施設THE LIVING ROOMの一角にあるノムクラフト。ノムクラフト入口の壁に残されている絵は保育園時代からのもの。建物内のあちこちには元保育園だった記憶が残されている金子さんとヘッドブリュワーのアダム。シカゴ出身でビールソムリエの資格を持ち、常に新しいビールを生み出そうとしている

有田川の良質な水が多種のビール醸造を可能に

そこで有田川町でブルワリーを作ろうとしていたアダムとベンに出会う。金子さんが出会った時点では彼らは母国に帰っていたが、その前には大阪で英語の先生をしており、醸造所を作りたいという夢を持っていた。

どこで作るかを考えた時に候補に挙がったのが有田川町。その理由は高野山からの伏流水である水質の良さ、みかんや山椒などの副材料に恵まれていることに加えて候補になった建物が元保育所で給食室があったという3点。新たに作らなくても作業に必要な最低限の設備が整っていたのである。

有田川町と彼らのやりとりに金子さんは通訳として参加。ベンがポートランド出身だったことで話が弾み、そのうちに金子さんもブルワリープロジェクトに合流することになった。

現在は金子さん、アダム、ジュンヤに加え、有田川町にALTとして勤務、よくブルワリーに遊びに来ていたギャレスがセールス担当として加わり、さらにイギリスのブルワリーでジュンヤの先輩だったマークが参加、5人でブルワリーを切り盛りしている。

ノムクラフトが入っている施設全景。手前にビアバーが入っており、ノムクラフトはその隣にあるノムクラフトが入っている施設全景。手前にビアバーが入っており、ノムクラフトはその隣にある
ノムクラフトが入っている施設全景。手前にビアバーが入っており、ノムクラフトはその隣にある施設内にはノムクラフト、ビアバーのほか、パン屋さん、まつげサロン、ゲストハウスが入っている

そのノムクラフトのビールだが、訪れていくつか、驚くことがある。ひとつは種類の豊富さ。定番の3種類に加え、準定番も加えると計11種類があり、さらに毎週新しいレシピのビールが登場。異なる味わいのビールが日々研究され、作り続けられているのである。

これが可能なのは水の良さがあってのこと。ノムクラフトで使っているのは「空海水」と呼ばれる有田川流域で古くから日本酒作りに使われてきた水だ。

「ビールはモルト、ホップ、酵母を使って作られていますが、大半は水。水によって違いが生まれるわけで、たとえばイギリスの水は硬水で、各ビールスタイルを生かした水質調整が難しいと聞きます。ところが有田川町の水は言ってみれば無地のキャンバス。専用の化合物を加えることで水をデザインすることができ、どのようなスタイルのビールでも、その味わいをよりおいしく楽しめる水を生み出すことができます」

ノムクラフトが入っている施設全景。手前にビアバーが入っており、ノムクラフトはその隣にある入ったところでビールを販売、奥が事務室、醸造場となっている。この日売られていたビール
ノムクラフトが入っている施設全景。手前にビアバーが入っており、ノムクラフトはその隣にある種類にもよるがテイスティング、量り売りも可能

2024年IPA部門で日本一になったノムクラフトの「オクトパスキング」

水の良さはおいしさにもつながる。ノムクラフトは創業5年目の2024年2月に横浜で開かれた「JAPAN BREWERS CUP 2024」のIPA部門で1位に選ばれている。同社にとっては3回目の挑戦で、初回は全部門で予選敗退というから短期間で一気にレベルアップしたということになる。

同コンペティションは2013年に始まり、2024年で10回目。淡色ラガー、濃色ビールなど6つの部門に全国130醸造所から515銘柄が出品され、醸造家139人が審査員を務めた。そのうち、ノムクラフトは全部門最多の140銘柄がエントリーしたIPA部門で1位に選出された。その商品「Octopus King(オクトパスキング)は豊かな香りが印象的なキリリとした味わいで、一口目の印象が強烈な一品だ。

また、淡色エール部門でも82銘柄から同社の「Tengu Groove(テンググルーブ)」が5位に。さらに各醸造所の出店ブースのデザインを競うブースデザインアワードでも1位を獲得している。

「JAPAN BREWERS CUP 2024」のIPA部門で1位に選ばれたオクトパスキング。味、香りはもちいろん、記憶に残るネーミング、イラストのデザインも特徴
「JAPAN BREWERS CUP 2024」のIPA部門で1位に選ばれたオクトパスキング。味、香りはもちいろん、記憶に残るネーミング、イラストのデザインも特徴
「JAPAN BREWERS CUP 2024」のIPA部門で1位に選ばれたオクトパスキング。味、香りはもちいろん、記憶に残るネーミング、イラストのデザインも特徴
この日のビールを試飲。緑のシャツの男性はドイツから来たマーク

種類の豊富さ、味わいに加え、目を惹くのはポップでアーティスティックなラベル。金子さんがノムクラフト始動以前に醸造を学びに行ったメルボルンで出会った、現在シアトル在住のタトゥーアーティスト、Chilmsferd Tharenceの手によるもので、ビールの種類ごとに異なる絵柄が描かれている。

「いつかブルワリーが実現したらラベルを頼みたいと約束していました。日本ではこの数年で400社くらいだったクラフトビール醸造所が900社近くにも増え、ライバルは多数。アメリカでは現状横ばいだそうですが、私たちは日本で作っているけれどアメリカでも受けるものをと考えています。だからラベルアートも見た目アメリカンなテイストに。見た目にインパクトがあり、覚えてもらいやすく、リピートを得やすい。味5割、ジャケット5割というところでしょうか」

準レギュラーのビールの中には国内のアーティストに依頼するものもあり、そうしたものは一期一会。出会った時に買わなければ二度と手に入らないものだ。

「JAPAN BREWERS CUP 2024」のIPA部門で1位に選ばれたオクトパスキング。味、香りはもちいろん、記憶に残るネーミング、イラストのデザインも特徴
店頭にはビールの缶のイラスト作者の紹介も。ビールのスタイルごとにテーマを決めて、それをデザインにも反映させているそうだ
「JAPAN BREWERS CUP 2024」のIPA部門で1位に選ばれたオクトパスキング。味、香りはもちいろん、記憶に残るネーミング、イラストのデザインも特徴
イラストを生かしてTシャツやニット帽などのアパレル、缶クーラーなども販売している

地元を大切にしながら世界でも名があがるブルワリーを目指す

その一方でノムクラフトは、地元も大事にしている。

「ポートランドで有田川町の人に会った時にまちづくりをやっていると聞いて、何それ?と関心を持ちました。実際に来てみて町の人の温かさに感銘を受けました。といっても日常で何か町のためにやるというのではなく、シンプルにおいしいビールを作り続けることがまちづくりに繋がるものと思っています。作れば作るほど手に取る人が増え、有田川町の認知度が上がるだろうし、中には実際に現地に行ってみようと思う人も出てくるかもしれない。そういう循環を目指しています」

そのために今、考えているのは工場の拡張だ。現時点では年間70キロリットルほどを醸造しているが、作る量が限られているため、1~2日で無くなってしまうビールもある。定番商品がいつもあるようにする、いずれは直営で飲食店も持ちたいと考えると生産量を増やす必要があり、現在の3倍くらいは作れるようにしたいと考えている。すでに現在の敷地内の配置転換でスペースを生み出す計画があり、それほど遠くないうちに生産量をアップできるはずだ。

「愛飲者は30~40代が中心ですが、このところ20代も増加。女性も想定以上に多く、おいしいものを少量という楽しみ方ができることを考えると、今後、もっとクラフトビールは選ばれるようになっていくのではないかと考えています」

当初は瓶からスタート、現在は缶が主体となっている当初は瓶からスタート、現在は缶が主体となっている
当初は瓶からスタート、現在は缶が主体となっているさまざまなタイプのクラフトビールが並ぶ圧巻のラインナップ。端から全部飲んでみたいと思うのは私だけだろうか

また、今後は地元有田川、さらに和歌山でもっと愛されるブルワリーになれるように、ローカルイベントにも注力していく予定。長く愛される、和歌山といったら世界でも「ああ、あそこ!」と名前があがるブルワリーを目指していただきたいものである。

現在は醸造所以外にJR西日本紀勢本線の藤並駅にある有田川町の観光案内所や町内の丸十家具、石本酒店や周辺の市場や道の駅などで販売されているほか、周辺の飲食店でも提供されている。地元以外で手にいれるならオンラインストアが良い。目を惹くデザインのTシャツなども販売されている。

ちなみに醸造所の隣には出来立てのビールが楽しめるビアバーGOLDEN RIVERもある。本格的でボリューミーなハンバーガーなどのアメリカンフードとともに冷えた個性的なビール。良い体験になるはずである。

当初は瓶からスタート、現在は缶が主体となっているそれぞれのビールには味や切れなどの特徴が記載されており、好みのものを選べるようになっている
当初は瓶からスタート、現在は缶が主体となっているノムクラフトのお隣にあるビアバーGOLDEN RIVER店内。その日のクラフトビールのラインナップはインスタグラムで確認してほしいとのこと

有田川町の農作物からオリジナルビールをつくる「ブルーウッドブルワリー」

さて、有田川町のもうひとつのブルワリーはワールドワイドなメンバーが揃うノムクラフトとは異なり、曾祖父の代からこの地で店をやっているという有田川町ネイティブの有限会社アオキヤ、児島章さんが営むブルーウッドブルワリー。

「農家と兼業で雑貨店をやったりしていましたが、昭和28年、和歌山で大水害があった年に祖母が酒類免許を取得、それ以降は酒屋専業でやってきました。
店を継いだ時点では地元飲食店に酒を卸す業務用販売が中心で、通販をやってもどこの店も同じような商品しか扱っておらず、差別化ができない。若い世代はまちの酒屋ではお酒は買わないし、価格では量販店には適わない。だったら、何か、オリジナルな商品を持ちたいなと考え、それなら、自分も好きで、誰でも気軽に飲めるビールがいいんじゃないかなと思うようになりました」

青木屋酒店なので「ブルーウッド」というネーミングは分かりやすい。児島さんが抱いているのはブルワリーのマスコット青木屋酒店なので「ブルーウッド」というネーミングは分かりやすい。児島さんが抱いているのはブルワリーのマスコット

小規模醸造所の開業支援をしている会社の醸造セミナーを受講するところからビール造りの勉強をスタート。2015年には小規模でも教えてくれると聞いた岡山県にある「吉備土手下麦酒醸造所」を訪れて社長に熱意を伝えて研修を受講。店を切り盛りしながら1年半から2年ぐらいかけて岡山と和歌山を行ったり来たりして勉強をした。

その間には並行して醸造設備の選定や税務署に提出する申請書類などの開業準備も進めた。ちょうど同じタイミングで研修を受けていた奈良県の「なら麦酒ならまち醸造所」のオープン時には店づくりの手伝いも経験した。

試行錯誤しながら書類を作成、何度も税務署などとやりとりを重ね、ようやく、醸造免許が取れたのが2017年7月。醸造所は店舗の奥にあり、小規模なタンクが並ぶコンパクトなスペース。ほとんどを手作業で行うマイクロブルワリーである。

青木屋酒店なので「ブルーウッド」というネーミングは分かりやすい。児島さんが抱いているのはブルワリーのマスコット店頭に飾られていた手書きのビールができるまでの工程。児島さんのビール愛が伝わる
青木屋酒店なので「ブルーウッド」というネーミングは分かりやすい。児島さんが抱いているのはブルワリーのマスコットごくコンパクトな作業場。一人でクラフトビールをつくっている

みかん、梅、山椒から桜の花びら、備長炭とさまざまな地元の産物をビールに

和歌山の農産物でつくられた各種のビールが冷蔵庫にずらり和歌山の農産物でつくられた各種のビールが冷蔵庫にずらり

その分、さまざまな挑戦や実験も行えるため、児島さんは次々に和歌山の産物を使って他にないビールを作りだしている。商用醸造を始めて最初に造ったのが、有田みかん、紀州の梅を使った2種類のビール。地元の産物を使うといえば、みかんに梅だろうというわけである。

ところが、初めての仕込みの時期はみかんの季節ではなかった。まだ、今のように材料の調達法などについての知識もなかったことから、高価なハウス栽培のみかんを購入、自分で搾って作ったのだとか。非常に高いものについたはずだが、評判は良かった。地元の人たちからすると大手の全国統一ブランドだけがビールと思っていたところに、地域の産物が入った、いつもと異なる香り、味わいのビールである。

「地元のお祭りに合わせて仕込んだのですが、地元の人は果物を使ったビールを飲んだことがない人ばかり。これがビールなの!? ってビックリされたり、おもしろがられたり、いろんな反響をもらいました」

和歌山の農産物でつくられた各種のビールが冷蔵庫にずらりビールのラベルに使われているのはブルワリーのマスコットをアレンジしたイラスト

みかん、梅だけでなく、和歌山には数多くの農産物がある。そこで児島さんはさまざまなものを試してきた。現在の定番商品としては最初に作ったみかんのほかに、備長炭(!)、山椒などがあり、限定品としては梅、すもも、いちご、レモン、巨峰、すいか、キウイ、はっさく、でこぽん、桜の花びら、しょうがなど。

「すいかは瓜のような独特の香りがします。桜は近所の神社から花びらをいただき、それを保存、翌年の1月に仕込んで桜の時期に発売します。季節限定の定番になりつつあります。変わり種では最近、シナモン、レモンなどで作ったクラフトコーラが受けていることから、同じクスノキ科の常緑樹から作られるニッキを入れたものを作りました。ラムネのコーラのようなビールになりましたね」

児島さんはこうしたビールを作ることで地域の産物を知り、生産者とも繋がってきた。最近では生産者から「これを使ってビールを作れないか」という相談を受けることも増えてきた。和歌山の名産品をビールを通じてPRしているようなものである。

和歌山の農産物でつくられた各種のビールが冷蔵庫にずらりビール以外にも何か…と造ったクラフトジン。山椒を使っているという

クラフトビールを通じて他の地域の人たちと繋がる楽しみも

また、自分の店で売るだけでなく、イベントその他で広く販売することで縁が広がってきているのも楽しみだと児島さん。

「酒屋として営業している時には地元の人だけが相手でしたが、イベントなどに出店するとさまざまな地域から人が来てくれ、縁が広がり、知り合いも増える。樽で扱ってくれる店も県外が多く、それによって和歌山、有田川町を知ってもらい、来てもらえるのはうれしいことです」

現在の生産量は年間10キロリットルほど。1ケ月で3000本ほどという換算で店で販売するほか、県内の大きな土産物店や道の駅、JR和歌山駅などで売られているほか、オンライン、ふるさと納税などでも手に入れることができる。

店内ではビールの量り売りも行っている店内ではビールの量り売りも行っている

「始めた頃はまだクラフトビールは一般的ではなく、店に並べても冷酒と同じ価格のビールかと言われたものですが、今では扱ってくれる店も増えました。連休にはわざわざ県外から買いに来てくれる人もおり、すそ野が広がってきたことを感じます」

といっても拡大は考えておらず、目の届く範囲でさまざまな実験をしながら地元の農産物を楽しめる、個性的な商品を作り続けたいと考えているという。取材の日には11種類ものビールが並んでおり、バリエーションは豊富。有田川町を訪れる際には2つのブルワリーの飲み比べ、全種類大人買いをぜひ!

■取材協力
ノムクラフト https://nomcraft.beer/
ノムクラフトオンラインショップ https://nomcraftbrewing.stores.jp/
GOLDEN RIVER https://golden-river.jp/information.html
Chilmsferd Tharence  https://www.instagram.com/illustrativewest/

ブルーウッドブルワリー https://www.bluewood.beer/

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