クローン病と闘う友人をヒントにトイレ中心の空間が誕生
「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2023」。今年も12月14日に第11回のリノベーション・オブ・ザ・イヤー授賞式が行われた。
今回、総合グランプリを受賞したのは、なんとトイレである。選考委員長であり、リノベーション協議会発起人の島原万丈さんの発表に、会場にいた多くの人たちの頭の中にクエスチョンマークが浮かんだに違いない。
トイレ、あの狭い場所をどうリノベーションしたというのだろう? しかも、それが総合グランプリを獲得するだなんて。
同作品で添付された写真は7枚。その7枚が7枚ともトイレ。しかも、なんの仕切りの無い部屋に置かれた便器をいろいろな角度から撮影した写真で、これをどう評価したらよいのだろうと島原さんをはじめ、審査員も全員、この作品には戸惑いを感じたという。島原さんは当初、かなり個性的なニーズを持つ施主の要望に応えたコンテスト受けを狙ったエントリーなのでは?と思ったそうだ。
しかし、それは大きな勘違いだった。このトイレは腸に炎症を起こす病気である「炎症性腸疾患」(IBD:inflammatory bowel disease)のうちのひとつ、クローン病と闘う友人をヒントにさまざまな消化器系の疾病を持つ人たちの知られざる苦労を知ってもらうために企画されたリノベーションだという。
クローン病では口から肛門までの消化管すべてにびらん(ただれ)や潰瘍ができることもある病気で、腹痛、下痢が主な初期症状。トイレで過ごす時間が長くなるものの、トイレにばかり行っているとは思われたくない。その時間を少しでも快適に過ごしたい。そんな想いに応えて気持ちの良い、誰にも優しい空間としてトイレをリノベーションしたと受賞作品「誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間『プレミアムT』」を設計した株式会社bELI AFTYの田平生樹さんは言う。
これまでのリノベーションは無意識のうちに健常者を対象と考えており、そうではない人達の存在を見ていなかった。それに気づいた途端に「戸惑いは衝撃的な腹落ちとともに称賛に変わった」と島原さん。
審査員のひとり、株式会社扶桑社リライフプラス編集長の君島喜美子さんは「リノベーションには医療だけではカバーできない部分を補う力があると感じた」と評しており、病気ではなく、暮らす人にフォーカスすることで空間は人生に寄り添える存在になれると思ったという。
2023年はもう1作品、What is Barrier “Free” ?(株式会社grooveagent)が車椅子生活の施主のために実用性だけでなく、デザインにもこだわったバリアフリーを実現、ユニバーサル・デザイン賞を受賞している。
買取再販にもメッセージ性のあるリノベーション作品が登場
ところで、総合グランプリ作品のトイレは驚くことに買取再販モデル。不特定多数を相手にする買取再販でのリノベーションでは万人受けする作品が多くなりがちだが、そこにこれまでなかった作品を提案したという点に審査員全員が驚いた。
審査員のひとり、株式会社リクルートSUUMO編集長の池本洋一さんによると2020年から2021年にかけて中古マンション市場では素のままの物件より、リノベーション済みの買取再販物件が多くなったという。その結果、嫌われない、オーソドックスなリノベーションが増えているものの、景気が悪化する中、思い切ったもの、メッセージ性のあるものが選ばれるようになっているとも。選ぶ側としては同じようなモノばかりが並ぶ市場よりも、選択肢のある市場であるほうがうれしい。
その点では同じく買取再販で古材の利用が目を惹いたレスキュー・リノベーション賞に輝いた「東京下町の古民家よ、再び」(株式会社コスモスイニシア)にも注目が集まった。
この作品は普通は解体後に捨てられてしまう古材を住宅内各所に使用、マンションというのに戸建ての風情を感じられる、新しくしたというのに時代を感じられる佇まいが魅力的な物件。
ゲスト審査員の漫画家で「魔法のリノベ」作者・星崎真紀さんの評は「然るべき人に選ばれる家であり、またこの家も住まうひとを選ぶ。そんな出会いまで見届けたく思うリノベーション作品だ」というもの。手の入れ方ひとつで一般的な箱だった部屋が一目惚れされるような住まいに生まれ変わる。星崎さんの作品ではないが、これこそ、魔法のリノベだろう。
コスト削減につながるどうかは使い方にもよるだろうが、建築資材が高騰する今、古材利用は個性プラスαの手としてもっと検討されても良いような気もする。
ちなみに今回から、一住戸のリノベーションの価格帯による別部門分けが改編された。これまで500万円未満/1000万円未満/1000万円以上となっていた部門がそれぞれ、800万円未満/1500万円未満/1500万円以上となったのである。この背景には前述した通り、建築資材、さらに人件費等の向上がある。
すでに数年前から500万円未満部門のエントリーが減少、1000万円以上部門の比重が年々高まっていたそうで、実情に合わせた改編である。これまでの部門分けからすると高くなったような印象を受ける人もいるかもしれないが、それでも1500万円以上部門へは他部門を凌ぐ最多88作品がエントリーしている。
地方の一戸建てリノベーションの圧倒的な豊かさに注目
しかも、そのうちには施工費2000万円台、3000万円台以上の、地方であれば土地付き新築一戸建てを買えるような価格帯の作品も少なくない。主役は地方の戸建てリノベーションで、1500万円以上部門で最終審査対象にノミネートされた22作品のうち14作品は戸建て。全部門でみても戸建てが22作品となっており、これは過去最高。かつてはリノベーションといえばマンションだったが、徐々に一戸建てが主役となりつつあるわけだ。
当然、そのうちからいくつか、受賞作品が出ている。たとえばずばり1500万円以上部門で最優秀賞を受賞したのは新潟県長岡市の築125年という古民家の改修「戻す家」(株式会社モリタ装芸)。半年ほど探し回って見つけた住宅は外部はぼろぼろで廃墟のようだったものの、豪雪地帯で時代を生き抜いた柱と梁は見事の一言。
改修ではそれを生かし、手間をかけて現代の暮らしに合うように行われた。エントリーの文章で感動したのはその手間もさることながら、改修に施主夫妻の親たちが参加、完成後は住宅を介して関係が深まった、というくだり。一緒に改修した家は買っておしまいの家とは違う価値を持つのだろうと羨ましく思ったものである。
受賞したモリタ装芸は昨年も「総二階だった家(平屋)」で総合グランプリを受賞している。その時の作品は空家となった実家のリノベーションで建替え、リノベーションの二択を提案、丁寧な対話を続けた結果とあった。建築系のアワードと聞くと技術、デザインなどが評価されるように思われるが、その背後には対話があり、そこで施主との間に築いた良い関係が続けての受賞につながったのだろうと思った。
ライフ・リノベーション賞を受賞した「緑とミドリ、お家とお店」(株式会社日々と建築)はセカンドハウスとして使われていたハウスメーカーの軽量鉄骨造の小さな平屋を木造在来工法で増築したもの。ビフォーとアフターは同じ建物とは思えないほどの大変貌を遂げている。もちろん、それなりの金額はかかっているが、これだけ変わるなら、それもありと納得する変化である。
手掛けた日々と建築は初エントリーで初受賞。しかも、施主から勧められてぎりぎりに申し込んだのだとか。施主は移住者でこの作品は店舗併用住宅。この建物の存在が移住につながったのだろうと考えると、住宅の質を上げることは移住促進につながるのかもしれない。
事業者が選ぶPLAYERAS CHOICE賞は団地リノベがダブル受賞
同じく移住者が改修した家としてはディスカバー・リノベーション賞を受賞した「風通る、地域コミュニティの再編」(paak design株式会社)がある。鹿児島県姶良市の大地主の家だった邸宅をオーストラリアからの移住者が鬱蒼とした森の中から「発見」。
そこに5000万円の施工費をかけて改修したもので、古さと新しさ、和と洋のバランスのよいおおらかな空間が魅力的。日本の住宅の魅力を外からの目で発見、新たな価値が与えたものともいえ、こうした事例が積み重なることで古いものにあまり好意的でない人達の意識が変わっていくことを期待したい。施主は地域のコミュニティにも積極的に関わっているそうで、古いモノに対する目以外に地元にも変化をもたらしそうだ。
もうひとつ、一戸建てでは継ぐつもりではなかった実家を工務店の5代目がリノベーションした「タクミノイエリノベ2」(有限会社 斉藤工匠店」が実家リノベーション技術賞を受賞した。親が一人で住む広い実家の、物置になりがちな2階をまるでカフェのような空間に変えたもので、地方の住宅ならではの大きな空間がなにより圧倒的。地方の空間は豊かである。
ここまで買取再販、一戸建てリノベーションの受賞作品とその背景などについてご紹介してきたが、以降はそれ以外の作品について触れていこう。まずは800万円未満部門で最優秀賞、さらに今年初めて設けられたPLAYERAS CHOICE賞をダブルで受賞した「これからの団地リノベのあり方を問う。」(株式会社フロッグハウス)。
PLAYERAS CHOICE賞は2023年に新設された賞で、メディア関係者の審査員が選ぶ従来のアワードとは異なり、エントリーした事業者の投票による事業者目線で選ぶというもの。自社には投票できないので事業者は自社以外でもっとも魅力的と思った作品に投票することになる。
団地、賃貸住宅は、リノベーションで差別化
ダブル受賞したフロッグハウスは2021年に団地に水色のビートルを置いた斬新なリノベーション「ビートルに乗ってリゾートへ?いえ、ここは団地の一室です」でフリーダムリノベーション賞を受賞、多くの人に強い印象を与えた会社。翌年には「納屋と団地、小さなまちの職住一体のカタチ」でまちのクリエイティブ・リノベーション賞も受賞しており、着実に歩みを進めてきた感がある。
遊び心、地域のコミュニケーションと来て今年2023年は団地の性能向上という新たなジャンルに挑戦しており、神戸住環境整備公社が公募した団地リノベのモデルハウスとして採用された作品である。
同作品では壁の断熱改修を実施、冬でも暖房無しで過ごせる日があるほどに暖かな住まいとした。加えて玄関と水回りの面積を1.5倍に拡大。それによって収納のなかった玄関に収納、ベビーカーのおける空間を確保、水回りには脱衣所、室内干し空間を作った。回遊性の高いキッチンも団地では珍しいところ。
若い人達に好評なだけでなく、長年団地で暮らしてきた高齢の住民たちが見学に訪れ、いずれ息子、娘を呼び寄せる際にヒントになるとの声もあったとか。リノベーションで暮らしやすくできれば古い団地でも十分快適に暮らせることが広く伝われば、空家にするのではなく活用しようという人も出てくるのではなかろうか。世の中に古い団地が多く存在することを考えると、この受賞には大きな意味があるように思える。
団地同様、賃貸住宅も世の中に多いことを考えると「遊び心は無限大!顧客に響く賃貸リノベ」(株式会社住環境ジャパン)がフレキシブル・リノベーション賞を受賞したことにも意味があろう。
元々は入ったところにダイニングと水回り、バルコニー側に2室というよくある間取りを寝室1室だけを個室とし、それ以外を回遊できる大きな空間とした。内装建材、住宅設備、インテリア商品の企画・開発・販売をする株式会社TOOLBOXが提案する中古マンション向け定額制リノベーションパッケージ、ASSYを利用して作られている。同社は個性的な物件を紹介してきたことで知られる東京R不動産が経営しており、選ばれる物件の要素がフルに盛り込まれている。
審査員の株式会社LIFULLのLIFULL HOME'S PRESS編集長・八久保誠子さんが評した通り「賃貸だから、というあきらめはすでに不要である」と思わせてくれる作品である。
リノベーションにおける「問いを立てることの大事さ」
前述のレスキュー・リノベーション賞に輝いた「東京下町の古民家よ、再び」(株式会社コスモスイニシア)では古民家の建具がマンションのリノベーションに使われたが、今年の受賞作品には他にも和の素材を組み込んだものがいくつかあった。
たとえばその名も伝統建材リノベーション賞を受賞した「新しい価値観の持ち主たちへ。」(株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)では大学キャンパス内のカフェに瓦が用いられている。中央のカウンターの屋根、3500枚もの瓦を積み上げた『KAWARA WALL』に使われたのは約100年ほども使われてきた廃材。審査員の日経BP日経アーキテクチュア編集長の佐々木大輔さんの評は「SDGsの観点からも注目に値する」。地域の人たちにも開放されたカフェだそうで、山梨学院大学近くを訪れることがあったら見に行きたいものだ。
和洋折衷リノベーション賞の「松竹梅の「欄間」 ―ローテンブルクと時の記憶―」(G-FLAT株式会社)もタイトル通り、欄間を生かしたデザインが目をひいた。どことなく障子を思わせる意匠も取り入れられており、それが違和感なく馴染んでいる。
劇的ワンポイント・リノベーション賞の「A Castle "In the House"」(株式会社ブルースタジオ)では子ども部屋を独立させるために壁を作った作品だが、その子ども部屋への扉には日本の伝統的な技法である組子細工が。この作品の施主夫妻は日本、スペインの出身とのことで、ドアの脇にはスペインのタイルも使われていた。
いずれ出てくるのではないかと予想していたのが「動く家」(有限会社中川正人商店)。施主からの「キャンピングカーを家のようにリノベすることはできますか?」という問いに応えてつくられたもので、広さはもちろん、それ以外にもある多くの制限を乗り越えて快適な住まいを実現した。
審査員のルームクリップ株式会社RoomClip住文化研究所 特任フェロー・徳島久輝さんは講評で「問いを立てることの大事さ」を話した。今回はこれに限らず、従来の枠を超えた作品が多かったが、それは施主から、あるいは企画側からの問いがあったからだろうとも。常識は新たな問いによって乗り越えられていくわけだ。
『魔法のリノベ』漫画家・星崎さんとTOKOSIE編集部ライター斉藤アリスさん。ゲスト審査員2人の知見に拍手
88社、267作品のエントリーに9万を超すいいね!がついた2023年だったが、例年以上に粒揃いで、ここまで書いていながら受賞作品のうちでもまだ紹介できていないものも多い。以下、簡単に一言ずつご紹介しよう。
前述の瓦を利用した「新しい価値観の持ち主たちへ。」は山梨学院大学が施主だったが、インキュベーション・リノベーション賞は「近大発ベンチャー創出拠点「KINCUBA Basecamp」(リノベる株式会社)は近畿大学。これまでに無かった施主の登場だが、今後もこの傾向が続くとしたらおもしろい。
一度リノベーションをしたらおしまいではなく、家族の変化に合わせて次もという例が増えていることを反映してか、1500万未満部門最優秀賞の「アウトラインの行方」(株式会社grooveagent)は次のリノベの手がかりを残した仕上げになっている。普通の家にはないラインが子どものインテリア、住環境への関心に繋がってくれればという審査員・徳島さんの言葉に思わず、頷いた。
一方で高齢化社会を反映、子どもが育った後の夫婦の暮らしをデザインしたウェルネス・リノベーション賞「健康寿命社会 ~もう一度ふたり暮らし~」(株式会社アネストワン)も今後、増えそうなジャンル。今回、トイレ、車椅子と出てきたところで、次はさらに進んで介護生活をより快適にする、実用本位の病院ライクではないリノベーションが出てきたら面白いのにと妄想する。
個人的に取材に行ってみたいと思ったのは無差別級部門最優秀賞の「「記憶」を刻み、「記録」を更新する『the RECORDS』」(株式会社拓匠開発)、連鎖的エリアリノベーション賞の「お手本のようなエリアリノベーション」(株式会社タムタムデザイン)。今回、比較的まちのリノベーションが少なかった印象を受けたが、点を打つことでまちが変わるのはリノベーションの醍醐味だろう。
最後にゲスト審査員の2人がすごく良かった件について。今回、前述の漫画家・星崎さんに加え、TOKOSIE編集部ライター、モデルの斉藤アリスさんが加わり、前回の女性2対7から男女半々に。単に数だけの問題ではなく、お2人の仕事を通じた知見が今回のアワードに厚みを加えてくれた。
星崎さんは施主、事業者の思いややりとりを深く想像、それに沿ったコメントが印象的だったし、グランプリのトイレを強く推したのは斎藤さんだったとか。新たな視点が入ることで、リノベーション・オブ・ザ・イヤーの世界が広がったようだ。
加えて、こうした人達が育ってきた11年を思いもした。アワードが始まった当時は「リノベーション、何、それ?」に近い状態だったが、それ以降、リノベーションの認知度は大きくアップした。それが今回のゲスト審査員を育んでもきたと思うと、2023年からの次が楽しみになってくる。
と言いつつ、建材、人件費の向上や断熱性能がより求められるなど良いリノベーションをするためのハードルは上がりつつある。最後の協議会会長・内山博文さんの挨拶に身の引き締まる思いをした関係者も多かったのではなかろうか。
社会の波に負けない、新しい作り方をリノベーションしていただきたいものである。
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