耕作放棄地や遊休地を、桜の畑へ変えたい
山間の集落や都市の近郊でも、元は田畑であったであろう空き地を目にすることが増えた。耕作放棄地・遊休農地は農業の担い手不足や高齢化によって増え続けており、今や全国的な課題といえる。こうした地方課題を解決したり、日本の文化を継承したいという想いから、桜を植える活動を進めてきた人物がいる。
桜の植樹といっても、観る桜ではなく食べる桜。まず、食べる桜といえば、真っ先に浮かぶのが桜もち。300年前に桜の名所である江戸・向島で、長命寺の寺男がもちを桜葉でくるんで出したのが始まりとされる。2000年代からは桜風味の洋菓子も増え始め、今や春になると桜スイーツが花盛りだ。
ところがこの桜スイーツブームに、国産食用桜の供給が追いつかないのが現状だという。食用の桜葉は畑で栽培されるのだが、 既存の産地では高齢化や後継者不足が進んでいて、中国産に頼るところが大きい。桜という日本文化を楽しむのに海外に依存している状況は、実にもったいないこと。「何とか国産食用桜の文化を残せないか」と、平出眞さんは産地づくりに奔走し始めた。
平出さんは菓子副材料製造卸の山眞産業(株)花びら舎の代表であり、桜スイーツの仕掛け人とも呼ばれている。「桜栽培は本業の一環では?」と思うかもしれないが、平出さんの“桜推し活”は仕事を超え、もはやライフワーク。全国の桜の名所や名木を訪ね歩き、桜についての講演や執筆を行い、観る桜の植樹による町おこしもサポートするようになった。
桜もちの葉に使う「大島桜」は、北海道以外で栽培できる
桜もちの桜葉はソメイヨシノではなく、伊豆で自生していた野生種「大島桜」が今も使われている。「最初の桜もちに使われたのが大島桜だった、というのが単純な理由です。大島桜はとくに芳香成分が多いことも大きかったのでしょう」と平出さんは推測する。
この食用桜葉の一大産地は西伊豆の松崎町で、国産の8~9割を占めている。松崎町ではもともと山に自生していた大島桜の葉を収穫していたが、昭和30年頃から本格的な桜葉栽培にのり出した。
「大島桜は生長が早く繁殖力が高いので、北海道以外の日本全国で栽培できます。苗木を植えて3年ほどで収穫でき、収穫期が5~8月までと長期間にわたるのも特徴です。毎年、落葉した後は根元30cmほどまで剪定し、春に新しく伸びた新枝の葉を摘むので、収穫時の樹の高さは身長ほどですね」
丈夫で収穫期間も長く、需要もある。それではどうして産地が衰退しているのだろう。これは全国各地の地方課題と同じく、過疎高齢化による後継者不足にあった。
「西伊豆はリゾート地として栄えていましたが、バブル崩壊や地震の影響で過疎が進み、農業の担い手の高齢化が進みました。当然、生産量が下がり、桜葉の主な生産地は中国に移っていったのです」
桜文化の危機的な状況に直面し、平出さんは高遠桜の名所で知られる長野県伊那市に働きかけた。2012年に「農産物として桜の地域特産化」プロジェクトがスタート。ここで遊休農地や耕作放棄地を活用する取組みが注目され、町おこしを考える市町村から声がかかるようになったそうだ。
京都・与謝野町は「日本一の桜のまち」を目指し、立ち上がった
では、どのような動きがあるのか。平出さんが成功例として教えてくれたのが、京都府与謝野町の「百商一気」による「桜プロジェクト」。地元の商店主らで合同会社を立ち上げ、日本一の桜のまちを目指すという取組みだ。与謝野町は天橋立がある宮津市の隣町であり、多くの観光客が通過してしまうこと、農業や特産品の丹後ちりめんが高齢化で先細りしていることが悩みの種だった。
そこでまずは「観る桜」として2017年から桜の植樹を先行し、観光マップを作成。「食べる桜」として2020年から桜葉漬の大島桜を2,000本と桜花漬の関山50本を順次植樹していった。大島桜は順調に育ち、2年目の2022年に初収穫して塩漬けにした桜葉が、2023年春に初販売された。「京都産の桜葉」という地名にもブランド力がありそうだ。
「与謝野町が成功したのは、法人化して、商店主や農業者などが一丸となって取り組んだことが大きいです。やはりひとりの力では文化継承は難しいですから。食用桜の栽培のサポートのほか、町内の飲食業者に向けて桜メニューづくりの講習会も行いました。今年は各店で桜のお菓子や料理が続々と登場しています」
与謝野町では、産学協同の取組みも進んでいる。京都府立大学 生命環境科学研究科の研究で、桜の樹の間隔を空けると虫害を防げることが分かり、農薬を使わない栽培が実現できたのだ。「桜で観光客を呼べる町へと、着実に歩んでいると思います」と平出さんは笑顔を見せる。
愛知県では、食用桜で「雇用の拡大」を目指す
愛知県の知多半島と犬山市でも、食用桜の栽培が始まっている。こちらは町おこしではなく、法人単位での取組みだ。遊休農地や耕作放棄地を活用しつつ、雇用も生み出したいという。
2022年には海を望む農場「オーガニックファーム知多」(株式会社オーガニックファーム知多)で、大島桜の植樹がスタートした。耕しきれずに困っていた農地で食用桜を育て、摘み取り作業には地域のシルバー人材や福祉事業所の利用者の手も借りる予定だという。
愛知県犬山市では、農福連携(農業×福祉)に取り組む「ココトモファーム」(株式会社ココトモファーム)が2021年自らの農地に大島桜を植樹した。ココトモファームは犬山産のお米を使ったバウムクーヘン製造と店舗を展開し、障がい者雇用を積極的に行っている会社だ。福祉施設も運営しており、障がい者の就労支援のひとつとして、収穫や塩漬けなどの作業を考えていく。いずれ自社で収穫した桜葉を使った桜スイーツも開発する予定だ。
ここで素朴な疑問が湧いた。桜スイーツが人気とはいえ、春だけの限定品。各地で栽培が進むと、供給過多になりはしないだろうか。
「それよりも既存の産地の衰退スピードの方が速いです。またインバウンドによって訪日観光客の間で大手菓子メーカーの桜味といった桜フレーバーが注目されるようになりました」
抹茶と同様にSAKURAマーケットが全世界へ広がるかもしれないと考えると、農産物としての可能性が期待できそうだ。
食用桜は、捨てるところがない
桜をこよなく愛する平出さんは、食用桜を無駄なく使い尽くしたいと考えている。大島桜は冬にかけて根元近くまで剪定するため、剪定枝はバーベキュー用の薪や燻製用のチップにして活用することにした。香り高い桜のスモークチップはアウトドアブームで需要が高まっているそうだ。
「京都の与謝野町では、さっそく剪定枝を使った桜チップの販売を始めました。また、桜の焼却灰からは陶器にかける釉薬ができ、赤く色づいた落ち葉は草木染めの材料になります。与謝野町には丹後ちりめん、愛知の知多には知多木綿という工芸品があり、桜を生かせるかもしれません。桜は捨てるところがないので、SDGsに貢献できると考えています」
丈夫で、成長が早く、植え方を工夫すれば農薬散布が不要になる食用桜葉。桜を農産物として見てみると、耕作放棄地や遊休農地を活用する妙手になるかもしれない。何より桜のもつ多幸感は、町おこしに有益だ。各エリアの取組みは始まったばかりなので、今後のおめでたい展開を楽しみにしたい。
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