2013年の飲食店リノベーションからスタート
株式会社See Visionsの東海林諭宣氏は秋田市の南側にある大仙市や横手市に近い美郷町の出身で、若い頃は飲食からスタートし、宿泊施設や家具、衣料品、雑貨などと幅広い事業を手掛ける際コーポレーション株式会社でデザインの仕事をしていた。
わざわざ社名を挙げたのには理由がある。同社経営者の中島武氏は古い建物や家具などが大好きな人で、首都圏のみならず、京都、金沢その他でいくつもの歴史ある建物を再生し、飲食店や旅館などとして活用している。ホームズプレスでも同社が改装した膳處漢ぽっちりという京都の飲食店や17年ぶりに再生された湯河原の富士屋旅館を記事にしたことがある。東海林氏はそんな会社でリノベーションに親しんできたのである。
秋田市でデザイン会社を創業したのは2006年。グラフィックデザイン、ウェブデザインなどを手がけ、スタッフは順調に増えていった。そんな東海林氏が建物のリノベーションに関わるようになったのは2013年のこと。現在、オフィスのある秋田市南通亀の町内、狸小路と呼ばれる飲食店街に当時築50年ほどの長屋があり、そこで閉店した居酒屋をリノベーションし、酒場カメバルなる小さなバルを開いたのである。
「店をやりたい人がいたらと紹介してみたものの、誰もいない。じゃあ、自分でやろうということになり、1階はカウンターとキッチン、2階にテーブル席という小さなスペインバルをオープンさせました」
狸小路は住宅街の入り口にある小商いの入る長屋。当時はバーや小料理店などでひそかに賑わう場所だった。リノベーションの最中には、天井の低い3畳間に男性トイレだけが発見されたといえば大人なら推察できる場所である。そこに今までに無かった雰囲気のバルが誕生した。人気を呼ばないわけはなく、酒場カメバルはあっという間に予約のとれない店に。売上が300万円という月もあり、改修費600万円は約2年で回収できたという。
「日の当たらないところに光を当てることでそれが仕事につながる、地域が賑わう。面白いと思い、2014年にすぐ近くにサカナ カメバールというイタリアンバルを開業しました。さらにその翌年に作った3店目が今、私たちのオフィスが入っているビル、ヤマキウビルです」
オーナーを口説いてビルを改装
通りに面した3階建てのヤマキウビルは外からは空きビルに見えた。ところがビルの1室だけは使われていた。
「もともとは酒類の卸をやっていた会社が使用していましたが、その時点では卸会社はすでに廃業。建物を所有している不動産管理会社のオーナーが1室だけを利用し、不動産投資をされていました。そこでビルを使わせて欲しいと依頼したのですが、2回門前払いを食らいました」
だが、東海林氏は諦めなかった。酒場カメバルにオーナーの息子が来ていることを聞き、隣に座って口説いたのである。
「すでにスーパーがアプローチしており、話は進み始めていましたが、オーナー、ご子息ともに躊躇するところがありました。地域密着ではない大手チェーンはその土地でうまくいかなければあっさりと出て行ってしまい、それが地域の衰退につながることがある。二人はそうした例を見てきており、そうした事態は避けたいと考えていたのです」
ビジネスライクに地域を見限るかもしれない事業者に貸すよりは、地域で頑張る人、顔が見える人に貸そうと思ったのだろう、その後、話は順調に進んだ。オーナーはビルの改修に3,500万円を投資。東海林氏の会社がそれを借り、他の事業者にサブリースするという形である。家賃は40万円とのことで、利回りは10%ほど。不動産投資をしているオーナーからすれば悪い話ではない。
ヤマキウビルは1階にコーヒースタンドとデリの直営店「亀の町ストア」、テナントとしてクラフトビールの店「BEER FLIGHT」が入り、2階は貸しオフィス、3階は東海林氏の会社See Visionsが入った。
昼も利用できる店ができたことでこのエリアを訪れる人が多様化し始める。若い人から近隣の高齢者、ファミリーが集まるようになったことで、この地域に店を出したい、ビジネスをしたいと考える人も出始めたのである。2018年には本格ハードパンが人気の亀の町ベーカリーも誕生している。
オーナーの投資でヤマキウ南倉庫が誕生
そしていよいよヤマキウ南倉庫である。ここまで読んで気づかれたと思う。ヤマキウ南倉庫はヤマキウビルと同じオーナーが所有しており、駐車場を介して同じ敷地内に建っている。建物は200坪(660m2)が2層という大規模なもので、東海林氏に話があったのは2018年のことである。
広い建物のため、内部だけに手を入れるとしてもそれなりの額がかかる。秋田市では立地適正化計画に基づいて中心市街地商業集積促進事業という助成を行っているが、ヤマキウビルのあるエリアは微妙にそこから外れている。
そこで総工費1億5,000万円はオーナーが出すことになった。事業計画と運営はSee Visionsが行う。東海林氏はヤマキウビルのときと同じように最初から入居者である16事業者を100%決めた上で事業をスタートしており、3年経った今も100%稼働が続いている。オーナーの投資はきちんと回収されているのだ。
だが、残念なことに初代のオーナーはヤマキウ南倉庫の完成を見ることなく亡くなった。
「ヤマキウビルではよくイベントを開催しており、オーナーはしばしば顔を出し、周囲からは“社長”と呼ばれて親しまれていました。賑わっていた頃の亀の町を知っている方でしたから、まちづくりが進むにつれ、人が戻ってきているのを喜んでくださっていたと思います。ですが、ヤマキウ南倉庫の完成は2019年6月。オーナーは3月に亡くなられました」
その初代オーナーを偲んでヤマキウ南倉庫1階の中心にある、屋根付きの公園をイメージして作られたホールはKAMENOCHO HALL KO-EN(カメノチョウ・ホール・コウエン)と名付けられた。初代オーナーの名は康延さん。それを音読みにして公園とかけたのだ。
そして、この公園的なスペースがヤマキウ南倉庫の魅力のひとつ。民間の複合施設ながら誰もが出入りできる、ある種のパブリックスペースなのである。中央には机と椅子、本棚が置かれているのでそこに座って本を読む、同行の人とおしゃべりをするなど好きに過ごすことができる。また、ときにはレンタルスペースとしてセミナーや講演会、展示会などに使われてもいるそうだ。
相乗効果が期待できる空間
実際のヤマキウ南倉庫に入ってみると想像以上に中央の公園的な空間が広く、天井も高くて開放的。冬の寒さの厳しい北国でもあり、天候を気にせずに集まれる場はうれしい。
公園を囲んで1階には8店舗が入っている。輸入壁紙のインテリアショップ、ドライフラワーの専門店、花屋、アロマテラピーとハーブティーの専門店、アウトドア用品のセレクトショップ、ヘアサロン、こだわりの食料品店、2023年4月オープンを目指すパーソナルヨガ&トレーニングルームで、どの店も街中にはあまりないタイプの、個性のある店である。
半階上がったところにはジェルネイルのサロン、家具ショップがあり、2階は建築事務所、インテリアデザイン会社、保険代理店などとミーティングルーム、コワーキングスペースがある。
どこに店を構えていても必ず通るのが1階中央の公園。その意味ではここは来訪者のみならず、オフィスや店舗を構えている人たちが顔を合わせる場でもあるのだろう。ここに店を構えるメリットをアロマテラピーショップPfreの二田雪絵氏が語ってくれた。
二田氏は東京出身で就職を機に秋田に移住。地元放送局の局アナとして激務に疲弊していた時期に若い頃の海外生活でなじんでいたアロマの魅力を再発見。いずれ店をやりたいと思っていたという。
「その後一度東京に戻り、そこでアロマの資格を取得。再度、家族で秋田に移住してきた際に見かけた空き店舗に一目惚れしました。店を出したもののコロナで大変だった時期にヤマキウ南倉庫にちょうど空きがあると声がかかって移転してきました。それまでは一人でしたが、ここには仲間がいます。業種はそれぞれ違いますが、相関性があるというか、センスが共通しているというか。お客様も花束ができる間に香りを見に来てくださるなど、他の店に来たからと寄ってくださることが多いですね」
個人事業者にとっては自分で一から店を借りて経営を始めるのは金銭的にも精神的にもハードルがあるが、ここでなら仲間と一緒に頑張れ、相乗効果が期待できるわけである。その点が評価され、リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019では拠点創出リノベーション賞を受賞もしている。
横のつながりに期待、空きビル等の相談多数
また、こうした場があることで、この地にこうした店や業態へのニーズが可視化されていることにも意味があるように思う。地方に行くとよく、ここには若い人がいない、都会的な店は成り立たないというような否定的な言葉を聞くのだが、それは街中で若い人たちやそうした店を、そもそも見かけないからだろう。
だが、そんなことはない。集まれる場が生まれれば人は集まり、若い人がいることも、多様なニーズがあることも分かってくる。それに何より、若い人たちがつながり、新しいものが生まれる。2階にあるSYNERGYと名付けられたコワーキングスペースもつながりを生み出す場になっている。
「ここは事業計画には入っていなかったスペースなので自由にしようと、学生は1日100円で使える場にしています。1ヶ月フルに使っても3,000円で24時間使える。そこにフリーランスや学生が集まってきているのですが、これまで学生と関わることが少なかったため、互いに影響を受け合っています。ときにはアルバイトしない?と声を掛けることも。Z世代の新しい発想を知る、若い人たちの考えを知ることも大事だと考えています」
若い人たちにとっても、社会に出る前にここでさまざまな働き方があることを知るのはそれからの人生に役に立つはずである。
ヤマキウビル以降、東海林氏は空きビル、空き家などの相談を受けることが増えたというが、そんなときに役立つのはこうして培ってきた横のつながりである。プロジェクトの最初から入居する人が決まっていれば出資者も安心してプロジェクトを進めることができる。その安心感もあり、東海林氏は一人で企画立案から収支計画、リーシングまでの何役をも担う一人リノベーションスクール状態だと笑うが、そうした存在があることで古いまちを変えていければと考えているという。
若い人たちに任せようという雰囲気を醸成したい
「空き家、空きビルにナショナルスポンサーだけが入ってきてもまちは面白くなりません。一方で家賃はずっと下がっておらず、投資も行われていません。高い家賃のままでは、まちを面白くしてくれる可能性がある小さな地元事業者は入れない。ヤマキウ南倉庫ではオーナーが投資をし、大きな建物をシェアすることで家賃を下げ、若い人たちにチャンスを与えてくれた。しかも、その投資はきちんと家賃で回収できています。そういう人がいたこと、こういうやり方を知ってもらうことで続く人が出てくれればと思います」
まちに投資し、若い人たちに任せよう、任せないといけないよねという雰囲気を醸成していきたいという東海林氏だが、もうひとつ、計画していることがある。それは商店街のリノベーション。たとえば、自身も属する商店街組合は、当時の商店街の規模を維持したもので時代に即した活動ができていないと感じている。商店街を小さく分けることでコミュニケーションが活発になり、それぞれの特徴も出しやすくなるのではないかと考えているのだ。
「利益団体、政治団体としての商店街ではなく、地域に人を呼びこむ、共助の原動力となるような商店街を目指したいと考えています」
東海林氏が活動を始めた頃に空き家、空きビルが目立った亀の町エリアだが、酒場カメバルオープンの2013年以降、空き店舗の数は徐々に減少。市場に出ていない空き家、空きビルは別として、現在はほぼ埋まっている状態にまでなっている。といっても、地域にはまだまだ使われていない建物などがある様子。これからの変化を楽しみにしたい。
ヤマキウ南倉庫
https://yamakiu-minamisoko.com/
株式会社 See Visions
http://www.see-visions.com/
アロマテラピーショップ Pfré
http://pfre-aroma.com/
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