質の向上が目覚ましかった10年
リノベーション・オブ・ザ・イヤーとはリノベーション協議会加盟企業の施工事例から選ばれたリノベーション作品を価格帯別に選別するコンテストだ。2013年に原宿のカフェで始まり、2022年が10回目となる。世の中ではよく10年一昔という言い方をするが、リノベーションも同様。初回のレポート記事は概要を以下のように紹介している。
「今回のエントリーは(39社)・151件。コンテストはそれを5種類の価格帯別(300万円未満、500万円未満、800万円未満、800万円以上、無差別級)にインターネット上に掲出、フェイスブックやツイッターなどのSNSでの評価をもとに各分野10件ずつをノミネート作品とし、最終選考には6人の選考委員が当たるという方法で行われた」
2022年のエントリーは90社、260作品となっており、コロナ前の2019年の97社、279作品に比べればまだ影響は残っているようだが、10年前に比べればエントリー数は1.7倍ほどに増えている。価格帯も2014年に300万円未満がなくなり500万円未満に上がり、2017年には800万円未満、800万円以上が1,000万円未満、以上に変更になり、現在に至っている。
それ以上に時の経過を感じるのは、コンテストで問われる質の変化。2013年、2014年までは集合住宅の一室、一戸建てなど住宅のリノベーションが目立っていたが、2015年に郊外の駅前団地の再生を通じて地域を変えたホシノタニ団地(株式会社ブルースタジオ)、2016年にシャッター商店街の空室を住宅に変えたアーケードハウス(株式会社タムタムデザイン)が総合グランプリを取ったことでリノベーションが郊外、商店街の空き家問題のような社会課題に向き合う姿勢が明確になってきた。
2017年の店舗、事務所、住宅が混じり合う併存住宅「桜川ビル」の再生(総合グランプリ/株式会社アートアンドクラフト)、川沿いのオフィスビルをホテルに変えた「LYURO東京清澄」(公共空間活用リノベ賞」/株式会社リビタ)からは建物種別の境界が、2018年の住宅街に生まれたサードプレイス「喫茶ランドリー」(無差別級部門最優秀賞/ブルースタジオ)、住むと働くの間をデザインしたオフィス「12 SHINJUKU」(ワーク&ライフスタイル提案賞/リビタ)からは不動産に求められる機能の境界がそれぞれ曖昧になり、交じりあっていく状況が感じられた。
2017年くらいからは建物の性能にも目が向き始め、コロナ前の2019年は非常に大きなテーマになったが、そこにコロナが襲来、2020年、2021年の作品にはコロナ対応が随所に見られた。
施主の顔、思い、趣味が強く感じられた作品多数
そして2022年。面白いことにコロナ禍の影響は当然のように取り込まれ、すでに言葉に出すことはなくなっており、性能についても同様。リノベーションの、変化を取り入れる速さは相変わらずである。
2022年に何がテーマになったかについて、審査委員長の島原万丈氏(株式会社LIFULL HOME'S総研所長)は「喧々諤々の議論の末、原点回帰と言えばいいだろうか、リノベーションが持っている本質的な力、それによって生みだされる空間の魅力を競う形となった」とまとめている。記念すべき10周年の総合グランプリとなった作品「総二階だった家(平屋)」(株式会社モリタ装芸)を正統派ストロングスタイルとも評しており、空間の魅力そのものが決め手となったという。
それについて異論を挟むつもりはないが、加えて感じたものがある。これまでに比べて施主の顔や思い、趣味が見えるような作品が多かったということだ。今まで施主の顔が見えなかったというわけではないのだが、2022年はより強く施主の意思が感じられる作品が多かったと思うのだ。
たとえば、500万円未満部門で最優秀賞となった「inherit from TAISHO ~古民家×アンティーク~」(フクダハウジング株式会社)は大正3年築の17LDK(!)と広い古民家を数年かけて少しずつリノベーションしていく計画で、今回の改修はLDK。
税込で300万円台という予算で土台補強、断熱材の追加、その他のハード対策に加えてキッチン位置の変更その他を行い、なおかつ施主の好きなアンティーク家具を活かす空間に仕上げるというのは至難だと思うが、見事に実現。家具が入ることで完成する場が生まれており、そこには施主の「こういう空間にしたい」という意思が強力に感じられる。
もちろん、施主の思いをその通りの形にするためには事業者の腕が必要だが、そこに密な対話、理解がなければ具現化はできない。この10年、リノベーションが広く認知されてきたことで自分の好きな空間を作りたい、作ろうという消費者が生まれ、育ってきたということだとしたら、この先のリノベーションはもっと面白くなりそうである。
もうひとつ、コロナ禍では家で過ごす時間が長くなり、その分、家にこだわりを持つ人が増えたという声を聞く。それが2022年の作品に反映されているとしたら、住宅の質の向上という観点では良い流れといえそうである。
リノベーションの自由さが住まいの自由につながる
同じく施主の強い意志を感じた作品をいくつか挙げておきたい。まずは徹底した鳥ファーストの住まい、1,000万円未満部門最優秀賞の「5羽+1人で都心に住まう」(株式会社NENGO)。犬や猫といったペットと暮らすことをテーマにした作品はこれまでにもあったが、ここではそれが5羽の鳥。
最初は「え、鳥?」と思ったが、その人の暮らしに寄りそうものを体の大小や種類で分ける必要はない。それぞれが好きに自分が望む暮らしを実現させればよいわけで、そのわがままさを実現できるのがリノベーションと考えれば住まいはもっと自由になれるのではなかろうか。
新築建売住宅のワンフロアにわざわざ手を入れた「7°の非破壊リノベーション」(ブルースタジオ)は壁に対して7度という微妙な角度に大きなテーブルを造作。既存の設備機器類を再利用しながら縦長のLDKの中央にキッチン・ダイニング機能を集約したもので新築リノベーション賞を受賞。新築の、使用には何も問題のないLDKに手を入れるこだわりが印象的だった。
テーブルの先には小上がりも作られており、小さな子どものいる施主家族にはいろいろ使い勝手も良さそう。といっていかにも畳という空間ではないあたりがこの人たちのスタイルなのだろうなと自然に寛ぐご家族のエントリー写真を見ていて感じた。
まちのクリエイティブ・リノベーション賞を受賞した「納屋と団地、小さなまちの職住一体のカタチ」(株式会社フロッグハウス)は自分の所有する不動産をまちに開き続けている施主が実家納屋を改装したもの。
この作品を選んだゲスト審査員の西山千香子氏(株式会社宝島社第2雑誌局局長兼リンネル編集長)の評は「住み慣れた町の佇まいを大切に守りながら、自分たちの手で新しいスタイルを作り出していこう、という施主様の熱い心が伝わってきます。建物のリノベーションは、暮らしのイノベーションを生み出す、ということを実感した事例です」というもの。施主の考えが建物のリノベーションを通じてまちに滲み出しているのである。
それ以外ではスマートスパイス・リノベーション賞の「暮らし方料理人」(有限会社中川正人商店)、ローカルグッド・リノベーション賞の「『くるみ食堂』新しい夕張の未来をつくりたい。」(株式会社スロウル)などにも施主の強い思いを感じた。
窓、テキスタイル、減築その他、やりようはまだまだある
続いては、まだまだやる余地があるなと感じた作品を挙げていきたい。この10年で材や空間の使い方その他、さまざまな手法が登場しており、毎年まだ新しい手があるのだろうかと思うのだが、幸いにして毎年、これは面白いというやり方が出てくる。
たとえば1,000万円以上部門最優秀賞の「Ring on the Green 風と光が抜ける緑に囲まれた家」(株式会社ルーヴィス)は都市の2階、開口部はたくさんあるけれどお隣の目が気になるマンションの窓にインナーサッシを追加、その内側にブラインド、植栽を配置させて、近隣との直接的な視線の交わりを回避するというもの。インナーサッシで断熱性能、遮音性能を向上させ、ブラインド、植栽で直接光を制御、でも明るく、開放的な住まいを実現させている。既存住宅では出窓の多くがデッドスペースになっているが、モノは、場は使いようなのだと実感した。
その名の通り、テキスタイル・リノベーション賞を受賞した「テキスタイルの可能性。」(株式会社sumarch)は布を使って空間の雰囲気を大きく変えた作品。審査員はもちろん、発表を見ていた人たちは全員、布は盲点だったと思ったはずだ。
隣り合った店舗+住宅の3階建て2棟を減築しつつ、つなげて使えるようにして、まちの余白リノベーション賞を受賞した「間隙から生活と遊びの間/LifeShareSpace~noma~」(株式会社ネクスト名和)もこの手があるかと思わされた作品のひとつ。改修前、改修後は全く別の建物のようで、まちの人たちはさぞや驚いたことだろうと思う。
使用用途もデイリーショップ、冷菓・菓子製造許可付シェアキッチン、レンタルスペース、プライベートダイニング、ゲストハウスと多様で、しかもシェアが基本。このやり方をうまく活用できればいろいろなまちの商店街が面白くなるかもしれないと期待する。
アップサイクル・リノベーション賞の「風景のカケラ、再編集「PAAK STOCK」」(paak design株式会社)も同様に、こうした場が広がっていったらと思った作品。地域に残された、使われていない空間と古材や古い家具などを組み合わせることで新しい価値が生まれるかもしれないのだ。
点が面に発展する例も
過去に行われたリノベーションがさらに発展したものもあった。冒頭で2015年に総合グランプリを取った「ホシノタニ団地」を紹介したが、2022年にはそのホシノタニ団地の最寄り駅である座間駅前ロータリーがリノベーションされた。無差別級部門最優秀賞の「駅前ロータリーを歩行者の手に取りもどせ −『ざまにわ』」(ブルースタジオ)である。
駅前団地の賑わいが5年後に駅前ロータリーに及んだわけで、まちに穿たれたひとつの点がやがて面として広がったと考えると、じんとくるものがある。更地にして新しい建物を建てなくてもまちは変えることができるのだ。
リノベーション・オブ・ザ・イヤーの作品としては掲出されていないが、2018年の「喫茶ランドリー」もその後、続くものが多く現われ、建物1階をどう使うか、サードプレイスとはどうあるべきかを再考することになった。
同年の「12 SHINJUKU」もコロナ禍で住むと働くの距離が再考される中、同じ意図で作られる物件が目立つようになってきている。過去のリノベーション・オブ・ザ・イヤーで話題になった物件、考え方は時代を先取りしていたともいえるわけで、今年の変化もこれから数年後に見直すと新しい発見があるかもしれない。
個人的には2021年に目立った空間の3次元活用の発展も気になった。2022年は3次元空間活用リノベーション賞で「Summer Camp House 子供達の「自分で」を育てる家」(リノベる株式会社)が大胆なロフトを作っていたが、全体としてはそれほどは発展していない様子。もっとやりようはあるのではないかと思う。
ヘリテージをリノベーションで残すというやり方
2022年はヘリテージ・リノベーション賞を2作品が受賞した。「津田山の家-浜口ミホの意匠を住み継ぐ-」(NENGO)、「時空を旅する洋館」(株式会社河原工房)で、いずれも歴史的価値のある建物をリノベーションして住み継ぐというもの。保存してただ残すのではなく、住んで残すという点が大事だろう。
前者については同物件にも関わった、価値ある住宅を後世に活かしてつなげるための活動をやっている住宅遺産トラストという団体を取材しており、以前よりも残したいと考える人、引き受けて継承したいと考える人がわずかながらも増えているという話を聞いた。今からでは建てられないような貴重な建物をリノベーションで住めるようにできると考えれば安いものという考え方もある。技術的にも残せる時代である。こうしたリノベーション事例が増え、やってみたいと思う人が増えるとよいと思う。
本初の女性建築家・浜口ミホ設計の住宅が住み継がれることに。継承を支えた住宅遺産トラストに聞いた
https://www.homes.co.jp/cont/press/buy/buy_01258/
ヘリテージといえるほどには古くないが、ローカルレガシー・リノベーション賞を受賞した、沖縄に残されたいわゆる外人住宅を再生、築100年まで現役で通用する住宅を目指したという「Mid-Century House|消えゆく沖縄外人住宅の再生」(アートアンドクラフト)も楽しい試みだった。既存の日本の住宅にはない間取り、雰囲気はぜひ、残してもらいたいもので、実際、首都圏に残されている米軍住宅等も人気は高い。適切に手が入ればもっと魅力的になることを証明した作品だと思う。
大きなもの、小さなものにともに注目
最後に受賞はしなかったものの、気になった作品をいくつか挙げたい。大きく分けると2種類。小さなものと大きなものである。
小さなものとしては「車庫リノベで薪ストーブのある暮らし」(有限会社夢工房)、「自分サイズの空間で、一人でもみんなとでも楽しく快適なおうち時間」(グローバルベイス株式会社)、「青の洞窟~男の隠れ家~」(無垢スタイル建築設計株式会社)など。
一番狭い、もともとは物置となっていた自宅離れ(青の洞窟)が31.46m2で、車庫リノベは名まえ通り実家の車庫で32.39m2、自分サイズの空間は45.10m2のマンションで、いずれも他の作品に比べるとコンパクト。
だが、おひとり様が中心になるこれからの社会では、こうしたサイズのリノベーションも必要だろう。複数の拠点を持つ場合にも、場所によってはコンパクトでよしという判断もあろう。とすると、リノベーションでどう限られた空間を上手に使い、手頃に作るかはけっこう大事なポイントになってくるのではないかと思うのだ。
もうひとつの大きいにも2種類ある。ひとつはこれからどんどん空き家化が進むであろうと推測される郊外の、今から考えると規模の大きな一戸建て住宅をどう使っていくか。作品としては「二世帯化戸建エコリノベが拓く日本の未来」(ブルースタジオ)があり、ここでのソリューションは二世帯住宅化。
リモートワークに伴い、郊外を見直す動きはあるものの、そこで問題になるのは住宅。郊外には住宅はあるが、それが魅力的かといえば間取りやエネルギー効率さまざまな面から問題を抱えている。それをどう変えて選ばれるようにするか。郊外のまちも、家を求める人も双方がハッピーになる道をリノベーションで模索していただきたいものである。
もうひとつの大きいは社宅。作品としては「『企業』の資源を『街』の資源へ還元するーNTT社宅6棟を利活用ー」(リノべる)で、今後、社宅や企業の寮、場合によっては支店、営業所がどんどん使われなくなっていく。それをどう使うか。
やり方によっては地域に賑わいや安全をもたらすが、そうではないケースも十分あり得る。だとしたら、リノベーションにできることはなにか。あちこちの企業の財産が地域の財産として再生されることを妄想したい。
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