全国的にも珍しい「独立採算制」で成り立っている下呂市の文化施設
▲岐阜県下呂市にある『下呂温泉 合掌村』。JR高山本線下呂駅からバスで約6分、マイカーの場合は中央自動車道中津川I.C.から約1時間で到着する。下呂温泉は有馬・草津に並ぶ「日本三名泉」のひとつとして知られ、中心街の飛騨川周辺には30棟を超える温泉旅館や民宿が立ち並んでいる日本古来の建築様式のひとつである『合掌造り』──1995(平成7)年に白川郷と五箇山の合掌造り集落群がユネスコの世界(文化)遺産に登録されたことで、その名称や建物形状が広く認知されるようになったが、「建物内部の構造や機能性」についてはご存知ない方も多いのではないだろうか?
実は、白川郷や五箇山の集落にある合掌造りの建物の多くは今現在も一般の民家として使われているため、建物内を隅々まで見学することは難しい(※一部内部見学できるツアーあり)。しかし、今回筆者が訪れた岐阜県下呂市の『下呂温泉 合掌村(がっしょうむら)』では、白川郷や五箇山から移築された合掌造りの建物が“展示“されており、雪深い地方ならではの建物設計の工夫や各部屋の機能をリアルに体感できる。
この『合掌村』は、民間ではなく下呂市が運営を行っているが、独立採算制で成り立っている全国的にも珍しい文化施設だという。下呂市観光商工部の中迫祐貴さんにお話を聞いた。
ダム建設をきっかけに、歴史ある合掌造りの建物を移築
「合掌造りというと、多くの方が白川郷を連想されると思います。合掌村に展示してあるのは岐阜の白川郷から富山の五箇山にかけて見られるものです。昭和20年代、白川村で電源開発のためダム建設計画が持ち上がり、建設地内にあった国重要文化財の『旧大戸家住宅』がダム湖に沈んでしまうことになりました。そこで歴史ある合掌造りの建物を移築し保存するために昭和38年に開設されたのが『飛騨郷土館』、現在の下呂温泉合掌村の前身です」(以下、「」内は中迫さん談)
合掌造りの建物は現地で丁寧に解体されたあと、下呂へ運び再建された。正確な築年数が不明の建物も多かったそうだが、多くが18世紀のもので築200年を超えるという。
「もともとの所有者の方のメンテナンスが良好だったからだと思いますが、よくぞ200年の時を経ても堅牢に存在しているものだと感心します。移築にあたり、当施設で最大の合掌造り家屋『旧大戸家住宅(天保4年~弘化3年築)』は、既に国の重要文化財の指定を受けていたことから、移築の許可を得て、当時の文化財保護委員会の技術指導を受けながらの工事になったようです。その後、五箇山などからも合掌造りの建物を移築し、昭和44年に『下呂温泉 合掌村』と名称を改めました」
屋根の角度は60度×60度×60度、建物が生きているから釘は打てない
合掌造りの建物といえば急勾配の大きな屋根が特徴だが、実はあの屋根には釘が一切使われておらず、太い丸太のみで支えられている。いわゆる『叉首(さす)』と呼ばれる構造だ。
「昔は家族の人数が多かったので、まず底面の広さを決めて、次に部屋がいくつ欲しいかを決めて、上に階層を重ねていきました。そのため外からはわかりにくいのですが『旧大戸家住宅』の中は4階建ての構造になっています」
屋根は60度×60度×60度という角度が決まっており、正三角形の形状で安定させながら巨大な屋根を支えている。例えるなら、マッチ箱の上に三角屋根をポンと載せたようなものだが、強い風が吹いてもコマの要領でバランスを取る仕組みになっているため、台風の中でも屋根が飛ばされることはないという。
「丸太などの部材を結束する素材は『ねそ』と呼ばれるマンサクの若木を水に浸けたもので、とても強いのに伸縮性があります。釘を使わないのは、釘がなかったからではなく“建物が生きている”から。雨が降ると膨張し、寒くなると乾燥して縮む…季節と一緒に建物が呼吸をしているので釘を打つことができないのです」
親族一同が共同生活、先祖代々の財産を守っていくための建物
取材に訪れたのは強烈な夏の日差しが照りつける猛暑日だったが、屋根裏はクーラーなしの自然風だけで十分涼しい。この涼しさは茅の効果だ。
「茅はストローのような空洞の構造になっていて、内側にたっぷりと空気を含んでいます。日差しががあたると表面は熱くなりますが、内側に空気の層があるので熱が伝わりにくいのです。逆に、冬は囲炉裏を焚くことで暖かい空気を上昇させ、茅がその空気を吸い込んで家の中全体を暖かく保ちます。茅葺屋根は天然のエアコンのような役割を果たしているんですね」
旧大戸家住宅の棟札を見ると、総勢19人の親族が暮らしており男部屋・女部屋を分けて共同生活を行っていた。そのうち3分の2が女性だったとのこと。親族同士とはいえ、人間関係など気苦労が絶えなかったに違いない。
「家庭内ではそれぞれ役割や仕事が決まっていて、まるで会社のようだったといいますから、今では考えられない生活ですよね(笑)。ただ、大家族が一つ屋根の下で暮らすのにはちゃんと理由があって“財産を分けること”を嫌ったから。親戚一同が一緒に暮らしていれば土地を分けなくてもよいですし、家長である長男とその正妻を絶対的な存在とすることで、一族の規律と繁栄が代々守られてきました。この合掌造りは“家族の財産を守っていくための建物”なのです」
「日本人ってやっぱりすごい」という誇りを体感してほしい
本来、白川郷や五箇山の合掌村集落では、なるべく屋根に太陽が当たるよう「日の入り・沈み」の方角に向いて建物が建てられているが、合掌村では来場者の動線に合わせて建物の向きが異なっている。
「改めてわかったことですが、屋根が日の入り・沈みに向いた建物のほうが茅の持ちが断然いいんです。茅葺屋根は、この時代に葺き替えようとすると片面だけで数千万円かかりますから、建物維持には莫大な予算が必要です。また、本来なら一度葺き替えれば50~60年は持つはずの屋根が、近年の温暖化や異常豪雨の影響で、すぐに弱ってしまいます。
合掌造りの建物は現代の技術ではもう建てることができません。こういう貴重な建物を実際に皆さんに観ていただくことで、当時の人たちがどのように知恵を絞って過酷な寒冷地で合理的に暮らしてきたのかを体験していただけますし、それを体験することで“日本人ってやっぱりすごい”という誇りを持つことができると思うんです。その機会をなくさないためにも、下呂市としては合掌村を守っていかなくてはいけませんから、ぜひ多くの方にご来場いただきたいですね」
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中迫さんによると、『下呂温泉 合掌村』の一番おすすめのシーズンは「秋」。山谷を渡る爽やかな風が心地良く、合掌造りの建物と紅葉のコントラストが絶景だという。11月下旬には下呂の紅葉がピークを迎える。ぜひ皆さんも「誇るべき日本人の生活の知恵」を体感しに秋の合掌村を訪れてみてはいかがだろうか?
■取材協力/下呂温泉 合掌村
http://www.gero-gassho.jp/
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