『親と子で考えたい、どうする自宅・実家』セミナーが開催
人生100年時代、高齢期の住まいに関する悩み事は多い。
「住み慣れたマイホームに住み続けられるのか」「公的な介護の支援を十分に受けられるのか」「施設への入居を検討するとしたら入居費用は足りるのか」。子どもは子どもで「将来実家をどうするのか」、親に聞くタイミングがない、話題に出したら喧嘩になりそうといった懸念もあるかもしれない。しかし準備不足のまま高齢期を迎えると希望通りの老後生活が送れない可能性が高くなるだろう。
そんな人にとって役立つであろうオンラインセミナー『親と子で考えたい、どうする自宅・実家』が、2022年8月7日にNHK文化センター主催で行われた。講師として登壇したのは、一般社団法人高齢者住宅協会の吉田肇氏。ミサワホームグループの株式会社マザアス代表として、高齢者の住生活や高齢者住宅の住空間のあり方に関する調査研究、提言等を行ってきた実績がある。高齢期の住まいについて、どのような課題があり個人はどのように備えるべきであろうか。日本の現状をもとにセミナーの内容を紹介したい。
約3人に1人が65歳以上。超高齢社会の日本で高齢者が望む暮らしとは
セミナーの内容に入る前に、日本社会の現状をみていこう。
少子高齢化により人口減少が続く日本は、65歳以上の高齢者の割合が人口の21%を超える「超高齢社会」である。2022年の内閣府による高齢社会白書によれば、日本の総人口1億2,550万人のうち65歳以上の人口は3,621万人。総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は28.9%となっている。およそ3人に1人が65歳以上の高齢者であり、43年後の2065年には約2.6人に1人が65歳以上、約3.9人に1人が75歳以上になると推計されている(※1)。
一方、平均寿命も延びている。男性の平均寿命は 81.64 歳、女性の平均寿命は 87.74歳。日常生活に制限なく過ごせる期間、いわゆる健康寿命は2019年時点で男性が72.68歳、女性が75.38歳(※2)。
つまり何かしら体の自由が効かなくなってから寿命に至るまで、男性が8.96年、女性が12.36年、大なり小なり日常生活のサポートを受けて日々を過ごすことになる。セミナーに登壇した吉田氏によると、介護の現場では80-90歳の親世代を50-60歳の子世代が看る「老々介護」から、100-110歳の親世代を80-90歳の子世代がさらに50-60歳の孫が看る「老老老介護(老孫介護)」時代になっているという。
長期にわたるこの期間を高齢者自身はどのように過ごしたいと考え、今の社会ではどの程度その希望が実現できているのだろうか。
約8割の高齢者が希望の老後生活を叶えられていない
2020年の内閣府による「高齢者の生活と意識に関する国際調査比較」によると、自宅での最期を望む高齢者は73%に上るが、2019年の厚生労働省による「人口動態統計」によると、実際に自宅で最期を迎えている人は14%、86%は「病院・その他」での最期を迎えている。
自宅で過ごしたい希望はあるものの「周囲に迷惑かけられないから」「地域の支援情報を十分に知らないから」などの理由で老人ホームへの入居を決めるなど、理想と現実とのギャップが生じているという。
有料老人ホームや在宅介護サービスの運営も手がける吉田氏が感じる課題は、「この先どのように暮らしていきたいのか?」を必要に迫られるまで考えられていない家族が多いことだという。高齢者が望む形で老後生活を送るためには相応の準備が必要になるが、元気なうちはつい成り行き任せになってしまいがちなのだろう。
家族との認識共有や必要な準備を十分に行えていないために、相続に関するトラブルも増えているという。2020年の司法統計年報によると、法定相続人による遺産分割訴訟は5,000万円以下の少額案件が8割を占める。数億円といった多額の遺産ではなく一般的な遺産額でも親族間での相続を巡り「争族」案件と化してしまっている実情があるという。
自宅をこの先どうするのか?まずは将来の選択肢を知る
高齢者自身が望む老後生活を送れるよう、また相続トラブルや家族の介護負担の増大を避けられるよう、将来取り得る選択肢を知ったうえでこの先どのように暮らしていきたいのか、考えておく必要がある。
内閣府の調査によると全国65歳以上の男女の持ち家率(一戸建てと分譲マンション等の集合住宅の合計)は82.1%(※3)。施設への入所が急遽決まるケースなどは自宅が手つかずの状態になりやすい。総住宅数に占める空き家の割合(空き家率)も上昇を続けており、2018年時点で13.6%(※4)となっている。これ以上空き家を増やさないためにも高齢者向けの新しい住宅支援制度や金融商品は拡充しており、それらを上手に活用していきたいと吉田氏は言う。高齢者の今の住まいを軸に考えると、将来の選択肢は大きく以下の3つになるという。
(1)住み続ける:(自宅に省エネ・バリアフリーリフォーム等の適切な改修を施し、可能な限り自宅に住み続けること。最近増えている選択肢として住宅金融支援機構による「リバース60」の利用も検討できる。自宅を担保にして住み続けながら金融機関から融資を受けられるシニア層向けの融資制度であり、「60歳からの住宅ローン」と呼ばれる通り、住宅の建設や省エネ・バリアフリーリフォーム等の費用として借り入れることができる。
(2)売却する:今の住まいを売却し、高齢者自身は他の物件に住み替えること。住み替え先としてはシニア向け分譲住宅やシニア向け賃貸住宅等も増えている。
(3)賃貸用とする:今の住まいを入居者に貸し出し、高齢者自身は他の物件に住み替えること。我が家を「第二の年金」として賃料収入が見込めるため、自宅を売却せずに住み替えや老後の資金源に活用することができる。制度の例として、JTI(移住・住み替え支援機構)による50歳以上を対象とした最長終身のマイホーム借上げ制度もある。
エンディングノートに書き記し、親子で将来像を共有する
もちろん生活環境や健康状態によって選べない選択肢も出てくるだろうが、自宅を今後どうしていきたいのか、今考え得る選択肢の中から暫定でも「いったん決める」ことが大事だという。
公的な遺言書でなくてもエンディングノートに望む暮らしの希望を言語化することで、調べることや準備するべきことが見えてくる。エンディングノートは折に触れて見直してみるのがいいだろう。
将来の暮らしをイメージできたら、次のステップとして親子で認識の共有を行う必要があるが、この家族間での話し合いがうまくいかない人は多いという。
吉田氏の施設利用者の中にも、子ども側の視点として「親とそういった話題を話すのは苦手」「本音を聞きたいけど、どう聞いたらよいか分からない」といった悩みを持つ人が多いそうだ。言い方によっては親の気持ちを損ねてしまいかねない。吉田氏いわく、簡単そうで難しいこの話をスムーズに切り出すためには、他力に頼る、つまり「第三者の力や言葉を借りること」がおすすめだという。
「テレビで高齢者の住まい特集を観たから」「介護業界の友人に助言をもらったから」といったように第三者の視点から話を切り出すことで親の側も耳を傾けやすく、「親が希望する通りに進めたいから、事前に考えを聞かせてほしい」、親子でこのやりとりが率直にできるかどうかが重要だという。
自宅に住み続けるなら確認したい3つのこと
家族で話し合ったうえで自宅に住み続けることを希望するなら、長く快適に暮らすためには以下の3つがポイントとなるそうだ。事前に確認しておこう。
(1)地域の介護・医療訪問サービスの充足度
コロナ禍の影響もあり、在宅医療サービスはさまざまな地域で拡充されている。通院が必要なものの難しい場合に自宅で診療が受けられる訪問診療制度は多くの人にとってありがたいだろう。緊急コールセンターと提携し24時間365日体制でサービスを提供している地域もある。
(2)自宅が老後の生活や在宅介護に適した環境かどうか
高齢者が暮らす住まいは旧耐震基準である1980年以前に建てられた建物が多い。断熱性能については基準がなかった時代だ。長く健康的に暮らすにはそのような建物の基本性能向上の改修に加え、経年劣化による屋根や外壁の改修、さらに手すりの設置や段差の解消などバリアフリー改修も必要になる。また、介護動線に考慮し寝室とトイレ・洗面室を近接させることや訪問ケア等の外部サービス動線を確保することも求められる。かかる費用は数十万円から施工内容によっては500万円以上にも上る。まとまった改修費用を捻出できるのか、国などの補助金を活用できるのか、自宅で過ごしたい希望があっても、資金計画はシビアに考える必要があるだろう。
(3)身近に家族や知人など頼れる人がいるか、地域の支援制度があるか
日常生活を送るうえで、何かあったときに30分程度で駆け付けられる距離感に家族や知人がいると心強い。しかしすべてを人の力だけでまかなうのは限界がある。緊急通報サービスや24時間対応可能な相談システムなど、自治体による支援制度もチェックしておくことが望ましいという。
多くの高齢者と間近で接してきた吉田氏は、次の言葉でセミナーを締めくくった。
「介護が必要になる前に、早めに家族で話し合いをしておけばもっと備えられることがあったはず……という利用者を非常に多く見てきました。自宅に住み続けるのか住み替えるのか、高齢者の居住の選択を支援するオンライン相談窓口もあります。希望する人生をまっとうできるよう、多くのご家族に自分事として捉えていただければと思います」
セミナー・取材協力:
NHK文化センター
https://www.nhk-cul.co.jp/
一般社団法人高齢者住宅協会・オンライン相談窓口
https://www.satsuki-jutaku.jp/journal/guideline/consultation
(※1)令和4年版高齢社会白書
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2022/zenbun/04pdf_index.html
(※2)厚生労働省 生命表(加工統計)令和2年簡易生命表
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life20/dl/life18-02.pdf
(※3)平成30年度 高齢化の状況及び高齢社会対策の実施状況
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2019/html/zenbun/s1_3_1_4.html
(※4)平成30年 住宅・土地統計調査 住宅数概数集計 結果の概要
https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2018/pdf/g_gaiyou.pdf
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