シェアハウスを6年運営後、テナントを5戸から3戸に移行
福岡市の住宅街にある「茶山ゴコ」は、昭和の半ばに建てられた、ごく普通の木造一戸建て住宅だ。1階にダイニングキッチンと床の間のある和室、2つの洋間、2階に2つの子ども部屋。敷地は約200m2、建物の床面積は約130m2で、特に大きいわけでもない。
新築から約半世紀が経過して、子どもは巣立ち、建て主は高齢化する。やがて介護が必要になり、住み続けられなくなったとき、空いた家をどうするか?
同年代とみられる近隣の家の建て替えが進むなか、「茶山ゴコ」の持ち主家族は「思い出の詰まった建物を、なんとか残せないか」と考えた。市内の不動産プロデュース会社スペースRデザインに相談。1階をシェアハウス、2階をオフィスにして貸すという、ユニークな改修活用を行うことになる
◆一軒家からオフィス&シェアハウスへ~福岡「茶山ゴコ」の次世代に資産を残すためのリノベーション~
「茶山」は地名、「ゴコ」はシェアハウス3戸とオフィス2戸の合計「5戸」を意味する。2015年に開業し、順調に運営を行ってきたが、6年経った2021年末にシェアハウスをクローズ。22年4月に、住居兼複合商業施設として再出発した。
2021年に“還暦”を迎えた「茶山ゴコ」。木造一戸建てを次代に引き継ぐためのケーススタディとして、その活用の歩みを振り返りたい。
相続対策を兼ねた空き家改修。耐久性を高めて上下階の用途を分ける
「茶山ゴコ」の再生活用は、スペースRデザインにとっても「初めてのチャレンジでした」と、同社代表の吉原勝己さんは振り返る。
「それまで手掛けてきたのは鉄筋コンクリート造や鉄骨造のビルばかり。果たして、築年数の古い木造住宅を収益物件に変えられるのか、資産形成につなげられるのか。私たちにとっても未知数でした。持ち主には、社会実験としての意義をご理解いただくことを条件にお引き受けしました」。
当時の所有名義は、直前まで1人で住んでいた高齢の母親だ。健康なうちに子ども世代と相続について検討しておきたいタイミングでもあった。
「税理士に相談したところ、金融資産の一部を建物に投資すれば、結果として相続税を非課税にできるだろうという判断が下った」と吉原さん。
改修に使える資金は1,000万円強。これを主に、建物の耐久性向上に充てている。「いちばんの課題は軟弱地盤だったので、建物をジャッキアップして地盤を改良しました。新耐震基準以前の建物なので、耐震補強も行っています。現行法への合致までは達しませんが、なるべく性能を高める方向で改修しました」。
1階をシェアハウス、2階をオフィスにと用途を分けたのは、改修当時の建築基準法(※)に対応するためでもあるが、「不動産プロデュースの経験から、フロア別に用途を変えればリスク分散できると分かっていました。そうすれば、フロア別に家賃を変えられ、市場の変化に対応しやすくなります」と吉原さん。シェアハウスの運営も経験済みだったので、1階の用途に迷いはなかった。
「2階をオフィスにすることは、冒険ではありました。中心市街地ならスモールオフィスの需要があると分かっていましたが、茶山は住宅街ですし。しかし、いざ募集してみたら、2戸ともすぐに決まったんです」と吉原さん。近隣住民でアトリエを探していた人から問合せが入ったのだ。1人は釣り竿職人、もう1人は寄せ植えや庭のプロデューサー。「需要を見つけたぞ、という感じでしたね(笑)」。
用途の異なる1階と2階を絶縁するため階段を撤去し、そのぶん2階にトイレを新設。2階へのアクセスとして、庭から直接出入りできる外階段を設けた。この外階段が、「茶山ゴコ」の個性になっている。
1階のシェアハウスはキッチンや浴室の交換にお金をかけた一方で、半世紀前の職人の手業を感じさせる床の間など、レトロな雰囲気をそのまま生かしている。
※用途変更する床面積が100m2を超えると建築確認申請が必要になるというもの。現行法では200m2。
サブリース方式を採用し、時代の流れに合わせて柔軟に活用
運営はサブリース方式で、建物全体をスペースRデザインが持ち主から借り上げ、テナントや入居者に貸している。持ち主にとっては管理の手間がかからず、周辺相場並みの家賃が毎月の収入になる。スペースRデザインとしては、時代やマーケットに応じて、柔軟な活用が可能になる。
吉原さんは言う。「シェアハウスが当たり前に供給されるようになって、今や何か特徴を出さないと収益を上げるのが難しい時代になりました。シェアハウスは、一般的な賃貸住宅よりも運営に手間がかかるという課題もあります。入居率は適度な水準を維持していたものの、運営開始5年を過ぎた頃から、社内でも用途変更の意見が出始めました」。
スペースRデザインで「茶山ゴコ」の管理を担当する新野絵梨奈さんは、現場でも需要の変化を実感していたと言う。「住みながらお店を営みたいとか、自宅にアトリエが欲しいという要望をよく聞くようになりました。茶山ゴコの1階ならそんな使い方もできるな、と考えていたところ、当時の2階のテナントさんから、住めるものならそうしたい、というお声をいただいたんです」
コロナ禍もきっかけとなってシェアハウス住人の退去が進み、2021年末にクローズすることになった。
2階テナントから1階住居兼アトリエにお引越し
6年の間に2階オフィスのテナントも成長し、入れ替わりが起きている。前出の釣り竿職人もガーデンプロデューサーも、より広い店舗を求めて移転していった。釣り竿工房のあとに入居したキャンドル作家の川野晴子さんが、今は1階に引越して、家族と暮らしながらキャンドルの制作・販売(harucandle)を行っている。
「キャンドルの魅力は、色や香り、形を自由に工夫できること」と語る川野さん。地球儀のような丸いキャンドル、月が欠けていくように溶ける円盤状のキャンドル、焚き火のようにパチパチ音を立てるキャンドルと、楽しい作品を次々と生み出している。「元々はお勤めの傍ら、趣味でつくっていたんですが、子育てしながらだと制作する場所もなくて。アトリエを探していて、ちょうど茶山ゴコの2階が空いたのを見付けたんです」。
自宅から近く、静かな環境で、建物の雰囲気も気に入ったそうだ。「建物内で交流が生まれている様子も素敵だと思いました」と川野さん。2階から1階に移ったことで、アトリエで制作中に近所の人から声を掛けてもらったり、子どもたちと仲良くなったりと、まちとのつながりも深くなったようだ。「ここに住んでいると、私や夫の両親も遊びに来やすいみたいです」と川野さんは語る。
閉じたビルの1室より、まちに開かれた戸建ての1室
川野さんが使っていた2階オフィスには今、英会話スクール&オフィス『コアコミュ・イングリッシュ(Core Communicators English)福岡』が入居している。代表の時枝七恵さんは、これまで主に企業の英語研修や通訳を手掛けてきた。
「以前は組織に属していたんですが、ゆくゆくは個人を対象に、その人その人のニーズに合わせた英語をお伝えしたいと思って。2年ほど前からオフィスを探していたんです。最初は街中のビルの1室を知人とシェアするつもりだったんですが、たまたま検索で茶山ゴコを見つけて内覧しました。ここなら1人でも借りられるし、広さも雰囲気もいい。明るくて、周りの景色も気に入りました」(時枝さん)
コロナ下の船出で、今はまだオンライン授業が中心だが、いずれは「茶山の英語ステーション」として、近隣の学生や子どもたちにも、学びの機会を提供したいそう。「定期的に通うレッスンでなくても、たとえばチケット制で、学校で分からなかったときに聞きに来る、とか。また先日は、バリスタの海外修行を目指す人のために、コーヒーやカフェに特化したオリジナルの英語教材を用意しました。私自身にとってもいい勉強でした」と時枝さん。
「私にとって茶山ゴコとの出会いは、仕事の方向性を考え直す絶好の機会になりました。オフィスビルの1室とは違ってまちと直接つながれる。同じ建物でそれぞれ自分の仕事をつくっている人たちと交流できるのも、とても心強いです」。
どんな立地でも、テナント需要は見つけられる
福岡市は今も人口が増える勢いのある都市で、茶山には地下鉄の駅もある。郊外とはいえ、利便性は高い。「茶山ゴコ」がテナント集めに成功しているのは、地の利のおかげではないのだろうか? 改めて、前出のスペースRデザイン・吉原さんに聞いてみた。
「私たちも驚いていますが、テナント需要は、住宅街にも路地にも斜面地にもあるものなんです。不動産業界のほうが、勝手に敬遠してきただけ。時代の流れについていけていないんですね。主役はあくまでも建物で、建物の可能性を広げてあげれば、オフィスに限らず店舗のニーズだってあります。茶山だからできた、ということではないと思います」。
昭和世代が残した資産の価値は決して小さくない。「空き家になったからといって、更地にして現金化するばかりが手ではありません。少し投資して収益が得られるようにすれば、思い出深い家を残して、次の世代に渡すことができる。こういう選択肢もあるんだということが、もっと広く知られてほしいですね」と吉原さんは語った。
★リンク★
スペースRデザイン/茶山ゴコ https://www.space-r.net/rent/chayamagoco
harucandle Instagram https://www.instagram.com/_harucandle_/
コアコミュ・イングリッシュ福岡 https://peraichi.com/landing_pages/view/zbopc/
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