孤立する若年妊婦からのSOSを受け止め、支援に取り組むNPO

深刻な児童虐待事件が後を絶たない。厚生労働省のまとめによると(※)、児童虐待で亡くなる子どもの約半数が0歳児で、そのうち4割を占めるのが「0日・0ヶ月」(生まれたその日から生後1ヶ月未満まで)の新生児という。加害者のほとんどが実母である。その背景には予期せぬ妊娠で悩み、葛藤する若年妊婦の存在もあるということはあまり知られていない。

批判的な目を向けられがちな「予期せぬ妊娠」だが、親との不和や貧困、DVといった問題を抱えている妊婦も多く、妊娠して頼る人も相談できる人もなく、孤立を深めていく。
そんな若年妊婦に寄り添い、支援を行っているのがNPO法人ピッコラーレ(東京都豊島区)だ。電話とメール、SNSによる無料相談事業に取組み、2020年6月からは豊島区内の空き家を改修した、若年妊婦のための居場所「ぴさら」を運営している。その取組みは、空き家は社会資源であることを物語る事例であるとともに、社会的に大きな意義がある。

※参考:厚生労働省「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について」(第17次報告、2021年8月公表)

1979年築の空き家を改修して開設された「ぴさら」。建物は2階建ての2LDK。Wi-Fiも完備している1979年築の空き家を改修して開設された「ぴさら」。建物は2階建ての2LDK。Wi-Fiも完備している

妊娠したかもしれない……しかし相談できる人も頼れる人もいないという若年妊婦の問題

ピッコラーレでは妊娠葛藤相談窓口から見えてきた課題を社会に伝えるために、『妊娠葛藤白書』を制作(2021年4月発行)。相談窓口に寄せられた声を、現場の相談支援員が整理してデータ化・分析を行ったという労作だ</BR>※現在、自主事業の「にんしんSOS東京」、自治体からの受託事業の「にんしんSOS埼玉」「にんしんSOSちば」の3つの相談窓口を運営ピッコラーレでは妊娠葛藤相談窓口から見えてきた課題を社会に伝えるために、『妊娠葛藤白書』を制作(2021年4月発行)。相談窓口に寄せられた声を、現場の相談支援員が整理してデータ化・分析を行ったという労作だ
※現在、自主事業の「にんしんSOS東京」、自治体からの受託事業の「にんしんSOS埼玉」「にんしんSOSちば」の3つの相談窓口を運営

ピッコラーレの活動は、2015年、助産師6名、社会福祉士1名で妊娠葛藤相談窓口「にんしんSOS東京」を立ち上げたことから始まった。「産む、産まない、育てる、育てない(養子に出すなど)にかかわらず、すべての妊婦や妊娠に寄り添う」をポリシーとし、365日体制で「妊娠したかもしれない」「妊娠してしまったがどうしよう」など、妊娠にまつわるさまざまな困りごとの相談に耳を傾けてきた。
窓口を開設以来、相談者数は年々増え続け、これまで6,000人以上から相談を受けてきた。相談の延べ対応件数は3万4,000件(2022年5月末現在)を超える。対応する相談支援員も助産師、社会福祉士、そして看護師、保健師、精神保健福祉士、公認心理師、保育士などの国家資格保有者が加わり、現在約40名となっている。

「にんしんSOS東京」創設当時からの相談支援員で、助産師の矢島千詠さんはこう話す。
「相談は全国から寄せられ、相談者の7割が未婚者です。年齢層の中心は10代から20代前半で、増えているのは15歳~19歳からの『妊娠したかもしれない』『妊娠してしまったが、どうしていいのかわからない』といった相談です」
そうした10代からの相談は窓口開設当初は15%だったのが、現在は約40%を占めるまでになった。

増加傾向にあるのは経済的に困窮している妊婦からの相談で、コロナ禍以降、顕著になっているという。アルバイトなど不安定な雇用形態で働いているため生活が苦しく、お金がないから病院を受診できない……そうこうするうちに妊娠後期になってしまったり、臨月になってから相談の連絡を入れてくるというケースも少なくないという。

「このような危機的な妊娠をしている若年妊婦の多くは、『家に安心できる居場所がない』『親に話せるような関係性ではない』『相手と連絡がつかない』『パートナーの暴力』といった状況に置かれてしまっています。つまり、妊娠の困りごとを相談できる人が身近にいなくて、孤立してしまっているのです」(矢島さん)

ピッコラーレでは妊娠葛藤相談窓口から見えてきた課題を社会に伝えるために、『妊娠葛藤白書』を制作(2021年4月発行)。相談窓口に寄せられた声を、現場の相談支援員が整理してデータ化・分析を行ったという労作だ</BR>※現在、自主事業の「にんしんSOS東京」、自治体からの受託事業の「にんしんSOS埼玉」「にんしんSOSちば」の3つの相談窓口を運営ピッコラーレの相談支援員・矢島千詠さん(右)と、事務局長・小野晴香さん。「ぴさら」の2階リビングで取材に対応いただいた

妊娠期から産後まで安心して過ごせる「居場所」を提供したい

「ぴさら」のエントランス付近には、ピッコラーレのイメージイラストが飾られていた。「誰にも頼れず、たった一人で漂流している人たちがたどり着き、少しでもほっとできる潮だまりでありたい」という思いを、絵本作家の相野谷由起さんが描き上げた

「ぴさら」のエントランス付近には、ピッコラーレのイメージイラストが飾られていた。「誰にも頼れず、たった一人で漂流している人たちがたどり着き、少しでもほっとできる潮だまりでありたい」という思いを、絵本作家の相野谷由起さんが描き上げた

ピッコラーレではこうした若年妊婦の不安や悩みを受け止め、本人と一緒に考え、必要に応じて面談し、適切な医療・福祉サービスを受けられるよう、同行支援を行っている。病院の産婦人科など医療機関や地域の保健センター、福祉事務所、女性相談などの行政窓口に一緒に足を運び、手続きのサポートをするなど、若年妊婦が社会とつながるための支援に力を尽くしている。

そんな支援活動を行うなかで生まれた構想が、若年妊婦のための居場所をつくることだった。

「既存の制度には、困難を抱えた若年妊婦のことを中心に据えた制度がないため、選択肢が限られていて、狭間に取り残されてしまう若年妊婦が少なくありません。例えば18歳に満たない未成年の妊婦の場合、なんらかの事情で親元を離れているケースも多く、実家には戻れないのですが、妊娠しているので、児童相談所の一時保護所や、自立援助ホームといった社会的養護の施設では受け入れてもらえません。どこにも行き場がないのです」(矢島さん)

また、一緒に暮らす人からの暴力に耐えきれずに家を飛び出して友人の家を転々とした結果、どこにも行くところがなく、ネットカフェや公園からピッコラーレの相談窓口に連絡してくる妊婦もいるという。

いずれも緊急支援が必要だが、妊婦が安心して過ごせる場所はすぐには見つからず、ピッコラーレとつながりのあるNPO団体から宿泊場所を提供してもらうなどして、しのいできた。
そうした経緯から2017年にピッコラーレが着手したのが「プロジェクトホーム」と名付けた居場所づくり事業。行き場のない若年妊婦がお金の心配をすることなく、安心して一時的な利用や宿泊ができる場所をつくろうと決めたのだった。

「豊島区地域貢献型空き家利活用事業」の制度を活用し、理想の物件と出合えた

居場所となる物件探しは難航したが、同じ豊島区内でつながりのあるNPO団体から「豊島区地域貢献型空き家利活用事業」の情報を得たことから道が開けた。

「豊島区地域貢献型空き家利活用事業」とは、地域交流の活性化や地域コミュニティ再生などの目的のために空き家の利活用を推進するという事業。豊島区の対象事業に登録した空き家オーナーと、空き家を活用したい地域貢献団体のなかで、双方の条件や意向が合うと見込まれるものについて、区がマッチングの機会を設ける。マッチングが成立すると、空き家オーナーと、空き家を活用する地域貢献団体との間で賃貸借契約を結び、空き家活用に向けての取組みが始まる。空き家の改修費については、改修工事費などの3分の2(上限200万円)を、豊島区が補助する。

ピッコラーレがこの事業を利用し、紹介を受けた空き家は、豊島区千川の住宅街にある1979年築の一軒家。約80m2の2階建てで、建物の1階には個室が2室と浴室、トイレ。2階はLDKで窓が多く配され、開放的で明るくて「理想の空間」だった。

物件探しに奔走した、ピッコラーレ・事務局長の小野晴香さんはこう振り返る。
「周辺環境も気に入りました。最寄り駅からの道中には心地よい街路樹の緑があったり、子どもたちの元気な声が聞こえてくるのです。地域の人たちの生活が息づいていて、若年妊婦の心を明るくしてくれるようなあたたかさを感じました」

2階は天井が高く、開放的な空間。一角にはピッコラーレのオフィススペースが設けられている(写真手前のデスク)2階は天井が高く、開放的な空間。一角にはピッコラーレのオフィススペースが設けられている(写真手前のデスク)

物件が決まり、空き家の改修工事がスタートしたのは2019年11月。内装工事のほか、耐震補強工事をする必要があったが、豊島区のこの事業は、改修費の負担をどうするのかは、空き家オーナーと地域貢献団体の両者で話し合って決めることとしている。

ピッコラーレのケースでは、空き家オーナーとピッコラーレの双方が負担することになった。
「豊島区がオーナーさんとの間に入って調整してくださったので、費用の負担割合やリフォーム会社選びなど、スムーズに話し合いが進みました。またオーナーさんが私たちの活動に賛同してくださり、家賃を周辺相場より安くしてくださったことにも感謝しています」と、小野さん。

壁紙のデザインや床の素材など、若年妊婦がここに居たいと思ってくれるような空間を仲間と一緒に考えながらリフォームをすすめた。2021年1月に工事完了。居場所の建物はできたが、運営資金が不足していたため、3月末からクラウドファンディングを実施したところ、5月末までに目標の750万円を達成し、640人から775万円の寄付を集めることができた。

行政機関や福祉関連団体を経由してやってくる若年妊婦が多い

こうして開設された居場所は「ぴさら」(フィンランド語で「しずく」の意味)と名づけられ、2020年6月から妊婦の受け入れを開始した。妊娠の週数に関わらず、いつからでも身を寄せることができる「ぴさら」は、2020年6月から2022年1月までの間で、10代から20代前半の妊産婦を中心に、宿泊は14人(延べ598泊)、日帰りで延べ43人の利用があり、想定以上の稼働率という。

「当初の予想では、私たちの妊娠葛藤相談窓口を経由してやってくることを想定していましたが、実際は違っていました。行政機関や民間支援団体の相談・依頼から、『ぴさら』の利用に至るケースが多いのです。居所のない若年妊婦が支援機関とつながっても、安心して過ごすことができる居所を公的資源の中で探すことが難しい現状を実感し、『ぴさら』のような場がいかに必要とされているかを痛切に感じています」(矢島さん)

宿泊利用は1泊2日と短期の場合もあれば、3ヶ月以上の長期に及ぶケースもある。平均的な滞在期間は産前産後の3ヶ月前後。この間、利用者は無償で生活の場や食事などの提供を受ける。

1階には個室が2室。写真は「mimoza(ミモザ)」と名づけられた部屋で、</BR>明るくて鮮やかなイエローのクロスで彩られた壁が印象的1階には個室が2室。写真は「mimoza(ミモザ)」と名づけられた部屋で、
明るくて鮮やかなイエローのクロスで彩られた壁が印象的
1階には個室が2室。写真は「mimoza(ミモザ)」と名づけられた部屋で、</BR>明るくて鮮やかなイエローのクロスで彩られた壁が印象的1階の個室「momo(桃)」は、おしゃれなピンクが基調
南側から見た2階LDK。奥にあるスペースはダイニングキッチン南側から見た2階LDK。奥にあるスペースはダイニングキッチン

「ピッコラーレには看護師、助産師、鍼灸師などのメンバーもいて、体が冷えている妊婦さんのために、足浴やお灸などで体を温めるなど、妊婦さん一人ひとりに合わせたケアをしています。出産後は、骨盤のケアや母乳マッサージといった産後ケアもしています」と、矢島さん。また、「ぴさら」は、妊娠をどのようにするかの選択によらず利用できる場所となっている。これまでも、「誰にも言えない」と思い悩み中絶をした後、心と体を休めるために「ぴさら」に通ってくる人や、出産して子どもを養親に託すことを決めて戻ってきた人もいるという。

「『ぴさら』で生活している間、妊産婦さんは思い思いに過ごしていますが、2階のリビングで動画をみたりしてくつろいでいる人が多いように感じます。私たちと一緒にキッチンに立ち、食事をつくることもあります。2階には私たちのオフィスがあってスタッフがいるし、近くに頼れる誰かがいるという安心感があるのかもしれません」(矢島さん)

1階には個室が2室。写真は「mimoza(ミモザ)」と名づけられた部屋で、</BR>明るくて鮮やかなイエローのクロスで彩られた壁が印象的キッチンもゆったりとしている。ちなみに2階にLDKという間取りは、この建物が建てられた当時からの間取りという

さまざまな団体のサポートを受けながら、若年妊婦が将来のことを考える場所

特筆したいのは、「ぴさら」が、若年妊婦がこれからの人生を考える場所でもあるということ。そのため、地域に開かれた場所となっている。

「『ぴさら』では、まずはゆっくりと休息してもらうことを大事にしています。体を休ませながら、この居場所に関わる人たちと少しずつ安心できる関係性を築いていくなかで、ようやく妊娠のことを含め、今後のことを考え始めることができるのではないかと思っています。安心や安全を感じられる環境の中で、少し先の未来を自ら描き始めたとき、例えば就学や就労などの話が出てくることもあります。そのようなときは、具体的な選択肢や支援の存在についてお話しつつ、これまでの活動のなかで築いてきた地域のネットワークを活かして就労や就学の分野で支援を行っている他団体につなぎ、彼らを支える人々の輪を広げるようにしています。ピッコラーレ1団体でできることに限りはありますが、地域の人たちと手を携えれば、若年妊産婦を真ん中に置いた持続的な伴走や関係性づくりが実現できるのではないかなと思っています」(小野さん)

「ぴさら」の2階リビング。妊産婦が心地よく過ごせるようにと、床には国産ヒノキ材のユカハリ・タイルが敷き詰められている

「ぴさら」の2階リビング。妊産婦が心地よく過ごせるようにと、床には国産ヒノキ材のユカハリ・タイルが敷き詰められている

いつでも帰ってこられる「HOME」でありたい

出産して子連れで里帰りする女性たちのために、ベビーチェアを用意。スタッフの温かな心遣いが感じられる

出産して子連れで里帰りする女性たちのために、ベビーチェアを用意。スタッフの温かな心遣いが感じられる

こうしたきめ細やかな支援を通じて、「ぴさら」に日帰り利用で“里帰り”する人たちは少なくない。
「子連れで来て、スタッフ手作りのランチを食べたり、お風呂に入ってのんびりしたり。我が家だと思って、いつでも帰ってきてほしいので大歓迎です」と、矢島さんと小野さんは笑顔で話す。里帰りする人たちから「自分は幼いころに体験できなかったけど、わが子には……」と請われ、一緒にお宮参りに出かけたり、「ぴさら」で母子を囲んでお食い初めのお祝いパーティを開いたりしているとも聞き、光が差すような思いが湧いてきた筆者だ。

ピッコラーレでは、妊娠葛藤相談窓口や「ぴさら」を通じてつながりができた女性に対して、必要に応じて可能な範囲で、米や食材、ベビー用品などを送っているといい、支援の手を差しのべ続けている。

現在、「ぴさら」には妊婦本人はもちろん、行政機関や民間支援団体などからの利用を希望する連絡も多く、満室の状態が続いており、希望にすぐ応えられない場合もあるという。そのため、第2、第3の「ぴさら」開設計画を視野に入れているが、立ちはだかるのが資金不足という大問題。持続可能な活動には避けて通れない問題だが、乗り越えてほしいと、心から願っている。

NPO法人ピッコラーレ
https://piccolare.org/

※参考
居所のない妊婦のための居場所づくり「project HOME」について
https://campaign.piccolare.org/202202/

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