団地再生プロジェクトの一環で、1棟を保存改修しコミュニティ拠点に

「築50年の団地の壁で、クライミングを楽しみたい!」

中学生たちが考えた、途方もないアイデアが現実になった。初級コースながら垂直の壁を4階近くまで登る、本格的なクライミングウォールだ。団地の壁にカラフルなホールドが取り付けられた様子は見た目にも楽しく、まちに新たな話題を呼び込んだ。

クライミングウォールを設けた「ひのさと48」。壁面に「48」と描かれている通り、もとは団地の48号棟だった建物だ。コミュニティカフェ、DIY工房、シェアキッチン、ビール醸造所を運営するほか、テナントとして認可保育園や子どもの発達支援施設、就労支援施設、ウクレレ制作工房が入居している。今後もテナントは増える予定クライミングウォールを設けた「ひのさと48」。壁面に「48」と描かれている通り、もとは団地の48号棟だった建物だ。コミュニティカフェ、DIY工房、シェアキッチン、ビール醸造所を運営するほか、テナントとして認可保育園や子どもの発達支援施設、就労支援施設、ウクレレ制作工房が入居している。今後もテナントは増える予定

ここは、世界遺産・宗像大社で知られる福岡県宗像市の「日の里団地」。2021年にまちびらき50周年を迎えた、九州最大級の“ニュータウン”だ。起伏に富んだ丘陵地に、一戸建てやタウンハウス、アパートなど、さまざまな住宅が建ち並ぶ。

クライミングウォールができたのは、かつてUR都市機構の賃貸アパートだった建物だ。団地集約のため廃止された10棟のうち、1棟が保存・改修され、2021年5月4日にコミュニティ拠点「ひのさと48」に生まれ変わった。残る9棟分の敷地では今、戸建て住宅地「むなかた さとのは」の造成・建設が進んでいる。里山のような雑木林を共有する、緑豊かなまちなみが育まれる予定だ。

クライミングウォールを設けた「ひのさと48」。壁面に「48」と描かれている通り、もとは団地の48号棟だった建物だ。コミュニティカフェ、DIY工房、シェアキッチン、ビール醸造所を運営するほか、テナントとして認可保育園や子どもの発達支援施設、就労支援施設、ウクレレ制作工房が入居している。今後もテナントは増える予定日の里の風景。1丁目から9丁目まである広大な団地だ。ひのさと48(左下写真)の眼前では「むなかた さとのは」の建設が進む

地元校の総合学習に参加し、子どもたちと一緒にアイデアを練る

「ひのさと48」を運営するのは、「むなかた さとのは」開発のプロジェクトディレクターを務める西部ガスと東邦レオ。両社は「ひのさと48」の開業前から、日の里のまちづくりワークショップに参加したり、地域の小中学校3校で構成する「日の里学園」の総合学習に協力したりしてきた。クライミングウォールのアイデアは、その総合学習から生まれたものだ。

西部ガスの牛島玄さんはいう。「コロナ禍が始まった2020年度、日の里学園は恒例の夏祭り参加や職業体験ができませんでした。そこで、私たちがオンラインで総合学習に参加し、子どもたちと一緒に日の里を盛り上げる方法を考えたのです」。

生徒ひとりひとりの個性(日の里では「ひっさつわざ」と呼ぶ)を引き出しながら、2学期いっぱいかけてアイデアをまとめ、地域の大人たちの前で発表してもらった。

日の里学園の総合学習の様子。右下の写真がオンライン会議システムを利用した授業の様子。画面内左上が西部ガスの今長谷大助さん、左下が東邦レオの吉田啓助さん、右下が「ひのさと48」のクリエイティブディレクター、ペンギン島の熊井晃史さん</br>(写真提供:さとづくり48)日の里学園の総合学習の様子。右下の写真がオンライン会議システムを利用した授業の様子。画面内左上が西部ガスの今長谷大助さん、左下が東邦レオの吉田啓助さん、右下が「ひのさと48」のクリエイティブディレクター、ペンギン島の熊井晃史さん
(写真提供:さとづくり48)

クライミングウォールを考えたのは、当時中学2年の生徒たちだ。卓抜なアイデアだが、実現はたやすくなく、実現したとしても危険が懸念される。ふつうなら発表会までで終わりそうなところだが、「ひのさと48」の大人たちは本気だった。

「子どもたちが考えたことを、大人が一緒になって本気で実現する。子どもがまちづくりに参画した実感を持てれば、まちに誇りや愛着を感じるようになると思うんです」と牛島さん。

クライミングウォールの設置費用は、地元金融機関が主宰する地域型クラウドファンディングを利用して応援を募った。「ひのさと48」にかかわる企業だけでなく、なるべく多くのひとに参加してもらったほうがいいと考えたからだ。募集期間は1ヶ月半ほどだったが、日の里や周辺の住人はもちろん、過去に団地に住んでいたひとも参加して、目標を上回る総額275万2,000円が集まった。

子どもたちが集まる、駄菓子のあるコミュニティカフェ

総合学習の提案は、ほかにも「ひのさと48」に反映されている。1階のコミュニティカフェ「みどりtoゆかり日の里」(以下、みどゆか)に設けられた駄菓子コーナーもそうだ。
「駄菓子があれば、小さな子どももカフェに来られるし、僕たちも遊んであげられるって、中学生たちが考えてくれたそうです」と、カフェを運営するGrandjour(グランジュール)代表の吉武麻子さん。

宗像市は古くから漁業や農業が盛んな場所で、「みどゆか」では地元食材や名産の紹介に力を入れている。小さな子ども連れでも過ごせるように、畳のコーナーも設えられており、幅広い世代が利用する。朝8時から開店し、「さとの朝ごはん」や「昼ごはん」といった食事メニュー、アレルギー対応の米粉ドーナツ「もぐもぐポケットドーナツ」などのデザートやドリンク、「ひのさと48」内で醸造しているクラフトビール「さとのビール」も提供する。

左上/吉武麻子さん。子どもたちはみんな「あさこさん」と呼ぶ 右上/「さとのランチ」の一例。左下/「みどりtoゆかり日の里」内の駄菓子コーナー 右下/「ひのさと48」101号室の「ひのさとブリュワリー」。宗像産の大麦を使ってクラフトビールを醸造している。「インターナショナル・ビアカップ」で賞も獲得した本格派ブリュワリー左上/吉武麻子さん。子どもたちはみんな「あさこさん」と呼ぶ 右上/「さとのランチ」の一例。左下/「みどりtoゆかり日の里」内の駄菓子コーナー 右下/「ひのさと48」101号室の「ひのさとブリュワリー」。宗像産の大麦を使ってクラフトビールを醸造している。「インターナショナル・ビアカップ」で賞も獲得した本格派ブリュワリー

コーヒー・紅茶以外にコーラや缶ジュースも用意して、子どもたちも歓迎する「みどゆか」だが、2021年夏には「ちょっと困った事態になりました(笑)」と吉武さんは振り返る。日差しが強くなって外遊びができなくなった子どもたちが、冷房の効いた「みどゆか」に集まるようになったのだ。「歓迎したいのはやまやまだったんですが...」と吉武さん。

「みどゆか」は団地の一室を改装しているので、そんなに広いわけではない。そこへ放課後の子どもたちが大勢集まると、大人はちょっといづらくなる。「正直、売り上げにも影響大です」と吉武さん。そこで吉武さんは、子どもたちと話し合いを持つことにした。

「ねえ、もうすぐ夏休みやん? このお店の子どもルールをつくろうと思うんよね!」
「え~~~⁈ どんな〜? ここで遊んだらいけんと〜?」
「そうじゃないけど、今のままだと他のお客さまが入れんやん? みどゆかはお店やけん、ちゃんとお金を稼がないと潰れちゃうんよ。みどゆかがなくなったら、みんなイヤやろ?」
「やだやだ〜!」
「じゃあ、どうするのがいいのか、みんなで一緒に考えよう」

こうして、毎週火曜16時に「子どもカフェ会議」が開催されることになった。

左上/吉武麻子さん。子どもたちはみんな「あさこさん」と呼ぶ 右上/「さとのランチ」の一例。左下/「みどりtoゆかり日の里」内の駄菓子コーナー 右下/「ひのさと48」101号室の「ひのさとブリュワリー」。宗像産の大麦を使ってクラフトビールを醸造している。「インターナショナル・ビアカップ」で賞も獲得した本格派ブリュワリー「みどりtoゆかり 日の里」店内。子どもたちも駄菓子のお会計をお手伝い

脱線と紛糾を繰り返しながらも前進する「子どもカフェ会議」

当初、子どもたちは「みどゆか」とは別に、子どもたちで運営する「子どもカフェ」をつくりたいと考えた。
駄菓子コーナーを移動し、売り上げは「みどゆか」に計上する。もし儲かったら、お金の代わりに唐揚げで報酬をもらう。「ひのさと48」内の小さな部屋を提供してもらえることになり、子どもたちは大喜びで掃除して、壁画まで描いた。
壁画はちゃんと事前にデザイン画を描き、所有者である東邦レオと西部ガスにプレゼンして許可を得ている。

壁画が描かれた「子どもカフェ」。「ひのさと48」102号室「じゃじゃうま工房」で物置に使っていた一部屋を開放してもらった。きちんと片付けない日が続いたために、大人に閉鎖されたことも。子どもたちはその都度、ルールを話し合いながら使っている壁画が描かれた「子どもカフェ」。「ひのさと48」102号室「じゃじゃうま工房」で物置に使っていた一部屋を開放してもらった。きちんと片付けない日が続いたために、大人に閉鎖されたことも。子どもたちはその都度、ルールを話し合いながら使っている

しかし、夏休み直前、計画はさっそく頓挫する。吉武さんが学校に相談したところ「子ども同士で売り買いはNG、みどゆかに行くときは保護者の同意が必要」との注意を受けたのだ。

これを聞いた「子どもカフェ会議」は大紛糾。「自分のお小遣いを使うのに、なんでいけんと?」「なんでお母さんの了解がいるん? いつもなんも言われんよ?」と騒ぎになったが「なんでこんなルールがあると思う?」という吉武さんの問いかけに、ある子が「大人に心配かけたらいけないからかな?」と答えると、みんなが納得したという。

脱線を繰り返しつつ「子どもカフェ会議」がつくったルールは以下の3つだ。
(1)みどゆかを利用するためのパスポート(保護者の同意書)をつくる
(2)みどゆかを利用するのは16時以降。それまでは子どもカフェで過ごす
(3)みどゆかで一日に使っていいお金の上限額を決める

「子どもカフェ会議」は自由参加だけれど定例なので、困ったことややりたいことが生じたら、その都度、臨機応変にルールを話し合う。「子どもカフェ」での商売を禁じられた子どもたちにとって、何より惜しいのは、報酬としてゲットする予定だった「唐揚げ」だ。そこで、8月22日に予定される「ひのさと48」夏祭りで稼ぐ方法を考え始めた。

モノを売らずに稼ぐにはどうするか。ときに吉武さんに突っ込まれながら、子どもたちは一生懸命考えた。大道芸やお手伝いなど、さまざまなアイデアが行き交うなかで、落ち着いたのが「くじ引き」。大人のお手伝いをして貯めたポイントで景品を仕入れ、くじ引きの利益で唐揚げをゲットするというものだ。くじ引きそのものは大人が運営する。コロナ禍で接触を避けるためのくじの工夫や、くじ引きに誘導するための「ひのさと48ガイドツアー」など、念入りな計画が立てられた。

しかし、2021年8月20日、福岡県にも緊急事態宣言が発令され、夏祭りは延期を余儀なくされた。

コロナ禍に負けずに続く子ども会議。ハロウィンやクリスマスを実現

結局、緊急事態宣言は9月30日まで続き、「みどゆか」も約1ヶ月間休業となった。しかし、「子どもカフェ会議」は、くじけることなく再開し、今も続いている。
夏祭りはできなかったが、ハロウィンやクリスマスのパーティーは実現した。クリスマスイベントの目玉は、地元ドローンチームの協力による「ドローンチャレンジ」。景品は地域のひとが提供してくれた文房具や駄菓子。子どもたちで手分けして、不公平にならないように小分けして包んだそうだ。

「ひのさと48」の子どもたち。 上2点/小さい子も花火を安全に楽しめるよう、ルール作成中の女子2名。漢字にはふりがなも </br>左下/ふだんは騒がしい子どもたちも、赤ちゃんが来るとそっと声をひそめて集まってくる </br>右下/月1回のガレージセールにて。近くの高齢者施設から提供された衣類を100円程度で販売した。いつもは薄着の子どもたちも、このときとばかり上質な上着を買って袖を通す。地域でリユースの環がつながって「きっと、前の持ち主のおじいちゃんおばあちゃんも喜んでくれていると思います」と吉武さん(写真提供:みどりtoゆかり日の里)「ひのさと48」の子どもたち。 上2点/小さい子も花火を安全に楽しめるよう、ルール作成中の女子2名。漢字にはふりがなも 
左下/ふだんは騒がしい子どもたちも、赤ちゃんが来るとそっと声をひそめて集まってくる 
右下/月1回のガレージセールにて。近くの高齢者施設から提供された衣類を100円程度で販売した。いつもは薄着の子どもたちも、このときとばかり上質な上着を買って袖を通す。地域でリユースの環がつながって「きっと、前の持ち主のおじいちゃんおばあちゃんも喜んでくれていると思います」と吉武さん(写真提供:みどりtoゆかり日の里)

11月3日にはクライミングウォールも完成、賑やかなオープニングセレモニーが開催された。「みどゆか」もお弁当や駄菓子の販売、ランチの提供でてんてこ舞いだったようだ。このときは九州大学の学生たちが「ひのさと48」の102号室「じゃじゃうま工房」の木材加工機「Shopbot」を借りて卒業制作でつくった構造物を展示。子どもたちにとって格好の遊び場になった。

ユニークな団地クライミングウォールはその後、全国放送にも取り上げられて、「ひのさと48」を広く知らしめるトレードマークになっている。営業は原則として毎週土日の2日間で、10時から17時まで、1回15分。子ども300円、大人は1,000円。事前に「ひのさと48」に足を運び、実物を確認してから予約するのがルールだ。

前出の牛島さんはいう。「下から全体を見ていると簡単そうですが、実際に登ってみると、目の前のホールドの距離感をつかむのは難しく、どこにどうつかまって、どう足を掛けるか、なかなか頭を使うんです。地上では体験できない身体の使い方が奥深いんですよ」。家族連れでのチャレンジも多く、お父さんの株が上がったり、子どもの成長に驚いたりしている様子がほほえましいという。

今年3月にはいよいよ新しい戸建て住宅地「むなかた さとのは」がまちびらきする。新旧の住人をつなぐコミュニティ拠点としての「ひのさと48」の役割はますます大きくなるだろう。そして、新しい友だちを迎えることになる子どもたち。実はまだ「唐揚げ」をゲットできていないらしい。今ごろはきっと、次なる作戦を練っているはずだ。

さとづくり48 https://stzkr.com/

「ひのさと48」の子どもたち。 上2点/小さい子も花火を安全に楽しめるよう、ルール作成中の女子2名。漢字にはふりがなも </br>左下/ふだんは騒がしい子どもたちも、赤ちゃんが来るとそっと声をひそめて集まってくる </br>右下/月1回のガレージセールにて。近くの高齢者施設から提供された衣類を100円程度で販売した。いつもは薄着の子どもたちも、このときとばかり上質な上着を買って袖を通す。地域でリユースの環がつながって「きっと、前の持ち主のおじいちゃんおばあちゃんも喜んでくれていると思います」と吉武さん(写真提供:みどりtoゆかり日の里)団地クライミングウォール、オープニングセレモニーの日の「ひのさと48」。左下写真が九州大学の学生たちがつくった木製の構造物(写真提供:みどりtoゆかり 日の里)

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