「九州DIYリノベWEEK」に宮城県石巻市のチームが参戦
2020年11月に始まった「九州DIYリノベWEEKEND2020オンラインステーション」。
福岡・熊本・鹿児島各地と、特別参加の長野市のリノベーション現場を巡るオンラインツアーだ。20年11月4日に全23チームが参加する「スタートアッププレゼン」を開催。その後、コロナ禍によって延期を繰り返してきたが、21年10月2日、当初の予定より半年遅れてついに全23会場を完走。さらに、同年11月3日に開催された「全員集合シンポジウム」では、新たに長崎市と、遠く宮城県の石巻市からも参加を得た。
石巻から参加したのは、巻組代表取締役の渡邊享子さんと、信和物産代表取締役の比佐野皓司さん。2人は2020年に九州DIYリノベWEEKの取り組みを視察、主催のNPO福岡ビルストック研究会理事長・吉原勝己さんの誘いで、自らも参加することにしたという。
比佐野さんと吉原さんは2012年にツール・ド・フランスの市民レースで知り合い、不動産にかかわる仲間として交流を深めてきた。吉原さんは「まだ津波の爪痕が残る頃から、石巻の復興を見てきました。渡邊さんと比佐野さんの活動は、九州の仲間にとっても、全国の志を同じくする人にとっても、大きな学びになると考えたんです」と語る。
渡邊さんと比佐野さんは、翌11月4日に開講された九州産業大学建築都市工学部の寄附講座「不動産学入門」(※)にも登壇、学生と社会人受講生を対象に、東日本大震災後の石巻の不動産の現状と、空き家の再生活用について語った。
※民間からの寄附によって開設される講座。2021年度の「不動産学入門」は吉原住宅とスペースRデザインの寄附により、吉原勝己さんが講師を務めた。
地域不動産会社が空き家活用に乗り出し、まちの価値向上を目指す
比佐野さんの信和物産は、石巻を拠点とする地域密着型の不動産会社だ。九州DIYリノベWEEK8年目にして、不動産会社が参加するのは初めて。
比佐野さんは言う。「地方の不動産会社にとって、多くの空き家は厄介な物件です。老朽化が進んでいて危険だったり、権利関係が複雑だったりと、問題を抱えていることが多い。何より、私たちの収益源である仲介料は取引価格で決まります。地価や家賃の低い物件を扱っていてはビジネスが成り立ちません。空き家にはあまりかかわりたくない、というのが、不動産会社のホンネでしょう」
比佐野さんが空き家を活用したまちづくりに本腰を入れ始めたのは、復興需要も落ち着きをみせた2018年頃から。「吉原さんから、『地域の不動産会社なら、空き家でまちの価値を高めないと』と背中を押されました。空き家が価値になるなんて、発想の大転換でしたが、実際に乗り出してみると、いろんなことが起こり始めたんです」
クラファン活用で中心市街地の空き店舗を“複合エンタメ施設”に
例えば、JR石巻駅から徒歩10分ほどにある店舗物件。持ち主が亡くなり、東京在住の親族が相続したことで、信和物産に相談が持ち込まれた。
「完全な空き家ではなく、店舗の一部をラーメン屋に貸していました。それなのに、契約書が残っておらず、家賃も敷金も分からない。その家賃も半年間滞納していたので、退去をお願いしました。残っていた家財も処分して、借り手を探すことにしたのです」
移住支援を手掛けるまちづくり団体に「誰か移住者が借りてくれないだろうか」と声を掛けたところ、メンバーの矢口龍太さんと阿部拓郎さんが「だったら自分たちが借ります」と手を挙げてくれた。2人はこれまで「いしのまき演劇祭」や「ISHINOMAKI金曜映画館」など多彩なイベントを手掛けており、そろそろ拠点が欲しいと考えていたのだ。
「店舗を“複合エンタメ施設”に改修するというアイデアで、資金はクラウドファンディングで調達するという。リターンの多くは、建物の掃除や解体、ペンキ塗りを手伝うというものでしたが、あれよあれよというまに目標の1.5倍もの470万円を集めてしまったんです」と、比佐野さん。
計画は現在進行中だが、ワークショップでは久しぶりに、あたりがひとびとでにぎわう光景を見ることができた。
映画館がビール醸造所に、農家がアーティストの拠点に
“複合エンタメ施設”の隣には、石巻市内に唯一残っていた映画館「日活パール」がある。2017年に閉館して以来放置されており、これも相続人から相談を受けた。
「すでに雨漏りして傷みがひどく、ふつうなら『解体して更地にして売りましょう』と答えるところです。けれども、映画館の痕跡からいろんなひとの想いが伝わってくるようで、壊すにはしのびないと感じました。そのことをSNSに投稿してみたら、なんと『私が買います』という女性が現れたのです」
女性はホップ栽培を手掛けるイシノマキ・ファーム代表理事の高橋由佳さん。これまではホップを他社に委託してビールを製造していたが、「日活パール」を譲り受けることで、自前の醸造所をつくるというのだ。
「高橋さんは『新築の建物には興味が持てないけれど、古い建物にはときめきを感じる』と語っていました。多様な価値観とうまくマッチングできれば、空き物件は再生できるんだ、と実感したできごとでした」
比佐野さんが紹介したもうひとつの事例は、郊外の農家だ。
「600坪の畑と納屋付きの空き家です。住まなくても畑の草むしりは必要なので、相続したひとは大変だったようです」。そこで比佐野さんは、持ち主をアーティストの武谷大介さんに引き合わせた。武谷さんは、作品や材料を保管する場所を探していたのだ。「畑を維持管理してくれるならタダでも貸すとのことでしたが、そういうわけにもいかないので月額5000円で。武谷さんは仮設住宅の廃材を利用して、DIYで修理しながら使っています」。
「店子が残っていたり相続が絡んでいたりする物件を再生につなげるには、やはり不動産会社の介入が重要だと思います」と比佐野さんはいう。
「不動産会社をやっていれば、おのずと空き家の情報が集まってきます。これまでは手を付けなかった物件も、市場に出して募集してみれば、私たちには思いもよらなかったような斬新な発想で活用してくれるひとたちがいるんだ、と分かりました」と比佐野さん。「そのなかでも際立ってユニークなのが、渡邊さん率いる巻組です」。
立地の悪さも建物の古さも、ニーズ次第でメリットになる
巻組は今年(2022年)創業8年目を迎える。昨年5月に、合同会社から株式会社に移行した。リノベーションの設計・施工、シェアハウスの運営や移住促進を手掛けており、現在、自社所有物件は15棟、のべ居住者数は100人以上に上る。石巻を拠点に、活動範囲は4つの自治体にまたがっている。前出の吉原さんは「リノベーションビジネスの経営者として、渡邊さんは桁違いの才能をお持ちです。九州の仲間も、渡邊さんから大いに学んでほしい」と絶賛する。
巻組が主に手掛けるのは「空き家の中でもいちばん条件が悪い、絶望的な廃屋です(笑)」と渡邊さん。立地条件が悪く、建物も設備も古い。「一般的な賃貸住宅にはありえない条件だから、一般的な賃貸住宅の規格に収まらないニーズを持ったひとに向くんです」。アーティストやパフォーマー、クラフツマンといったひとびとにとって、立地条件の悪さは、「周囲に気兼ねなく、存分に大きな音を出せる」というメリットになる。建物が古ければ、画材で汚したり、壁に釘を打ったり、工具で傷つけたりしてもかまわない。
東日本大震災後の石巻には、こうしたクリエイティブな志向を持ったひとびとが支援に訪れ、一部は定住した。彼らの多くは、狩猟する画家や林業に従事する演劇人など、一次産業とクリエイティブを掛け合わせた、独自のライフスタイルを築いている。徳島県出身のアーティスト、パルコキノシタさんもその一人だ。
「パルコさんは、獣害という社会課題を解決しようと狩猟に取り組んでいるのに、猟銃を所持しているという理由で、一般的な賃貸住宅を借りるのが難しかったりします。日本の賃貸住宅には入りにくく出にくい構造がありますが、これを変えていきたい。非合理的な審査や入居期間の制約に縛られない、入りやすく出やすい仕組みを模索しています」
現在、パルコキノシタさんは巻組のシェアハウスに暮らし、その隣のボロボロの蔵を改修して、現代アートギャラリー「日和坂アート研究舎」を運営している。
地域資源を活用してクリエイターを支援し、関係人口を増やす
「私たちは、無理をして空き家を活用しているわけではありません。あるものを使うほうがサステナブルだと確信しているんです。クリエイティブなひとたちに空き家を提供すると、ネガティブはポジティブに転じる。自らライフスタイルを創り出せるひとを応援したい」と渡邊さん。
巻組では、リノベーションやシェアハウス運営に加え、クリエイターの卵に自由な制作の場を提供する「Creative Hub」というプロジェクトを展開している。地域の資源を活用し、制作環境、物資の提供、発表の機会まで支援する。財源は、企業や一般からのギフト(寄附)や協賛だ。これまでに、地方居住に関心を寄せるインテリアメーカー26社が家具などを提供してくれたという。
「私たちはいま、いわゆる“関係人口”のコミュニティに注目しています。実際にCreative Hubを運営してみると、まちの外から来たクリエイターだけでなく、石巻のふつうのひとも制作活動に参加して、みんなで一緒に東京でグループ展を開くというような化学反応が起こりました。地域にかかわるひとびとの幅が拡がり、空き家がその受け皿になれば、活用の可能性もまた、拡がっていくのではないかと考えています」
信和物産株式会社 http://www.sundeyokatta.com/
株式会社巻組 https://makigumi.org/
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