障がいのある人が自由に働き、街の人々と共に活動するおしゃれなカフェ
JR大分駅から車で約10分の場所に「ジェラテリアふくろう」はある。3階建ての複合ビル「ふくろうの森ビル」の1階を占める広々とした空間だ。古びた足場板を敷いた床に真っ赤な壁、ステンドグラスをアクセントとした内装にアンティーク家具、グランドピアノが配された老舗のバーのような趣のあるカフェ。そこでは、自閉症の安部侑朔(あべゆうさく)さんや小野天哉(おのたかや)さん、健常者のスタッフたちが代わる代わる自家焙煎のコーヒーを淹れる。タイミングを見計らって、棚にあるレコードを取り出してかけたりもする。店内に飾ってある色とりどりの動物や昆虫の絵画は、安部さんたちが自ら描いたものだ。
ジェラテリアふくろうでは、一般社団法人あらやしきが運営する就労継続支援事業所・やまねこ工房のスタッフが働いている。身体障がい、知的障がい、精神障がいなどがある人たちもいる。「お店でコーヒーを淹れるだけでなく、コーヒー豆の選別やケーキ・ジェラートといったメニュー開発、店内外の音楽イベント運営なども担当しています。ここでは、障がいのある方と一緒に働いているほか、外部の方からのご要望でワークショップなどを開催することもあります」とあらやしき代表、古山圭二さんは話す。なお、1階だけでなく、丸ごと一棟を使い、やまねこ工房のさまざまな活動をこなしている。
市の中心部に程近いビル1階をDIYでカフェに。車いす配慮のスロープや広いトイレも
事業所とはいっても、当初から、まちに溶け込んで自由に働けるような拠点となることを目指していた古山さんは、大分市の中心部付近で入居物件を探していた。1階は多くの人が交流しやすいようなカフェを想定していたほか、事業所として使用する場合の要件に、訓練・作業室、相談室、多目的室などの設置があり、一定の部屋数が必要だった。また、日照や保健衛生、防災などへの配慮も求められ、それらをすべて満たす賃貸物件はなかなか見つからなかったという。やっと出合ったのが、1年ほど空き家だった元化粧品会社の3階建てのビルだった。
「延床面積や間取りはもちろん、(事業所らしからぬ)青いタイルの外観も申し分ありませんでした。意外なことにビルのオーナーから賃貸ではなく売却したいとの申し出があり、一瞬ひるみましたが(笑)、月々のローン返済額を当初予定していた賃料の額に調整し、購入に踏み切りました」(古山さん)
費用を抑えるため、リノベーションは1階の元オフィスからカフェへの変更を中心とし、2階以上の元オフィスや元オーナー住居は最低限の変更にとどめて活用することに。1階は完全に内装を解体した後、大工さんの指示のもと、古山さんと兄弟、友人たちとで内装工事を進めたという。古山さんが内装のスケッチを描き、その場で大工さんと話し合いながら床張り、壁・カウンターの造作、天井の塗装などを行った。車いすでの利用も配慮して、カフェの入り口付近にはスロープを設け、トイレは間口や広さを十分に取った。家具類はアンティークショップと連携し徐々に集めたという。
児童養護施設で感じた違和感から、サロンのような自由な出会いのある施設を目指す
古山さんはなぜ、障がい者と健常者が交流し活動するような、就労継続支援施設を立ち上げたのだろうか? そこに至るきっかけは小学生の頃に遡る。当時、古山さんは家出や学校をさぼるなどを繰り返して不登校となり、多忙なご両親の仕事の都合もあって、児童養護施設で暮らすことになったのだという。その時に感じた違和感を忘れられず、福祉の専門学校に進学し、卒業後は神奈川県の社会福祉法人で支援員として働き始めた。「その頃は、福祉施設の常識や慣習、仕組みを変えたいと考えながら働いていました。実際に、施設の立ち上げなどにも取り組みました」と古山さん。
36歳で大分に戻り40歳で10坪ほどのバーの経営を始め、実の父親を継ぐようにバーテンダーとして毎夜店に立っていた。結果、バーで会社経営者や会社員、ミュージシャン、クリエイターなど、さまざまな人々と交流を持つことになった。その際に、バーのように楽しく自由な交流が福祉の作業所にも合うのではないか、障がいの有無にかかわらず人々が交流できるような場をつくれるのではないか、と考えるようになったという。
「バーはいろいろな人が集まるだけに、予想外の人同士がつながり、思いがけない出来事に結び付きます。そのように、人や物事が自由にマッチングしていくような福祉事業所でありつつ、毎日変わらずコーヒーが供される、といったあくまでも日常の一部でもあってほしい」。そのイメージが形になったのがジェラテリアふくろうなのだ。
なお、当初のバーの内装も、ジェラテリアふくろうと同様に、自分でイメージをスケッチして、大工さんと一緒にDIYでコツコツ仕上げた。空間デザインのルーツもそのバーにある。
2つ目の活動拠点は繁華街の純喫茶店舗を活用。WEBカメラで複数の作業所の意思疎通も
現在、古山さんは2つ目の活動拠点を立ち上げたところだ。大分駅から徒歩約10分程度の繁華街・府内五番町の防火帯建築のビルにある、元純喫茶モーガンを借り受けて、「メディアセンター」事業を開始した。モーガンは約40年前にオープンし地域の人に愛されてきたが、老朽化が進みここ10年ほどは空き家のままだったという。主にその厨房付近のみリノベーションしてメディアセンターのオフィスとして活用。残りは元の内装や家具、スペースインベーダーに代表されるようなテーブル型アーケードゲームも受け継いで、昭和の喫茶店そのままの雰囲気を残しつつ、喫茶や飲食、イベント用のスペースなどとして使用している。
メディアセンターでは主にデジタルサイネージの企画・運営やWEBサイトの構築、イベントの企画・運営、フリーペーパーの企画・制作などを請け負っている。デジタルサイネージについては、障がいのあるスタッフは、設置、写真や動画の撮影・編集、運用などを担当。フリーペーパーは、企画、編集、ライティングなどをプロと協業して、障がいのあるスタッフが自主的に仕事をこなしスキルを高めていくようにしている。このほか、スタッフは五番街商店街振興組合の事務局運営にも関わっているという。それぞれの拠点はWEBカメラでつなぎ、古山さんや他のスタッフが常に意思疎通を図れるようにした。
障がいは大きく3つの種類に分けられているものの、作業の得意・不得意は千差万別、人それぞれだ。そのため、スタッフのサポートにも臨機応変であることが求められる。そのような状況の中、積極的に活動拠点や活動内容を増やしていくのはなぜなのだろうか。
「障がいのある人も(自分に合う仕事で)普通に働き、普通にまちなかを行き交うようになっていくと感じています。それが、当たり前の世の中でしょう。その風景の中で自分も一緒に働きたいと思い、さまざまな活動に取り組んでいます」
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