「自治体公務員の仕事のみではまちは元気にならない」
今回訪れた佐伯市は大分県の南東部に位置する。佐伯市は昭和に入って軍事都市となり、戦後は旧海軍跡地などの臨海部に工場・造船所が進出して工業都市として発展したが、オイルショックを経て経済が低迷した。いわゆる平成の大合併を経て、903km2と九州地方で最も面積の広い自治体となったものの、現在の人口は7万人弱。近年は1年当たり1,000人のペースで人口が減っており、少子高齢化が顕著だ。都市のスポンジ化が進行し、市街地にも多くの空き家や空き地が目立ち出した。かつては夜市が開催され人で溢れかえっていた市中央のアーケード商店街もシャッター商店街となり、人通りがなくなり、賑わいが徐々に消えつつあったという。
Uターンで同市の職員となった建設部建築住宅課の後藤好信さんと、隣市で生まれ育ち入庁した建設部都市計画課の河野功寛さんは、「2015年ごろ、市役所でみんな一生懸命働いているのに佐伯のまちがなかなか良くならないと感じていました。しかし、何が原因なのか、何から手をつければいいのか分かりませんでした」と振り返る。
感じ取った、公務員がまちに飛び込む必要性
そんな最中、まちにあふれ厄介物とされている遊休不動産を活用し、地域経営の課題を複合的に解決する「リノベーションまちづくり」に出会う。佐伯市のまちに合っていると実感したが、開発事業と相反するものと認識されかねないこのやり方は、公的な業務とするにはハードルが高かった。
そこでふたりは、「公務員としてではなく、自らの判断でスピーディに動ける一市民として、自分たちでできるリノベーションまちづくりをやっていこう」と頭を切り替えたという。
そして、活動する母体として「DOCRE(ドークリ)」というユーモラスなネーミングのまちづくりユニットを結成。DOCREとは、”おかしい”“普通ではない”人のさまを意味する地元の方言“どうくる”と、英語の“DO CREATIVE”をミックスした造語だ。
そして、リノベーションまちづくりの肝となる半径200メートルほどのスモールエリアを現在の拠点である船頭町に設定した。船頭町は古くから商人の町として栄え、今なお商店や酒蔵が残り、商人町の風情が漂う。佐伯市の約3kmに伸びる中心市街地エリアの端に当たるその町に、局所的にヒト・モノ・コトを集積させ、まずは小さなうねりを起こし、その波及効果を市に伝播させる心づもりで活動を始めたという。
まず、ふたりは1軒ずつ船頭町で空き家を探し出し、購入してリノベーションプロジェクトを開始。いずれも、自宅だけでなく、まちに開かれたフリースペースやテナントスペースを併設し、まちに動きを生み出していく計画を立てた。
「自分たちが空き家を求めて船頭町に飛び込んだときも歓迎してくれ、空き家を探す際に相談に乗ってくれたり、応援してくれたりする方が多かったですね」(後藤さん)
「空き家を活用するには、物件を探しにくかったり、必要以上に作業に時間を要したりと、さまざまな障壁がありますが、私たちが一つの実験台となりながら変化の過程を多くの方に共有することで、次の空き家の活用につながっていけば、という思いもありました」(河野さん)
内装ワークショップを通じ多くの人とつながる
ここで、後藤さんと河野さん、それぞれのリノベーションや活用の経緯について紹介していこう。後藤さんが購入したのは、築87年の延床面積200m2の旧角田時計店だ。空き家になってから、約10年が経過していた。これを1階はキッチン付きレンタルスペース「TIC TAC TEMPO」と飲食店、設計事務所に、2階は家族の居住スペースに変更する改修計画とした。
後藤さんは、空き家を実際に活用するまでの経緯を周囲の方々に見てもらったり体験を共有したりできるよう、節目節目で有志を募り、作業を兼ねたワークショップ(以下、WS)などを開催した。空き家の残置物を片付けるお掃除WS、老朽化した内装を取り除く解体WS、耐震補強のWS、床張りWSなどだ。募集の告知は主に、SNSを活用したという。
「各作業工程をWSのようにイベント化してまちに開いていくことで、工事をしている最中にも、通りがかりの地域の方が『ここはどうなるの?』と言って気軽に現場をのぞきにきてくれるようになったり、リノベーションが完了する前に自然と地域に溶け込んでいけたのが大きなメリットでした」(後藤さん)
元時計店は、まちの共用スペース+住居に
5つの棟がひしめき合っていた元旅館を減築
一方、河野さんが購入したのは敷地面積約150坪の敷地に5棟の建物が連なり、古いもので築129年の旧平岡屋旅館だ。5棟から成る既存の建物のうち、雨漏りなどで老朽化の激しかった2棟を取り壊し、3棟に減築して活用する改修計画を立てた。河野さんも後藤さんと同様にWSを開催しながら開かれたリノベーションを行い、メインストリートである本町通りに面する旅館の母屋だった2階建ての建物は飲食店の店舗に、旅館のお風呂と旅館で働く女中さんの居室があった棟は「float」と名付け、1階には焼き菓子店、2階は賃貸住居に、そして元オーナーの住居棟は河野さんの住まいとしてリノベーションした。
このリノベーションのもうひとつの大きな特徴は、減築して生まれた中庭だ。残った基礎の一部なども生かしながら整え、日常的にまちの人たちが寛いだり、イベントを開催するスペースとして活用されている。メインストリート沿いの建物には通り土間を設け、この中庭まで通り抜けられるようにしてある。
「まちの中のこういった広場のようなフラットで無目的な場所、『子どもを連れて買い物ついでに』など、何となく行ってみたくなるような空間をここに作りたかったんです」(河野さん)
元旅館は、飲食店+住居+住民が集う中庭に
2つの物件を核に、半径約200mの範囲に集中して賑わいづくりを
空き家を購入しリノベーションしていく過程の中で、船頭町というエリアの魅力や、地域でのつながりの豊さをより感じると同時に、佐伯市在住でも船頭町を歩いたことがない人や、中高生ではそもそも知らない人もいるという状況に気づいたという。そこでもう一度まちを歩くきっかけをつくり、それが日常へとつながっていくような”異日常”の一日を創造しようと、2017年の秋から四半期に一度のペースで「船頭町市」の開催を始めた。
地域の空き店舗や空き家の軒先、空き地を活用して、現在では約40のショップが出店するようになった。当初は知り合いが立ち寄るくらいだったというが、多くの市民が訪れるイベントとして成長中だ。
「この空き家が雑貨屋だったらどうだろうと、まちのあったらいいなを妄想しながら開催しています。日常につながっていくよう、日常から少し背伸びするくらいの空気感を目指し、出店は佐伯で活動されている方が主です」(河野さん)
また、スタッフやイベントで出会った人同士が会話を交わし、よりイベントを楽しめるような仕掛けも用意している。
「毎回のイベントでは、ドレスコードを決めておきます。今までボーダーや浴衣などがありました。親近感がわいて、話しかけるきっかけになるんですよ」(河野さん)
リノベーションやこうしたイベントなどを通じて関係人口は増え、まちづくりのターゲットとした半径200mにはカフェや居酒屋、オリーブオイル専門店、刺繍の工房などが開店した。ふたりには、空き家や空き店舗を探す相談も舞い込むようになった。
こうした活動は継続することが重要であり、課題でもある。継続の心構えを伺うと、ふたりからこのような答えが返ってきた。「まずは自分たちがワクワクできているか、”自分事”として楽しめているかが重要だと感じます。やっている人が辛そうにしていたら嫌じゃないですか。まちを楽しんでいる公務員がいるまちの方が楽しいと思います」
これからもDOCREの活動は、まちにじわじわと変化を生み出していくのだろう。より活動しやすくなる、新型コロナ感染症終焉後の新たな展開も楽しみだ。
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