「おんせん県」で温泉のない豊後大野市には、江戸時代からサウナがあった
大分県豊後大野市の川野文敏市長は、今年(2021年)7月18日に「サウナのまち」宣言を同市内で行った。本来はアウトドアサウナのイベント「第2回サウナ万博in豊後大野」での宣言予定だったが、あいにく大雨で中止(※1)になり、宣言のみとなった。
予定していたサウナ万博を主催したのは、「おんせん県いいサウナ研究所」で、豊後大野市の5つのサウナ事業者が集まって立ち上げたアウトドアサウナ協議会だ。大分県は「おんせん県」を掲げているものの、豊後大野市は温泉が出ない。それを逆手にとった地元のサウナ事業者が「あえてサウナ」というキャッチコピーで、観光を盛り上げようと動いている。それに応える形で、行政がサウナのまちおこし宣言をしたのだ。全国初の試みとなった。
※1:10月23日に「第2回サウナ万博in豊後大野リベンジ」(参加者150人)を無事開催した。
ところで豊後大野市は、もともとサウナにまったく縁の無かった場所ではない。16世紀ごろに作られた「石風呂」というサウナのような蒸し風呂が親しまれた歴史がある。江戸時代には農民たちが疲れを癒すために「石風呂」を利用し、現在も市内に12ヶ所ほど確認されている。
「石風呂」とは、岩肌に掘った洞窟に蒸気を充満させるサウナだ。まず洞窟内に2階層になるように敷石を配置し、下側に火を入れる。熱くなった敷石の上に石菖(せきしょう)という薬草を厚く敷き、その石菖が熱せられて立ち上がる蒸気を充満させる仕組みだ。蒸気が逃げないように、ゴザで入り口の穴を塞ぐ。
そんなサウナゆかりの豊後大野市で、「おんせん県いいサウナ研究所」の立ち上げに尽力したのが、「REBUILD SAUNA」という市内で最初のアウトドアサウナだった。支配人の高橋ケンさんに話をうかがうべく、山奥の「REBUILD SAUNA」に向かった。
山奥の秘境に、炎に癒されるフィンランド式サウナがある
「REBUILD SAUNA」へのアクセスは、市街地からの曲がりくねった細い道を、高千穂方面の山に向かって自動車で1時間半ほど。途中、棚田や渓谷が続き、秘境感あふれる場所だ。たどり着いた「REBUILD SAUNA」はゲストハウスLAMPの庭先にある。すでに他のゲストが水着姿で、サウナから隣のプールのような水風呂に入っていた。後から聞いたところ、実はこの場所はかつて小学校があったそうで、本当にプールだったものを再利用している。
私のサウナの予約時間は、最終の20時からにしてあった。先に夕飯をいただくことにして、洋館のたたずまいのゲストハウスLAMP内にある食堂で、シシマーボーをいただいた。地元のイノシシ肉を使った料理で、辛くて汗が出る。サウナに合う「サ飯(サメシ)」メニューとのことだ。
食後、サウナの予約時間になり、水着を借りてサウナ小屋に向かう。扉を開けると熱風が出迎えた。壁際に薪ストーブがあり、赤々と燃えているのが見える。フィンランド式サウナで、薪をくべる古典的なスタイルだ。思わず炎に癒される。その横にひしゃくが置いてあり、バケツのアロマ水をすくってストーブに掛けると「ジャー」という大きな音とももに、小屋の中はアロマの蒸気で充満した。
10分ほどして、小屋の外に出て元プールの水風呂につかる。山の清水をそのまま引いている冷水だ。その後はリクライニングチェアに座り、体を整える。夜空の星が美しい。
ときどきスタッフが小屋に顔を出し、薪を加えるなどして火の勢いに気を配る。最後に来たスタッフは、タオルを大きく扇ぐ「アウフグース」の特別サービスをしてくれた。
これまでにない、地域に寄り添う「循環型サウナ」を目指して
高橋さんによると、この「REBUILD SAUNA」を運営するゲストハウスLAMPは、もともと東京の会社が豊後大野市の指定管理を受けて、宿の運営に携わったのが始まり。高橋さんもその会社の一員だ。土地と建物は市の所有で、2017年の8月から同社が運営を任せられている。
「併設のサウナをつくるプロジェクトは、2019年の冬に始まりました。小屋にはもともと五右衛門風呂がありましたがまったく使える状態ではなく、小屋ごといったん壊し、その廃材も使いつつ、新しくサウナ用の小屋に作り替えたのです」と高橋さん。
その経緯から、「REBUILD SAUNA」という名称になった。当時、解体した木材等の古材を買い取って、新たに建物をデザインする会社と親交があり、その会社の「Rebuild New Culture」 という理念に共感したそうだ。
なぜフィンランド式サウナになったのか高橋さんに教えていただいた。豊後大野市の特徴が、その出発点だったと言う。
豊後大野市は、「大分の野菜畑」といわれるほど、農業生産量が多く、大分県の名物、シイタケの栽培も盛んだ。シイタケ栽培に使われる原木の「くぬぎ」には、栽培に適した太さがある。ところが生産者の老齢化で「くぬぎ」の切出しが追いつかず、太過ぎる「くぬぎ」が山では多くなったそうだ。高橋さんは、農家が太過ぎる「くぬぎ」を間引き処分するのに困っていると市役所から聞き、サウナの薪に使えるのではないかとひらめいた。高橋さんが木材の購入代金を支払うことで、山の活性化に一役買える。フィンランド式サウナは、このように地域の困りごとの解決という循環から始まった。
「サウナができる前と後では、宿の客層が完全に変わりました」と高橋さん。
以前は、山を目的にするゲストがほとんどだった。ファミリーのゲストは渓谷での遊びが目的で、ユネスコ・エコパーク関連で来たゲストは自然体験が目的だった。つまり、この宿が主な目的なのではなく、泊まれれば何でもよかったのだ。一方、サウナが完成した後は、ここに泊まる必然性が生まれた。現在は、サウナを目的にこの宿に泊まりたいという人が圧倒的に多いそうだ。
地域が選ばれることを第一に、あえて競合のサウナ事業者を応援
高橋さんは、「おんせん県いいサウナ研究所」の発想は、エリア全体で盛り上げないと絶対にうまくいかないと考えていたという。それは、サウナができた前年の2018年、高橋さんが宿の運営に大きな危機感を抱いたことに始まる。豊後大野市の市街地にある老舗ホテルが倒産したことに、大きな衝撃を受けた。中心ホテルが倒産するということは、その地域に観光客がいないということを象徴しているからだ。
そこで高橋さんは、地域に人を呼ぶためにどういうものを作り上げるべきか考え、自身も大好きなサウナの可能性にかける決断をした。実際、同社の別の事業部が長野県の野尻湖でサウナの宿を成功させた実績もある。さらに重要なのは、自分たちの宿だけではなく、エリア全体としてお客さんを呼ぶ仕組みに育てていくことだと考えた。サウナは全国にたくさんあり、選ばれる地域にならないと、何も始まらないからだ。
翌年、サウナを宿内に立ち上げた後、すぐに地域の仲間づくりを始めたそうだ。同じ危機感を共有する地元の事業者に高橋さんが声を掛けて、アウトドアサウナが増えていった。それが「おんせん県いいサウナ研究所」につながっていったのだ。
一例をあげると、「豊後大野市の屈指の観光スポットでもある稲積水中鍾乳洞を水風呂として利用すれば面白いかも」と、冗談話から始まって実現したサウナもある。世界でも珍しい鍾乳洞サウナを新設したのだ。外のテントサウナで体を温め、水風呂として水中鍾乳洞の透明度の高い清流に浸かる。ちなみに洞内の温度は年中16度に保たれていて、天然のクーラーだ。
ほかにも、サウナ雑誌『サウナランド』に取り上げられた川サウナ『JOKI SAUNA』も魅力的だ。ユニークな建物が並ぶ「ロッジきよかわ」で、清流・奥岳川の自然の水風呂を味わえ、贅沢な自然環境を満喫できる。
ここ豊後大野市は、「日本ジオパーク」と「ユネスコ・エコパーク」に認定されていて、自他共に認める自然がある。まさに自然とサウナの共演だ。
サウナを軸に市内の地域内連携、そして九州の広域連携も視野に
エリア全体を盛り上げるため、「おんせん県いいサウナ研究所」は、飲食店との連携も進めている。その仕掛けが、サウナに合わせた「サ飯(サウナ飯)」だ。
ゲストハウスLAMPではシシマーボーをサ飯として出しているが、サ飯とは、単純にサウナの後に食べるご飯のことで、定義は一切ないそうだ。何のメニューでもよい。なぜなら、人によって辛いものが好きな人もいれば、冷たい食べ物が好きな人もいるし、麺類が好きな人もいる。サウナの後は、味覚がはっきりしてくるそうで、自分の好きなものをよりおいしく感じられる。だから食事が楽しくなり、サ飯として盛り上がる可能性も高い。
高橋さんは、「サ飯」を切り口に、サウナー(サウナ愛好家)に町の飲食店も楽しんでもらうことで、結果として消費につながる仕組みができると期待を寄せる。参加したいという飲食店も増えているのは、元々あるメニューを「サ飯」としてリブランディングするだけなので、新規でメニュー開発をする必要がなく、ハードルが低いからだ。
さらに飲食店だけではなく、地元の農業にも相乗効果をもたらしている。⼤野川などを中⼼とした豊富な⽔源と阿蘇⼭の噴⽕による⼟の恵みを受ける豊後⼤野市は、栄養豊富な農産物の産地としても認知され、サウナーの食欲をかき立てている。つまり地産地消のサ飯として盛り上がりつつあるのだ。
豊後大野市が「サウナのまち」と宣言をしたことで、「おんせん県いいサウナ研究所」の活動もオフィシャルになり、「石風呂」をイベント等で実際に稼働させている保存会との協力体制も整ったそうだ。さらに今後は、サウナ万博にも力を入れていき、年に2回ぐらい九州各地域の持ち回りでやっていきたいと高橋さんは抱負を語る。各地域の自然や土地の良さを味わってもらうイベントにして、結果的に、豊後大野市のサウナの認知度向上にもつながると前向きだ。
サウナブームの発展で、新しい動きも出てきた。豊後大野市は、将来、サウナツーリズムの元祖になるかもしれない…。
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