工務店自らが開発、グッドデザイン賞を受賞
シラス壁の開発は、35年程前の珪藻土壁での失敗から始まった。
シックハウス症候群問題から自然素材が人気になり、珪藻土の左官壁が注目され始めた頃のことである。しかし当時の珪藻土は施工が難しく、熟練した左官工でもひび割れなどの問題が起きることが少なくなかった。
そこで実際に施工で苦労をした工務店が、機能、施工性、そして美しさを求め、自ら開発したのが、シラス壁である。
シラス壁は、九州南部のシラス台地に堆積する「シラス」という火山噴出物を主成分とした、自然素材100%の左官材である。その優れた性質と共に、地域への貢献、デザイン性の高さからも評価され、グッドデザイン賞を受賞している。
筆者も以前より、自然素材ならではの調湿機能、消臭機能、VOCなどの有害物質の吸着による空気清浄機能に加え、リフォームで既存クロスの上からも塗ることのできる施工性の良さに注目をしていた。今回、実験キットでの体験ができる初のオンライン説明会が実施されると聞き参加してみた。
今回は、シラスの特性を生かしたシラス壁の魅力と、シラス壁を使った海外の施工事例などもご紹介しよう。
珪藻土での失敗から生まれたシラス壁
「シラス壁を開発するキッカケになった珪藻土での失敗は、それこそ会社の屋台骨を揺るがすほどの衝撃だった」と、高千穂シラス株式会社の代表である新留昌泰氏は語る。
今から35年程前、シックハウス症候群の社会問題化を受け、珪藻土などの自然由来の内装材が注目され始めた頃のことである。まだ出始めということもあり、施工が難しいものが多く、問題が起きることが少なくなかった。
高千穂シラスはもともと一級建築士事務所として起業し、当時、工務店として健康住宅を手掛けるにあたり、壁材に珪藻土を使い始めたそうだが、やはりクラックや剥がれといった問題が多数発生してしまったそうだ。
そこで珪藻土に替わる、自分たちの手で本当に使いやすい健康的な壁材を作りたいと目を付けたのが、故郷の足元にふんだんにあるシラスだった。
高千穂シラスは九州の錦江湾から30キロほど、まさにシラス台地の真上にある。「まさに足元のどこを掘ってもシラスが出てくる」と新留氏は言う。
シラスは大量の火砕流として一気に堆積したため、他の土とほとんど混ざることなく厚い地層を形成している。サラサラしていて保水力が無いので水田には向かず、雨で土砂崩れを起こしやすいなど、地元ではやっかいものとされてきた。
しかし、一般的な土はさまざまな有機質が混じっているのに対し、シラスはマグマが岩石になる前に粉末になった天然の無機質材のため、無菌、無毒、そして非常に細かい多孔質構造を持っている。「これを使って壁材ができないか」そう考え研究開発がスタートしたのである。
工務店ならではの視点で、時代に合った新たな左官材を開発
シラス壁の商品開発にあたり、「時代に合った左官材であることが重要だった」と新留氏は言う。
自然素材は、アレルギー対策や健康志向の高まりで人気ではあるものの、施工の難しさで敬遠されることも少なくない。「左官職が一人前になるのに10年も掛かっているようでは、時代に合わないのではと感じていた」という。
自ら施工をする中間ユーザーである工務店だからこそ、施工が簡易であること、そしてクラックや剥離など施工後に問題が起きないようにすることがいかに重要かを、身に染みて知っていたのである。
自然素材100%であること、化学物質は使わない、この部分には徹底的にこだわった。自然素材の上塗り材であっても、下地やシーラー、ジョイント部分に樹脂が含まれていることもある。また接着剤を混ぜれば施工性は上がる。
しかしそれではシラスを使う意味がないと考え、およそ3年を掛け、クラックや剥離が起きにくく、石膏ボードやビニールクロスの上から塗っても剥離しにくい、100%自然素材の左官材「シラス壁」を誕生させたのである。
サスティナブルな建材「シラス壁」の効果は?
シラス壁は今の時代に求められるサスティナブルな壁材とも言える。
シラスそのものが何万年もかけて積もった大地の恵みであり、機械による焼成や乾燥は行わず、乾燥は九州の太陽の恵みを生かして天日で行われている。そして壁材になった後は、過剰なエネルギーを使うことなく室内環境を健康的に整えてくれる。
シラスの調湿、消臭効果がよく分かる実験の様子をご紹介しよう。こちらの写真の左側は消臭効果、右側は調湿効果を体感するためのキットである。
左の写真の、2つの小瓶の左側にはシラスの壁の破片が入っていて、右には何も入っていない。そこにアンモニアをひと吹きしたコットンを入れて蓋をする。すぐに蓋を開けて臭いを嗅ぐと、共にアンモニア特有のツンとした刺激臭がある。
右の写真の小さな植木鉢のようなものはシラス材で作った小さな容器で、中にペットボトルのキャップ1杯分の水を入れる。筆者はちょっと欲張って2杯ほど入れてみた。
共に20分ほど経った後、まずは小瓶の臭いを嗅いでみる。何も入っていないほうはツンとした臭いのまま、シラス壁の破片が入っているほうはアンモニアの臭いは完全に消えていた。容器に入った水は、器に吸収されキレイに消えていた。
シラス壁の消臭機能は吸着ではなく、分解のため半永久的に効果が持続するとのこと。またシラスは非常に細かい多孔質構造のため、優れた調湿機能と有害物質を吸着する空気清浄機能を発揮するとのことだった。
自然素材に囲まれた部屋はサラサラと気持ちよく、癒しを感じさせる
自然素材が使われた部屋は快適だ。
筆者の事務所は一般的なビニールクロス貼りで、自宅はシラス壁ではないが自然素材の内装材仕上げになっている。蒸し暑い夏の日に両方の気温と湿度を比較してみたところ、気温は同じでも、湿度は自宅のほうが20%ほども低かった。湿度が低ければ体感温度が下がり、サラサラと快適に過ごせる。
もちろん間取りや面積、使われている材料の種類、施工方法によって効果は異なるが、自然素材に囲まれた部屋は空気が清々しく感じられて何となく落ち着くというか、癒されるのである。
自然素材はシックハウス症候群対策にも有効である。子どもは身体が小さい分、体重1kgあたりで比較すると取り入れる空気の量が多いため、空気環境を整えることがより重要となる。
100%自然素材であれば化学物質への不安もない。加えて他の部位から出たホルムアルデヒドなどの有害物質を吸着し低減する機能も期待できるため、小さな子どもでも安心して暮らせる家になるだろう。
実際にシラス壁を取り入れた人の感想には、爽やかで気持ちがいい、夜にぐっすり眠れるようになった、シックハウス症候群の不安無く過ごせて嬉しいといった声の他に、アレルギーが改善しつあるといった声もあったそうだ。
またデザイン性や消臭機能への評価も高く、職人の手作りの味わいに愛着を感じる、内装に温もりがある、たばこ臭くて部屋に入るのをいやがっていたお孫さんが部屋に入れるようになった、新築のにおいが無くなってしまってちょっと残念という感想が寄せられたこともあるとのことだった。
新築とリフォームで人気のシラス壁
シラス壁には厚みやデザイン、使用場所によって石膏系、石灰系、セメント系などいくつか種類があり、どれも顔料を含め100%自然素材であり、シラスが占める割合は全て同じになっている。色は天然鉱物を調合、調色している。
また消臭機能は、塗り厚で効果が変わらないよう工夫がされている。例えば、薩摩中霧島壁など5mm厚のものは、2mm以下の粒子を使用し、中霧島壁ライトなど2.5mm厚のものは、0.6mm以下の粒子を使用するなど、粒の大きさを調整することで、薄く塗っても効果があるようにしているそうだ。
ただし調湿効果に関しては、厚みがあるほうが効果が大きいとのこと。今回、新築とリフォームで人気のシラス壁を聞いたところ、それぞれ薩摩中霧島壁、中霧島壁ライトとのことだった。
シラス壁のお手入れやメンテナンス方法は?
シラス壁は静電気が発生しにくいので、自らホコリを吸着しにくく汚れにくい。日常のお手入れはほとんど必要なく、もしホコリが付いた場合はハンディモップなどでサッと取り除くと良い。
軽い汚れは消しゴムで消す、擦り傷はメラミンスポンジで乾いたまま軽くこする、もし傷跡が白くなったら水をスプレーすると馴染んで目立たなくなるとのことだった。
メンテナンスに関しては、シラス壁は無機質材なので退色劣化に強く、高耐久なので再塗装や張替えなどのメンテナンスは基本的に不要。
イニシャルコストはビニールクロスより高いが、メンテナンス費用などのランニングコストは少なくて済み、何より享受できる快適性を考えれば、検討する価値のある壁材と言えるのではないだろうか。予算が合わない場合は、寝室やリビングなど、普段よく時間を過ごす部屋だけに使ってみる手もある。
左官壁のコテ跡の美しさには工業製品には無い魅力がある。人の手で生み出された模様はわが家だけのオリジナルであり、モダン、ナチュラル、クラシック、和風でも自由自在に演出が可能だ。
何より自然素材の中に身を置いていると癒される。人工物の中に居続けるとどうしてもストレスを感じてしまうといったことはないだろうか。在宅時間が長くなった暮らしでは、室内環境が重要な意味を持つ。健康的でサスティナブルな暮らしを実現してくれる自然素材100%の左官壁は、ニューノーマルな時代にこそ相応しい内装材なのではないだろうか。
取材協力:高千穂シラス株式会社
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