まちの風景を特徴づける、個性ある店舗「喫茶キャプテン」

「喫茶キャプテン」は、福岡県那珂川市の玄関口・JR博多南駅から歩いて10分弱、まちのメインストリート「いちょう通り」と梶原川が交差する角地にある。通りから少しセットバックした、船のロッジのような、独特の外観が印象的だ。屋根と壁が一体の外壁に大きく「COFFEE HOUSE」と描かれ、遠くからもよく見える。創業から約40年、まちのランドマークとして、ひとびとの記憶に刻まれてきた。

「店内に入ったことはなくても、写真を見せれば誰もが、“ああ、あそこね”と笑顔になる。まちの風景の一部として認識されている店なんです」と語るのは、「喫茶キャプテン」現オーナーの木藤亮太さんだ。2年ほど前に、創業者から経営を引き継いだ。

通りから見た「喫茶キャプテン」。店名ロゴもどこか懐かしい通りから見た「喫茶キャプテン」。店名ロゴもどこか懐かしい

宮崎で“奇跡”の商店街再生を果たした目に、新しく映った“故郷”那珂川市

「喫茶キャプテン」カウンター内で皿洗いにいそしむ木藤亮太さん。那珂川市や日南市のほか、現在は古賀市や日田市など、九州各地のまちづくりに携わる「喫茶キャプテン」カウンター内で皿洗いにいそしむ木藤亮太さん。那珂川市や日南市のほか、現在は古賀市や日田市など、九州各地のまちづくりに携わる

木藤さんは、“日南の奇跡”と呼ばれた宮崎・油津商店街の再生で、一躍その名を知られるようになった。日南市での4年の任期を終えて、次の拠点に選んだのが那珂川市だ。那珂川市は、木藤さんの母方の地元であり、18歳から日南に行くまでの20年間を過ごした場所でもある。「子どもの頃は全国各地を転校してまわった自分にとって、故郷と呼べるまちがあるとしたら、この那珂川市かな」と木藤さんは言う。しかし、日南市に住む前と後では、まちの見え方が180度変わったそうだ。

“日南以前”の木藤さんは、那珂川市に住んではいたものの、大学も職場も福岡市内に通い、休日は車で郊外のショッピングセンターに出掛けるような生活を送っていた。「那珂川には何もない、と思い込んでいた。けれど、日南で刺激的な4年間を過ごして戻ってみたら、那珂川も意外とおもしろく見えたんです。それは、まちが変わったのではなく、僕のまちを見る目が変わったからだと思う」。

那珂川市は、隣接する福岡市の急成長につられるようにして、昭和50年代から人口が増え始めたまちなので、昔懐かしい商店街のようなものは最初からない。けれども、よく見ると、予約制のこだわりラーメン店や斬新なデザインを追求する陶芸家、インスタ映えを発信する神社など、尖った活動を展開するひとびとがいることに気付いた。木藤さん自身が運営に加わることになった駅前ビル「ナカイチ」にも、個性的な面々が集まり始めていた。

木藤さんは那珂川市で、ナカイチを運営する会社・ホーホゥの代表取締役として、また行政から委託を受けて事業と事業をつなぐ「事業間連携専門官」や「まち活コーディネーター」として活動を開始した。必然的に、地元からさまざま相談が持ち込まれることになる。そのひとつが、店を畳もうとしていた「喫茶キャプテン」の、後継者を探すことだった。

那珂川市のアイデンティティー「喫茶キャプテン」をなくしてはならない

木藤さんが幼かった頃、「喫茶キャプテン」のあるいちょう通りには、地元の人が営む焼き肉屋やおもちゃ屋などの商店が並んでいた。しかし今や、そのほとんどが全国チェーンの看板に入れ替わっている。「よそのまちの風景と見分けがつかなくなりそうな中で、キャプテンだけが、那珂川のアイデンティティーでした」と木藤さん。

聞けば「喫茶キャプテン」は賃貸物件で、次の借り手が見付からなければ解体されかねないという。「キャプテンがある、この風景をなくしてはいけない」と危機感を募らせる木藤さんの中で「自分が継ぎたい」という気持ちがむくむくと膨らんでいった。

「喫茶キャプテン」内部。教会のようなアーチ天井や木の内装がクラシックな雰囲気「喫茶キャプテン」内部。教会のようなアーチ天井や木の内装がクラシックな雰囲気

「喫茶キャプテン」という店名は、創業者の岡本信行さんが、もと船乗りだったことに由来する。昔気質の頑固な雰囲気を漂わせる岡本さんに「ここを継がせてほしいんです」と切り出すときは、さすがの木藤さんも、少し緊張したという。「最初は、ああ、そう、と少し冷ややかな反応に感じられました」。

しかし、話をしているうちに、木藤さんの祖母の髙木富子さんが「喫茶キャプテン」の常連だったことが分かると、岡本さんの表情は一気に明るくなった。「なんだ、富子さんとこの孫ね。そういえば富子さん、孫が日南で活躍してるって自慢しよったねえ。あんたのことやったんか」と思い出を語ってくれたのだ。それは木藤さんにとって、ここはやっぱり自分の故郷だと、再確認した瞬間でもあった。

建築と飲食のプロと組み、経験豊かなカフェスタッフを迎え入れる

「喫茶キャプテン」を継ぐために、木藤さんは新しい会社を設立した。その名も「株式会社バトンタッチ」。共同経営者として、知人の建築家の村上明生さんと飲食店経営者の仲盛弘樹さんを仲間に引き入れた。古い建物を生かしながら喫茶店を継承していくのに、最強の布陣だ。

しかし、いちばん肝心なのは、実際にキャプテンの店頭に立って運営するスタッフだ。ちょうど、村上さんがかつて設計した福岡市の人気カフェが、業態転換のため閉店するという。そこに経営陣3人で乗り込んで、次の働き先を検討していた橋本悦子さんに話を持ち掛けた。

右が店長の橋本悦子さん、左が料理長の草原亜沙美さん。中央は創業者の岡本信行さんだ右が店長の橋本悦子さん、左が料理長の草原亜沙美さん。中央は創業者の岡本信行さんだ

「店長なんて荷が重くて、とても即答はできませんでした」と振り返る橋本さん。しかし、「喫茶キャプテン」の継承計画を話し合う木藤さんたち3人の様子に、強く心を惹かれたという。「3人ともすごく楽しそうに夢を語っていて、それがとても真剣でもあって。そんな大人の姿は、それまで見たことがなかったんです」と橋本さん。橋本さん自身の夢でもある「いつか自分の店を持つ」ための修業にもなるだろうと、「喫茶キャプテン」の店長を引き受けることを決意した。

料理長は、橋本さんの同僚だった草原亜沙美さんが担当してくれることになった。草原さんにもまた、いつか自分の店を持ちたいという夢がある。
「2人がやりますと言ってくれて、これでちゃんと継げる、と確信が持てました」と木藤さん。

初代閉店後1ヶ月半の準備を経て再開店。昭和テイストの名物メニューも継承

2019年6月、初代「喫茶キャプテン」閉店を目前に、店内は名残を惜しむ常連客でごった返した。忙しいなか、橋本さんが無理を承知で研修を願い出たところ、最後の2日間、続けてフロアに立たせてもらえたそうだ。このとき先代の岡本さんが、橋本さんを常連客に紹介してくれたことが、スムーズな引き継ぎにつながった。1ヶ月半後に新生「喫茶キャプテン」が開店したときも、岡本さんが手伝ってくれたそうだ。

初代「喫茶キャプテン」の看板メニュー、ウインナーコーヒーとスパゲッティ・ナポリタンは、新生「喫茶キャプテン」にも受け継がれた。以前のメニューのレシピは一通り教わったという。
「ウインナーコーヒーのクリームは、ちょうどいい硬さに泡立てて、コーヒーにこんもり載せるのに、ちょっとコツが必要なんです」と橋本さん。練習を繰り返して、岡本さんから免許皆伝のお墨付きをもらった。甘さに応じて「昭和」「平成」「令和」と名付けた3種類を用意するなど、2代目なりの工夫も加えている。

今も福岡市に住む橋本さんだが、「喫茶キャプテン」の店休日にも那珂川市に来て過ごすことが多いという。先代からの常連客との丁々発止の会話にもすっかり慣れた。「70歳代ぐらいのお客さまが多いんですが、みなさん現役バリバリで、頭の回転が速いので。負けていられません」と笑う。

営業再開後、半年足らずで世間はコロナ禍に突入した。「喫茶キャプテン」も当初は売り上げが落ち込んだものの、比較的早く持ち直してきている。「地震や水害と違い、全国同時に災難に見舞われるなかで、地域地域で支え合っていくしかない、という意識が芽生え始めているのでは。キャプテンという地元のお店を応援する人が増えているように感じられるのは、そんな気持ちの反映のような気がします」と木藤さん。

左上/操舵輪のシャンデリアなど、店内には創業者の岡本さんが愛した船にまつわる装飾が今も残されている 右上/人気メニューのナポリタン 左下/岡本さんから教わったウインナーコーヒー 右下/最近では珍しい、ガス火のサイフォンで一杯一杯丁寧に淹れる左上/操舵輪のシャンデリアなど、店内には創業者の岡本さんが愛した船にまつわる装飾が今も残されている 右上/人気メニューのナポリタン 左下/岡本さんから教わったウインナーコーヒー 右下/最近では珍しい、ガス火のサイフォンで一杯一杯丁寧に淹れる

時流に逆らうことが自分の仕事。まちの衰退や更新の波を押しとどめる

実は木藤さん、日南の油津商店街でも、長く閉まったままだった老舗喫茶店をリノベーションし、「ABURATSU COFFEE」として営業を再開させている。
「よく、古い喫茶店が好きなんですね、と言われるんですが、違います(笑)。日南市のABURATSU COFFEEも那珂川市のキャプテンも、歴史は同じ40年ぐらいだけど、実は課題は真逆なんです」

人口が減り続ける日南市では、空き店舗は10年以上放置されたまま残っていた。しかし、人口が増えている那珂川市では、空いた店舗はすぐ新しいものに建て替えられてしまう。
いっぽうで、人通りのなくなった油津商店街には、新しい波を起こす必要があったが、発展を続ける那珂川市には、古くから受け継がれてきたアイデンティティーを残すことが大切だった。

「油津のカフェは、パンケーキとかタピオカとか、それまで日南になかったものをどんどんつくり出していくお店。対照的にキャプテンは、ナポリタンとかウインナーコーヒーとか、昔からあったものを継承するお店なんです」と木藤さん。
「放っておいたらどんどん進んでしまう、まちの衰退や更新の流れに逆らうことが、自分の仕事だと考えています。キャプテンが受け継ぐ昭和の喫茶店文化はきっと、過去と未来をつなぐキーワードになる。経営はらくではないけれど、なんとか守り抜きたいと思っています」。

喫茶キャプテン https://www.instagram.com/captain_nakagawa/?hl=ja

公開日: