全13店舗の小さな商店街。うち3店舗をまとめて借りて改修
シャッター商店街の3軒長屋を、まとめて借りてリノベーション。1階店舗は小さく仕切り、2階はぶち抜いてシェアハウスに。商店街を再生する新しい試みが、福岡県北九州市の「寿通り商店街」で始まった。
寿通り商店街は、JR黒崎駅前に広がる扇状の街路の一角の、いちばん古くて、いちばん小さな商店街だ。幅3mの路地の両側に、大小13の店舗が並ぶ。その端っこの3軒長屋が、今回のリノベーションの舞台だ。名付けて「寿百家店」。このプロジェクトのために設立された、同名の株式会社が運営する。代表取締役に就任した福岡佐知子さんは、長く寿通り商店街の活性化に取り組んできた。
商店街の中に自らオフィスを構え、バーや惣菜店を開業
福岡さんは、まちづくりやブランディングを手掛けるPR・企画会社「三角形」を主宰する。6年前、当時の寿通り商店街組合の会長から、商店街立て直しの相談を持ち掛けられた。「そのときすでに、寿通り13店舗のうち8店舗が、シャッターを閉めたままになっていました」と振り返る。「家賃の安さにひかれて見に来る人はいても、あまりの古さに尻込みして、中に入ろうともせずに帰っていくような状況でした」と福岡さん。「そこでまず、自分が商店街に入って、使いかたの実例を見せよう、と決めたんです」
2015年、寿通りの中ほどに三角形のオフィスを移転。2016年にはそのオフィスで夜にワインバー「TRANSIT」の営業を始め、さらに2017年に、惣菜店「コトブキッチン」と、商店街組合のレンタルスペース「コトブキリビング」をオープンした。結果、これまでに福岡さんが開けた寿通りのシャッターは4店舗分に上る。
「ゆくゆくは、寿通りのシャッターを全部開けるつもりです。とはいえ、自分ひとりでは1年半に1つ開けるのが精一杯で、この先10年はかかってしまう計算になる」と福岡さん。そんなとき「寿通りにシェアハウスをつくろうよ」と言い出したのが、「TRANSIT」の常連客で「コトブキッチン」の設計者でもある建築家・田村晟一朗さんだった。
商店街に住む「アーケードハウス」をシェアハウスにアップデート
建築設計事務所「タムタムデザイン」を主宰する田村さんは、「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2016」で総合グランプリに輝いた。その作品が、商店街の2階空き店舗を住宅に改修した「アーケードハウス」だ。店舗ならではの大開口を生かし、薄暗いアーケードに温かな光を取り戻した。
「アーケードハウスの手法は、各地の商店街に、もっと広がってほしいと考えています」と田村さん。「まちに賑わいを取り戻すためには、やっぱり人が住まなくては始まらない。寿通りの場合、2階はもともと住居だったのに、長く空き家のまま放置されていました」
小さな寿通りでは、住む人も商う人も、同じコミュニティーの一員になる。単独の住戸より、集まって住むシェアハウスがふさわしい、と考えた田村さん。3軒長屋の2階の壁をぶち抜き、4つの個室と共用のLDKを備えたシェアハウスを計画した。アーケードハウスの進化形だ。
「シェアハウスなら、多様な人が住まえる。例えば大学生が入居して、1階の商店でアルバイトしてくれるような、住と商の好循環が生まれればいいと考えています」
初めてでも、一人でも商売を始めやすく、しかも仲間がいる商店街
1階は福岡さんのアイデアで、3つの店舗をシャッター1枚分ずつに分割。シャッターの境目に合わせて間仕切り壁を立て、1.8〜3坪の11区画に小分けした。店を小さくして家賃を下げれば、初めての人も商売を始めやすくなる。
いの一番に出店を決めた、“頭と目のリラクゼーションサロン”「To me...」の豊東久美子さんも、初めて自分の店を持つ。「寿百家店は一人で始めるのにちょうどいい広さですし、一人だけど、同じ時期に開業する仲間がいる。それが私には、とても心強かったですね」と語る。
いちばん小さな区画は、寿通り商店街のお隣「千日名店街」でスパイスカレー「タカミカリィ」を営む田中正樹さんが借りてくれた。以前から構想していた古本屋を開業するという。本好きの仲間6人がそれぞれお薦めの本を置き、電子マネーで決済する、無人店舗になるそうだ。「どうしても現金で買いたい人は僕を呼び出してくれればいいし、周りに仲間がいるので無人でも安心です」と田中さん。
ほかの区画も、借り手はすべて決まっている。「こんなに早くテナントが埋まるとは意外でした」と福岡さん。「シェアハウスのほうが早いと予想していたんですが、やっぱり黒崎は、今も商売のまちなんだな、と気付かされましたね」
まちにまつわる“食”の思い出を取り戻す飲食店「あんとめん」
隣の「くまで通り」に面した角の区画には、寿百家店直営の飲食店「あんとめん」を開業した。この店のアイデアもまた、福岡さんと田村さんの合作だ。
「ラーメン屋をやりたい」と言い出したのは田村さん。「寿百家店の取締役のひとり、青木純さんが経営する、東京・雑司が谷の『都電テーブル』で食べたラーメンが感動的においしくて。これを黒崎に持ってきたい!と思ったんです」
都電テーブルのラーメンは、煮干しで出汁をとったやさしい味。豚骨ラーメンが主流の北九州では、なかなか味わえないラーメンだ。福岡さんは、その味見のためだけに上京したそう。「とても丁寧につくられたラーメンで。小さな子どもから高齢者まで、いろんな人がいる黒崎のまちに合うラーメンだと思いました」(福岡さん)
「あんとめん」のもう一つの主力商品、人形焼きは、福岡さんが以前から、いつか実現したいと考えていたものだ。
「まちづくりやリノベーションを手掛けていると、よく、まちの思い出話を聞く機会があります。そこで必ず話題に上るのが、食べものの思い出なんですよ」と福岡さんは言う。「黒崎では、今はなくなってしまったラーメン屋さんと、“モダン焼き”と呼ばれた人形焼きの話を、何度も聞きました。なくなったものは戻らないけれど、復活させて、次につなぐことはできる。食はまちの資産だと思うし、リレーのバトンのように継いでいくものだと思うんです」
屋台のような店舗が自然なコミュニケーションを生み出す
寿通りは、道も含めて大家さんの私有地なので、路上にも自由に椅子やテーブルを出せる。だから「あんとめん」は壁もドアもなく、屋台のように道に向かってカウンターを張り出す。店を開けていると、通りがかる人がみな、様子をうかがっていく。しかし、目立つところには「ラーメン」とか「人形焼き」といったお品書きが書かれていないので、戸惑う人も多いようだ。それもまた、福岡さんの狙い。
「誰かがお店の前で戸惑っていたら、それが声をかけるきっかけになります。そこからコミュニケーションが膨らんでいく。私が手掛けるプロジェクトは、よく言えば余白がある。足りない部分が多いんです」と笑う福岡さん。運営スタッフには、「あんとめん」は「公民館みたいな飲食店」だと伝えているそうだ。
市場は世界。全店合同のオンラインマーケットも企画中
実は福岡さんも田村さんも、北九州市の出身ではない。福岡さんは隣の行橋市、田村さんは高知の生まれだ。福岡さんに、「なぜ黒崎で、こんなに熱心にまちづくりを?」と尋ねると「きっかけがあれば、どこのまちでも同じようにやったと思います」という答えが返ってきた。
「今はもう、地縁のようなものはなくなっているし、誰でも、どのまちにでも関わっていいと思う。地元住人が頑張らなきゃ、商店会が頑張らなきゃ、なんて言っていると、どんどん先細ってしまいます。参加の方法だって、いろいろあっていい。ラーメン一杯食べに来てくれるのも、思い出を語ってくれるのも、まちづくりの一環なんです」
寿百家店の全店オープンはもう少し先になりそうだが、コロナ禍の教訓を経て、田村さんは、合同オンラインマーケットを企画中だ。「リアル店舗とインターネットを併用し、お客さんと店主をオンラインで結ぶ、ライブコマース的なシステムを構築する予定です」。拠点は日本の片隅の、小さな小さな商店街だが、視野は世界に開いている。
寿百家店 https://kotobukihyakkaten.com/
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