SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)とは
新たな公民連携の手法として、SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)という方式が広がりを見せている。
SIBは、民間事業者が社会課題解決型の事業を行い、その成果に応じて行政から報酬が支払われるPFS(成果連動型民間委託契約方式)の一種だ。「何をしたか」ではなく「生まれた成果」で評価されるため、事業者はインパクトの最大化を図ろうとする。従来の民間委託契約のように、行政の業務を民間事業者が代行するものではなく、民間事業者が主体となって公共に資するサービスを提供し、その成果を行政が購入するイメージである。
PFSの中でも、特に投資家などの民間の資金提供者からの資金調達を組み合わせたスキームをSIBという。
2021年3月4日、まちづくり分野におけるSIBの普及促進を目的に「『まちづくり×SIB』シンポジウム~3つの価値を創出する新しいまちづくり~」と題したオンラインシンポジウムが、国土交通省都市局まちづくり推進課の主催で行われた。まちづくりにSIBが導入されることで、まちづくりはどう変わるのだろうか。そして、私たちの暮らしにどう影響するのだろうか。記事ではシンポジウムの内容を2回に分けてレポートする。前編となる今回は、SIBの特徴を解説したうえで、まちづくり分野におけるSIB導入の意義を考える。
行政コスト削減を目的に導入が進むSIB
2010年、イギリスにおいて世界で初めて導入されたSIBは、現在、欧米を中心に普及しており、多くは行政コストの増大を防ぐ目的で導入されている。例えば市民の健康増進に寄与する事業を行うことで、将来の医療費削減を図るものや、前科者に再犯防止プログラムを実施することで、将来の刑務所運営コストの削減を図るものである。
日本では、特にヘルスケアの分野で先行して導入が進んでいる。2017年度には国内最初のSIBとして、兵庫県神戸市で、糖尿病性腎症者に食事療法などの保健指導を実施して生活習慣を改善し、ステージの進行や人工透析への移行を防ぐ事業が、東京都八王子市で、過去の検診情報データを基にAI(人工知能)によってオーダーメイドの受診勧奨を行い、大腸がんの早期発見を目指す事業が行われた。いずれも、事業を通して医療費などの行政コストの削減を図るもので、削減されたコストが資金提供者への報酬の原資になる。ヘルスケアのような、予防的介入の分野で導入が進んでいるのは、事業に伴う財政への効果がわかりやすいためである。
SIBを導入する3つの意義
シンポジウムではまず、一般財団法人社会変革推進財団専務理事の青柳光昌氏から、SIBの意義が解説された。同法人は神戸市と八王子市で日本で初めてSIBを導入する際、その支援組織として設立された財団だ。青柳氏によると、まちづくりに限らず、そもそものSIBの導入意義は大きく3つあるという。
第一が「新しいサービスの試行」だ。成果連動型の報酬支払いであるため、行政にとっては財政的なリスクを抑えながら新しいチャレンジができる。
第二は「既存サービスの改善」だ。報酬額を算出するにあたり、成果を可視化する必要が生じる。その過程で事業の課題が見つかり、サービスの質の向上や、成果の向上を促す可能性があるという。そもそもこれらはPFSの特徴でもあるが、とりわけSIBでは投資家などの外部の資金提供者も成果をモニタリングするため、事業者にとっては規律が生まれやすくなるといえる。
第三が「優良な民間事業者の育成」である。SIBの仕組みは、成果を生み出す力のある事業者ほど大きな収益を得るため、その成長につながる。従来の、成果によらず一定の補助金が支払われる官民連携では、そうはいかない。
SIBはまちづくりにどう適合するのか
このSIBの仕組みを、まちづくりの分野でも導入できないかと検討しているのが日本である。少子高齢化などによる税収減少を背景に、民間資金の有効活用は多くの自治体にとって重要課題となっている。これは先進各国でも共通の課題であり、まちづくり分野でSIBを導入しようという日本の試みは、海外からも注目されているという。
千葉大学予防医学センター社会予防医学研究部門 教授の近藤克則氏からは、先行してSIB導入が進む予防医学分野の知見から、まちづくり分野でのSIBの可能性が示唆された。
近藤氏によると、公園や歩道へのアクセスが容易で歩きやすい環境がある地域の住民ほど、ひざ痛や腰痛の発症割合が低いことがわかっているという。また、高齢者を対象としてコミュニケーションや運動の場を提供する「憩いのサロン」が開かれている愛知県武豊町では、サロンの参加者が増加するとともに、同町の要介護認定率が全国平均より減少しているという。
このように、歩行者空間整備といったハード面のまちづくり事業や、コミュニティづくりといったソフト面のまちづくり事業が、それぞれ介護予防の効果をもたらし、行政コストを削減させる可能性を示した。
続いて、まちづくり事業の成果について考えたい。
個人を対象としたヘルスケアの事業とは異なり、まちづくり事業では対象が個人を超えて複合的になると説明するのは、株式会社公共経営・社会戦略研究所 代表取締役社長の塚本一郎氏。
欧米のSIBでは、評価指標を行政コストの削減に限定する傾向があるといい、それは事業による追加的価値を見落としてしまう可能性があると指摘する。確かにまちづくりの事業では、空き家の再生数やビジネスの創出数といった定量的な指標もさることながら、コミュニティに与える好影響や、市民のWell-being(ウェルビーイング=幸せ)といった価値提供も期待される。塚本氏は、まちづくりにおいてSIBを取り入れる際には、財政価値に置き換えづらい指標も評価し、報酬の支払いにつなげることが必要だと主張した。
まちづくり分野において、SIBを導入する意義とは
群馬県前橋市では、民間主体のまちづくりを官民連携で推進する指針である「前橋市アーバンデザイン」を2019年に策定した。同市の中心市街地にある遊休不動産のリノベーションや、道路空間の歩行者空間化によるまちなかウォーカブルの推進によって、エリア価値を高めようとするものだ。その実現手段としてSIBを位置付けた前橋市は、2020年に国土交通省のまちづくり分野におけるSIB導入のモデル団体として採択された。2021年度からは、「まちづくり勉強会をベースとしたワークショップ」「屋外利用の社会実験」の各モデル事業を、SIBの仕組みを用いて実施する。
「行政がやるべきことが明確だった時代から、変化の多い時代になり、従来のように業務の仕様を定めて発注することに限界を感じていました」と、まちづくりにおけるSIB導入の背景を明かしたのは、前橋市都市計画部市街地整備課の濱地淳史氏。濱地氏と3人の有識者からは、まちづくり分野においてSIBを導入する意義がそれぞれ語られた。まとめると、その意義は大きく3つある。
1点目は、前橋市のSIB導入の背景としても語られた、変化に対応できる制度である点。SIBでは最終的な成果のみが求められるため、常に変わりゆく街のニーズに応じてタイムリーに手段を変更でき、手段の目的化を防ぐことができる。
2点目は、市民の当事者意識の醸成。資金を出す行政と委託を受ける民間事業者の二者で話が進む単純な民間委託と異なり、SIBの場合は行政と民間事業者に加え、資金を提供する投資家、効果を評価する第三者機関、全体のコーディネート担当など、関係者が増える。また、資金提供者が地域の投資家や金融機関であることも想定され、市民のお金や市民が預けたお金を、地域の事業に還元することになり、地域経済の循環につながる。「まちづくりを行政任せにするのではなく、自分事としていただくきっかけになるのでは、と思います」と濱地氏が期待を込めるように、地域の金融機関や投資家が地域社会に貢献する民間事業者を応援するといった関係性の深まりや、ソーシャルキャピタルの増進も見込める。
3点目は、事業における成果の可視化。影響範囲が多岐かつ複合的になるまちづくりの事業においては、社会的なインパクトを正確に分析することは従来困難であった。しかしSIBでは報酬を算出するにあたり、「なんとなく活気がある」「なんとなく活気がない」ではない客観的なデータを用いて成果を測ることになる。すべてではないにしろ、前出の塚本氏の提言のように、財政価値に置き換えづらい事柄も客観的な評価指標に落とし込む努力をすることによって、これまで行われてきたさまざまなまちづくりの施策の効果が見えるようになる。
このように、まちづくり分野においてSIBを導入することは、よりよいまちづくりの実現に向けてさまざまな意義が期待されている。一方、まちづくりにおけるSIBの組成をいち早く経験した前橋市の濱地氏は、同時にその難しさを明かした。
後編の記事では、シンポジウムで行われたトークセッションを基に、まちづくり分野におけるSIB導入に立ちはだかる課題と、その解決策を探る。
■後編はこちら
まちづくり事業の成果をどう測る?成果連動型官民連携SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)の課題と解決策~「まちづくり×SIB」後編~
公開日:









