コロナ禍と重なった開業。地元客を中心に地道に集客を重ねる
2020年3月20日。大分県・JR日田(ひた)駅の2階に、ゲストハウスとコワーキングスペースを併設したカフェ「STAY+CAFE ENTO」が開業した。同月7日には運営会社ENTOと大家にあたるJR九州・日田市が共同で記者会見を開催、テレビや新聞の取材が入っている。華々しいスタートのように見えたが、コロナ禍の広がりを受け、わずか10日後に休業を余儀なくされた。2ヶ月後の6月にようやく、時間短縮で営業を再開する。
開業一周年を前に、ENTO代表の岡野涼子さんは「まだまだ、計画段階で思い描いたことのうち、3割ぐらいしか実現できていません」と振り返る。けれど、その表情は明るい。期待した福岡市など県外からの集客は難しかったが、地元のひとびとの利用は岡野さんの予想より多かった。「駅が新しくなったんだね、って、近所のおじいちゃんおばあちゃんが遊びに来てくれて。それはうれしかったですね」。
「STAY+CAFE ENTO」の開業前から、ENTOは日田駅前広場で大小のイベントを開催してきた。コロナ禍前には1日で3000人を超える集客を記録したこともある。時間をかけて少しずつ、駅前ににぎわいをつくり出してきた。
「大好きな日田を元気にしたい」と異業種起業に乗り出す
ENTOは日田駅舎の2階を、日田市から借りている。
日田市は駅一帯の活性化を目的に、2019年4月に日田駅前広場を改修、併せて、広場と駅舎を活用する民間事業者を募集した。駅舎は日田市がJR九州から借り、事業者に転貸する。家賃は安く抑えられるが、改修や運営にかかる費用はすべて事業者持ちという条件だ。駅前広場で定期的にイベントを開くこと、駅舎2階に宿泊機能を持たせることなどが要求された。
市の募集に対し、岡野さんが手を挙げたのは「生まれ育った日田のまちを元気にしたい」という一心からだった。
岡野さんは学生時代からまちづくりに強い関心を持っていた。「東京の大学に進学して、比較対象を持って初めて、大好きな日田が衰退し始めていることに気付いたんです。商店街の人通りが減って、お店が少しずつなくなっていく。それがとても残念で。ただ、地域のためにどんな仕事をすればいいのか分からず、大学を出て、まず就職したのが大分のテレビ局でした」
テレビのレポーターとして県内各地を訪ねるうち、岡野さんは「元気なまちには元気な人がいる」ことに気付く。日田のまちづくりを牽引してきた大先輩は、岡野さんに繰り返し「最後はやっぱり人ばい。人が育たんと未来がない」と語った。ならば「人材育成に力を尽くそう」と考えた岡野さんは、一念発起してキャリアコンサルタントの資格を取得、大分大学で就職支援の職を得る。
「当時は子育ても重なって、大分から日田に来るのもままなりませんでした。日田でまちおこしに力を尽くす先輩たちの活躍を羨ましく思いながら、10年近い歳月が過ぎていったんです」
高校生の声をきっかけに、日田での職業支援に乗り出す
そんななか岡野さんは、日田市が企画した地域シンポジウムのコーディネーターを依頼される。「市内にある5つの高校の生徒たちが登壇するディスカッションでした。そこで、その5校の生徒全員が口を揃えて『日田は好きだけど、日田には何もない』って言うんですよ。『働くなら福岡に行くしかない』って。私にとって、それはとても大きなショックでした」。
課題を突きつけられたら、すぐ解決に乗り出すのが岡野さんだ。高校生と地元企業をつなぐ「日田しごと学び舎」を立ち上げ、日田市との協働事業をスタートした。キャリアコンサルタントの経験を生かし、大学生や高校生を企業見学のバスツアーや座談会に連れ出した。「このときはまだ、大分大学で働きながら、少しずつ日田に関わり始めたという感じでした」。日田市から助成金は得ていたものの、岡野さん自身はボランティアのような働き方だった。
任意団体として「日田しごと学び舎」を3年続けたあと、岡野さんは新たに一般社団法人「NINAU」を設立し、日田に拠点を置いてUターンを果たす。大学進学で日田を離れてから、約20年の月日が流れていた。
官民連携で駅前遊休物件の再生活用を目指す
ちょうど同じ頃、日田市もまちづくりに民間の力を借りようと、新たな取り組みを始めていた。2017年度に「Reデザインプログラム」と題してまちづくり人材の養成やリノベーションの実践講座を開催。このとき、題材として取り上げられたのが駅周辺の3つの遊休物件だ。日田駅舎の2階と、駅前の空き店舗と元旅館。このうち元旅館は、受講生たちの手で、オフィスや場所貸しの「日田駅前みんなの居処 WAKATAKE」に生まれ変わった。
もう一つの空き店舗は、岡野さんがNINAUで借り、主に高校生のためのサードプレイス「しごとcafe FLAG」としてオープンした。これが2018年5月。そして翌年、残る日田駅舎2階と駅前広場について、前述の公募が行われたわけだ。
岡野さんにとって初めての遊休物件活用となった「しごとcafe FLAG」は、コロナ禍に見舞われるまで連日、放課後の高校生たちで賑わった。場所ができることで、人のつながりが生まれる。駅舎の活用にも可能性を感じた。
「とはいえ公募なので、正直なところ、宿泊も飲食も経験のない私の案が選ばれるとは思っていませんでした。ところが、蓋を開けてみたら応募したのはうちだけで」。プレゼンテーション審査を経て、無事、運営事業者に選ばれた。
誰もが使えるカフェと、貸し切り可能なゲストハウスに
市が公募で指定した駅舎2階の用途は宿泊だけだったが、岡野さんはカフェとコワーキングスペースを提案した。「宿泊だけだと、来る人が限られてしまいます。一つの建物が多様な機能を持てば、それを目的に来る人も多様になって、可能性が広がるだろうと考えたんです」。イメージしたのは、“まちのコンシェルジュ”として、地元住民にも外から訪れる人にもサービスを提供できるオープンな施設だ。
ゲストハウス部分は個人旅行者や家族の宿泊のほか、グループで貸し切って使うことも想定している。「大学に勤めていたとき、先生方がよく、学生たちとフィールドワークに出掛けるための宿泊先と、ディスカッションができる場所を探していたのが印象に残っていて。そのためにぴったりの場所になればいいな、と」。
「STAY+CAFE ENTO」の宿泊スペースは、ツイン1室と定員4人のドミトリー、ラウンジで構成されている。全体が靴を脱いで過ごすようになっているので、学生グループなら雑魚寝も含めて10人は余裕で泊まれる。また、「ランチタイムだけ仲間で貸し切って、子どもを連れて集まる、といった使い方もできます」と岡野さん。小さな子どもが動き回っても大丈夫だし、食事もカフェから調達できる。
宿泊者がチェックアウトしたあと、ラウンジはコワーキングスペースとして提供する。ここでは、2019年にサービスを開始した「九州アイランドワーク(KIW)」と連携。KIWは「場所を選ばない働き方」を提唱し、九州で分散型ワークプレイスの展開を進めている。「STAY+CAFE ENTO」でも、KIWの共通アプリを使ってスペースの予約、解錠、利用料の決済ができる。
インテリアは「日田のショールーム」がテーマだ。ベッドや椅子などのオリジナル家具は日田杉をふんだんに使ったもの。一部は地元の若手職人集団「日田家具衆(ひたかぐら)」が無償でリースしてくれた。照明のシェードは、国の重要無形文化財に指定されている小鹿田焼だ。ほか、ENTOのオリジナル商品として、小鹿田焼のオリジナルカップや日田の地図をデザインしたTシャツなどを製作・販売している。
3500人を集めた「ロックアイスフェス」。高校生たちの心も動かす
「STAY+CAFE ENTO」開業に先立って、ENTOは2019年夏から駅前広場でイベントを始めた。最初の大きなイベントが、高校生たちと一緒に仕掛けた「ロックアイスフェス」だ。地元の製氷会社の協賛を得て、広場でかき氷やドリンクを提供するというもの。「日田は水郷と呼ばれます。私たちは水の恩恵を受けて生きていて、ときに災害を引き起こす水への畏怖も忘れてはいけない、と伝えたかった。売り上げの一部を水と森の保護を進める団体に寄附することを謳って、市内の学校にもチラシを配布しました」(岡野さん)
「ロックアイスフェス」は岡野さんの予想を超える反響を呼び、3500人もの集客を記録した。「用意したフード類が早々に完売してしまって、お客さまからお叱りをいただいてしまいました」と岡野さん。しかし、この経験は、参加した高校生たちの心を動かした。「日田の大人も意外とノリがいいやん、と高校生に褒められて(笑)。その後、自発的にイベントを始めた子たちもいますし、『進学で日田を出ても、戻ってくるからまた一緒にやろうね』と言ってくれた子もいました」
岡野さんは「日常を豊かにするために、大きなイベントだけでなく、『ここに来ればいつも何かある』というイメージをつくりたい」と考えている。「ロックアイスフェス」が成功裡に終わって息つく暇もなく、8月下旬からは毎週木曜日に「駅前夜市」を開催した。夕方5時から9時まで、飲食店に出店を出してもらったのだ。定期的に実施することで、散歩がてら寄ってくれるお客さんも増えていった。
若者の活気溢れるまちを目指して。イベントや空き家活用の輪が広がる
ENTOは駅前広場の活用事業者として市と協定を結んではいるが、特別扱いされているわけではない。イベントのたびに広場の占用許可を取り、使用料を支払っている。こうした手続きに精通したことで、岡野さんは、日田のひとびとが駅前広場を使いこなすための仲介役も果たしている。
「駅前がにぎわっているのを見て、まちの人も、こんなふうに広場を使っていいんだ、と分かったんだと思うんです。コロナ禍で屋内ライブができなくなったバンドが演奏したり、フラダンスサークルが踊りを披露したり。12月は若い女性たちがクリスマスマーケットをやりたいと言ってくれて。これまで日田にはなかったような、可愛くておしゃれなイベントが実現しました」
前述の旧旅館をリノベーションした「日田駅前みんなの居処 WAKATAKE」に続き、岡野さんが手掛けた空き店舗活用の「しごとcafe FLAG」、そして駅舎2階の「STAY+CAFE ENTO」。駅周辺で3つの遊休物件が再生したことで、次の動きも始まっているという。
「駅前商店街の人たちが協働で、FLAGの隣にある空き店舗をリノベーションしようとしています。私も企画をお手伝いしていますが、若者たちのチャレンジショップとか、商店街のフラッグシップショップとか、いろんな計画が持ち上がっています」
盆地の厳しい寒さがゆるむ春先からは、イベント企画も目白押しだ。「ENTOの活動はまだ始まったばかり。コロナ禍の今後も見通せませんし、若者がいきいきと働けるまちにしていくためには時間がかかるかもしれません。でもこれからは、例えば若者が増えたことが、人口データにも現れるような未来を目指していきたいです」
STAY+CAFE ENTO https://www.ento-hita.com/
公開日:













