京都初の鉄筋コンクリートの小学校
京都一の繁華街といえば、名前があがるのが四条河原町だろう。京都駅からは北へ約2km、百貨店や多くの路面店が軒を連ねるエリアで、花街・祇園も徒歩圏内だ。
四条河原町の交差点から東へ少し進むと、高瀬川が見えてくる。この高瀬川沿いに南北に延びるのが木屋町通。今回紹介する、小学校の校舎を保全・再生した複合施設「立誠ガーデン ヒューリック京都」が開業したのは、この通りに面した一角だ 。
まずはこの小学校、つまり「立誠小学校」の歴史をひもといてみよう。
立誠小学校は、1869年に創設された、全国初となる学区制の小学校(番組小学校)の一つ。当時河原町三条下ル大黒町にあった小学校は、1924年の新京極の大火により大部分が焼失したが、その後現在の場所に校地移転し、火災から4年後には地域住民からの寄付などで小学校の校舎としては初の鉄筋コンクリート造の学び舎が完成した。
1993年、124年の歴史に幕をおろし閉校したものの、京都市らの事業で2010年、地域の文化発信地として活用されることに。そして2020年7月。元・立誠小学校は「立誠ガーデン ヒューリック京都」へと生まれ変わった。
地域の人の思いと近代建築の価値を守りながら、にぎわいのある施設に
「立誠ガーデン ヒューリック京都」は、既存棟と新築棟で構成されている。
木屋町通に面して3階建ての既存棟と芝生が広がる「立誠ひろば」が並び、その後方(西側)に8階建ての新築棟が立っている。1階には自治会活動スペースと図書館、ホール、商業店舗が、既存棟の2~3階と新築棟2~8階は「ザ・ゲートホテル京都高瀬川 by HULIC」がそれぞれ入っている。
「立誠小学校は、閉校したあとも地域の人に長く、深く愛されてきた建物です。文化活動や住民の会合、祭りなどもこの場所で行われてきました」
こう話すのは、「立誠ガーデン ヒューリック京都」を運営するヒューリック株式会社の開発事業担当・大久保立樹さん。
「『立誠ガーデン ヒューリック京都』は京都市、立誠自治連合会とともに三位一体で進めてきた小学校の跡地活用事業。地域の人の思いを大切にすることと、国内外からのお客さまでにぎわう施設にすることをベースにしながら事業を進めてきました」。もちろん建物の価値を守りながらだ。
同じくヒューリック株式会社の開発推進担当・寺嶋峻正さんは、「ロマネスク様式の近代建築がまちなかに残っていることはとても希少。木屋町のシンボルでもある建物なので、保存という点にもこだわりました」と語る。
柱の傷もそのまま残った60畳の「リトリートルーム」
大久保さんと寺嶋さんが保存という点で象徴的な場所があるからと、既存棟3階にあるホテル内の「リトリートルーム」に案内してくれた。そこは、文机が並べられた畳敷きの大広間。60畳もの広さだという。
「立誠小学校時代、道徳や礼儀作法を教育する場所として使われていた『自彊室(じきょうしつ)』です。改修に伴い床の高さが変わるため、本来であれば内装木材も一度解体し再度組み立て復元をします。しかし、使用されている木材も古く復元できない可能性がありました。当時のままの姿を保存するため、部屋ごと持ち上げるという技術を採用しました」(寺嶋さん)
かつてここで学んでいた小学生がつけたのだろう。柱の傷が残っている。机や建具も実際に使われていたものを活用しているそうだ。この空間は、100年近い昔の記憶を感じられる場所なのだ。
「今後はホテルの共用部として体験型イベントや、交流スペースとして利用される予定です」(大久保さん)
時代を超えて2つの建物が融合
上/右が既存棟、左が新築棟。新築棟の窓の配置が既存棟のデザインを踏襲されているのがよくわかる。これも伝統と革新の融合である。下/かつては外壁だったコの字型の既存棟の壁。今は天井が付けられ、既存棟と新築棟(写真左側)とつなぐスペースになっている取材をしながら感じたことは、既存棟と新築棟が違和感なく調和していることだ。これらの建物の間には1世紀近い年月があるにもかかわらず、である。
「外壁の色にもこだわりました。既存棟は鉄筋コンクリート造で、新築棟は鉄骨造のため、塗料を使い分けています。まずは既存棟の色を決め、そこから新築棟の色を決めていきました」
こう話した後に、寺嶋さんは「実は、そっくりな色にするのは難しいことではないんです。でもそうすると、新築棟は既存棟のレプリカになってしまう。目指したのは、似ている、でも新しい。ひとつの施設としてのバランスを壊さない色選びをしてきました」と言葉を続けた。
2つの棟の一体感をより感じられる場所もある。既存棟と新築棟をつなぐ1階のスペースだ。既存棟部分の壁をよく見ると……、これは外壁だ。
「そうです。このスペースはもともと屋外で、プールがあった場所。壁を壊さず室内に取り込んだことで、旧と新を同時に見ることができる場所になりました」(寺嶋さん)
時代を超え、2つの建物が生み出す一体感。大久保さんは、これを「伝統と革新の融合」とよんだ。
「オープン直後の今は、近代建築の保存という意味で既存棟に注目していただいています。50年、100年たったときには、新築棟も既存棟と同様にいい建物だねと評価していただける建物に育っていけばと思っています」(寺嶋さん)
買い物ついでに寛げる、憩いの場として親しんでもらいたい
この施設を語るうえで大切なのは、地域との関わり。地域の人々がこれまで通り自治活動を行えるように会議室や倉庫を確保したり、イベントをしたり、住民が集まれる多目的スペース「ヒューリックホール京都」を設置したり。さらに、京都や立誠小学校の歴史に関する本もそろえる「立誠図書館」もある。青々とした芝生が広がる「立誠ひろば」は、こんな使い方も想定しているそうだ。
「立誠図書館の本を持って、1階のカフェで買ったドリンクを片手に読書を楽しむのはどうでしょうか。図書館ではバスケットとシートを貸し出しており、ピクニック気分で楽しんでいただけると思います。立誠ひろばはオープンスペースなので、四条河原町に買い物に来たついでに休んでもらうとか、憩いのスポットにしていただきたいですね」(大久保さん)
「立誠ガーデン ヒューリック京都」は、にぎわい創出の場という新しい役割を担いながら、今後も変わらず、地域住民の集いの場としても時を重ねていくことだろう。約100年という年月を経て、これから地域とともにどのような場所に育っていくのか、楽しみにしたい。
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