道外企業との連携から生まれた、学びの場

北海道帯広市から車で1時間ほどの浦幌町に、廃校になった小学校を学びや気づきの場として再生した複合施設がある。コワーキングスペース、カフェ、フリースペース、会社事務所などが入る「TOKOMURO Lab(トコムロ・ラボ)」。町外、道外から多くの人を巻き込み、新しい仕事づくりを進め、懐かしくも新しい「学び舎」として根付いている。

100年ほどの歴史を持つ旧常室小学校は10年以上前に閉校したが、町内の有志が、地域滞在型研修の事業を展開している「株式会社リレイション」(徳島県)に、「廃校を生かして起業・創業を担ってほしい」と打診したことから動きだした。リレイションは徳島県神山町でこの研修を長く手がけ、IT系を中心に人材が地元に定着するようになった実績があることから、浦幌町の有志に注目された。

浦幌町では10年以上前から、小中学校の9年間で、第1次産業の現場や地域活性化案の練り上げなどを通して地元への愛着を深める教育スタイルを取り入れ、町を挙げて起業や創業をサポート。若者が地元に戻り、魅力ある仕事に就ける環境整備を進めてきた。

広大な畑が続く十勝ならではの風景や、本州ではなじみの薄い平屋の大きな校舎、広大なグラウンドと校庭のシラカバ…。静かで落ち着く空気感に魅力と可能性を感じたリレイションは、浦幌町との3ヶ年の実証事業を2015年にスタート。2016年6月にラボをオープンさせ、コワーキングスペースに関東圏などから人を呼び込んだ。2018年から、ラボ全体の運営主体は町とリレイションでつくる官民の運営委員会に変わり、管理やカフェ部分の経営は、地域おこし協力隊を経て新会社「KIZKI」を立ち上げた三村直輝さんに任されるようになった。

TOKOMURO Labの外観(左上)、コワーキングスペース(右上)、フリースペース(左下)、キッズスペース(右下)TOKOMURO Labの外観(左上)、コワーキングスペース(右上)、フリースペース(左下)、キッズスペース(右下)

町内外の人の間で生まれた、新しいつながり

シェフを道外から招いた食のイベントを楽しむ町民たちシェフを道外から招いた食のイベントを楽しむ町民たち

ラボの利用者はIT業界を中心に2016年度は82人、2017年度に498人、2018年度に1,340人と順調に増加。滞在は1日~1ヶ月と幅広く、浦幌町との新しいつながりが生まれた。

ラボと地元住民との関係をつくる機会は、さまざまに企画された。

道外のシェフを招き、地元の食材を使って料理を町民に振る舞うイベントは3回連続で開催。授業の一環で自らレストランを企画・運営する地元の中学生が、ラボのカフェとコラボレーションすることもあった。三村さんも、生き方や働き方には多様な選択肢があることを、自身の人生経験を踏まえて伝えた。

カフェを手がけた長野県の設計士は浦幌町での滞在がきっかけで町内で住宅建設の注文を受けることになり、「暮らしを体験してみたい」と家族を伴って今夏、浦幌町に滞在した。

三村さんは「町の人とのつながりが、自然に生まれています。インターネット環境と端末があれば、仕事をするうえで場所に縛られることが減りました。観光を組み合わせた新しい仕事の形など、ここをハブに今までにないことが起きて、町全体に広がっていますね」と手応えを感じている。

かつての学び舎の良さを残してリノベーション

地域の人の力を借りて行われた、廊下のペンキ塗り作業地域の人の力を借りて行われた、廊下のペンキ塗り作業

三村さんは協力隊に赴任後、ラボの活用を一手に引き受けることになった。町民から不要になったタンスや机や椅子、給食センターの備品を譲り受けながら、校舎内の大掃除を進めていった。

オープン後もハード面の改修には手がつけられていなかったため、2018年からリノベーションに着手。80mもの長さがある廊下を白いペンキで3度塗りし、町長をはじめ地元の町民が作業に加わった。コワーキングスペースは壁と床をすべてはがし、朝礼台を再利用したテーブルと、リメイクした教職員用の椅子を置いた。元更衣室だった女性トイレやコワーキングスペースも白ペンキで塗った。今年4月にお目見えしたキッズスペースは、美術大を卒業した町外出身の地域おこし協力隊員とDIYに挑戦し、町内の子どもたちと染色してカーテンを作った。

地元の素材を生かしたカフェで起業を実践

2018年9月にオープンしたカフェは、かつての保健室を厨房に転用。かつての教室の床材をテーブルの天板に使い、小学生が遠足で訪れる川の石をベンチに敷き詰めるなど、地域ならではのアイデアとデザインを取り入れ、地元から譲り受けた薪ストーブを置いた。利用客の7~9割は地元の町民。カフェができてからは、地元との関わりも密度の濃いものになったという。三村さんは「それまで、『何をやっているのか分からない』『どう応援していいか分からない』という町民もいらっしゃいましたが、カフェができてからは、遊びに来てくれるようになりました」と変化を実感する。

三村さんは協力隊の時代に築いた林業や農業、漁業の生産者との関係を生かして仕入れ、加工・販売を手がける形でカフェを経営している。「自分なら、ここで何ができるかと考えました。起業・創業のハブになるという、ラボのコンセプトでもありますね」と言う。

もともと教室にあった物などを活用したカフェ。校庭を眺めることができ、開放感があるもともと教室にあった物などを活用したカフェ。校庭を眺めることができ、開放感がある

地域の記憶が詰まった学校の持つポテンシャル

旧常室小学校は 1898(明治31)年に寺子屋のような教育施設ができたことが始まりとされ、浦幌の教育発祥の地として特別な存在だ。「この学校は地域の方たちの思い入れが強い場所で、へたなことはできません。地元や卒業生の方の理解を得つつ、やってきました」と三村さんは振り返る。

三村さんは、地域の会合や草刈り、バーベキューといった行事に必ず顔を出し、イベントを開くときは回覧板で知らせ、区長には年度初めに挨拶文を持ってあいさつに行くようにしているという。「地域で住み、関係性を深めるうえで、何回顔を合わせたかが大事かなと思っています。手紙とか電話では伝わらない部分がたくさんあるでしょうから」と話す。

ラボのコンセプトは「どこでもできる表現を、ここにしかないスタイルで」。今やデザインやものづくり、料理、IT分野など場所を問わず成り立つ仕事は多い。それを、地域との関わりの中で、そこでしかできない価値のある仕事に昇華させていこう、という狙いが込められている。三村さんは、「ラボに来てくれる外の人のポテンシャルを引き出して、自然に地域とのつながりをつくり、雇用の場を増やす。そして起業・創業のハブになって、若い人が地元に戻ってくるきっかけになったらいいですね」と思い描いている。

地元の中学生から取材を受ける三村さん。仕事を起こし、地域とつながる場としてカフェを経営する地元の中学生から取材を受ける三村さん。仕事を起こし、地域とつながる場としてカフェを経営する

2019年 12月01日 11時00分