1933年に開館した国内で2番目に古い公立の美術館を、2年かけて大規模改修
京都を舞台にしたテレビドラマや京都特集の雑誌などで、大きな鳥居を目にしたことがある人も多いだろう。京都市東山区にある平安神宮の大鳥居だ。
この大鳥居の東に堂々とした風格を漂わせるのが、京都市京セラ美術館。2年もの改修工事を経て、この春にリニューアルオープン。1933年に、公立の美術館としては国内で2番目に誕生した京都市美術館の新たな姿だ。
正面に立って全体像を見てみると、京都市美術館時代の帝冠様式と呼ばれる和と洋の意匠が融合する外観の大部分はさほど変わっていないようにも思える。だが、明らかに違うのは、ガラス張りの地下のスペースができたことだ。
京都市京セラ美術館は、どのように変わり、そして、変わらないのか…。覗いてみることにしよう。
※「京都市京セラ美術館」よりお知らせ
新型コロナウイルス感染拡大防止のため京都市京セラ美術館の開館を、4月11日(土)まで延期する旨告知させていただいておりましたが、現在の状況を鑑み、5月6日(水)までを目途に、当面の間、開館を延期します。 最新の開館情報はウェブサイトをご覧ください。
改修事業のシンボル「ガラス・リボン」には、ミュージアムショップとカフェが誕生
「今回の改修の目的は2点。まず1点目は老朽化に対応することでした」そう話すのは、京都市京セラ美術館の広報担当・西谷枝里子さんだ。
前述の通り、この美術館が誕生したのは1933年。1928年に京都で挙行された即位の大礼を記念し、「大礼記念京都美術館」として開館した(1952年に京都市美術館と改称)。造りは基本的にはその当時のままなので、今回の改修では耐震工事も大きな課題だったという。さらに空調設備。開館時には空調の設備はなかったため、後に空調の機能を整備した際には機器の置き場がなく、2つある中庭に押し込むような形になっていたという。それも今回の改修の見直しのポイントに。インフラを整理し直して、新館に空調設備や室外機を移動させることで、中庭も活用できるようになった。
「もう1点の目的は、現代の美術館で必要とされる“なかったもの”を補うことです」
例えばチケットカウンター、そしてカフェやミュージアムショップ。ロビーもなく、入り口から入ったらすぐ階段という造りだったと聞くと、確かに不便もあっただろうと想像できる。
この点を解消するために大きく手が入ったのが、地下。今回の改修事業の一番のシンボルと位置付けられる場所で、外から見たガラス張りのスペース「ガラス・リボン」が美術館の新たな“顔”となっている。
「これまで入り口は1階でしたが、この『ガラス・リボン』がメインエントランスに。エントランスを入ると南北にスペースが広がっていて、北側にミュージアムショップが、南側にはカフェができました」
エントランスを進んだ先にはチケットカウンターとロビーが新たに設けられた。動線がスムーズになっただけではなく、「さぁ何をみよう」「まずはどこに行こう」という気分の高揚までも刺激してくれる場所になっている。
左上)「ガラス・リボン」の北側に新設されるミュージアムショップ「ART LAB KYOTO」。展覧会グッズ、美術書籍、オリジナルグッズなどがそろう 左下)ミュージアムカフェ「ENFUSE」は「ガラス・リボン」の南側に。京都の地場の食材を使用したメニューやコーヒーなどを提供。岡崎公園で楽しめるピクニックセットも 右上)以前は室外機などの置き場となっていた「光の広間」。今回の修繕で天井や柱が付けられた。「混雑時にはこちらに並んでいただいたり、トークイベントの会場として使ったり。多目的に使用できるスペースです」と西谷さん 右下)京都市京セラ美術館の広報担当・西谷枝里子さん。「京都市美術館から京都市京セラ美術館へ。どんなふうに変わったのか、ぜひ見に来てください」。新館「東山キューブ」での開館記念展「杉本博司 瑠璃の浄土」は6月14日(日)まで公園を散歩しているかのような気分で美術館を通り抜ける
「ガラス・リボン」にはもう一つの役割がある。それは、“開かれた美術館”として人々を寛容に受け入れる導入部ということだ。
「高貴で非常に価値のある美術品がつまっている “美の殿堂”という昔のままのイメージだと、美術好きしか足を運びません。この美術館は限られた人のためのものではなく、展覧会を見る目的のない人でも来ることができる場所にするために、ガラス張りにして入りやすい雰囲気にしているんです」
もちろん、ミュージアムショップやカフェは無料で誰もが入ることができる。それだけではないのが今回の改修の真骨頂。「ガラス・リボン」からロビーを通って1階の中央ホールへ。そしてそのまま東側の日本庭園に通り抜けてもいいし、中央ホールから新設されたらせん階段を使って2階へ上がり、新館に設けられた東山キューブ・テラスで敷地内の日本庭園や、隣接する動物園の景色を楽しんでもいい。今、紹介した場所はすべて無料で行くことができる。
「美術館に行くのはハードルが高いと感じていらっしゃる方にも身近に感じてもらいたい。ちょっとお茶を飲みに来ていただくだけでも、建物を見学に来てもらうだけでもいいんです。ここは、岡崎公園の中に位置する文化施設ですので、公園を散歩しているような感覚で美術館を通り抜けてもらったら。改修の設計も、公園の中に新たに一つの道を作るという感覚が大事にされています。少しでも美術館の空気に触れることで、美術に対しても興味を持ってもらえるとうれしいですね」
美術館は特別なものではない。日常生活の一部となるだろう。
時代の層を重ねていく。改修のコンセプトは“痕跡を残す”
最初に外観を目にしたときに変わっていないように感じたその感覚は、館内を案内してもらっているときも同様だった。理由は、今回の改修のコンセプトを聞くと納得できた。
「コンセプトは“痕跡を残す”。昔からあったものはなるべく残そうという考え方です」
例えば柱。耐震補強をするために一度はがしたタイルを、工事後、再び戻すという手間をかけてまで原形にこだわっているそうだ。床のタイルに関しては、改修に合わせてわざわざ貼りなおすということもしていない。照明はというと、電球をLEDに替え、創建当時のデザインであるフードなどは修復をしてそのまま使用している。
「もともと素晴らしい建物だからそのまま残したいということもあります。ですが、それだけではなく、1933年に完成してから第二次世界大戦、戦後の好景気、昭和から平成、令和へと、さまざまな時代を見届けてきた場所でもありますので、いろいろな時代の層が痕跡として残っています。今回の改修計画で大切にされたのは時代の層を新たに重ねるということなので、新しいものと古いものを融合させるリノベーションとなりました。もちろん新しいものも作りましたが、どこが新しくなったか分からないほどなんです」
昔のものに新しいものを重ねていく丁寧さ。
「それは、今の時代の空気にも合っているし、都市として成熟した京都にふさわしいやり方ではないかと思います」
京都市京セラ美術館は、変わったけれど、変わらない。ただ、美術を好きな人もそうでもない人も、みんなを受け入れてくれる場所に変化したことは間違いなさそうだ。
左)2階西広間。今回の改修では階段に手すりを付け、照明の電球をLEDに変えた。ステンドグラスや大理石は開館当時のまま。長い歴史を感じられる空間だ 上)天井高16mの旧大陳列室は、地下1階のメインエントランスのロビーから大階段でつながる「中央ホール」へと機能が変化。奥に見えるらせん階段は今回の改修で作られたもの 下中)こちらは、地下エントランスを直進し、大階段(奥)に進む空間。中央の敷石部分は、かつて下足室として使われていた場所。こちらの敷石も開館当時のものがそのまま使われている。傷みもあるが、それも“痕跡”として残されている 下右)2階西広間と、今回新設された北回廊をつなぐ出入り口。もともと窓だった部分を利用して作られたが、まるで、以前からあったように馴染んでいる公開日:



