数々の美術館建築を手掛けた前川の集大成となった作品

福岡市のオアシス、大濠公園にある福岡市美術館。改修工事による約2年半の閉館を経て、2019年3月21日にリニューアルオープンする。同館が「リニューアル基本計画」を公表してから約7年、副館長の中山喜一朗さんは「皆さまにご来館いただくこれからが、リニューアルの本番」と意気込みを語る。

福岡市美術館は、昭和日本を代表する建築家のひとり、前川國男(1905-1986)の作品だ。

前川は、岡山の林原美術館(1963年)を皮切りに、数多くの美術館建築を手掛けた。代表的な作品に上野公園の「東京都美術館」(1975年)、熊本城の傍らに建つ「熊本県立美術館」(1977年)がある。
世界遺産に登録されたル・コルビュジエの「国立西洋美術館」(1959年)の建設時には、コルビュジエ門下生として監理に携わり、1997年に完成した新館は自ら設計している。西洋美術館の向かいにある「東京文化会館」(1961年)も前川が手掛けた。

1979年に福岡市美術館が完成したとき、前川は74歳になっており、同館は前川の円熟期の作品といえる。中山さんは「それまでいくつもの美術館を設計してきた前川の実績と経験が反映された、集大成に位置付けられる建物ではないか」と語る。今回のリニューアルにあたっても、「前川の建築意匠の継承」は方針の筆頭に掲げられた。

大濠公園の上空から見た美術館。中央が新設のアプローチで、公園と美術館の距離がぐっと近くなった(画像提供:福岡市美術館)大濠公園の上空から見た美術館。中央が新設のアプローチで、公園と美術館の距離がぐっと近くなった(画像提供:福岡市美術館)

前川の「エスプラナード」を継承しつつ、公園直結の入り口を新設

福岡市美術館の建物は、高さ12m、32m角の展示棟を4つ配置し、その間をロビーや「エスプラナード」と呼ばれる外部空間でつなぐ構成になっている。

「エスプラナード」とは、前川建築を象徴する重要な要素のひとつで、建築批評家・宮内嘉久の説明によれば「市民が自由に出入りでき、空間的には周囲に配された建物の壁面によって限定されながらも視線が開かれていて、中庭的な感じをもつ広場でもあり、また流動性をそなえた遊歩道でもあるような、そういう外部空間の一種」だ。

福岡市美術館の場合、北側の園路から続くゆるやかな階段が「エスプラナード」の入り口で、何度か向きを変えながら上っていくと中庭を見下ろす1階屋上に出て、2階エントランスから館内に入るようになっている。

「2階のエントランスから、さらに広いロビーを通り抜けて展示室に向かうのが、従来の動線でした。前川は、日常空間から展示室にたどりつくまでの過程を大事にしていた。芸術作品と向き合う心の準備をさせたかったのでしょう」と中山さん。しかし、そのままではアプローチが長すぎるし、階段が多くて「ユニバーサルデザイン」とはいいかねる。

そこで、今回の改修で最も大きな変更点となったのは、大濠公園と直接対面するアプローチの新設だ。「今や、アートはかつてのように敷居の高いものではなくなっています。美術館も、時代の意識に合わせて変わっていく必要がある。公園散策の延長で、気軽に入れるエントランスを目指しました」(中山さん)

左上/美術館の北口に当たる「エスプラナード」の入り口。建物のエントランスが見えず、やや入りにくい印象があった 右上/「エスプラナード」の2階広場。ここまで上がると公園の景観が開ける(撮影:㈱エスエス上田新一郎) 左下/美術館の西側に設けた新しいアプローチ。リニューアル前はこの位置に日本庭園の築山や植え込みがあったため、建物が隠れてしまっていた(撮影:山中慎太郎(Qsyum!)) 右下/副館長の中山喜一朗さん(右)と福岡市のリニューアル事業課主査の原久生さん左上/美術館の北口に当たる「エスプラナード」の入り口。建物のエントランスが見えず、やや入りにくい印象があった 右上/「エスプラナード」の2階広場。ここまで上がると公園の景観が開ける(撮影:㈱エスエス上田新一郎) 左下/美術館の西側に設けた新しいアプローチ。リニューアル前はこの位置に日本庭園の築山や植え込みがあったため、建物が隠れてしまっていた(撮影:山中慎太郎(Qsyum!)) 右下/副館長の中山喜一朗さん(右)と福岡市のリニューアル事業課主査の原久生さん

前川こだわりの特注タイルの再現や塗装の色出しに苦労

美術館という施設にとって、利用客への配慮と同様に重要なのは、デリケートな美術作品を収集・保存・展示する建物としての性能だ。福岡市美術館は築後40年近く経過し、建物の防水や空調設備の劣化が問題になっていた。こうした機能を更新するためには、表面の仕上げ材をいったん剥がさなければならない。このことも、前川デザインの継承に向けて難題のひとつとなった。

「福岡市美術館の床タイルは、32センチ角という中途半端な寸法です。実はこれ、柱の中心から中心までの距離、6メートル40センチに対してきれいに割り切るため。ロビーの柱を見ると、柱の輪郭線がタイルの中心にぴったり納まっているのが分かります」(中山さん)

既製品の30センチ角タイルでは対応できないため、特注しなければならない。しかも前川は、均質な仕上がりを嫌い、ひとつひとつ窯で焼いたような、微妙な色ムラを求めていた。福岡市リニューアル事業課主査の原久生さんは「同様のタイルがつくれるメーカーがなかなか見付からなくて、最終的には瓦屋さんに焼いてもらいました」と振り返る。建物の内外を通じてびしっと通った目地ラインのルールも踏襲した。

外壁には、前川の後期作品の特徴である「打ち込みタイル」という工法が用いられている。これは、あらかじめタイルを型枠に釘どめしてからコンクリートを流し込み、タイルとコンクリートを一体化する方法だ。このため、タイルには釘穴が残っている。

この打ち込みタイルも、もちろん既製品ではない。前川は、建物ごとにタイルの材料や焼き方、釉薬のかけ方を検討して決めていた。皇居のお濠の前に建つ「東京海上ビルディング」(1974年、現:東京海上日動ビルディング)のタイルをつくるときに「かちかち山の狸のやけどの色」と指示した逸話は有名だ。

福岡市美術館のタイルは、一枚あたりのサイズが比較的小さく、褐色をベースに複雑な色合いを見せる。これに組み合わせるコンクリート打ち放し部分の塗装も変色しており、復元の色合いを決めるときは、前川建築設計事務所の現代表に監修を仰いだそうだ。

左上/1階ロビー。床には2色の32センチ角タイルが貼られている。コンクリートの柱の表面は「はつり工法」でざらざらした質感のある仕上がりになっている。写真左手の壁も以前は「はつり工法」で仕上げられていたが、リニューアルで再現すると既存部分との差が出てしまうので、白い壁に変更した。そのおかげで間接照明やサインの設置が可能になり、空間も以前より明るくなった 右上/「エスプラナード」には草間彌生の「南瓜」が設置されている。ほか、屋外展示の彫刻は配置換えし、「エスプラナード」や西側エントランス前の広場でもイベントが開催できるようにした。 左下/「打ち込みタイル」の壁面 右下/2階ロビーに設けられた「前川國男メモリアルスペース」。建設当時の美術館の模型や、開館時から使用していた椅子を配置している</br>(左下の撮影:山中慎太郎(Qsyum!) 左下以外の撮影:㈱エスエス上田新一郎)左上/1階ロビー。床には2色の32センチ角タイルが貼られている。コンクリートの柱の表面は「はつり工法」でざらざらした質感のある仕上がりになっている。写真左手の壁も以前は「はつり工法」で仕上げられていたが、リニューアルで再現すると既存部分との差が出てしまうので、白い壁に変更した。そのおかげで間接照明やサインの設置が可能になり、空間も以前より明るくなった 右上/「エスプラナード」には草間彌生の「南瓜」が設置されている。ほか、屋外展示の彫刻は配置換えし、「エスプラナード」や西側エントランス前の広場でもイベントが開催できるようにした。 左下/「打ち込みタイル」の壁面 右下/2階ロビーに設けられた「前川國男メモリアルスペース」。建設当時の美術館の模型や、開館時から使用していた椅子を配置している
(左下の撮影:山中慎太郎(Qsyum!) 左下以外の撮影:㈱エスエス上田新一郎)

展示室は用途に合わせて内装一新、市民活動を支援するための設備も充実

福岡市美術館のコレクションは、古美術と近現代美術の両方にまたがるのが特徴だ。中山さんは次のように説明する。
「開設当初は近現代美術館として出発しようとしていましたが、蓋を開けてみると旧福岡藩主黒田家所蔵の古美術品や、福岡ゆかりの実業家などからの一括寄贈が相次ぎ、古美術にも注力することになりました。現在、近現代美術作品約1万1000点、古美術作品約5000点を所蔵しています」

そのため、エスプラナードの階下に当たる1階展示室を古美術・仏教美術の展示に充てている。2階は企画展用の特別展示室、近現代美術のコレクション展示室、貸し展示室で構成される。今回のリニューアルでは、2階の既存展示室の隔壁をなくしてコレクションの展示スペースを拡大したほか、各展示室の内装・照明・展示ケースなどを一新した。

「近現代美術には、床・壁・天井すべて白でまとめた、いわゆる“ホワイトキューブ”の展示室と、グレーを基調にした展示室、床をフローリングにしたスタジオ風展示室の3室があって、それぞれ個性的ですよ」と中山さん。特別展示室はあらゆる会場構成に対応できるよう、可動壁の位置にかかわらず部屋全体を均一に照らせるベース照明を設計した。


公の美術館なので、市民の芸術活動支援も大切な役割のひとつ。人気が高く、これまで予約が取りにくかった貸し展示室は、4室から6室に増やした。名称も、以前の「市民ギャラリー」から「市民」を取って、ただの「ギャラリー」に。よりプロっぽいイメージで、自作を展示する高揚感が増しそうだ。

かつての「実技講座室」「版画印刷工房」「教養講座室」は、「アートスタジオ」と「レクチャールーム」に。子どもたちにも使いやすいよう、簡単に高さを変えられる作業台や、足元にコードを這わさずにすむ吊り下げ型コンセントなど、使い勝手にもきめ細かく配慮している。

「ミュージアムホール」は、客席数を240から180に減らし、通路も拡げて見やすく配置した。音響や照明などの設備を刷新した一方で、前川デザインの曲面を用いた内装は復元している。使い道も、以前は美術関連の催しに限定していたが、今後は「文化・芸術・学術」全般に対象を拡げるそうだ。

左上/企画展や美術団体展を行う特別展示室。リニューアル前は茶系の床だった 右上/近現代美術のコレクション展示室はABCの3タイプあり、写真はスタジオ風の近現代美術室B 左下/古美術の企画展示室は落ち着いた色合いの空間に。色調が変えられるLED照明を採用し、展示に合わせた環境がつくれるようにした 右下/舞台と客席の距離が近いミュージアムホール</br>(撮影:㈱エスエス上田新一郎)左上/企画展や美術団体展を行う特別展示室。リニューアル前は茶系の床だった 右上/近現代美術のコレクション展示室はABCの3タイプあり、写真はスタジオ風の近現代美術室B 左下/古美術の企画展示室は落ち着いた色合いの空間に。色調が変えられるLED照明を採用し、展示に合わせた環境がつくれるようにした 右下/舞台と客席の距離が近いミュージアムホール
(撮影:㈱エスエス上田新一郎)

自慢のコレクションにはアンディ・ウォーホルや草間彌生の代表作

リニューアルオープンでは「これがわたしたちのコレクション」と題し、約1万6000点の収蔵品の中から選りすぐった代表的な作品約300点を披露する。「福岡市美術館には、国際的に見てもレベルの高い作品が揃っています。有名なアンディ・ウォーホルの《エルヴィス》も、草間彌生の《南瓜》もシリーズの起点とみなされるオリジナル作品。それが福岡にあることを、より多くの方に知っていただきたいですね」(中山さん)


福岡市美術館 https://www.fukuoka-art-museum.jp/
リニューアルオープン記念展「これがわたしたちのコレクション+インカ・ショニバレCBE:Flower Power」2019年3月21日〜5月26日

参考文献
生誕100年・前川國男建築展実行委員会「建築家 前川國男の仕事」美術出版社
前川國男著・宮内嘉久編「一建築家の信條」晶文社
中田準一「前川さん、すべて自邸でやってたんですね 前川國男のアイデンティティー」彰国社

左上/夜はライトアップされ、日中とは違う表情が楽しめる 右上/2階レストランは展示室がクローズしたあとも夜8時半まで営業する 左下/大濠公園に面したオープンなカフェ。レストラン・カフェともにホテルニューオータニ博多が運営する 右下/2階キッズスペース。久留米市在住のアーティスト、オーギカナエさんによるデザイン。壁はマグネットになっており、四季折々のパーツを貼り替えて遊べる。右奥にはおむつ替えや授乳に男女どちらでも使える休憩室と、女性専用授乳室が設けられている。ほか、幼児用トイレも男女問わず付き添えるようにするなど、気配りが行き届いている(撮影:㈱エスエス上田新一郎)左上/夜はライトアップされ、日中とは違う表情が楽しめる 右上/2階レストランは展示室がクローズしたあとも夜8時半まで営業する 左下/大濠公園に面したオープンなカフェ。レストラン・カフェともにホテルニューオータニ博多が運営する 右下/2階キッズスペース。久留米市在住のアーティスト、オーギカナエさんによるデザイン。壁はマグネットになっており、四季折々のパーツを貼り替えて遊べる。右奥にはおむつ替えや授乳に男女どちらでも使える休憩室と、女性専用授乳室が設けられている。ほか、幼児用トイレも男女問わず付き添えるようにするなど、気配りが行き届いている(撮影:㈱エスエス上田新一郎)

2019年 03月27日 11時05分