ギャラリーの先端30メートルが宙に浮いた美術館
美術館に赴く目的は、当然展示されている絵画や調度品を鑑賞することにある。しかし、多数の建築賞を受賞する美術館となると、"建物を楽しむ"こともその目的のひとつになりえるだろう。
千葉県千葉市にある「ホキ美術館」は、世界でもまれな写実絵画専門の美術館であり、また特徴的な外観の建築が話題を集めている。株式会社ホギメディカルの名誉会長、保木将夫氏が創立した私設美術館である。2010年に開館以降、社団法人日本建築家協会の「日本建築大賞」を2011年に受賞し、さらに「千葉市都市文化賞2011」、「千葉県都市文化賞」で優秀賞を受賞する等、建築でも高く評価されている美術館である。
ギャラリーの先端が30メートル宙に浮いた外観から、「いったい中はどうなっているのか?」という疑問が真っ先に浮かぶが、実はそれ以外にも、建築としての見どころがあるのだ。
ホキ美術館の建築の魅力や工夫を知る「建物探検セミナー」が2017年4月15日に開催された。元日建設計、美術館の企画段階から関わった設計担当者である鈴木隆氏が自ら解説するというもの。そのセミナーの様子をレポートしたい。
見る位置によって全く別の建物のようにも見える外観
「ホキ美術館は昭和の森公園のすぐそばに立地しています。ここに建設しようと決まった当初から、"公園の中にある美術館"でありたいという想いがありました。美術館の周囲には棒状の鉄骨が立っていますが、これは昭和の森の杉林をイメージしてつくったフェンスです。真っ直ぐなものや少し斜めのものもあったりと計算して配置し、森とのリンクと、柵としての安全性を担保しています。」
また、宙に浮いたギャラリーも、公園からの景観を意識したものだと言う。
「ホキ美術館横の道路は、公園に立ち寄った方がよく通ります。公園を目的に来た人にも、次回はぜひ美術館に来てほしいという意向から、公園側から見ると宙に浮いたギャラリーが張り出したように見える特徴的な外観になりました。"いったいどんな建物なんだろう?"と思って中を覗くと、窓から絵画が見える。そこで美術館だと気付いて、次は入ってみたいと思ってもらいたいですね。また、中庭に木があり、植栽を枯らさない為に適度な風通しが確保出来るように空中に浮かせる必要があったということと、公園の反対側は住宅街なので、壁を上下に分割して、圧迫感を軽減する為という理由もありました。」
ホキ美術館の外観は、駐車場、住宅街、公園側とそれぞれで見比べると、全く別の建物のようだ。住宅街から見ると植栽が手前に見え、さほど張り出している部分が目立たず、周囲に溶け込んでいるように見える。駐車場側から見れば四角い大きさの違う箱が組み合わさった小さな建物に見えるのだ。と思えば、公園側からは「あれは一体?」という驚きを見ている人に与える。ギャラリーが突出した公園側から見ると、そこからはレトラン、カフェ、陶器や絵画のギャラリーも見え、ホキ美術館の全ての構成が分かるようになっているのだ。
写実絵画を見るためにつくられたギャラリー
ホキ美術館は、緩やかに湾曲した箱が重なったような形をしている。よく見る立方体のビルではないのだ。
「美術館の創立者である保木さんは、今後も写実絵画以外のものは購入しないと仰っていたので、写実絵画を見るためのギャラリーをつくろうと。保木さん所有の写実絵画を全部並べると、500メートルの廊下が必要でしたが、500メートル確保するには、敷地100メートルに直線に並べては長さが足りませんでした。また、絵画のサイズも大小さまざま。大きい絵画は離れて、小さい絵画は近づいて見ますから、一律で太い廊下である必要もない。レストランからは森が見えるようになどの構造上の制限や、住宅街なので低層にしないといけないという高さの制限もあり、カーブを描いた、幅も異なるギャラリーが重なった、地下に潜っていくような構造になりました。」
絵画を吊るすためのピクチャーレールが無いという点も特徴としてあげられるだろう。この仕掛け、実は宙に浮いたギャラリーが鉄板で出来ているから実現出来たのだ。
「絵画を快適に鑑賞してもらうには、ピクチャーレールは不要なのではないかと。それを実現するために、ギャラリーを鉄板構造にし、絵画や説明書きをマグネットで固定しています。マグネットの固定は強力で、東日本大震災の時も絵画が落ちることはもちろん、ずれることも無かったと聞いています。」
ギャラリー1のある1階を実際に歩いてみたが、鈴木氏の説明を聞くまで、自分が立っている場所が宙に浮いている部分であるとは気付かなかった。揺れを抑える制震ダンパーが先端部分などに施されているとのこと。綿密な計算の上に、構造上問題ないと建築に踏み切ったものの、実際に歩いてみたらぐらぐら揺れてしまったときの為に、宙に浮いた部分に突っかい棒のように斜めに支柱を立てる構想もあったそうだ。
展示室ごとの異なる演出

<写真下>地下2階、ギャラリー8「私の代表作」。1人1ブース、ガラスで区切り最新作や代表作を飾っている。100号以上の大作が並ぶ
1階、ギャラリー1は鉄板構造だが、地下1~2階はコンクリート造。ピクチャーレールを無くすため、本当は全て鉄板にしたかったのだが、当時、中国の大規模開発の影響により、鉄の価格が高騰。それにより大幅な計画変更を余儀なくされたそうだ。結果、絵画の入れ替えが頻繁な企画展示をするギャラリー1のみ鉄板構造にし、コンクリート造である地下階は釘で固定することで解決している。
また、ギャラリーの照明は、当時美術館では世界初の導入となった全館LED照明が採用された。
「スポットライトのような強い光を当ててしまうと絵画に影が出来てしまいます。それを避けるため、小型のLEDを採用しました。小型にすることでむらがなく絵画に光を当てることができます。黄色と白の2色で、絵画によっても異なりますが、だいたい20個くらいの照明で1枚の絵画を照らしています。初めての試みなので、運用がしやすい工夫もしました。全館8,000個の照明を、2メートル間隔で同じ色をグループ化して管理室で調光できるようになっています。また、どこを照らせばいいのか分からなくならないよう、LEDにレーザーポインターを逆ねじではめ込るようになっています。レーザーポインターでどこを指しているのかが分かり、レーザーポインターを軸にしてくるくると位置の変更もできる仕組みになっています。」
LED照明はわずか63ミリの天井の穴に設置されている。よく見るとライトが入っていないものがあるが、これは空調用の穴だそう。それ以外にも排煙口や煙感知器、防音スピーカーやスプリンクラーなど防災や法規上必要なものがこの小さな穴の中に設置されているのだ。コンセントは溝部分にあったりと、極力鑑賞の妨げになる絵画以外のものは目につかないようにという配慮がされている。
また、足音が気にならないように床は特注のゴムチップを採用。ギャラリーごとに壁の色が変わったり、天井高や廊下の幅も変わったりと、長時間眺めていても飽きにくい・疲れにくい工夫がされている。
建築を楽しむなら、夕方の鑑賞もおすすめ
ホキ美術館は、創設者である保木氏が写実絵画を趣味で集めていたことからはじまった。保木氏の自宅の隣がたまたま空き家になり、そこを購入して年に1回、近所の人にも見てもらいたいと絵画を飾り解放。玄関に立札をかけただけで特に宣伝もしていなかったのに、口コミでどんどん人が人を呼んだそうだ。
ホギメディカルの本社や工場などの設計を担当していた日建設計に保木氏が「美術館を創りたい」と声をかけ、構想から5年がかりでオープンとなった。設計、建築に携わる人全員が、「写実絵画を快適に見られる環境」にこだわり抜いて出来上がった美術館である。
美術館の地下2階には、建設に携わった人たちの名前がガラス板に書かれて飾られている。多くの人が関わって出来上がった美術館であるという保木氏の感謝の意向であるという。
写実絵画が素晴らしいのはもちろんのこと、建築の工夫や関わった人の言葉を聞くとことでホキ美術館を違った視点で眺め、新しい価値が得られたように感じた。個人的には、夕暮れのホキ美術館もとても綺麗なので、夕方まで滞在することをおすすめしたい。
ホキ美術館
http://www.hoki-museum.jp/index.html
2017年 05月17日 11時04分