廃校が目指すのは、「未来の公民館」

北海道の最高峰・大雪山のふもとにある上川町で、廃校になった小さな小学校をリノベーションした体験型複合施設「大雪かみかわヌクモ」が誕生した。先進的なプログラミングが体験できる「プレイルーム」で頭を動かしたり、「フリースペース」にある急傾斜の巨大遊具で体を動かしたり。「カフェスペース」では起業を視野に入れた地域おこし協力隊が、新しい商品やサービスを提案。「遊ぶ」と「学ぶ」、そこに「働く」が混じり合う、「未来の公民館」だ。

ヌクモは、上川町の抱えるさまざまな課題にまとめて向き合う場として生まれた。

将来地域を支える子どもの数が減っていく中で、質の高い体験の提供や、ICTのリテラシー養成が求められていた。地域でのプレイヤーも少なくなる中、地方での暮らしや仕事に興味を持つ人による起業や就業を促すことも欠かせない。また町内には層雲峡温泉という道内有数の観光地があるが、宿泊以外での観光消費が十分でなく、観光コンテンツを充実させる必要があった。

ちょうど、農家の多い地域で眠っていた2007年廃校の旧東雲小学校の利活用が検討されており、地元食材を使った商品開発を進める地の利もあるとして、同小学校舎がリノベーションの舞台に選ばれた。

校舎は地域の歴史を象徴し、住民や卒業生にとっての特別な思いが詰まっているとして、町は施設そのものの保存だけでなく、可能な限り面影まで残るよう工夫。体育館や教室は、かつての雰囲気が感じられるようなデザインや間取りを採用した。

2018年度からリノベーションし、2019年7月にオープン。構造には手をつけず、天井や壁、床を新装した。かつての職員室は事務室、音楽室は地域の会合に使われるコミュニティルームに、校長室はトイレに、それぞれ変わった。

ヌクモの外観(左上)、学校の面影が色濃い玄関(右上)と現在のコミュニティルーム(左下)。体育館らしい雰囲気が残るフリースペースへの扉(右下)ヌクモの外観(左上)、学校の面影が色濃い玄関(右上)と現在のコミュニティルーム(左下)。体育館らしい雰囲気が残るフリースペースへの扉(右下)

「共創」がテーマのプログラミング体験

プレイルームのスクリーンに投映された「分身」を見て楽しむ子ども(上)。絵に色を塗って「分身」を準備するための机が並ぶ(下)プレイルームのスクリーンに投映された「分身」を見て楽しむ子ども(上)。絵に色を塗って「分身」を準備するための机が並ぶ(下)

ヌクモの目玉は、アートやテクノロジーを融合させたデジタルコンテンツを国内外で制作するチームラボ株式会社によるプログラミング体験。他者と関わり、コミュニケーションすることで新しいものを生む「共創」がコンセプトで、同社のデジタルアートが常設展示されるのは国内初という。

上川町は「少子高齢化が進み、ICTの急速な発展などで社会が大きく変わる中、将来のまちづくりを支える子どもをどんな環境で育てるか、体験を提供するかが問われている」として、その方策を検討。2020年度から小学校で必修化されるプログラミングに注目し、ヌクモの方向性と合致した「共創」のコンセプトを掲げるチームラボに打診した。

プログラミングは、3つあった教室の壁を貫き通して作った「プレイルーム」で体験できる。男女それぞれ5種類の子どもの絵から好きな1つを選び、ペンで自由に色を塗る。学校で使われていた机に置かれたスキャンでそれを読み込む。そして壁一面に広がるスクリーンに自分だけの「分身」を投影させ、iPadで「指令」を入力。例えば「だんす」という動きを選んで、北海道民謡のソーラン節をモチーフにした「そーらん」を指示すると、「分身」が踊りだすという具合だ。スクリーン上の背景には、上川町ならではの大雪山をイメージした山や、層雲峡にある観光名所の滝が描かれ、それぞれの季節ごとに景色が変化する。「分身」は同時に最大30人分を投映でき、一緒に踊ったり、挨拶したり、さまざまなコミュニケーションを生むことができる。

ヌクモが重視しているのは、大人が教える「レクチャー」ではなく、子どものやりたいことを応援する「ファシリテーション」に徹すること。渡辺敏雄館長は「まず子どもに『どうしたい?』と聞き、考えてもらって、みんなと一緒につくり上げます。学校で教わるプログラミングとはひと味違います」と胸を張る。既に地元の中学校や小学校の子どもが、総合学習の一環で体験しているという。

「都市部から離れた地域でも、こんな高度なことができる。新しい公民館の形だと思っています」と渡辺さん。頭を動かしながら、遊びが自然と学びになる場だ。

旧体育館を使ったフリースペース

プレイルームとつながるフリースペースは、もともと体育館だった。壇上近くにかつてあったスピーカーや、破損防止の網がかかった掛け時計はそのまま。廃校時の名残か、「2007.2.5」という年月日や、児童と思しき名前が刻まれている柱も残っている。

この体育館の開放感を生かし、子どもたちの遊び心を刺激する工夫がちりばめられている。

ひと際目を引くのは、大雪山の山並みをイメージしたという、高さ4.5mにも及ぶ巨大な木製の急斜面。休日ともなれば子どもたちが続々と、平坦なところから思い切り助走をつけて頂上を目指す。その巨大な壁の裏には、秘密基地のような本棚の図書スペースが。大雪山にまつわる本や絵本などが収まっている。

平坦な床の部分には、複雑なかぎ型を組み合わせて遊ぶ、チームラボデザインのソフトブロックもある。1年の半分近くは雪で覆われる上川町。「天候に左右されず遊べる場所が少ない」という町民の声にも応えただけあって、めいっぱい体を動かすにはもってこいの遊具だ。

旧体育館には圧巻の巨大斜面(左上)ができたが、改修前(左下)の雰囲気も感じられる。斜面裏の図書スペースを紹介する館長の渡辺さん(右)旧体育館には圧巻の巨大斜面(左上)ができたが、改修前(左下)の雰囲気も感じられる。斜面裏の図書スペースを紹介する館長の渡辺さん(右)

地域おこし協力隊の実践の場所として

愛知県から移住し、フードプロデューサーとしてヌクモで勤務する小山内さん夫妻(上)。コミュニティーカフェ(下)で勤務する愛知県から移住し、フードプロデューサーとしてヌクモで勤務する小山内さん夫妻(上)。コミュニティーカフェ(下)で勤務する

ヌクモで遊び、学ぶのは、家族連れだけではない。事業を起こしたり、店を構えることを目指す地域おこし協力隊にとっての実践の場所でもある。

フリースペースに接するのがカフェスペース。遊ぶ子どもたちを見守りながら大人が一息つくことができる、コミュニティカフェがある。接客に当たるのが、地域おこし協力隊で「フードプロデューサー」と呼ばれている4人。館内で自家焙煎したコーヒーのほか、町産大豆を使ったノンカフェインの大豆コーヒー、町産赤ビーツのヨーグルトムースなど、地域資源を活用した新開発のメニューを提供している。フードプロデューサーたちの仕事は接客や調理にとどまらず、子どもたちと一緒になって遊んだり、保護者や祖父母らと話したりと幅広い。

上川町は、起業をテーマにした移住促進施策「カミカワーク」を展開。地域おこし協力隊と一緒に多様で新しい働き方や、新ビジネスを模索している。「フード」「アウトドア」「ランプワーク(ガラス細工)」「コミュニティ」の4分野のプロデューサーを募り、外からの目線で上川の埋もれた魅力を掘り起こし、気になったことはどんどん挑戦してもらう。移住者と地元との「共創」で新しい上川町をつくろうという試みだ。

フードプロデューサーの1人、小山内力さんは妻の沙紀さんと愛知県から人口3,500人ほどの上川町に移住。2020年2月からヌクモで勤務し、飲食店の開業を目指している。「上川町はまちが小さくて、各世代が近い。いろんな世代が集まって、子どもがおじいちゃん、おばあちゃんから教わり、子どもがその世代に活力を与えるような相互の関わりが生まれ、交流と学びができる場をつくりたいですね」と言う。 

ヌクモの施設内には食品の加工室「スイーツ開発工房」もあり、将来的には地元の素材を使った商品を作る拠点にする想定という。渡辺館長は「ここは農村地帯なので、メロンをジュースやスムージーに加工したり、かぼちゃのお菓子を作ったりできたらと考えています。いろんなものを開発・販売していきたいですね」と話す。

地元の多世代の町民が気軽に集い、移住者を含めたさまざまな「共創」によって何かが生まれることを目指すヌクモ。新しい「公民館」は、遊びや学び、地域の可能性を示していた。

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