商店街の空き物件が講談の定席に

此花千鳥亭の創立に尽力した旭堂小南陵さん此花千鳥亭の創立に尽力した旭堂小南陵さん

大阪市此花区の商店街に、有効利用されていなかった物件を活用した劇場「此花千鳥亭」ができた。定期的に講談が聞ける貴重な場所とあって、注目を集めている。

講談とは、講談師が軍記物などを読み語る演芸で、一人で何役も表現する点は落語と似ている。しかし、落語の登場人物は庶民が中心なのに対して、講談は武将だ。演目の多くは合戦を題材とした軍談や、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康といった天下人の一代記だ。
その理由は、発祥にある。講談も落語もともに、僧侶の説教話芸から派生したものだが、講談は、さらにその原型に、武将の話し相手を務めた御伽衆があると考えられるからだ。長い物語は1年かけて語られることもあり、講談が庶民向けに上演された江戸時代には、毎晩のように通う町民もいたようだ。

しかし現在、在阪の講談師は30名前後しかおらず、熱心なファン以外には、どこに行けば聞けるのかさえあまり知られていない。繁昌亭や動楽亭といった落語の寄席はあっても、講談は定席(常設の寄席)がなかったからだ。此花千鳥亭は現在、日本唯一の講談定席なのだ。
そこで、劇場のオープンに尽力された、講談師の五代目 旭堂小南陵(きょくどう・こなんりょう)さんにお話を伺った。

下町ならではの土地柄

仲間の講談師や落語家が集まり、DIY工事を行った仲間の講談師や落語家が集まり、DIY工事を行った

此花千鳥亭は、阪神電車千鳥橋駅近くの此花住吉商店会にあり、以前は山車の倉庫だった。「講談の定席をつくりたい」という思いは強かった小南陵さんだが、土地や建物の形状にこだわりがあるわけではなかった。しかし、ほかの候補物件は耐震性などに難があったため、この場所につくることに決めたのだという。また、小南陵さんも2010年に此花区に転居してきており、自宅から近い利点もあった。

「此花区には下町ならではの温かさがあります。ビジネス街に住んでいたときは、地方公演から戻っても、人が住む町という感じがしなくて帰ってきた感がありませんでしたが、今はホッと落ち着ける。ただ、大阪ならではのサービス精神と言いましょうか、近所の人が寄席のお客様に『小南陵さんの家はあそこやで』と悪気なく教えることもあり、良いことばかりでもないんですけどね」と、小南陵さんは苦笑する。

経験のない者が集まってのDIY

高座後ろの幕が開くと、白い壁がスクリーンになる(上) 天井の格子が劇場らしい雰囲気。シーリングはプロジェクターを兼用しており、ダクトレールに取り付けられた照明は位置を調節できる(下)高座後ろの幕が開くと、白い壁がスクリーンになる(上) 天井の格子が劇場らしい雰囲気。シーリングはプロジェクターを兼用しており、ダクトレールに取り付けられた照明は位置を調節できる(下)

ほぼ小南陵さん個人の出費のため、予算が少ないので、当初は舞台の前に椅子を並べる程度の改装を工務店に依頼する予定だった。ところが土壇場になって、仲介役を通じて話が通っていないことが判明した。さらに上水道も下水道も通っていないとわかり、大慌てだったという。
「2018年12月なかばには改装を終える予定で、1月からイベントを入れていましたから、時間がありませんでした。上下水道に関しては管理会社に交渉して通してもらいましたが、改装の手配は自分がしなければなりません。結局、ご主人が家具職人をしている友人スタッフがいたので、教えていただきながら自分達でやろうという話になりました」(小南陵さん)

小南陵さんにDIYの経験はまったくなく、デザインなどにはその家具職人の意見を盛り込んだ。天井の枠木は、初挑戦のDIYにも関わらず、正確に均等なピッチで組まれている。照明はダクトレールに取り付けられており移動可能、調光タイプなので舞台毎に明るさなどを調整できる。天井にとりつけたシーリングライトはプロジェクター付きのもので、約2年前、クラウドファンディングを実施しているのを見つけた。「いつか講談の小屋を造るときに使いたい」と購入していたそうで、講談の内容について解説をする際などは、高座後ろの幕を上げ、白い壁に映像を投影する。高座は客席より高いので、窮屈な印象を与えないよう天井を一旦外し、可能なところまで上げた。
何より気を遣ったのは「音」だ。落語や講談には出囃子などの鳴り物がつきものだが、両隣が店舗兼住居なので、騒音にならないよう、一級建築士にアドバイスをもらったり、防音材を扱う会社に質問したりして、防音材の種類や配置を考えた。

また、建物の運営にあたって防火・防災管理者資格が必要だとわかると、講談師仲間の旭堂南龍さんも小南陵さんと一緒に講習を受講。管理権原者、防火・防災管理者を分担しているという。
「此花区に講談の定席を造る計画があるという噂が消防署にも届いていたようで、オープン前に、色々アドバイスをいただきました」(小南陵さん)

工事は知人の講談師や落語家ら20名前後が手伝ったが、未経験者だけでのDIYは大変だった。「たとえばトイレの配置や設計も、アドバイスを受けながら考えたのですが、実際に設置してみたら狭すぎるなど、工事を始めてからわかる問題もたくさんあり、まだ完成形とは言えません」と、小南陵さん。予算が潤沢ではないため、今後も少しずつ改装していく予定だという。

熱意ある若手講談師が芸を磨く場にしたい

こうして、此花千鳥亭は2019年1月3日にオープンを迎えた。

「お客様に純粋に講談を楽しんでいただける場所として育てたいという思いがあります。芸の善し悪しは好みで感じるものなので、上手下手は別として、お客様は演者の熱意やまじめさを見抜きます。この世界で骨を埋める覚悟のある若手の牙城にしたい」と、小南陵さん。熱意のある若手が芸を磨ける場にしたいと考えている。

最大の観客数は50名前後。持ち出しになっても講談の拠点がほしいという思いから、劇場の使用料はギリギリに抑えている。管理や運営の責任者は小南陵さんだが、劇場とウェブサイトの管理は作家の今江こみこさんが担当。講談と朗読の会の脚本を頼んだのが縁だったという。今江さんは、此花千鳥亭で行われるイベントのフライヤーや、手ぬぐいなどのデザインも担当している。

集客の一助となっているのが、落語家の笑福亭純瓶さんが発案し、発行・管理を担当している「YOROCAカード」。年会費1000円で、落語家・講談師により毎週開催される「昼から木曜寄席!」に、本来は前売1,200円・当日1,400円のところ、いつでも1000円で入場できる仕組みだ。

DIYには20名ほどの講談師や落語家が手伝ったのは先述の通りだが、最近では、笑福亭鶴瓶師匠が小南陵さんをラジオやテレビに呼び、PRの手伝いをしている。

上方演芸を愛するさまざまな人の力で誕生し、運営されている此花千鳥亭。定期的に講談や落語の寄席が開催されるようになり、地域の人だけでなく、上方演芸を愛する人々が集まってきている。
東京と上方の講談や落語は、演目が同じでも雰囲気がまったく違う。上方の演芸は「笑い」を大切にしており、笑いが少ない方がよいとされる講談でさえ、笑いを誘う「くすぐり」が多いからだ。大阪観光などの折、上方の講談と落語を体験したいなら、此花千鳥亭のスケジュールをチェックしてもらいたい。

此花千鳥亭の高座此花千鳥亭の高座

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