体験を写真や映像で持ち帰れる民泊

町工場が立ち並ぶ下町のイメージがある東大阪に、1軒の民泊が開業した。築80年の古民家を改修した、「古民家すたじお わが家」だ。代表を務めるのはフォトグラファーの中島辰巳さん。中島さん自ら施設をフォトスタジオとして利用しているため、宿泊施設でありながら「すたじお」と銘打っている。

「旅を思い出すとき、どんなホテルや旅館に泊まったかはあまり覚えていないものです。だから、泊まったそのときから思い出づくりが始まるような旅館をつくりたかったんです。そこで、古民家の魅力を残してリノベーションし、宿泊した外国人に日本文化を体験してもらい、それを写真や映像に残して母国に持って帰ってもらおうと考えました」(中島さん)

海外からの宿泊客がやってくるのはもちろんのこと、古民家の雰囲気を活かしたコスプレ撮影に利用されることもあり、好評のようだ。しかし中島さんが目指しているのは、外からの来訪者だけでなく、地域ともつながることだという。

どのような施設なのか、また今後の展開について、お話を伺った。

囲炉裏と中島辰巳さん囲炉裏と中島辰巳さん

経験を生かして自分たちでリノベーション

「古民家すたじお わが家」の建物について、はっきりした記録は残っていない。
「どのような人が建てたものかはわかりませんが、建坪は150坪くらい。庭や納屋もあり、柱や梁もしっかりしたつくりですから、裕福な人の住まいだったのではないかと思います」と、中島さん。この家で幼いころを過ごしたというオーナーから、好きにリノベーションしてもいいという条件で借り受けた。事業として外装工事も手がけている中島さん。古民家の再生は初体験だったが、建築仲間に手伝ってもらいながら、ほぼ自分の手で1年半かけて改修を行った。
借り受けたときは畳や壁がボロボロで、内装は大幅に改修せねばならなかったが、基礎や躯体はしっかりしていたので、耐震上の心配はなかったという。消防署の許可もスムーズに下りたそうだ。

1階の交流スペースに入ると、古民家にしては天井が高いことに気づく。これは天井を一枚剥がしたからだ。
「柱の上部に切り込みが入っているでしょう? もともとはそこにも天井があり、天井が2重になっていました。なぜ2重になっていたのかはわかりませんが、空間を広く見せるため、天井を抜いて、梁の間に塗られていた土壁も落としました」

客室は1階に1部屋、2階に3部屋で、1棟貸しにも対応。最大20人程度まで利用できる。2階の客室やロフト付きの客室は、立派な梁を活かしつつ洋風。これはもともと洋風な内装だったからだが、純和風の外観や1階の共用スペース、スタジオとは全く異なる趣だ。玄関や台所は、現在洋風でも和風でもないが、今後和風に改装していく予定だという。

キッチンや風呂は共有。庭には独立した風呂小屋があったが、室内にも風呂場があったので、取り壊して配管もストップさせ、その分、庭を広く使えるようにした。一方、室内の風呂場は少し狭いので、将来五右衛門風呂にできないかと考えている。
「かまどを作りたいとも考えていますが、五右衛門風呂やかまどに、薪の調達は必須です。私は簡単な山林作業や薪割りなどはできるのですが、どこから薪を調達するかが決まらなければ、予算も組めません。山の管理者にとってはゴミとなる倒木を調達できればと考えてはいますが、まだ構想段階です」

改装前は、柱の切り込みのところに、もう一枚天井があった改装前は、柱の切り込みのところに、もう一枚天井があった

シンボルの囲炉裏をはじめ、日本文化体験を豊富に用意

「交流スペースは宿泊客みんながコミュニケーションできる団らんの部屋にしたいと考え、囲炉裏を設置しました」と中島さん。
炭で調理できる本物の囲炉裏だが、換気設備が整っていないため、外で焼いた炭を灰の上に運んで使っているそう。それでも、串刺しにした魚を囲炉裏で焼くと、ガスで調理したものとは別物になり、喜ばれているという。

「古民家すたじお わが家」では囲炉裏のほかにもさまざまな日本文化体験を用意している。目玉の一つである忍者体験は衣装を着るだけでなく、鉄製の手裏剣を的に当てる指導までしてもらえる本格的なもの。和服のレンタルも行っており、夫人が着付けを、中島さんが撮影を担当する。

「今実施している体験だけでも喜んでいただけるのですが、キャンプして魚釣りを体験してもらえないかとか、山に登って山菜を摘んでもらうのもいいなとか、アイデアは広がっています。古民家で日本の住まいを体験し、レンタルの着物で和服の着心地を知り、囲炉裏で調理した料理を食してもらえば、日本の衣食住をすべて体験できます。さらに、日本の行事も知ってもらいたい。すぐそばに除夜の鐘を鳴らす極楽寺がありますから、年末には、宿泊客と一緒に除夜の鐘を鳴らして、囲炉裏でお雑煮を煮る予定です。でもそれだけでなく、もっとたくさんの日本の文化を感じてもらうにはどうしたらよいか、知恵を絞っているところです」

客室は、立派な梁を活かしつつ洋風に改修客室は、立派な梁を活かしつつ洋風に改修

故郷のような懐かしさと、新しい体験を提供したい

現在は宿泊客の半数が中国人だが、アメリカやオーストラリアからの観光客もいるそうだ。「わが家」の名のとおり、外国人宿泊客にとって、日本の故郷のような懐かしい場所にしていきたい。それでいながら、来るたびに何かしら新しい設備が増えていて、ワクワクしてもらいたい、と言う中島さん。現在は庭を改築中だ。
「今は庭で花火やバーベキューをしていますが、いずれは少人数制のウェディングもできるようにしたいので、挙式できる空間に仕上げたいと考えています」

また、中島さんが今後力を入れたいと考えているのは、地域との密着だ。
「地域の方が気軽に利用できるよう、写真スタジオの料金は低めに設定しています。七五三や成人式といったハレの日はもちろん、日々の生活のちょっとした風景も撮影させていただけたら」
さらに、撮影目的に限らず地域の人たちに気軽に訪れてもらおうと、イベントも計画中だという。
「夏休み時期には、夏祭りを開きます。スタッフ総出で、手裏剣投げ体験やスーパーボールすくい、輪投げなどのアトラクションや、浴衣着付け体験と撮影、フランクフルトや綿菓子などの飲食屋台を出す予定です」

宿泊客にも人気の手裏剣投げ体験は、納屋を改装して的を設置し、将来的に吹き矢体験も実施できるようにする予定だ。
体験施設として大阪で十分な実績を積んだら、奈良や京都など近隣にも同様の施設をつくり、日本文化を発信していきたいという。

もっと日本文化を伝えるために、今後も改装・改修を続けていきたいと語る中島さん。
「外国人観光客はよく『他の国にはない日本らしさに感動した』と言うのですが、では日本らしさとは何かと聞くと、『神秘的だ』とか、『時代を継承している感じがする』といった抽象的な答えが返ってきます。そうしたイメージを抱かせるものは何なのでしょうか。私が考える日本らしさ、日本文化の素晴らしさとは、伝統の中にある安らぎや落ち着きなのですが、これも具体的ではなく、『日本らしさ』の神髄がなんなのか、まだはっきり掴めていません。しかし、伝えようとする側が自分なりの方向性を決めていなければ、うまく発信することができないと思うのです」
そのために、「日本文化の良さ」とはなんなのか、自分なりの答えを見つけたいと考えている。

ただの民泊にとどまらず、日本文化を楽しく体験できる施設として稼働中の「古民家すたじお わが家」。今後もますます進化していくようだ。これからの展開を見守っていきたい。

共用スペースは純和風。今後玄関や台所も和風に改装される予定共用スペースは純和風。今後玄関や台所も和風に改装される予定

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