日本の伝統行事である野焼き

野山を維持するために、新芽が出る前に枯草を焼く「野焼き」は、全国各地で行われる日本の伝統行事だ。特に奈良の若草山焼きは早春を告げる行事として知られ、たくさんの見物客が訪れる。
川原などの葦を焼く「葦焼き」も野焼きの一種で、渡良瀬遊水地のものが有名だろう。葦焼きは葦原の維持に不可欠だし、枯れた葦がパチパチと燃えて、炎が広がっていくのは風情がある。しかし現在、野焼きを含む焚き火は「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」で禁止されており、民間企業が野焼きを継続するには行政機関の許可が必要で、手間も多いという。関西では、萱葺屋根工事専門の山城萱葺株式会社が、所有の葦原で葦焼きを行っているので、見学させてもらい、葦焼きの意義や作業手順などを山田雅史代表に教えていただいた。

葦焼きは日本の伝統行事葦焼きは日本の伝統行事

葦焼きの意義

健全な葦原は、美しく、二酸化炭素を吸収してくれる健全な葦原は、美しく、二酸化炭素を吸収してくれる

大正時代まで、葦やススキの生える草原が日本の国土の10%を占めていたが、葦焼きを怠ると葦原を健全に維持できない。立ち枯れた葦をそのままにしておくと、地面近くの植物に光が射さず、新しい芽が育たないからだ。枯れ葦原には蔓性植物が繁茂し、最終的に蔓植物の藪になってしまう。
葦を刈り取って対処できないこともないが、広範囲に刈り取るには人手が必要だ。山城萱葺株式会社の葦焼きは2010年から2年間中断し、必要な葦だけを刈り取っていたが、2012年に再開したときには、既にツルマメが繁茂しかけていたという。
葦原が藪化すると見苦しいだけでなく、ツバメなどの野生動物が営巣できなくなり、生態系を壊してしまう。虫も増えるし、火事になった場合は、火をコントロールできない。「葦は二酸化炭素の吸収能力が強い植物だと言われていますが、枯れた葦は呼吸しません。もし、日本中の葦原をしっかり管理すれば、二酸化炭素排出量が減るかもしれません」と山田代表は言う。

葦焼きの手順

山城萱葺株式会社が所有する葦原は宇治川原にあり、12月中旬から萱葺き屋根に使う葦を選んで刈り取っている。この葦は、鬼走りで有名な五條市の念佛寺などの文化財や、重要建造物の屋根の材料としても使われているそうだ。見た目が葦とよく似ており「男葦」の別名を持つ荻は、曲がりやすく、経年で萱葺屋根の面に隙間ができる原因となるため、しっかり選別しないといけない。
葦刈りと並行し、使えない葦は葦焼きに備えてすべて倒してしまう。葦が立った状態で火をつけると灰が遠くまで飛散してしまうからだ。また、葦が立ったままだと、葦原の中に人がいても外から見えないので、事故が起こらないための配慮でもあるそうだ。

消防署の指導もあり、すべての葦原を一日で焼くことはない。「田」の字状に4つの区画に分け、まず十字部分に防火帯を作るのだ。防火帯の幅は約10mで、葦や草を焼いて燃えるものがない状態にする。類焼しないよう、周囲に水をかけながら行うそうだ。
葦焼きの前日15時には、保健所、国土交通省の河川事務所や国道事務所、消防署、警察署などの行政機関に、葦焼きをする旨を連絡せねばならない。さらに当日の朝、消防署に電話をして風速などの条件を確認し、実施を届け出る。この時点で風速4mを超えていたら、中止になるという。
着火は早朝の6時。この時間帯なら朝露や霜で葦が濡れており、風も弱いからだ。
「一気に燃え広がらないよう、風下から着火します。道路に近かったりして、類焼の心配がある場合は、要注意箇所から燃やしていきます。火は温度を上げながら、葦を乾燥させながら燃え広がりますから、火勢が強くなってから、類焼の心配がある場所を燃やすのは避けたいのです。だから、火の温度が低いうちに注意が必要な場所を燃やしてしまいます」と、山田代表。もし火が葦焼き計画の外に出た場合はすぐに消火するが、いきなり火に水をかけるのではなく、火の行く先に水をかけ、火勢が弱まったところで、火に水をかけるのだそうだ。「江戸の火消しの考え方と同じで、火伏せです。火が向かっていく方向から水をかけるので怖いのですが、この方法ならあまり煙が出ません。川原沿いの道路を通る車に迷惑をかけないよう、なるべく煙を出さない工夫をしているのです」

計画した範囲の葦が焼けたら水を撒き、完全に鎮火するまで見守る。だいたい10時ごろには作業が終わるそうだ。

葦焼きの準備は、葦刈りと並行して使えない葦を倒すところから始まる葦焼きの準備は、葦刈りと並行して使えない葦を倒すところから始まる

葦焼きの歴史

葦焼きがいつごろ始まったのか、明確にはわからないが、縄文時代以前と考えられている。「土壌に残された炭素を調査した結果、数万年前から野焼きが行われていたのではないかと言われています。古代の人々は、野に火を入れると新しい草が生えてくることを、経験的に知っていたのではないでしょうか。また、葦の根に鉄バクテリアが大繁殖してできる『高師小僧』と呼ばれる鉄鉱の塊は、古代製鉄になくてならないものでした。『日本書紀』や『古事記』で、日本は『葦原中国(あしはらなかつくに)』と呼ばれますし、天地が生まれるとき、可美葦牙彦舅(うましあしかびひこじ)という神さまが登場しています。あしかびは葦の芽の黴を意味していますから、日本人にとって葦がどれほど大切だったかわかるでしょう」
葦は牛の飼料にもなり、建材にもなるから、葦原の経営は実入りが良かったとか。現在山城萱葺株式会社の管理する葦原は、石田三成の所有し、資金源としていた時代もあるそうだ。

立ち枯れた葦を焼くことで、新しい芽が生えてくる立ち枯れた葦を焼くことで、新しい芽が生えてくる

伝統を続ける困難

葦焼きは、葦原や周囲の環境保全のためになるものだが、近隣からの苦情電話も少なくない。近年になって引越してきた人たちが、灰の飛散を迷惑がるのだそうだ。
もちろん葦焼きの意義を熟知している古い住民たちは、伝統行事として受け入れている。実際、葦焼きの帰り、現場から1kmほどに立地する長建寺に参詣し、葦焼きを見てきたと住職に話すと、「珍しいものを見はったね。なかなかええもんでっしゃろ」と、葦焼きを歓迎していた。
「市役所の方も見学にきてくださり、地域に良い影響があるのはご理解いただいているのですが、一般の周知はまだまだです。理解を深めるため、実験的に見学会を開催したこともあるのですが、駅から遠いうえ、近くに駐車できる場所もありません。そのうえ風向き次第で直前に中止になることもありますので、なかなか見学者を募れないのです」と、山田代表は苦悩を語る。

二酸化炭素削減や生態系維持の一助ともなる葦焼き。日本全国の草原や川原などで行われているので、機会があれば見学し、その意義について考え直してみてはいかがだろう。

2019年 05月11日 11時00分