北海道の一般的な新築住宅の性能を上回る中古リノベ住宅
「マイホームが欲しい」。そう思ったとき、真っ先に思い浮かぶのは新築だろうか、それとも中古住宅のリノベーションだろうか。コストを抑え、自分好みにできるリノベーションは身近になってきたが、光熱費と健康に直結する断熱性や省エネ、耐震性を考えると、新築の魅力も捨てがたい。住宅選びは悩み、迷う場面も多いけれど、もし「新築を上回る高性能なリノベ住宅」という選択肢があったなら…。それを体感できるオープンハウスが、JR札幌駅から北東に5キロほどの、札幌市東区の住宅地にある。
その名も「北海道の家」。「古くなった建物に新築以上の価値を与えよう」と、建材メーカーのYKK APが全国で展開する一戸建てリノベーションプロジェクトの一環で、2018年12月に公開された。同社は今回、施工でリノベーション専門の「アルティザン建築工房」(札幌市)と、インテリアコーディネート・意匠設計で「アトリエmomo」(札幌市)とそれぞれコラボレーション。築38年の木造住宅(在来工法の2階建て、延べ床面積127.6m2)に2,270万円のリノベーション費用を投じた。開口部を中心に断熱性を突き詰め、エネルギー消費量を大幅にカット。「長期優良住宅」や年間の消費エネルギー収支をゼロにする「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)を上回る環境性能を達成し、震度6強でも安心できる耐震性能を兼ね備えた。
冬でもアイスを食べたくなる断熱性能
外気温が氷点下3度だった2月14日、厚さ82mmの重厚な玄関ドアを開け、中に入った。迎えてくれたのは、YKK APの折霜秀和さんと高橋正人さん。明るい太陽の光が差し込むリビングダイニングのイスに座ると、「暑いくらいなんですよ」と折霜さんが笑った。室温はポカポカの22度。北海道民は冬、暖房のきいた部屋で半袖でアイスクリームを食べるとよく言われるが、それをすぐさま試したくなった。それも「暖房で温めている」というより、「自然な温かさに包まれる」という感覚だった。
これには、窓と扉の開口部のスペック向上が大きな貢献をしたという。室内の熱は、開口部から多く逃げてしまうからだ。
70mmの高断熱パネルを挟み込んだ肉厚のドアに、3層のトリプルガラス樹脂フレームの窓。ともにYKK APの最上位のフラッグシップ製品を使い、熱の損失量は開口部だけで比べると、リノベーション前よりも82%削減した。外壁では外張りの断熱材(75mm2層重ね、柱の間には高性能グラスウール(105mm)を入れた。天井や基礎の断熱も強化し、全体の熱損失量は78%もの減少につながった。リビングダイニングは吹き抜けとし、2階部分も含めて大きな窓が日差しをたっぷり取り込む。
これにより、断熱性能の指標で逃げる熱量を示すUA値(外皮平均熱貫流率)はリノベーション前が0.82、後が0.18となった。国の2016年省エネ基準レベルではこの値は北海道で0.46以下であり、これも大幅に下回った。同社によると、札幌市内の新築では0.1台はあるが、0.3~0.2台が多い。外気温が氷点下5度より低い朝、前夜に暖房をすべて消した場合でもリビングダイニングの室温は約14度を保っており、リノベーション前のシミュレーション値より6度近く、国の2016年省エネ基準レベルより4度近く、それぞれ高い。
環境・家計・健康にも優しい住宅を目指して
快適さにとどまらず、断熱性能の向上は多くの恩恵をもたらした。その一つは、大きな目標だった国内最高レベルの環境性能をクリアできたことだった。
リノベーションによるZEHは道内で例があったため、今回のプロジェクトではZEHを超える「LCCM(ライフ・サイクル・カーボン・マイナス)住宅」相当とすることを目指した。CO2排出を抑えながら再生可能エネルギーを生み、建設から廃棄に至るまでの長期間でCO2収支をマイナスにするもので、国も補助金を設けるなどして普及を後押ししている。断熱性の向上や省エネ設備の導入に加えて、大きく余力を持たせた10.8キロワットの太陽光発電システムでエネルギーを創出することで達成。年間の一次エネルギー消費量の削減率は73%になった。
またYKK APが一定の条件を設定し、年間の暖房費についてリノベーション前後で比較したところ、約23万円から約7万円へと大幅に下がった。低断熱の住宅では、冬に急激な気温差で血圧が乱れる「ヒートショック」につながるリスクが潜んでいるが、これを和らげる効果もありそうだ。
災害への備えも怠りなく
災害へのリスクを考えることも、避けては通れなくなっている。東日本大震災や熊本地震、胆振東部地震を経験した日本では、いつどこで巨大地震が起こっても不思議ではない。
「北海道の家」は採光を考慮して開放的な窓を配置しているが、この大きな間口は耐震性を高める上で弱点になってしまう。YKK APによると、一般的に、耐震性を高めるには窓を小さくしたり、ふさぐ手法が採用されることが多い。そこで今回は木材の接合部に破れない繊維シートを張った耐震フレームを採用し、窓の面積を減らさずに耐震性を確保。内壁の補強もあわせて進め、震度6強の揺れで積雪があっても倒壊しない性能を手に入れた。リノベーション前をシミュレーションすると、同じ揺れで倒壊の可能性が高かった。
非常時の安心感を持たせるために、設備面でも熱源分散の工夫がされている。暖房は空気熱ヒートポンプによる温水パイプ床暖房で電気を、給湯は灯油を、調理はプロパンガスを、それぞれ使う。高橋さんは「2018年9月の胆振東部地震で大停電が起きました。電気がなくなった時、ライフラインがなくなってしまうのを避けることが考えられています」。
中古物件の流通活性化を目指して
YKK APが調べたところ、北海道の中古住宅は1981年より前に建てられたものを対象にした基準(旧耐震)に適合しているのは50%、2000年以前に建てられて国の次世代省エネ基準を満たした住宅の割合(断熱化率)は20%にすぎない。高橋さんは「住宅の断熱性能においては進んでいると言われる北海道でも、性能リノベーションが必要な中古住宅は数多いです」と言う。
同社によると、住宅を取得する際の選択肢としてリノベーションを検討する人は増えている一方で、現状の多くは水回り中心で、断熱性や耐震性にはあまり手が付けられていない。高橋さんは「日本は先進国の中で新築の割合が圧倒的に高いですが、これからは人口減少もあって、中古住宅の割合が増えるとみています。同じような性能の住宅で比べると、中古のリノベーションなら新築より値ごろ感はあります。初期費用はかかりますが、長い目でみたら決して高くありません。まだまだ、使われていない中古住宅は全国に多いです。安全・安心、快適なデザイン、健康、コストの4つのバランスを取りながら活用を提案していきたいですね」と話す。
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