東京でレスキュー隊の仕事を通して感じた疑問
グランピングなる言葉も登場し、一昔前のキャンプからは、想像もつかないような多様な発展を見せるキャンプの世界。
北海道の帯広市街から車で約45分、周りを雄大な自然に囲まれたキャンプ場「スノーピーク十勝ポロシリキャンプフィールド」は2017年よりアウトドアメーカーのスノーピークが指定管理者になりリニューアルオープンした。
ここでアドバイザリースタッフとしてキャンプ場及び直営店の運営やお客様へのサービス、イベントの企画・運営などを行う、野原立(のはら りゅう)さんに話を聞いてみた。
ワイルドなヒゲがよく似合う精悍な顔立ちの野原さん。ここに移住して来る前は、東京消防庁でレスキュー隊員として働いていたそうだ。
「私がまだ学生の頃、2008年に中国で四川大地震が起こりました。その際、日本のレスキュー隊が救助に当たり、亡くなった方へ黙祷を捧げているところが現地のテレビで放映され、中国の方々から賞賛された、というニュースを耳にしました。歴史や国境をも超えて人をつなぐ職業として、レスキュー隊に魅力を感じたんです」
東京消防庁に入庁し、さらにその中でも難関と言われるレスキュー隊の試験に、3度目の挑戦で見事合格。ところが、憧れていた仕事にも疑問を持つようになる。
「火事や交通事故の現場、閉じ込めの現場などでさまざまな救助活動を行ってきました。中には、悲しい事件や自殺などもありました。そんな現場を目にするたび、これは社会の歪みが起こした問題だ、起きてから助けるのではなく、未然に防ぐことはできないのだろうか、と考えるようになったんです」
淡々と語ってくれるが、表情からは当時のやりきれない思いが滲み出る。
一方、そんな野原さんの心を癒してくれたのは、学生時代から始めた山登りだった。関東近郊の山から、北アルプス・南アルプスなどの夏山登山に挑み、自然と触れ合うことで、本来の自分の活力をみるみる取り戻していった。そんな時、スノーピークがミッションとして掲げる「人間性の回復」という言葉に出会う。
「今の世の中、満員電車に毎日揺られて大切なものを失い、悲しい事件が起こってしまっている。そこから本来の姿を取り戻すには、自分が体験したように、キャンプや山登りなどを通して自然と触れ合うことが必要だと感じたんです」
新天地は、初めての北海道!
そこで転職を決意した野原さんは、ちょうど求人が出ていたスノーピークのイベント企画スタッフを志望して応募。ところが、ちょうど北海道で新しく指定管理を任されるキャンプ場があるので、そこのスタッフも探しているという願っても無い話が。それまで十勝はおろか、北海道に来たこともなかったが、自然豊かな環境を求めていた野原さんにとってはまさにうってつけだった。こうして野原さんは、スノーピークの社員として、スノーピーク十勝ポロシリキャンプフィールドに着任することになったのである。
当時、着任した社員は、野原さん一人。前の指定管理者からの引き継ぎを受け、本社と遠隔でやりとりしながら、キャンプ場のオープン準備が慌ただしくスタートした。
「以前は、公務員として大きな組織の中で与えられた仕事をすることを、多少窮屈に思っていたんです。ここでは自分に裁量が与えられ、試行錯誤しながら進むことができる環境。公務員の時の働き方とはある意味真逆で、本当に刺激的で楽しかったですね」
キャンプや焚き火は最高の癒やしに
2018年6月にキャンプ場がオープンすると、スタッフも増員され、夏休みの時期を迎え客数はピークに。道外や海外からもたくさんの観光客が訪れるシーズンに突入した。野原さんも、電話予約の対応やお客様のテント設営の手伝いなど、大忙し。
「確かに慌ただしいですが、たくさんのキャンプ好きのお客様と触れ合えるのは本当に楽しいですよ。スノーピークでは特に、焚き火をキャンプに欠かせないコミュニケーションツールとして大切にしています。常連のお客様のところにお邪魔して、一緒に焚き火を囲んで話す、ゆったりとした時間は格別ですね」
キャンプの話になると、自然に野原さんの表情がほころんでくる。また、十勝の自然環境そのものも、野原さんが気に入っているポイントだ。
「実は、もっとすごい大自然の中を想像していたのですが、帯広は意外と都会でした(笑)。帯広市街にある家からキャンプ場への道のりに、日高山脈がドカン!と見えるところがあるんです。そこを毎日通勤途中に見て、幸せを感じています。通勤で幸せを感じるなんて、東京の満員電車に揺られていたころは考えられませんでしたから...」
夏も冬も...十勝は魅力がいっぱい!
十勝の観光が発展するためには、地元の人が楽しめることがポイントだと野原さんは考えている。
「十勝の雄大な自然は、私たち道外から来る人にとってはすべてが感動的。でも、地元の人にとっては当たり前すぎるのか、その素晴らしさに気づいていない人が多いように感じます」
熱気球体験や本格的な犬ぞり体験、さらには湖の上に作られた村・しかりべつ湖コタンなど、せっかくの充実したアクティビティーも、地元の人が楽しめてこそ、一過性のものではなく持続的に発展していくのでは、という考えだ。
実際に、キャンプ場には地元のリピーターも増えているという。そして、そんな人が今度は友人を連れてきて、家族同士で楽しむようになっているとか。
「初めてキャンプに来たご家族が、お父さん、お母さん、子どもたちで一緒に外で料理をしたり焚き火を囲んで、みるみる表情が豊かになっていくんです。まさに、自然と触れ合うことによる人間性の回復。そんな姿をたくさん目の当たりにしています。自然の中だからこそ感覚が研ぎ澄まされて、人間にとって本質的に大切なもの、心の在り方を見直すことができます。キャンプの体験が、豊かな人生につながっていってほしいと思っています」
スノーピークが指定管理者になってからは、10月から5月の冬季もオープンし、通年営業するようになった。冬のキャンプには、野原さんたちも相当力を入れているようだ。
「十勝の冬は、道外の人にとってはあの凍てつく寒さだけでワクワクするものなんです。真っ白な雪に囲まれた静寂な空間も良いですし、満天の星空も眺められます。雪の中の焚き火もまた美しいんです」
注目のコンテンツ 「住箱-JYUBAKO-」
スノーピークが、建築家の隈研吾さんとコラボし「住むを自由にする、旅をする建築」として開発した木製のモバイルハウス「住箱」も話題だ。
「十勝の冬のイベントと合わせて楽しんでほしいですね。冬は特に、『住箱』での宿泊が暖かく快適なのでおすすめですよ」と、野原さん。
キャンプ場内で宿泊に利用することはもちろん、トレーラーハウスのようにけん引して動かすことができ、販売もしている。
「住箱の中は本当に静かで、ヒノキの香りも気持ちよく、ぐっすり眠れます。大きな窓が額縁のようになっていて、外の風景がまるで絵のように見えるんですよ」と利用者の評判も上々。
特に、冬のキャンプでは、暖かく過ごせるメリットが大きい。今回のインタビューも、この住箱をお借りして行ったがアウトドアと建物のいいとこ取りのような居心地の良い空間。何を隠そう、取材陣も「冬のキャンプなんて...」と尻込みする人間の一人だったが、住箱を体験すると「冬のキャンプ、行ってみたい!」と、まんまと早変わりしていた(笑)。
インタビューを終えて「住箱」から外に出ると、取材スタッフもなんだかゆったりした雰囲気に包まれ、普段の仕事よりちょっと素に戻れたような感覚を味わった。
これも、自然のなす力、そして野原さんの温かい人柄の力なんだと感じずにはいられなかった。
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筆者:くらしごと編集部 佐々木都
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