地域初のコワーキングを含む複合施設「nokutica」
川崎市高津区。東急田園都市線溝の口駅、南武線武蔵溝ノ口駅から歩いて2分ほど。そこに、赤ん坊が大人になるくらいの年月、空き家になっていた建物を再生し、この地域では初というコワーキングスペースのある、複合施設「nokutica」が誕生した。延べ床面積331m2という広壮な木造2階建ての洋館は、かつて診療所+住宅、その後は学習塾や下宿などとして使われていたそうで、築年は90年以上ということが分かるだけ。とにかく古い建物なのである。
オーナーが隣接したマンションを所有しており、その管理に当たっている地元の不動産会社エヌ・アセットに相談が来たのが2015年のこと。その時点では何にする、したいという話はなく、同社では宿泊施設、保育園など様々な可能性を検討したという。だが、住居から宿泊施設などにするためには用途変更が必要で、なかなか難しい。そこでコワーキングを中心とした複合施設を作ることになった。
「この地域は住宅地として長らく開発されてきており、このまちで仕事をする、起業するなどといったことを想定した施設はほとんどありません。そこで調べてみたところ、ひとつ、勉強をするための施設があり、そこに約300人以上もの登録がある。ニーズはあると確信し、コワーキングに5室のレンタルオフィス、2ヶ所のレンタルスペース、入口にカフェのある複合施設に再生することになりました」。(管理人・松田志暢氏)
レンタルオフィスは完成時にすでに満室!
再生にあたっての大きな作業は外壁の解体。今は建物がどこからでも見えるようになっているが、元々は高い塀に囲われており、新たにまちに開かれた建物にするためにはそれは不要という考えである。だが、それ以外は既存の建物をできるだけ利用してある。家具その他、かなりの荷物があったそうだが、それもできる限り利用。玄関や共用部に置かれている古い家具は元々あったものとか。古い家具の中には経年とともに引き出しなどが開かなくなるものがあるが、置かれている家具はいずれも普通に使える。
また、長期間放置されていたというのに建物の廊下、階段や洋室の床その他もほぼそのまま使える状態だったとも。元々の建物の作りの良さが伺えるというものだ。加えて廊下、階段の幅や玄関の広さなど、今の建物には見られないゆとりが独自の雰囲気になっている。
内部は玄関の脇に2坪(6.6m2)ほどのカフェがあり、外部の人も利用可能。1階には中央に廊下を挟んで広間、キッチンという2つの共用スペースがある。合わせると33畳ほどという広さだ。さらに約15.8m2、8.8m2の2つのレンタルペースがあり、こちらは30分から、利用する時間に合わせて借りられる。
2階の中央にはコワーキングスペースがあり、座席数は18席。それ以外に8.3m2~のレンタルオフィスが5室あるが、こちらはお披露目パーティーの時点で満室。いずれも地元でモノ作りを中心にした仕事をしている人たちだという。加えて、入居待ちも5組いるというから大人気と言っても過言ではあるまい。
この施設からまちを変えたい
ここまで人気を呼んでいるのには2つの理由がある。ひとつはこの建物が長らくこの土地のランドマークだったこと。2017年12月3日にお披露目の会が開かれたのだが、そこには施設を利用する若い年代だけでなく、高齢者なども含めて地元の人たちが多く集まり、長らく気になっていた建物が再生されたことを喜んだ。
「集まってくださった方からは『私はここで生まれたのよ、懐かしい』『昔、ここに通ったことがある』『ずっと気になっていたのよ、残してくれてありがとう』などという声を多くいただきました。大事にされてきた建物だったんだなあとしみじみ思いました」。
もうひとつは建物の運営に関わる人たちの活動が地域で支援されているということだ。今回、建物再生にあたっては会社が作られた。のくちのたね株式会社という。のくちはこのまちの愛称である。つまり、このまちから新しいことを起こして行こうという社名である。メンバーは前述の不動産会社とこのエリアの大家さん2人。不動産会社と大家さんはビジネスパートナーではあるものの、その両者が一緒に会社を作るのは珍しい話だ。では、何をやる会社か。
ずばり、このエリアをもっと元気に、この地域から働き方を含めた文化を発信したい、この地を地元のクリエイティビティの中心にしたい、そんなことを目指す会社である。しかも、メンバーはそれぞれ以前からそうした活動を続けてきている。
地元で活動する大家さん、不動産会社がタッグを組んだ
まず、大家さん2人をご紹介しよう。地元溝口、東急田園都市線宮崎台で大家さんをやっている越水隆裕氏は地元高津区を盛り上げようという団体「知っトコ!たかつ」、街の清掃をするボランティア団体グリーンバード溝の口チーム、コシガタリと題したセミナー、その記録や対談を流すコシガタリTVなどの活動を行っている。大家さんとしてもアイディアのある空室対策で有名だ。
溝口からは駅ひとつ離れた南武線武蔵新城駅を拠点する石井秀和氏は、400年続く農家からひいおじいさんの代に専業大家になった。自社の物件にまちの人が集まるスペースを作り、マルシェを開くなどして地域に賑わいを生んでいる。SNSグループ「ふらっと武蔵新城」も立ち上げた。加えて両名とも町内会その他、昔からある地域の活動にも参加しており、言ってみれば地元の同年代の若手有名人というところだろうか。
続いてエヌ・アセットだが、この会社にはワクワク広報室と名付けられたまちの広報をするセクションがある。担当者は前述の松田氏。2ヶ月に1度、「●●ノクチ」と名付けられた地域の人・活動を地域の人と一緒に楽しむイベントを行ったり、年に2回農家を営む大家さんの野菜を売る直売市を開いたり、街中に木のクリスマスツリーを飾ったりと活動は多岐に渡り、様々な形で地元の人たちと繋がっている。そうした人たちが集まって新しい施設を作り、まちを変えたいというのである。気になる人、参加したい人が多数出てくるのは当然といえば当然だろう。
10年後の溝口をお楽しみに
残されていた家具が室内あちこちに置かれているのだが、どれもそのまま使える状態だったとか。100年近く経っていても使えるということに驚くと同時に、それならこれから100年使うこともできるのではないかと思った越水氏、石井氏によると横に細長い川崎市は大きく南部、北部に別れており、溝口のある高津区と武蔵新城のある中原区はちょうど真ん中あたりに位置する。子育て世帯を中心に人口が増加している地域ではあるが、増加しているためか、行政によるまちづくり、ブランディングなどの動きは少ないという。だが、今は良いかもしれないが長い目で見たら必要、2人はそう考えている。これまでこのエリアは行政区、学区が違うため、協働することなく来たが、今後は勝手に中部を作って盛り上げていこうと。
「これまで溝口は住宅地で、ここで働く人は少なかった。しかし、実際には働く場がなかっただけ。幸い、この建物には人を惹きつける物語、クリエイターを魅了する雰囲気がある。現在入居が決まっている人たちもクオリティの高いクリエイター揃い。いずれはここが今はない、溝口のクリエイティビティの中心になって欲しいと思っています」。(越水氏)
「川崎市は東京と違い、地元の人が住み続けており、昔ながらの祭りや御輿、各種活動もあります。都内で働く人が新しく入ってきていますが、そのうちには地域に愛着を持ち始めた人たちがいます。ただ、今のところ、その両者は交わっていない。そこを交わらせていかないと、御輿や祭りの継承が難しくなってくる。そのつなぎ役になれるよう、活動を続けていくつもりです」。(石井氏)
松田氏は「10年後の溝口に期待してください」という。これは第一号案件だと。場を持つ大家さんと、場をマッチングできる不動産会社が手を組めば鬼に金棒。面白い場所が次々に生まれればまちは変わる。楽しみである。
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