「みんなが主役のまちづくり」をテーマに開催

主催者挨拶を行った愛知県建設部技監の風岡嘉光氏主催者挨拶を行った愛知県建設部技監の風岡嘉光氏

2017年6月9日、名古屋市中区の中区役所ホールにて、「あいちまちづくりシンポジウム」が開催された。

国土交通省では、住民の積極的な参画のもとに創意と工夫を活かしたまちづくりを推進することを目的として、昭和58年度から毎年6月を「まちづくり月間」と定め、都道府県、市町村、関連団体の協力を得て、さまざまな広報活動や行事の開催を行ってきた。35回目となる今年度の「まちづくり月間」では、「みんなが主役のまちづくり」をテーマに掲げ、全国各地でイベントを展開。その中のひとつが、「あいちまちづくりシンポジウム」である。

同シンポジウムの主催は、国土交通省中部地方整備局、愛知県、名古屋市、独立行政法人都市再生機構中部支社で構成された愛知「まちづくり月間」実行委員会。愛知県建設部技監の風岡嘉光氏による主催者挨拶が行われた後、まちづくりの専門家2人による講演会が行われた。当日は約500名収容のホールがほぼ満席になるほど多くの来場者が詰めかけ、2人が語るまちづくりの手法や具体例に熱心に聞き入っていた。

まちづくりには、デザイン、マネジメント、クリエイティブ、ブランディングが必要

デザインを軸とした街づくりについて解説する伊藤孝紀氏デザインを軸とした街づくりについて解説する伊藤孝紀氏

主催者挨拶の後、まず登壇したのが名古屋工業大学大学院准教授で、有限会社タイプ・エービーを主宰する伊藤孝紀氏。建築、インテリア、家具のデザインに加え、市場分析からコンセプトを創造し、デザインを活かしたブランド戦略の立案など多分野で活躍する伊藤氏は、行政、企業、市民を巻き込んだまちづくりにも深く関わり、2016年度からは2027年のリニア中央新幹線開通に向けた名古屋駅西側エリアのデザインアーキテクトにも就任している。

伊藤氏の講演タイトルは「2027年に向けた街づくり-デザインの力で街が変わる-」。冒頭、まちづくりに必要な要素として、「デザイン」「マネジメント」「クリエイティブ」「ブランディング」の4つを挙げた。

「デザイン」については、農業やスポーツ、医学など、あらゆる分野に大きな影響を与えていることを紹介。「ものに新しい機能を付加し、無意識に行為を誘発するもの」だと解説し、「デザインは単なる造形ではなく、まちづくりの展開できる要素になっている」と話す。また、「マネジメント」については、「従来型のまちづくりは、社会のコミュニティーやエコロジーの観点が強く、足りないと感じていたのが経済性でした」と自らの過去を振り返ったうえで、自分たちで稼ぎ、自分たちでまちづくりができるマネジメントの必要性を説いた。

これからのまちづくりには、体験価値の創造が欠かせない。

「クリエイティブ」では、現在は「体験を売る時代」だと捉え、プロデューサーとして、ストックを活用する視点が大切であり、「クリエイティブの担い手は、プロデューサー的な能力があり、かつ体験価値を生み出せる人である」と解説。「ブランディング」については、スターバックスの事例などを挙げ、まちづくりにおいても、「他の商品・サービスとの差別化」「消費者との信頼関係・信用を作ること」「提供者がプライドを持っている」という3つが必要であること、地域性を活かした体験価値が大事であることを強調した。

「デザインは大事であり、形のあるものだけではありません。また、マネジメントではまちづくりは儲ける仕組みまで作らないといけない。クリエイティブな志向性だけでなく、クリエイティブな産業を育成するまちづくりにしていってほしいと思います。また、広報的な部分だけでなく、都市計画的なハード整備まで一緒になってブランディングとして捉えて欲しい。これらが一つになって、今日の主題である、市民が主体でやっていけるような素地ができると思っています。ぜひこの言葉を思い出してもらいたいと思います」(伊藤氏)

「何もない」と思っていた岐阜で、ステキな歴史や文化を発掘

岐阜の伝統工芸である和傘を手に話す蒲勇介氏岐阜の伝統工芸である和傘を手に話す蒲勇介氏

続いて登壇したのは、NPO法人ORGAN理事長の蒲勇介氏。2003年から岐阜市を中心とした長良川流域のまちづくりに携わり、2011年にNPOを発足。地域の多様な個人や組織、事業者らと連携しながら実行委員会を発足させ、「長良川温泉泊覧会(おんぱく)」を実施。プロデューサーとして活動している。2015年には経済産業省「地域資源活用ネットワーク形成支援事業」を受託。おんぱくで作り上げた観光まちづくりプラットフォームをベースに、長良川流域4市の観光マーケティング調査に取り組み、2016年度からは観光庁日本版DMO候補法人に登録。長良川DMOとして流域の観光推進事業に取り組んでいる。

蒲氏の講演タイトルは、「長良川流域のみんなを巻き込む観光まちづくり」。岐阜県郡上市出身の同氏が、故郷である岐阜に戻り、その後10数年にわたって取り組んできた草の根的なまちづくりの事例を紹介した。

「岐阜になんて何もない」。若い頃からそう考えていたという蒲氏は、岐阜市内にある築120年の町屋に移り住み、フリーのデザイナーとして活動する傍ら、地元のフリーペーパーを創刊。地域に眠る魅力的な物語を掘り起こすために奔走する。そして、取材で出会ったのが地元の伝統工芸「水うちわ」だった。祖父の代で途絶えたと話す職人を口説き、復活プロジェクトを立ち上げ、有名雑誌の表紙を飾るなど、大きな反響を呼ぶことになった。現在では、高付加価値の商品として百貨店などで販売され、若手のうちわ職人なども増えているという。

この「水うちわ」の成功を通じて、「『何もない』と思っていた岐阜の街に、どうしてこんなステキなものがあるんだろう」と疑問を抱いた蒲氏は、岐阜の歴史をさらに掘り下げていった。そして、尾張地方の水運の要衝として栄え、古くから豊かな文化が築かれていたことを知る。

「長良川があったからこそ岐阜の豊かな文化がある」。その根源的な意味や価値、ストーリーを多くの人たちと共有したいと考えた蒲氏は、水うちわを持った町歩きや、町屋を使ったジャズライブなど、さまざまな体験イベントを企画。そして、長良川ブランドを発信する観光まちづくりのプラットフォームを作りたいと立ち上げたのが、「長良川温泉泊覧会(おんぱく)」だった。

観光によるまちづくりには、次代を担う若い人の活躍が不可欠

おんぱくでは、6年間で実に1000以上の体験メニューを企画。開催は1日だけ、定員は5名という小規模なものも多いが、そこには明確な意図がある。「今まで製造業をしてきたり、漁師や職人を続けてきた人が、いきなりお客様をもてなそうとしても難しい。まずは1日だけでもお試しでやることが大事なのです。また、一つひとつは小規模あっても、それらがたくさん集まることで、長良川流域にはこんな豊かな資源があると伝えることもできます」と蒲氏。パンフレットがそのまま地域資源のカタログになるのだという。

イベント期間中の参加人数は1万5000人ほど。「希少な体験」を求めて、県外から参加する熱烈なファンも増えてきているという。「本物が分かる人に来てもらおう」という考えの下、高価格帯の体験メニューも増え、「おんぱく」を活用して新たな顧客層を開拓したり、これを機に起業したという事例も出てきている。「スキームとしては簡単なものですが、その過程の中で、徐々にみんなが本気になってきます」と蒲氏。街に熱い人、街の魅力を自分で発信したい人が自然と集まり、まちづくりを担う主体づくりに繋がっていくのだという。

「観光まちづくりを進めるときには、僕たちのような、そもそも観光協会ではなく、本当に自分たちの街のことをなんとかしたいと思っている人を、行政の方々がうまく見つけ出し、育てていただけるとうれしいです。おんぱくの手法を導入したいという地域に伺うと、必ず『行政の委託事業でやります』という話が出てきますが、最初に『地元の若い人たちにやらせてみてください』とお願いします。おんぱくの手法をずっと続けるだけが目的ではなく、そこから生まれたものをその街で活かしていくことが大切であり、それを担うのは次の世代ですから。ぜひとも、若い人たちを活躍させる事業をしてもらいたいと願っています」(蒲氏)。

まちづくりの専門家2人が熱い思いを語った「あいちまちづくりシンポジウム」。伊藤氏が語った「地域性を活かした体験価値の創造」や、蒲氏が訴える「次代を担う若者の発掘・育成」は、いずれも「言うは易く行うは難し」だろう。ただ、2人のトークを聞きながら、住民が主体的にまちづくりに関わる機運をうまく醸成できれば、これほど大きなムーブメントが生まれるのだと改めて気付かされた。地域の高齢化が進行する一方、若者を中心とした人口流出に歯止めがかからない多くの過疎地域にとって、2人が示すまちづくりのあり方は、一つの道しるべとなりそうだ。

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