まち協が取り組む「みなとまちBOSAIプロジェクト」。大学生が発案した防災教育プログラムで新しい風が吹く!?
39度を超える8月の猛暑日。
名古屋市港区にある西築地小学校の体育館には、汗だくで元気いっぱい走り回る子どもたちの姿が。
これは遊びではなく、れっきとした防災訓練。
「アートが社会にもたらす新たな可能性―クリエイティブ×防災―」や手遊びを交えた園児の防災訓練など、2014年から「みなとまちBOSAIプロジェクト」として積極的に街ぐるみで防災に取り組んでいる、名古屋市港区「港まちづくり協議会(以下まち協)」が開催した、今年の防災プロジェクトだ。
まち協とタッグを組んでプロジェクトを推し進めるyamory(株式会社R-pro)の代表取締役・岡本ナオトさんのほかに、今回は愛知淑徳大学ビジネス学部の学生・男女19名がプログラムの発案から携わるという新しい試み。防災活動に新たな視点が加わることになったという。その内容についてお伝えしたい。
クイズや障害物競争、手つなぎサッカーなど、ゲーム感覚で防災の知識とコミュニケーションスキルを深める
防災デイキャンプの狙いは、「防災に必要な知識やスキルを学ぼう」というもの。「誰もが自分のアタマで考えて避難できるようになる」ことを目標に、参加型の訓練を毎年開催してきた。とはいえ、楽しくなければ続かない、参加者も増えないという課題を踏まえ、“楽しめる”ことも前提としたプログラム作りを心掛けてきたという。
今回の内容を見てみると
◆ペットボトルクイズリレー
◆障害物競争
◆手つなぎサッカー
が主な内容。
ペットボトルクイズリレーでは、
Q:あなたが外にいるときに大地震が起きた場合、正しい避難場所は?
①交番 ②ガソリンスタンド (正解は①)
Q:火事が起きたときのビニール袋の正しい使い方はどっち?
①水を入れて火を消す ②頭からかぶり、けむりを吸わないようにする (正解は②)
などクイズを出し、正解した子どもには500mlのペットボトルの水を配るというもの。4問正解すると4本の水がもらえるが、実は4本×500ml、合計2リットルが1人につき一日に必要な水の量と言われており、その重さを実感してもらうためのクイズ。
子どもたちは正解するたびに大歓声!
いっけん遊んでいるように見えても、最後には防災に必要な知識も身につくというプログラムになっている。
今回のゲームの中で一番の盛り上がりを見せたのは、障害物競争。目隠しをした状態でハードルやコーンを避けながらゴールまでたどり着くというゲームで、避難の困難を身をもって体験する内容となっている。ガラスに見立てた卵パックの上を恐る恐る歩く子どもたち。飛散したガラス、倒壊した建物の中を避難する際の注意点を体験を通して学べるようになっている。
最後の「手つなぎサッカー」は、10人対10人でサッカーの試合をするというもの。ただし、1つのグループ内で4人・3人3人の3組を作り、それぞれが手をつないだままの状態でボールを追いかけなくてはいけない。二人三脚を足の代わりに手をつないでやる、と想像していただければわかるだろうか。
試合の前に、どうしたら協力しあえるかグループ内で話し合い、対決スタート! プログラムを発案した大学生らも交じって4チームでゲーム開始。手をつないだままなので4人もしくは3人が協力し合わないとボールを追いかけることもできない。声かけをしながら、汗だくの戦いが行われた。
試合終了後は、ふりかえりタイム。開始前に話し合った「協力し合う」ことに関して「ゲームに夢中で、そんなこと忘れてた!」という無邪気な子どもたちが大半ではあったが、大事なのはコミュニケーションをとるということ。試合中は、「こっちだ!あっちだ!」「右右!!」など、お互いに声をかけあっていたし、ゲームを通してならすぐに仲良くなれる子どもだけあって、そこは合格点といえよう。
「避難所生活では、みんなで協力するということが大切になってきます。手つなぎサッカーで声かけをしながら走ったように、避難したときはみんなで声をかけあって、協力することを忘れないでください」と、ゲームを発案した大学生らが、子どもたちに話していた。
自分で作った新聞紙の器で食事。身近なものを利用する工夫を学んだ子どもたち
ゲームの後は、子どもたちもお待ちかねのお食事タイム。
と、その前に…。
食べるための食器を自分たちで作る作業を体験。
新聞紙4枚を重ねて、折り紙のように折りたたんでコップ型の食器を作ったら、ビニール袋を内側にいれて出来上がり!
メニューはレトルト食品。カレー、親子丼、中華丼、ハヤシライス…小さい子から好きなものを選んで温めてもらう。ご飯の上に温めたレトルト食品をのせ、自前の食器で「いただきます!」。
yamoryの岡本さんは、デイキャンプの締めくくりに、この食事のことにふれた。
「普段はお父さんやお母さんが作ってくれたご飯を、みんなが食べやすいように盛り付けてくれるかもしれないけれど、避難所ではそうはいきません。ちょっと足りないなと思った子もいると思います。でも避難しているときは、他の人の分が足りなくなってしまうから、自分だけおかわりするわけにはいきませんよね。自分のことだけを考えるのではなく、他の人のことを思いやれるような優しい子でいてほしいと思います。そして、今日ゲームで学んだことを一つでもいいから、両親や兄弟に教えてあげてください」
と話していた。
実践を踏まえた課題解決学習(PBL)の一環として“防災”が課題に
大学生が街の防災プロジェクトに参加するという試みについて、その経緯をまち協の稲葉久之さんに伺った。
「最近では大学がPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)を推し進めています。実践を踏まえた課題解決学習のことを指しますが、愛知淑徳大学もPBLを積極的に取り入れていて、それを核にした授業の一環ということで今回参加してもらう運びとなりました。」
彼らに出されたお題は「学区の子どもたちが防災を学ぶための防災教育プログラムを考えましょう」というもの。
まち協から、稲葉さんと次長の古橋敬一さんが非常勤講師として登壇し、今年の4月から学びを深めてきたという。港まちを一緒に歩いて、街の歴史や特徴を学ぶフィールドワーク、どのような視点で防災を設計するかというデザインについて考えてきたのだそう。その最終成果発表会が、この防災デイキャンプなのだ。
参加した学生にも話を聞いてみた。
「子どもたちに楽しく防災を学んでもらう、といっても最初は何をしたらいいのかよくわからなかった」と話すのは、3年生の林秋穂さん。
“楽しめるもの”というテーマはあるものの、実際の地震の際は生死にかかわることだけに、自分たちの成果発表会とはいっても
「間違ったことは教えられないので、自分たちなりにどうやって、楽しく知識を伝えられるかと考えました」と水野旭(あきら)さん。
手つなぎサッカーで進行役を務めた2年生の鈴木杏奈さんは
「デスクワークでいろいろとイメージトレーニングはしていましたが、サッカーのゲームでは子どもたちの身長差があって、手をつないで走るのが難しいこともあったり、子どもたちが想像以上に元気すぎたり、考えたことを形にして伝えるというのは難しいと実感しました」
と話していた。
講師として学生たちとふれあってきた、まち協の古橋さんは
「防災のことを専門に学んでいる学生ではないし、みんな戸惑いもあったと思います。授業では、僕らが今までやってきた防災プログラムをモデルロールとして提示はしましたが、その先は学生たちに考えてほしくて、あえてこちらからアドバイスなどはせず、逆に学生のアイデアに対して、想定外の出来事が起こった場合の対処法などが考えられているかなどチェックを入れて、課題解決のスキルを身に着けてもらえるようにしました」とふりかえる。
実は、今回のデイキャンプ、本当は親子で参加する宿泊型の防災キャンプを予定していた。しかし、直前になって手違いが発生し、急遽子どもだけが参加するデイキャンプにせざるを得なかったそう。
「こうしたトラブルや想定外の出来事が、実際の地震のときにはたくさん起こる。万事想定した通りにいくわけではないということも、経験のひとつとして学んでもらえたならありがたいですね(笑)」(古橋さん談)
防災知識よりも大切なのは、「知っている人がいる」安心感
“楽しめる防災”という点においては、筆者の目から見ても子どもたちは思い切りエンジョイしていたように見え、課題はクリアかと思うが「防災の知識やスキルを身につける」という点においては、どうだったのだろう。
まち協の古橋さんに投げかけてみた。
「例えば、地震で避難してきたときに全然知らない大人の中にいるよりは、知っている人がいるということだけでも安心感が違うと思うんです。今日のキャンプに参加したことで顔や名前を知った、今日こうして顔を合わせた結果、災害が起こったときに協力しあえるということが、どんな知識を持っていることよりも重要だと思っていて、そういう意味でいうと今日の防災プロジェクトも大きな意義があったと思っています」
なるほど。
不安なとき知っている大人がいるかどうか、それは子どもにとっては大きな安心感につながる。街の人たちが大勢参加すれば、いざという避難所生活も、顔見知りが多くコミュニケーションも円滑にいくというものなのかもしれない。結果、トラブルやストレスも少なくなるだろう。普段からのコミュニケーション、やはり重要だ。
今回、残念ながら子どもだけの参加となってしまったが、「秋にでも宿泊型防災キャンプを開催してリベンジしたい」と古橋さん、岡本さん。さらに
「本来こうした防災プロジェクトは、親御さんにも参加してもらい、街の防災の担い手となってもらいたいのです。子ども会など、小さなコミュニティに持ち帰ってもらって、自分たちの手で防災訓練を行うというところまで落とし込めたら、さらに意味のあるものになっていくと思います」(岡本さん談)。
防災といっても何をしたらいいかわからない、マンネリ化した防災訓練で参加者が少ない、など街の防災として課題を抱える地域もあるだろう。“みなとまち”のように、積極的に防災に取り組み、成功させている事例をもとに、それぞれの地域にあった内容にカスタマイズし、防災の形を作り上げていくことを考えてみるのもいいかもしれない。
太い幹から伸びた枝のように、街のいたるところでこうした取り組みが行われ、そこに住む人たちの防災意識が変わっていけば、災害時に強い街づくりができるだろう。
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