特別天然記念物『春日山原始林』の麓に建つ世界遺産『春日大社』

▲『春日大社』広報の秋田真吾さん。「春日大社の境内には、樹齢800年・900年という巨樹巨木が至るところにあり、“ここは春日の神さんの森だから…”という信仰のもと、木や森が大切にされてきた歴史があります」と秋田さん▲『春日大社』広報の秋田真吾さん。「春日大社の境内には、樹齢800年・900年という巨樹巨木が至るところにあり、“ここは春日の神さんの森だから…”という信仰のもと、木や森が大切にされてきた歴史があります」と秋田さん

前回『HOME'S PRESS』では、20年に一度の“神殿のリノベーション”が行われている春日大社の式年造替(しきねんぞうたい)についてご紹介したが、その取材の際に驚いたのは隣接する春日山原始林と春日大社の存在が、互いに密接な関わりを持って成り立っていることだった。

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標高498m・面積約250ha。春日山原始林は春日大社の御本殿のすぐ東側に広がっている。

奈良時代の初め、タケミカヅチノミコトが白鹿に乗って御蓋山(みかさやま)に降臨し、神護景雲2(768)年、春日山原始林の麓に『春日大社』の社殿が造営された。

春日山原始林は“神山”としての信仰を集めていたため、山の樹木に斧を入れることは許されず、承和8(841)年には国の御触れによって入山禁止・伐採禁止・狩猟禁止となった。以来千余年に渡って“人の力で原始の姿を守り続けた森”が、今日の春日山原始林となっているのだ。

式年造替によって『お参りの対象物』が守られてきたからこそ存在する森

今回、境内を案内してくださった春日大社広報の秋田真吾さんによると、「春日山原始林は“世界で一番街に近い原始林”です。県庁所在地のような都市の中に原始林が存在しているというのは、日本国内だけでなく世界的に見ても珍しいケースでしょうね」とのこと。

春日山原始林の中では、壮大な年輪を刻む巨木やツル・シダ類など約800種もの多様な植物社会が形成されており、そこに集う昆虫や鳥類などの生き物たちも豊富に生息しているという。 学術的にも価値が高いことから、昭和30年に国の特別天然記念物に指定された。

「よく“人の手が加えられていない”と言われますが、正確にはまったく手が加えられてこなかったわけではありません。記録の上では過去に13回、森の木の一部が一斉に枯れてしまったことがあったのですが、その際には宮中から勅使がやってきて、特別の祈願をしたところ森は再生したそうです。

春日山原始林には、人の力によって古来の自然の姿を維持しながら守り継がれてきた歴史があり、これは春日大社の『式年造替』が繰り返し行われてきたこととも密接に関わっています。

古いものを受け継いで大切にするからこそ“お参りする対象物”が守られ、それと同時に、春日の信仰や森も長年守られてきたということだと思います」(秋田さん談)。

▲春日大社の御本殿配置図。<br />特別参拝のルートを進むと、ちょうど東回廊に面して春日山原始林の美しい森が広がっている。<br />間近に眺める原始の森の姿には神々しさが感じられ、思わず息を呑むほどだ▲春日大社の御本殿配置図。
特別参拝のルートを進むと、ちょうど東回廊に面して春日山原始林の美しい森が広がっている。
間近に眺める原始の森の姿には神々しさが感じられ、思わず息を呑むほどだ

倒木が神殿の屋根に穴を開けてもそのままの姿で残す

特別参拝エリアの回廊内を奥へと進んでいくと、樹齢約800~1000年と推定される大杉が迫力の雄姿で参拝者を出迎えてくれる。その大杉の根元から斜めに伸びたもう一本の巨木が、重要文化財である『直会殿』の屋根に突き刺さったままの状態で枝葉を広げている様子を見て驚いた。

「この槙柏(シンパク/ヒノキ科の常緑樹)は、もともとはまっすぐに立っていたはずなのですが、いつの頃からか台風や嵐で傾き、直会殿の屋根を直撃してしまったのではないかと思われます。現代的な考え方であれば“建物を守るために倒れた木を伐採する”のが当たり前なのでしょうが、春日の神様の託宣によって木や森を大事にするという信仰があるため、木を守るために屋根に無理やり穴をあけてワイヤーで支えながら、木も建物もそのままの状態で保存しています」(秋田さん談)。

▲春日大社最大の神事である春日祭で儀式が行われる『直会殿(なおらいでん)』。<br />創建は貞観元(859)年と言われているが、神事を執り行う重要な施設であることから創建当初から存在したと考えられ、<br />現在の社殿は第四十二次慶安(1652)年度造替の時のものだ。<br />今回の造替では、檜皮屋根の葺き替えや壁の塗り替え等の建物の修繕に加え、<br />大杉と槇柏の間をワイヤーで張るなど“木を守る修繕”も実施されたという▲春日大社最大の神事である春日祭で儀式が行われる『直会殿(なおらいでん)』。
創建は貞観元(859)年と言われているが、神事を執り行う重要な施設であることから創建当初から存在したと考えられ、
現在の社殿は第四十二次慶安(1652)年度造替の時のものだ。
今回の造替では、檜皮屋根の葺き替えや壁の塗り替え等の建物の修繕に加え、
大杉と槇柏の間をワイヤーで張るなど“木を守る修繕”も実施されたという

自然の地形を生かしてひな壇型に並ぶ御本殿

春日大社は標高283mの御蓋山(みかさやま)の中腹に位置し、標高150mの地点にタケミカヅチノミコトをはじめとする四柱の神様を祀る御本殿がある。

四柱の神様がいらっしゃるため、神様の住まいとも言える本殿も4棟が横一列に並んでいるのだが、よくよく見ると微妙に屋根の位置や土台の位置が異なり、右(東)から左(西)に向かって下がる“ひな壇状”になっている。

「春日山原始林に包まれた御蓋山はご神域ですから、神様の土地であるこの地形を極力崩さないようにと配慮しながら春日大社全体が建てられています。そのため境内のあちこちに起伏があって、建物の中にも段や高低差があります。

もともと奈良というのは起伏の変化が激しい土地であるため、奈良市内にある他のお寺の敷地内を発掘してみると、土地を平たんにするために掘削工事を行っていた跡などが出てくるのですが、ここ春日大社の場合は神山である御蓋山を大切にするために、あえて尾根を削ったり谷を埋めたりすることはしませんでした。

御本殿が鎮座するエリア自体は小学校の25mプールよりも狭いぐらいの面積なのですが、ここでも東から西に向かって傾斜する山の地形に合わせて御殿に高低差を設けてあります。

計測してみると、東側の第一殿と西側の第四殿の高低差はわずか50センチ。たったこれだけの段差なら、過去60回の式年造替の中で“地ならししてもええやん!”と考える人もいたのではないかと思いますが(笑)、一度も地形を変えずに今日まで至っているというのがすごいところ。つまり、自然を大切にする畏敬の念の最たるものが、春日の信仰なのです」(秋田さん談)。

▲残念ながら神聖な神様の住まいである御本殿の写真は掲載することができないが、<br />特別参拝を行うと、ほぼ修繕が完了した御本殿の近くまで進むことができる。<br />写真は本殿前に掲示されている解説図。これを見ても、軒先が右から左へ微妙に下がっていることがわかる▲残念ながら神聖な神様の住まいである御本殿の写真は掲載することができないが、
特別参拝を行うと、ほぼ修繕が完了した御本殿の近くまで進むことができる。
写真は本殿前に掲示されている解説図。これを見ても、軒先が右から左へ微妙に下がっていることがわかる

式年造替があるからこそ、今日まで受け継がれてきた春日の信仰

春日山原始林の森があるからこそ春日大社が生まれ、春日大社があるからこそ神様の森が1300年ものあいだ守られてきた。20年に一度の伝統儀式である『式年造替』と共に、木や森を自然の姿のままに守るという“春日の教え”を春日大社の境内でじっくりと感じてみてほしい。

■取材協力/春日大社
http://www.kasugataisha.or.jp/index.html
■第六十次 式年遷宮 特別行事・特別企画
http://www.kasuga-houshuku.jp/special/
■2016年10月お砂持ち行事
http://www.kasuga-houshuku.jp/special/sunamochi/

▲春日山原始林を間近に眺めることができる東回廊。<br />この回廊も地形の勾配をそのまま残し、北から南へ向かってゆるやかな坂になっている。<br />朱塗りの赤と原始林に広がる緑のコントラストがなんとも鮮やかで美しい
▲春日山原始林を間近に眺めることができる東回廊。
この回廊も地形の勾配をそのまま残し、北から南へ向かってゆるやかな坂になっている。
朱塗りの赤と原始林に広がる緑のコントラストがなんとも鮮やかで美しい

2016年 07月28日 11時06分