日本家屋という生きた財産

私には夢がある。日本家屋を生きている形で次の世代へ継いでいきたい。そんな壮大な夢。

私たちが運営しているNowhere resort(ノーウェアリゾート:一棟丸ごと一週間単位で貸し出している海辺の貸別荘)のシリーズの中で、葉山御用邸隣にある築90年の日本家屋に、毎年繰り返し泊まりに来てくださる都内のお客様がいる。その方の世田谷の自宅に伺う機会があり、驚いた。葉山の日本家屋と瓜二つの日本家屋にお住まいだった。

「この家がそっくりそのまま、葉山の海の前に移動したみたいで素敵だろ。
それに、高齢のおばあちゃんが居るから、どこに玄関があって広間があってと、大体家の中の位置関係が同じ日本家屋なら、みんなが安心なんだ。」
 
なるほど。貸別荘に非日常性ばかりを期待していた私が、目からウロコが落ちる瞬間だった。日常に近いがゆえに感じる居心地の良さもあるのだと。それと同時に日本家屋が備えている形式性は、日本の生活文化の中で何百年とかけて築きあげられ、日本人の身体の一部として染みついているものだと教えてもらった。
たしかに小さい頃、家に畳の部屋があった私は、自然と畳の縁や障子の敷居を踏んだりしない。一方、私の子ども達は畳の生活を知らないため、名称すら知らず、ましてやどう振る舞っていいのかも分からない。
日本家屋が世代を越えて、実空間の装置として残ることで媒介となり、日本人の居住まい、行動様式を、ひいては思想文化そのものまで繋いできたのだと思う。

最もドメスティックなものが最もグローバルになり得る。
日本家屋は、世界に発信できる魅力的な国の財産の一つなのだと思う。実際、Nowhere resortに滞在いただく外国のゲストのほぼ全員が、葉山の日本家屋の物件を選ばれる。きっと縁側に寝そべったり、畳で生活すること自体エンターテイメントになっているのだろう。

このお客様には、もう一つすごい所がある。日本家屋の貸別荘に泊まりにいらっしゃると、自宅でもされるのと同じように、雨戸の溝に蝋を塗って雨戸を滑りやすくしたり、ガタついた木戸を微調整してくださる。その行動もまた日常生活の延長としてお客様をリラクックスさせているばかりでない。自分もこの家の管理に参加しているという帰属意識につながり、結果リピートして来ていただける結果につながっているように思われる。

実際、イベント毎に家の様子を見に来られ、「自分の家がどんな風に使われてるのか気になっちゃって。またいつ帰ってくるか、考えなきゃ。」とまるで自分の家の様に接される。魅力的な地方のあちらこちらに「自分の家」と呼べる拠点が増えていくと素敵だろうなと夢見てしまう。

別荘をシェアリングすることで、滞在者の拠点があちらにもこちらにも増えていく生活体験はおもしろい別荘をシェアリングすることで、滞在者の拠点があちらにもこちらにも増えていく生活体験はおもしろい

みんなが使い合えるデザイン

一方、日本家屋は実に手間がかかる。
瓦や雨樋の掃除、鴨居の上、障子の桟、欄間の隙間など掃除の場所も数え出すと切りがない。また木造のため伸縮が大きく、建て付けが悪くなるなど不具合が出やすい。ギシギシ音を立てる、繊細な大きな木の家具の中に住んでいるような感覚に近い。これを昔のお母さん達はハタキと雑巾片手に日々掃除をしていたかと思うと、本当に頭が下がる。
手入れをしないと痛みやすく、相続しても維持管理に手間とお金がかかってしまい、致し方なく取り壊される。日本家屋の数が減って行くのも致し方ないと理解できる。

しかしこれを一人ではなく、地域や団体で管理維持すると考えるとどうだろうか。一人では大変な障子の張り替えも地域のイベントとして行う一方、地域の人たちが主催するイベントを行ったり、冠婚葬祭の場所として利用してもらう。また外からの人を招いた時の地域のゲストルームとしてシェアしたり、バケーションレンタルとして県外や海外の家族に家を貸し出す。

今求められているのは、日本家屋を資料として保存するスキームではなく、「みんなが使える家の形」にするお金を含めたニーズのデザインだと思う。

定期的に行うスタッフによる大掃除。鴨井、障子、敷居、細工も細かく掃除の場所が多い</br>
細い桟は、割りばしに布を巻き付けホコリをとっていく。日本家屋の掃除法も次世代につないでいきたい定期的に行うスタッフによる大掃除。鴨井、障子、敷居、細工も細かく掃除の場所が多い
細い桟は、割りばしに布を巻き付けホコリをとっていく。日本家屋の掃除法も次世代につないでいきたい

地域の「大きな家」

核家族の構成にフィットした新しい住宅。各地域にひとつ、コミュニティで使える「大きな家」があれば補完しあえるのかもしれない核家族の構成にフィットした新しい住宅。各地域にひとつ、コミュニティで使える「大きな家」があれば補完しあえるのかもしれない

ここ葉山・鎌倉をはじめとする湘南地域でも、長い土塀で覆われた立派な日本家屋が壊されると、その跡には5つ子のような同じ顔をした真新しい小さな家がざっと並び、街の景色が一変する。街並みというのは、街を構成する大切な資源であり、地域財産だということを改めて考えなければならない。

鎌倉市にも相続税を払いきれず、物納される邸宅、民家が後を絶たない。中には、歴史的にも価値のある洋館もあり、民間企業の力を借りてでも活用できるものから活用していけば良いと思うが、一旦、市の財産となったものを民間や特定の市民が運用するとなると、反発は強い。どこから手を付けていくのか、どのような運用スキームだと市民の承認を得られるかなど、あれこれ考えている内に、建物はただ朽ちていくのみ。そして空き家になった邸宅は、誰も立ち入ることができないまま、地域の治安や価値を落とす結果となる。
鎌倉こそ観光で成り立っている街であり、街並みや景観を地域の大切な財産と認識し、積極的に活用される仕組みを後押しすべきだと思う。

核家族化が進んだ社会には大きな家は必要なくなったのかもしれないが、他人を受け入れない家族構成にフィットしすぎた家もまた息苦しい。
他人を招きいれる応接間や、おしゃべりできる玄関間などは、日本の細やかな季節感を読み込み表現する、大切な余白の空間だったのかもしれない。懐古的になる必要もないし、実際すべての日本家屋が有効に活用しながら保存できるわけでもない。

ただ中でも淘汰されるべきではない日本家屋や、現代建築を含む価値ある建物を、的確なニーズをもって「シェア」する仕組みを作ることで生きた形で保存する。それが唯一、大切な文化資源を活用する有効な解法の一つにつながっていくのではないかと思っている。

2015年 06月10日 11時11分