新しい住生活基本計画の目標とは?

空家数については、2013年の318万戸から100万戸ほど増加を抑えて、2025年時点に400万戸程度とするという目標が掲げられた空家数については、2013年の318万戸から100万戸ほど増加を抑えて、2025年時点に400万戸程度とするという目標が掲げられた

新しい「住生活基本計画」が、この3月18日に閣議決定された。
このコラムにおいては、今後数回を使って、この新しい住生活基本計画の内容を評価してみたい。

まず、いくつか重要な目標をピックアップしよう。
家主が長期不在などの空家数について、2013年の318万戸から、趨勢ベースに比べて100万戸ほど増加を抑えて、2025年時点に400万戸程度とするという目標を掲げている。また、少子高齢化への対応も大きな焦点となっており、独立行政法人の都市再生機構が大都市圏に持つ1000戸以上の約200団地のうち、4分の3を2025年までに地域の医療福祉拠点にする目標を掲げている。さらに、今後大きく増えるだろうと考えられる老朽マンションに関しては、1975年からのマンションの建替え戸数は、2014年までで約250件にとどまっているが、それを2025年までに約500件とすることとしている。また、2013年で4兆円である中古住宅の流通市場を、2025年に8兆円に倍増し、2013年に7兆円であるリフォーム市場を2025年に12兆円とするという目標も掲げている。

住宅市場とは、公営住宅や都市再生機構が保有するものを除き、ほとんどが民間企業あるいは個人が建設、保有している。そのような意味において、上記の目標は政府、公的機関の「目標」であると同時に、個人を含む民間セクターの行動の予測を含むものである。自由な民間経済活動が主役である世界で、政府が「予測」をして「目標」を立てることにどんな意味があるのだろうか。確かに、旧ソビエト連邦のように計画経済を採用している社会では、政府の「目標」は自己実現するであろう。一方、市場経済を採用している社会での、民間経済活動が主役の分野での「計画」は予測を含む以上、その予測がはずれる、あるいは目標が達成できない可能性が高いと考えられる。そんな計画に一体どんな意味があるのだろうか。

住生活基本計画とは何のためにあるのか

少し前まで日本でも経済計画というものがあった。1999年から2010年を計画期間とする「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」(小渕内閣)を最後に、策定されていない。
これは成長率など長期のマクロ経済見通しと、講じる経済政策などを内容としたものであった。経済計画という名称は用いていないものの、安倍内閣の日本一億総活躍プランにおいては、600兆円というGDPの目標が掲げられるなど、実質的に同様の試みは現在でも続けられている。

しかし、この経済計画による成長率見込みは、1980年代には一貫して実績値に比して低く、1970年代前半は逆に高いという形で、予測値と実績値の大きなかい離が生じたことがわかっている。故青木昌彦教授はこれに対して、「経済計画が誤りの可能性にもかかわらず、マクロ成長率の予測を行う意味はそもそも奈辺にあるのか」という問いを発している。
青木教授によれば、「少し大胆にいうと、肝心なことは予測があたるか、あたらないかということにあるのではなく、個別企業の事業計画の作成の際、参照枠として広く用いられうるような、説得力をもったマクロ予測値が一つ提示されること自体にあるからである」としている。

これは、企業が設備投資などの決定を行う場合の、マクロ成長率の予測がバラバラである場合には、絶えざる技術革新や嗜好の変化などの構造変化の中で、経済は大きく不安定化する可能性があるため、大きな意味での目線合わせが重要な役割を果たすということを背景としている。
たとえ政府から示されたマクロ成長率の予想が、間違っていたとしても、共通した予測値が示された場合は、それを一つの目安として設備投資を調整していくのであれば、バランスを大きく崩すことなく経済は好ましい方向に向かうことが期待できる。

このような観点から、住生活基本計画とは何のためにあると、考えることができるだろうか。
住宅市場とは先に述べたように、住宅に居住する側の様々な年齢階層の個人、住宅を貸す側の個人、事業者、住宅を開発、建設し売却する側の事業者など、様々なプレイヤーが登場する。そして、需要者はいつ、どんな形態で、どこに、どのくらいの規模の住宅に住もうとするのか、供給者は同様の視点でどのような住宅を供給するのかを、それぞれの住宅市場の姿に関する予測に基づいて決定を行う。その際に、それぞれのプレイヤーの予測値がバラバラで、大きく離れている場合は、住宅市場が大きく不安定化する可能性があるだろう。示された予測値が必ずしも正確でなくても、共通の参照値をそれぞれのプレイヤーが持っている場合には、予測値の誤差を修正しながら最適な点に安定的に移行することが可能になるだろう。

住生活基本計画というのは、このような意味を持つと考えるべきであろう。

様々なプレイヤーが関わる住宅市場では、示された予測値が必ずしも正確でなくても、共通の参照値をそれぞれのプレイヤーが持っている場合には、予測値の誤差を修正しながら最適な点に安定的に移行することが可能になるだろう様々なプレイヤーが関わる住宅市場では、示された予測値が必ずしも正確でなくても、共通の参照値をそれぞれのプレイヤーが持っている場合には、予測値の誤差を修正しながら最適な点に安定的に移行することが可能になるだろう

住生活基本計画に示された将来像

「住生活基本計画」(平成28年3月18日 閣議決定)「住生活基本計画」(平成28年3月18日 閣議決定)

だとすれば、住生活基本計画に示されている予測が概ねそれぞれのプレイヤーにとって、説得力のある将来像として受け止められるか、政策がその姿を実現するだけの効果を有するものと受け止められるかという点が、決定的に重要だろう。

筆者は住生活基本計画に示された将来像は、少なくとも定性的には、大きな違和感を持たないで受け止めることができると思っている。唯一の危惧は、計画の中でも触れられているように、「希望出生率1.8の実現につなげる」とされている人口に関する長期的な見通しである。この出生率の回復がどのような形で、将来像に反映されているかは判然としない。

しかし、人口減少、少子高齢化の進行が最も大きな問題となっている中で、この希望出生率1.8という数値はかなり高いハードルであり、それを前提とした将来像は実現できないほど楽観的なものとなっている可能性はないだろうか。この点は計画自身の信頼性に直結する観点だと考えられるため、アカウンタビリティの観点からも明らかにされることを望みたい。

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