インスペクションに対する社会的認知はほとんど進んでいない

インスペクションが普及して、中古住宅売買に当たり前のように活用されるのにはまだまだ時間が必要と言わざるを得ないインスペクションが普及して、中古住宅売買に当たり前のように活用されるのにはまだまだ時間が必要と言わざるを得ない

2016年2月下旬に国会に提出された「宅地建物取引業法(宅建業法)」の改正法が6月3日に公布された。改正の概要は、①既存建物取引時の情報提供の充実 ②不動産取引により損害を被った消費者の救済 ③業界団体の研修努力義務、の3点である。①は公布から2年以内、②③については公布から1年以内に施行される。

このうち、最も注目するべきが①の“既存建物取引時の情報提供の充実”だろう。具体的には、仲介業者に対して売買の対象となる住宅の現況を確認するためのインスペクション(建物状況調査)の活用を促す内容で、売主も買主も安心して取引ができる中古住宅流通市場を構築することを目的としている。

いよいよ国も中古住宅の流通活性化に本腰を入れ、インスペクションを重視した方針に転換するというのは大いに歓迎すべきことで、まずは消費に対して認知を進め、普及促進を図るというスタンスを前提とした宅建業法の改正と考えられる。
HOME’Sのユーザーアンケート調査結果(「意外と知られていない不動産トレンド用語ランキング」HOME'S PRESS)を見ても、インスペクションに対する認識率は極めて低く(知られていないランキング堂々の2位である)、インスペクション・コストの負担や調査立会いなどの手間、さらにはインスペクションして何か問題(瑕疵)が見つかったら売れなくなってしまうのではないか、安く売るしか方法がないのではないかとの売主の不安心理も含め、インスペクションが普及して、中古住宅売買に当たり前のように活用されるのにはまだまだ時間が必要と言わざるを得ない。

ただ、世の中の流れに任せていても一向に普及しないのであれば、何らか手段を講じて普及に向けての第一歩を踏み出そうとした今回の宅建業法の改正(の意図)は高く評価できる。

何が義務化されるのか

詳細な制度設計はこれからであるため、改正される該当条文を見るだけでは分かりにくいが、改正の意図を解釈すると、まず、仲介業者と売主との媒介契約締結時において、仲介業者がインスペクターを斡旋できるかどうかを売主に示さなければならなくなる。
つまり「我々はインスペクションについては対応していないので、ご依頼いただいても斡旋できません」と言うか、「我々はインスペクションを通じて物件の安全性を買主にアピールする売り方をお勧めしているので、ご希望があればすぐにご紹介しますよ」と言うかを仲介業者は決めなければならない。これによって売主は否が応でもインスペクションという言葉やその内容を知ることになるし、知れば関心も湧くという意味で実際にインスペクションが活用される機会も増えることが期待される。

次に、仲介業者は実施されたインスペクションの結果を、買主に対して重要事項説明時に説明しなければならない(重説の対象となるインスペクションは業者が斡旋したものに限らない)。インスペクションした結果を説明する義務を仲介業者が負うことになれば、“建物の品質”にフォーカスした購入判断や交渉も想定されるため、「便利な割に安いですよ」とか「売主さんがきれいに使っていましたよ」などという定量化しにくい判断材料=営業トークは、購入に向けて背中を押すバイアスにはならなくなる可能性がある。要は立地条件や見た目に加えて、住宅の「商品としての品質」をより重視する売買になる可能性が高まるということだ。
これまで、中古住宅売買時に住宅の品質が軽視されていたとは言わないが、実際の調査結果に基づいて具体的な説明を受け、購入判断に活用することになれば、売主の意識も買主の意識も品質を重視する方向に変わっていくものと考えられる。

また重要事項説明時にインスペクション結果を伝える際、将来のトラブルに対応するべく「既存住宅売買瑕疵保険」に加入することを勧めることができるので(もちろん各保険会社の加入条件を満たしていなければ瑕疵保険に入ることはできないが)中古住宅につきまとう「不安」を解消する手段としても活用可能になるというメリットが生まれる。さらに、瑕疵保険に加入するためのリフォームを行なうことになれば、リフォーム業者の受注機会が生まれるし、結果的に瑕疵保険への加入率も上昇することになるだろうから、建築資材の流通なども含めて住宅関連産業全体の活性化につながるという期待も持てる。

3つ目に、売買契約締結時に仲介業者から売主、買主双方で行われた現況確認の内容を書面で交付することも必要になる(その場で改めて現況確認する必要はない)。物件引き渡し直後には瑕疵とも言えない細かいクレームも発生するものだが、それらも含めて“お互い納得して売買が成立した”という事実を書面で確認してもらうプロセスを経ることになる。

インスペクションで解決される売主と買主の「不安」と今後の「課題」

宅建業法の改正を機に、インスペクターを宅地建物取引士や不動産鑑定士と同様に国家資格にすることを検討しても良いのではないだろうか?宅建業法の改正を機に、インスペクターを宅地建物取引士や不動産鑑定士と同様に国家資格にすることを検討しても良いのではないだろうか?

このように改正宅建業法が実際に施行されれば、中古住宅を売買する際に出てくる売主および買主の様々な不安を、インスペクションが一つ一つ解消してくれる可能性が高いことに気付かされる。

「インスペクションによって瑕疵が見つかると売却できなくなるのではないか」もしくは「希望価格で売れなくなるのではないか」などの売主側の不安は、瑕疵を修繕して売却することで相場観に根差した価格で売却できる可能性が高まるし(瑕疵をそのままにして売却を目指しても、瑕疵がない経年劣化のみの住宅と比較して価格が大きく下落するケースが多い)、その際に瑕疵保険に加入可能な修繕およびリフォームを実施しておけば、仮に売却後に新たに瑕疵が見つかったとしても、売主に変わって保険が対応してくれる。
しかも、瑕疵保険は大手仲介会社が独自に導入している「保証」とは異なり、保険期間が最長5年と長く(1年や2年といった短期のものもあり、掛け金も期間が短いだけ安価になる)、買主の安心感は相応に高くなるだろう。つまり、インスペクションと瑕疵保険は「セット」で中古住宅流通の活性化に貢献するものとなる。

一方、買主側の「この物件を買っても大丈夫なのか=瑕疵はないのか」「あと何年くらい住めるのか」「将来の修繕費用はどれくらいかかるのか」などの不安についても実際に調査してその結果を確認することで、その多くに目安や改善策が提供される可能性が高まるだろう。

インスペクションは、中古住宅を売買する際に建物の現状について目視を中心に調査(一次調査)するという一見シンプルな業務ではあるが、その調査が実施されることによって売主にも買主にも、もちろん仲介業者にも取引の安全を担保するものとしての機能があることがわかる。あとはその物件調査が売主、買主、仲介業者それぞれの“思惑”とは切り離された客観性の高いものであるかどうか(もしくは誰がコストを負担してインスペクションを実施するか)という点がポイントになる。

この点を考慮すれば、宅建業法の改正を機に、インスペクターを宅地建物取引士や不動産鑑定士と同様に国家資格にすることを検討しても良いくらいだ。もちろん普及を目的とするプロセスで国家資格化すれば規制の対象ともなるから両刃の剣ではあるが、国家資格者としての責任においてインスペクションを実施することで、客観性はより高く担保されることにもなる。

インスペクションは中古住宅流通活性化の「カギ」になる

現状では買主が購入希望物件のインスペクションを実施することが比較的多い。一義的に買主の意向に応じて厳しく物件を調査すれば、安心ではあっても、それによって必要のないものまで修繕・交換するようなことになれば、無駄なコストを掛けることになりかねない。また売主および仲介業者が売るためのインスペクションを実施しても、買主側からの「眼」が届いていないという意味では、やや客観性に欠ける点は否めない。

つまりインスペクションおよびインスペクターの第三者性は、いずれの場合においても重視すべき要素になるということだ。そのためにはインスペクターへの依頼方法が何らかの組織を通じて行われる間接的なものであれば、売主、買主、仲介業者いずれの“思惑”からも切り離せるという意味で第三者性を保つことが可能になる。
将来的にはインスペクションの義務化とは言わないまでも、インスペクションを実施した中古住宅の市場流通性および商品価値が高まることを大いに期待したい。

フローからストックへ、購入した資産としての住宅の価値が適切な維持管理によって保たれやすくなる社会へ。筆者がこれまで公表してきたオピニオン・コラムで常に言い続けていることではあるが、住宅は「住まい」であって「資産」でもあるのだから、居住している期間に購入のために投下した資本が大きく目減りすることのない流通市場を構築する必要があるし、インスペクション=家の健康診断を契機として、建物を良好な状態に保つ努力をすることが資産価値の維持にもつながるということが売主にも買主にも、仲介業者にも明確に伝わる市場を目指す必要がある。

もっとも大切なのは、不動産の商慣習において戸建木造住宅なら約20年で価値ゼロとなる“消費者の諦念”を誘うこれまでの商慣習を払拭することだ。住宅を大切に使い続け、適切に維持管理すれば、その価値は今後も大きく目減りすることがないというコンセンサスを、国と業界が協力して醸成することができれば、住宅に対する一般消費者の“価値観”と“物件への愛着”は大きく変化することになる。

今回の宅建業法の改正は小さな一歩かもしれないが、中古住宅流通に劇的な変化をもたらす可能性のある一歩でもある。

宅建業法の改正は、中古住宅流通に劇的な変化をもたらす可能性のある一歩でもある宅建業法の改正は、中古住宅流通に劇的な変化をもたらす可能性のある一歩でもある

2016年 08月04日 11時05分