2026年9月28日、公正取引委員会は、関東地区のマンション大規模修繕工事を巡る談合で、施工会社と設計コンサルタント会社あわせて38社に排除措置命令を、37社に総額16億3,788万円の課徴金納付命令を出した。2025年3月の立ち入り検査から約1年半での処分だが、国土交通省が設計コンサルタントによるバックマージンの問題を通知で注意喚起した2017年1月から数えれば、10年近くが経過している。
なぜ、マンションの大規模修繕工事では談合が繰り返されてきたのか。そして、どうすれば是正されるのか。さくら事務所のマンション管理コンサルタント土屋輝之さんに聞いた。
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大規模修繕の8割を占める「設計監理方式」で起きた談合
今回の処分は、設計コンサルタント会社2社それぞれを中心とする2つのグループに対するもので、違反事業者は延べ57社、実数で42社にのぼる。対象となったのは、管理組合が設計コンサルタント会社に調査診断や設計、施工会社の選定補助、工事監理を委託する「設計監理方式」で発注された171件の大規模修繕工事だ。
国土交通省の「2021年(令和3年)度マンション大規模修繕工事に関する実態調査」によれば、大規模修繕工事818件のうち80.1%がこの方式で発注されている。これに次ぐのが、施工会社や管理会社に調査診断から工事までを一括で請け負わせる「責任施工方式」だが、わずか12.6%にとどまる。
処分の対象となった施工会社は、契約価格の5%を目安とする金額を設計コンサルタント会社に支払っていたとされている。30年近くマンション管理に携わってきた土屋さんは、今回の処分をどう受け止めたのか。
171のマンションを実名で公表
土屋さんは、立ち入り検査から処分までの期間についてはそれほど時間がかかった印象はないとしつつ、2017年の国土交通省の通知から数えれば10年近くを要したことには疑問を呈する。一方で、処分の内容には想定以上に踏み込んだ部分があったと話す。
「被害に遭ったマンションの実名が公表されたことには、正直なところ驚きました。公正取引委員会の仕組み上、被害に遭った管理組合に個別に通知することは難しいものと考えられます。設計コンサルタント会社の名前を出すのは当然として、マンションの名前まで出したのは、再発防止の効果を狙ったものといえそうです」(土屋輝之さん、以下同)
施工会社との工事請負契約や設計コンサルタント会社との業務委託契約には、不正があった場合のペナルティ条項が盛り込まれていることが多い。被害が確認できればこの条項を根拠に損害賠償を請求すると話す管理組合もあり、今後そうした動きは広がるとみられる。
一方で、課徴金が被害に遭った管理組合に戻ってくるわけではない。課徴金は国庫に納付されるものであり、16億円超という金額も、171のマンションの被害に照らせば十分とはいいがたいだろう。
「5%」はあくまで目安に過ぎない
命令書に記された「契約価格の5%」という手数料の水準も、そのまま受け取るべきではない。工事費はマンションの規模によって大きく変動する。10億円の工事であれば5%でも5,000万円になるが、5,000万円の工事で設計コンサルタント会社が受け取っていたのが250万円だけだったとは考えにくい。
5%という数字が独り歩きすると、その程度なら許容範囲ではないかと受け止められかねない。実際に比較的小規模なマンションでは10%、場合によってはそれ以上のバックマージンが授受されていたという話も見聞きしていると土屋さんは話す。
なぜ談合は起きたのか。40年前に遡る「業界の成り立ち」
分譲マンションの大規模修繕工事の利益率は非常に高く、工事代金は修繕積立金から確実に支払われ、工事の規模も大きい。だからこそ独占したくなり、実際に独占するための不誠実な仕組みがいくつも作られてきた。その成り立ちは40年前に遡る。
管理会社の「独壇場」だった時代
「私が20代半ばだった40年ほど前、マンションの大規模修繕工事は管理会社が請け負うのが一般的でした。粗利が30〜40%出たという時代です。つまり、60〜70%の費用で工事は下請け会社に丸投げしていたことになります。今回の立ち入り検査の対象になった会社の多くは、当時の下請け会社です」
下請け各社には当時、仕事をもらえるありがたさと同時に、何もしないで儲ける元請けへの反発があったという。自分たちが管理組合から直接受注できれば利益は上がり、管理組合も安く発注できる。そう考えた下請け各社だったが、当時はインターネット広告のような手軽な営業手段がなく、管理組合側も頼める会社を探すことすら難しかった。
そこに現れたのが、設計事務所だ。
「設計と施工を分離し、設計者が作成した図書に基づいて複数の施工会社から見積もりを取る設計監理方式は、もともと新築の世界で設計者と施工会社の癒着を防ぐために確立された仕組みで、マンションの改修工事に持ち込む発想は当時ありませんでした。下請けだった会社が設計事務所と手を組み、設計監理方式で大規模修繕工事を受注するようになったのが1980年代です」
当初は透明性の高い工事を実現するという理念のもとで運営され、管理組合にとっても施工会社にとっても良い仕組みだったが、長く同じメンバーで仕事をするうちに、仕組みは少しずつ変質していく。
「設計料だけでは食えない」事情が出来レースに
変質の要因は、設計事務所の収益構造にある。新築であれば設計料は建築費の8〜10%程度で、金額として大きい。対して、大規模修繕工事で同じ割合を取っても、1億円の工事で800万円から1,000万円ほどにしかならない。
「設計料だけでは儲からないため、施工会社の選定を“出来レース”にして、工事を自分たちのグループ内で回すやり方に染まっていきました。大きな設計事務所にはグループの施工会社が複数あり、順繰りに受注していく仕組みができあがっていきました。現在は新しい会社を参入させず、グループ以外の会社を工事に関わらせないところまで行き着き、文字通りの独占になっていたといえます」
参入障壁の典型が、施工会社の募集要項に記された「資本金1億円以上」といった条件だ。50戸程度のマンションの大規模修繕工事でも資本金1億円が求められることがあるが、大規模修繕を専業とする施工会社の規模や売上からすれば、本来そこまでの資本を積む必要はない。この条件を考えたのも設計コンサルタントであり、要件を満たさない会社は見積もりへの参加すらできない。土屋さんによれば、1990年代には現在の形が完成していたという。
業界の自浄作用はなぜ働かなかったのか
今回の処分は「終わりの始まり」になるのだろうか。土屋さんは、業界の構造が変わらない限り談合は形を変えて続くという懸念のほうが強いと考える。その根拠は、設計事務所の事業の体質にある。
バックマージンなしでは成り立たない「事業の体質」
談合ができないとなれば、設計事務所はコンサルティング料だけが収入源となる。それだけで設計事務所が成り立つ水準が相場になれば、大規模修繕工事のコンサルティング料は今の2倍近くになると土屋さんは試算する。実際に、処分の前後で、コンサルティング料が同規模の案件の相場からかけ離れた水準に上がっている事例も目にしたという。
ただ、料金を上げれば受注は難しくなる。バックマージンで成り立っている設計事務所にとってはコンサルティング料が無料でも事業が回るため、これまで他社の半値以下で受注していた例もあった。相場並みに値上げして競合に負ければ、価格を下げざるを得ない。
「生き残りのために価格を下げても、設計事務所の体質はそれほど経費を減らして運営できるようにはなっていません。そうなれば、何らかの形でまたバックマージンを受け取り始めると考えるのが自然です。2〜3年は鳴りを潜めるかもしれませんが、必ず同じことが起こると思います」
171件は「氷山の一角」
土屋さんは、今回の処分が業界全体のごく一部を捉えたものに過ぎないとみている。
「違反が認定されたのが設計コンサルタント会社2社と、管理会社も含めた施工会社40社、対象となった工事が171件というのは、首都圏で行われている大規模修繕工事の数を考えれば、あまりに少ない数字です。なぜこの2社だけなのかという疑問があります。同じやり方で受注調整をしていた設計コンサルタント会社は他にもあるはずですし、施工会社としてではなく、設計コンサルタントのような立場で施工会社からバックマージンを受け取っていた管理会社も相当数あると考えられます。今回の2社に委託していなかったから、あるいは大規模修繕工事を実施したが実名の一覧に載っていなかったから、自分のマンションは大丈夫だったと考えるのは早計です」
2026年7月には、愛知・岐阜・三重の東海3県のマンション大規模修繕工事を巡っても、設計コンサルタント会社と施工会社あわせて28社に立ち入り検査が入ったと報じられている。マンションの数が少なく、業界が狭い地方ほど、同じ構図が広がっている確率はむしろ高いと考えられる。
「無関心な管理組合」が付け入る隙を生む
関心の高い区分所有者は、今回の処分を受けて強い憤りを示しているという。一方で、管理組合運営の主流を占めるのは、談合があろうと予算の範囲内で工事をきちんとやってもらえればいいと考える人たちだと土屋さんは指摘する。
「有名な会社で実績もあり、予算にも収まっていて、複数社の見積もりを比べて妥当性があれば、多くの方はこんなものかと納得してしまいます。大規模修繕工事に手間をかけたくないという心情を強く非難することはできませんが、無関心な顧客が、十数年に一度、何億円という工事を現金払いで発注してくれる。しかも大半は素人。施行会社側からすれば、やりたい放題になる土壌がそろっています」
談合の撲滅に向けて必要なこととは
談合を本当に止めるには何が必要なのか。土屋さんが挙げるのは、参入障壁をなくすための国の関与と、刑事責任の追及の2つだ。
国が「参入障壁」をなくすルールを示すべき
「発注のあり方を変えるとなれば、国土交通省が大規模修繕工事の発注に関するガイドラインのような形で、資本金1億円といった条件は必ずしも必要ではないということを文書で示す必要があるでしょう。ただ、国土交通省が自主的に動くとは考えにくく、議員立法のような形で大規模修繕工事に関するルールが整備されなければ、本当の意味での是正は難しいと考えています」
参入障壁の撤廃は、設計監理方式に代わる発注方式を普及させるうえでも前提になる。施工会社が自ら仕様を提案して見積もりを出す「プロポーザル方式」は、談合の余地が小さい方式として期待されるが、限界もある。
「工事の仕様の設計から見積もりの作成までを自社だけで賄える施工会社は、現状ではそう多くありません。長年の参入障壁の弊害で、下請けの立場にあった施工会社は仕様の検討が基本的にできないからです。居住者が住んでいる中で安全に工事を進めるノウハウも独自のものです。対応できる会社が増えなければ、プロポーザル方式への需要が高まっても供給が追いつきません」
独占禁止法だけでは抑止力にならない
今後、実名が公表されたマンションの管理組合が損害賠償を請求する動きは広がるとみられる。相手は施工会社だけではない。設計コンサルタント会社は管理組合に対して善管注意義務を負っており、請求の相手方になり得る。さらに、民事にとどまらない可能性もある。
「独占禁止法の課徴金を払って終わりでは、また同じことが始まってしまうでしょう。管理組合が相談した弁護士が、コンサルタント契約の信義則に反したとして、背任や横領で刑事告訴する可能性もあります。刑事罰を受けるとなれば、やった本人だけでなく法人も責任を問われ、会社は立ち行かなくなります。そこまでいかないと、本当の抑止力は生まれません」
検察が動くかどうかは現時点では分からない。それでも、刑事事件として立件されれば抑止効果は格段に高まるだろう。
管理組合はどう自衛すべきか
制度の是正を待っていては、次の大規模修繕工事に間に合わないマンションも多い。では、管理組合は何をすべきなのか。40年かけて業界の構造に組み込まれた談合への自衛は、設計監理方式を避ければ済むという簡単な話ではない。
発注方式の選択は管理組合の「価値観」次第
管理会社に設計から施工までを一括で任せる責任施工方式は、談合に巻き込まれにくい一方で、費用が割高になる場合がある。ただ、頼む会社によって工事費が高かったり安かったりすること自体は、不正でも欺きでもない。管理会社に任せれば手間がかからず、日常の管理の延長線上で工事に取り組むことができ、窓口も一つで済む。談合に巻き込まれる心配も、倒産の心配も少なくなる。
「メリットに対して1〜2割高い費用を承知で頼むのであれば、それは一つの価値観です。大切なのは、コストを最優先するのか、安心や一元化を優先するのか、管理組合として認識を統一することだと思います」
管理会社や同じ会社に頼み続ける場合には、価格の妥当性については、管理組合と利害関係のない第三者のコンサルタントをセカンドオピニオンとして起用する方法もある。
予算がなければ「セルフプロポーザル」という選択肢も
修繕積立金に余裕がなく、設計コンサルタント会社を雇う予算もないマンションには、管理組合が自ら施工会社を探す「セルフプロポーザル」という選択肢がある。前回の大規模修繕工事の見積もりをもとに、自分たちで施工会社を探し、直接現場を見てもらって見積もりを取る。50戸から100戸程度のマンションであれば、それほど難しいことではない。ネックとなるのは総会での説明責任だ。
「なぜこの会社なのかと問われたときに、素人の自分たちが比較して決めたとしか答えられないと、承認を得るのは難しくなります。自分たちで進められるところまで進め、最終的に3社程度を比較する段階に絞って専門家を関与させるのが現実的な選択肢かもしれません。見積もりの比較表の作成やヒアリング会への同席、総会での説明といった業務をスポットで依頼すれば、費用を抑えながら説明責任を果たせます」
まとめ
40年かけてできあがった構造は、一度の処分で崩れるとは考えにくい。バックマージンに依存した事業の体質が残る限り、談合は形を変えて再び現れる可能性がある。
管理組合に求められるのは、自分たちのマンションの工事を他人事にしないことに尽きる。施工会社選定のあらゆる選択肢を住人で共有し、価格の妥当性を利害関係のない第三者に検証してもらう。実名が公表されたマンションは、損害賠償請求の可否も含めて早めに弁護士に相談しておきたい。処分後の数年間こそ、管理組合の主体性が問われる。










