関東初となる「建築学生ワークショップ明治神宮2021」開催
全国から建築学生が集い、日本の聖地に小さな建築空間を生み出す「建築学生ワークショップ」。2010年からNPO法人アートアンドアーキテクトフェスタ(AAF)によって、平城宮跡、出雲大社、東大寺など、おもに関西圏で開催されてきた催しだ。今回は舞台を関東に移し、鎮座100年を迎えた明治神宮での開催となった。
緊急事態宣言による度重なる開催延期を乗り越え、2022年3月6日、明治神宮にて公開プレゼンテーションが行われた。当日の模様を紹介しよう。
「建築学生ワークショップ」が目指すものは、
1. 学生のための発表の場をつくる
2. 教育・研究活動の新たなモデルケースをつくる
3. 地球環境に対する若い世代の意識を育む
4. 地域との継続的な交流をはかる
というもの。
全国から選抜された学生53名は8班に分かれ、聖地の歴史的背景や特性を理解し、コンセプトワークからエスキス(初期設計案)、設計・制作まで、数ヶ月に及ぶフォリー(※西洋の庭園などで見られる特定の用途を持たない装飾物・建物)の制作工程のすべてを行う。
各班の取り組みをサポートするのは、建築・美術などの業界を代表する評論家や建築家、職人や建材会社の人々。専門家からの指導やアドバイスを受けながらのワークショップは、建築の道を志す学生たちにとって貴重な体験の場となっている。
建築学生が挑んだ舞台、明治神宮とは
東京都渋谷区に位置し、初詣の参拝者数が日本一といわれる明治神宮。都会の中心ともいえるこの場所が「建築学生ワークショップ2021」の舞台に選ばれたのは、明治神宮の歴史にある。
明治神宮は明治天皇の崩御後、全国から集まった11万人もの人の手によって作られた。面積はおよそ73ヘクタール、植樹された献木は約10万本。1920年に鎮座祭が行われた後も、時代の流れとともに手が加えられ、100年がかりで人工的に作られた杜である。2020年には鎮座100年を迎え、百年祭の機に、本殿以下36もの建築物が重要文化財として指定された。御社殿、宝物殿など、意匠的に価値の高い建築物が点在している。
明治神宮禰宜 水谷氏によると、「神社としての歴史は浅く、きわめて近代的な技術を用いて伝統的な空間が生み出されている」という。
2021年のワークショップのテーマは、「今、建築の、原初の、聖地から」。すべての建築は、その土地が持つ自然や風土、歴史と対峙しながらあるべき姿が生み出されてきた。「場」によって発展してきた建築の原点・歴史を学生たちが体感する舞台として、自然と都市が近接する明治神宮が選ばれたという。
たしかに明治神宮に一歩足を踏み入れると、他の場所にはない不思議な感覚を覚える。厳かな祈りの空気や自然の豊かさと同時に、都心を走る電車の音など、街の気配もすぐそばに感じるのだ。公開プレゼンテーション当日、そのような明治神宮ならではの特性を取り入れた、8体のフォリーがお披露目された。
学生たちのプレゼンテーションに、名だたる建築家たちが本気の講評
各班に与えられたプレゼンテーション時間は約4分。それに対し、建築家や美術家などが各々の視点から9分間の講評を行う。
講評者たちは学生たちの頑張りを手放しで称賛することはしない。学生たちの成長と未来への期待を込め、ときに辛口ともいえる本気のフィードバックが飛び交った。
それでは、建築学生たちの作品を見ていこう(賞を獲得した3作品については後述する)。
■2班:「原点」
原宿駅から南参道に入ると、真っ先に目に飛び込んできたのが2班のフォリー。鳥居をイメージしたというシンメトリーの造形は、多くの人の視線を集めていた。最も線路に近い位置にあることから、俗世と神域、都市と杜など、人と自然の曖昧な境界を、連続した木材のねじれによって表現したという。講評では「空に向かって伸びていく喜びが感じられる」と評された一方、「神社の建築様式は見受けられるものの、"鳥居"というにはくぐることを誘っていない形状だ」という指摘もあった。
■3班:「間(はざま)」
「浮く、顧みる、揺れ動く」をテーマに作られた独特の形状と動きを見せる3班のフォリー。キャンチレバー(片持ち梁)の階段に、厚さ2mmの杉の単板を組み合わせている。本来強固さが求められる木質構造において、風でしなやかに動くほどの薄さの材を用いた発想は新鮮で面白い。フォリーの中に入ると明治神宮を抜ける風や光を感じられ、場を体感できる構造となっている。
■5班:「時から人へ」
明治神宮の境内でも多く使われている銅板を使った作品。「人造の杜」を表現するため、板金加工の会社に協力を仰ぎながら、手作業で垂直・水平がしっかり出るよう学生たちは取り組んだそうだ。一般的には意匠材である銅板を、構造体として使用したのは新しい発想と感じた。「明治神宮の杜の中にあってモダンなデザインが目を引く」と評価された一方、「銅板の特性でもある緑青(ろくしょう)が発生したときに、どのような見え方になるのか。そこまで先を見据えた設計があってもよかった」との声も上がった。
■6班:「動態 -もりからひとから-」
「8作品の中で唯一建築的といえる構造」と評価された6班の作品。狩猟民族の住居のように枝と葉で構成されている。空間の中に足を踏み入れてみたくなる形状だ。落ち葉を利用し、再び立ち上がらせて木とつなげたことで、中から見上げると木々が見え、振り返ると都市の景観が見える空間とした。講評者からは「明治神宮の土で土壁にするとか、もっと徹底して素材にこだわってほしかった」というアドバイスもあった。
■7班:「淀」
丸太で組まれたアーチ形状のフォリー。明治神宮の杜を維持するために生まれる丸太を集め、輪切りにし、ビスで接合している。森林資源の活用のため、木材を構造材兼意匠材として使う事例は増えているが、同心円状に広がる年輪をそのまま意匠材としたのは珍しいのではないだろうか。「接合方法に課題はある」という講評もあったが、「丸太を輪切りのまま使ったことで明治神宮の100年の歩みを感じる。発想は斬新で面白い」と評された。
最優秀賞は、やがて土に還る自然素材のフォリー。ギリギリの挑戦が実を結ぶ
各班それぞれ異なるコンセプト、設計、意匠で個性的なフォリーを完成させたが、講評者の言葉でいくつか聞かれたのが、「どの班も完成度は高いが、整理されすぎている印象。パソコン上での設計のままを作ったにすぎない」というもの。
特に今回は挑戦の場である。「建築とは頑丈で、役割が明確であるべき」といった既成概念を覆すくらいの思考の広がりを学生たちに期待していた、ということであろう。そのような中、素材の持つ不確定な要素を生かし、一般的な建築物にはない儚さや頼りなさ、講評者いわく"ゆらぎ"を表現した3つの作品が、最優秀賞、優秀賞、特別賞を受賞した。
■最優秀賞 1班:「誘惑」
陽の光が透ける美しさに多くの人が足を止めていたのが、最優秀賞を獲得した1班のフォリー。一見重力に反しているように見えるその形状は、逆さ吊りとなって保たれている。2回の原寸模型制作ではいずれも自立せず、当日も立つか立たないか、ギリギリまで分からなかったという。学生たちのチャレンジ精神がうかがえる。
楮100%の和紙、生麩糊など、使用材料はすべて自然素材。天に向けて広がるフォリーは、ひとたび雨が降れば水を集め、水を含んだ和紙はやがて土に還っていく。一定期間だけ存在しうる儚さは、「建築とはこうあるべき」との概念を覆してくれる。「華奢な素材である和紙を構造として採用した着眼点がよかった。明治神宮の木々、土を利用し、逆さにして自立させた様は見事だった」との講評が聞かれた。
■優秀賞 8班:「つなぎめ」
優秀賞は、木材とアルミ材で立体的な8つのむすびめを作り、つなぎめを可視化した8班の作品。違う要素を組み合わせて構造とするのは面白い試みだ。人工的に作られた明治神宮は、さまざまな人の時や想いをつないで生まれた場所であるとして、その形状に表現したという。「繊細できれいな形状だが、つなぎめも自然素材がよかったのでは」という声もあったが、「場のコンセプトがしっかりしている」「規則性があるようでない、曖昧な作りが面白い」などと評された。
■特別賞 4班:「流れの中に在るもの」
特別賞を受賞した4班のフォリーは、ひときわ視線を集めるカラフルな造形。さまざまな人が行き交う明治神宮の三叉路に置かれたことから、空の青と杜の緑、その補色を用い、多様なものがねじり合いながら混ざり合うというコンセプトとしたそうだ。「明治神宮という神聖な場所を考えれば、透明でもよかったのではないか」という指摘もあったが、あえてこの人工的な配色を取り入れたのは、若者が受け取る明治神宮の都市性を表しているとも感じられた。「新しい素材を意欲的に使い、よく変形させている」など、高評価も多かった。
建築は"場"と"人"があって成り立つ。建築家の卵としての学び
表彰式でプレゼンターを務めたのは、講評者の一人で、2013年度のプリツカー賞、日本建築学会賞作品賞やグッドデザイン大賞など多数の受賞歴がある伊東豊雄氏。日本を代表する建築家から表彰状を受け取った1班の学生たちは、晴れやかな表情でコメントを述べた。
「設計したフォリーが立つか立たないか、最後の最後まで分かりませんでした。さまざまな方のサポートのもと、机の上だけでは分からない建築の面白さを実感できて、よりいっそう建築が好きになりました」
学生たちが経験したとおり、自然と共にある建築は予定調和にはいかない。とくに今回はコロナ禍という障壁もあった。現地で十分な打合せができなかったりスケジュールが変更されたりと、例年より臨機応変さが求められるワークショップであったといえよう。関係者は中止の判断も迫られる中、「なんとか建築学生に公開プレゼンの場を」との想いから感染対策を徹底し、開催の運びとなった今年度のワークショップ。学生たちからは「開催のために尽力してくれた方に感謝を伝えたい」という言葉が度々聞かれた。
建築は、"場"と、大勢の"人"の支えや関わり合いがあって初めて形になるものだ。建築の道を歩もうとする学生たちにとって、実践での経験だけでなく、建築に携わる上での心構えも学べるワークショップになったように思う。
次回、2022年夏の舞台は広島県宮島。令和の大改修が進む世界遺産・厳島神社での開催となる。先輩たちが続けてきた既成概念にとらわれない挑戦は受け継がれていくだろう。次世代を担う建築学生たちにとって、机上の勉学では得られない経験と学びの場となることを期待したい。
■取材協力:建築学生ワークショップ明治神宮2021
https://ws.aaf.ac/
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