ドボジョのパイオニア的存在の女性土木技術者たちが設立した会

土木系の仕事で働く人というと、作業着にヘルメット姿の男性をイメージしてしまうのだが、実際には土木にはさまざまな分野があって、多くの女性が働いているという。そんな土木系の仕事や学問に携わっている土木系女子を称して「ドボジョ」と呼ぶ。ここ最近、テレビや新聞で目にする機会が増え、漫画のヒロインにもなったり、写真集が発行されるなど、一気に関心が高まっている。そうしたドボジョたちで組織された会がある。その名も「土木技術者女性の会」。1983年に約30名で設立され、今では全国各地に約200名の会員がいる団体になった。2014年6月には、土木界における女性の活躍を支援する活動により、内閣府「平成26年度女性のチャレンジ賞」を受賞した。「ドボジョ」の普及に貢献してきたことも受賞につながったという。

では、どんな活動を行なっている会なのだろう? また、ドボジョたちの今とは? 会長をつとめる東京大学生産技術研究所教授の桑野玲子さんにお話を伺った。

「土木技術者女性の会」では20代、30代のドボジョの会員が増えているという「土木技術者女性の会」では20代、30代のドボジョの会員が増えているという

20代、30代のドボジョが会員の過半数を占める

2009年より「土木技術者女性の会」の会長をつとめる桑野玲子さん。東京大学生産技術研究所・都市基盤安全工学国際研究センター教授。文部科学省・科学技術政策研究所専門調査員、川崎市・宅地耐震化推進事業検討委員会委員などもつとめる。英国インペリアルカレッジPh.D2009年より「土木技術者女性の会」の会長をつとめる桑野玲子さん。東京大学生産技術研究所・都市基盤安全工学国際研究センター教授。文部科学省・科学技術政策研究所専門調査員、川崎市・宅地耐震化推進事業検討委員会委員などもつとめる。英国インペリアルカレッジPh.D

まずは「土木技術者女性の会」の会員のプロフィールについて質問してみた。
「会員の所属する業種はさまざまです。最も多いのは建設会社ですが、コンサルタントの会社、官公庁、公益や民間の団体、また私のように大学などの教育・研究機関に所属する会員やフリーランスで活動する会員もいます。2009年からは土木を学ぶ学生会員も受け入れているので、今では18歳から29歳までの若い会員が約3割を占めるようになりました」と、桑野さん。30代、40代の会員もそれぞれ約3割、残りの約1割が50代以上と、幅広い年齢の会員で構成されている。独身・既婚の比率では既婚が約55%とやや多い。

会員が取り組む業務の分野も幅広い。道路や橋、ダム、トンネルといった土木構造物の設計・建設にとどまらず、電気などのエネルギーの確保、都市開発、バスや鉄道など公共交通施設の建設・維持管理、地震や豪雨に対する防災対策や災害復旧、さらには土木の技術開発や研究、人材の育成など多岐に渡っている。

このように土木の多彩な分野で多くのドボジョが活躍しているのだが、「会が発足した当時、女性土木技術者は非常に珍しい存在でした。各大学の土木工学関係の学科でも女子学生の第一号がようやく出始めた頃です」と、桑野会長は話す。会の発足のきっかけは、土木学会(現・公益社団法人土木学会)の会員誌で開催された、女性技術者5名の座談会だった。そこで意気投合した有志が、各地で孤軍奮闘している女性技術者が情報交換できる場を作りたいと呼びかけたところ、約30人が集まった。これが「土木技術者女性の会」の始まりである。

キャリア形成のお手本や目標となるような女性技術者と出会えた

首都圏中央連絡自動車道(圏央道)裏高尾橋工事現場での見学会の様子(2009年・東京都八王子市)首都圏中央連絡自動車道(圏央道)裏高尾橋工事現場での見学会の様子(2009年・東京都八王子市)

「会の創設当初は、メールもインターネットもない頃です。年1回の総会などで女性技術者同士が顔を合わせ、コミュニケーションを交わすこと自体に大きな意味があったと思います」。こう語る桑野さんが入会したのは1990年。大学の先輩で会の創設メンバーの一人でもあった女性技術者から誘われたのだという。

桑野さんの入会から2000年にかけての時期には会員数が増え続け、200人を超えるまでの規模になった。その背景にあるのは、1986年の男女雇用機会均等法の施行。それを機に、建設会社などで女性技術者を積極的に採用するようになったのだ。そんな時流のなか、女性技術者としてのキャリアをスタートさせた一人が桑野さんだった。東京大学工学部土木工学科を卒業後、同大学院修士課程を修了。現在、地盤機能保全工学を専門とする研究者として活躍する桑野さんだが、それ以前、社会人として最初に選択した道は、大手建設会社の社員として働くことだった。
「1989年(平成元年)に入社し、土木設計部に5年勤務しました。男女雇用機会均等法が始まったばかりで、大手建設会社に女性の総合職が誕生し始めた頃です。私も会社では女性総合職の第一号でした。だから社内には私のほかには女性の技術者がいなくて、『頑張ってあの先輩のようになりたい』と思えるロールモデルが見つからない、そんな孤独や不安を感じていました。10年後、20年後に社内で自分がどうキャリアアップしているのか、どんな仕事環境のなかで働いているのか、将来の自分を思い描くことができなかったのです。それが『土木技術者女性の会』に入会した大きな動機です。そしてこの会には、ロールモデルとなるような先輩がいらっしゃいました。同じような悩みをもつ仲間とも出会え、仕事上の悩みを共有したり、励まし合ったり…。よき先輩、よき仲間と会える貴重な場となりました」

会員の活動によって、法律の改正につながったという実績も

2013年に土木学会より発行された書籍『継続は力なり~女性土木技術者のためのキャリアガイド』。本書の編集には「土木技術者女性の会」も協力している2013年に土木学会より発行された書籍『継続は力なり~女性土木技術者のためのキャリアガイド』。本書の編集には「土木技術者女性の会」も協力している

桑野さんが建設会社に在籍していた1990年前後の頃については、「会社側も女性技術者をどう活用していくか、手探りの状況だったと思います。なにしろ、これまでは女性技術者の存在は想定していなかった世界ですから」とも話す。会社員時代、土木設計部で東京湾横断道路など大規模プロジェクトに関わっていたのだが、同期入社の男性社員たちが修業のために建設現場に出してもらっていたのに対し、桑野さんは建設現場には配属されることはなかったという。「会社を辞めずに続けていれば、現場に行かせてもらえていたのかもしれませんが、当時は建設現場で女性を受け入れる土壌がなかったのでしょう」

所属先の企業や団体によって多少の違いはあるかもしれないが、昭和から平成へと時代が移り変わった1990年前後の頃は、まだまだ土木業界は男性が優勢だったのだ。そうしたなかで1990年以降、「土木技術者女性の会」は地道な活動を積み重ねていった。その柱のひとつが、会員の知識向上をめざしての勉強会やセミナー、見学会などの開催だ。これまでに道路、橋、風力発電施設、空港、ダムなどの建設現場の見学会を実施した。

会の活動のもうひとつの重要な柱が、女性技術者が働きやすい環境づくりと社会的評価の向上である。女性技術者の活用を進めるためのシンポジウムの開催や、地方自治体、大学、高等専門学校との連携により、女子学生を対象にしたキャリアセミナーを行なっている。また、会員からの相談に対応し、2005年には労働基準法の坑内労働規制の緩和にも取り組んだ。
「トンネルなどの坑内で、女性の労働を規制する法律があったのですが、会員でワーキンググループを作って規制緩和を働きかけ、実際に労働基準法の改正につなげることができました」

自然災害に対しても、ドボジョたちの果たす役割は重要

土木・建設系学科の女子学生を対象にしたキャリアセミナーや交流会も実施。土木のさまざまな業種で働く女性技術者が仕事内容や女性技術者ならではの話を披露する機会をつくり、女子学生たちに土木の仕事への関心を高めてもらおうというものだ土木・建設系学科の女子学生を対象にしたキャリアセミナーや交流会も実施。土木のさまざまな業種で働く女性技術者が仕事内容や女性技術者ならではの話を披露する機会をつくり、女子学生たちに土木の仕事への関心を高めてもらおうというものだ

会が設立されて約30年を経た今、ドボジョたちを取り巻く環境は大きく変わった。
「土木業界の各社では女性技術者の採用を続け、定年まで働く戦力として位置づけるようになっていると感じています。女性も男性と同じようにどんどん建設現場に出ているし、出産後も仕事を続けていけるよう支援制度を整える会社が増えています。育児休業から復職に向けてのフォローアップ制度、育児期間中の時短勤務制度といったサポート制度の拡充です。子育てと仕事を両立している女性技術者が増えました。気がつくと、私たちの会も、多様なロールモデルの宝庫に成長していました。会員のなかには、建設現場の所長や土木技術開発部門の部長などの管理職をつとめる女性もいます」

昨今の建設・土木業界の人材不足もあって、今や女性土木技術者は欠かすことができない存在となっている。実際に女性土木技術者はどのくらい存在するのかというと、「国勢調査」(2010年)によると、女性の土木・測量技術者数は5870人、女性の比率は2.4%。理系分野の技術者全体の女性比率8.7%であることを考えるとまだまだ少ない。国も女性土木技術者の倍増計画を打ち出し、「ドボジョ」のニーズは急増している。そうした状況に対し、今、どんなことが課題になっているんだろう?

「土木の仕事で特徴的なことは転勤があることと、労働時間が長いということです。それらを結婚・出産、育児というライフサイクルのなかでどう乗り越えていくかです。転勤については、子どもが小さいときなどは一時的に回避するといったことが可能になってきているようです。問題は長時間労働です。多くは公共事業ですから、工期に間に合わせるための労働を余儀なくされます。こうした労働環境をなんとかしていかないと、土木の人材育成の入口でつまずいてしまうと思うんです。実は大学の土木系学科は、学生からの人気は決して高くなく、各大学とも学生集めには苦心している状況です」

大学で教鞭をとる桑野さんの言葉だけに、説得力がある。文部科学省「学校基本調査」をひもとくと、大学の土木工学科・土木建築工学科で学ぶ学生は1993年は8万3815人で男女の内訳は男性7万5951人、女性は7864人。それが20年後の2013年は5万7036人で男性4万7493人、女性9543人。少子化の影響もあるだろうが、土木系で学ぶ学生の総数が減少し、特に男子学生が大幅な減少傾向にある。そんななかで女子学生は増え、土木系学生に占める割合でも1993年の9.4%から2013年は16.7%に増加している。

「土木の仕事には3K(きつい・汚い・危険)のイメージがあったり、公共事業の談合など、ネガティブなことを連想されることが多いように感じています。それはとても残念なことです。私自身がこの道を選んだのは、豪雨や台風などの自然災害から町や人の暮らしを守る仕事をしたいと思ったからです。そうした防災も含め、土木の仕事の使命と意義を、私たちの会から多くの人たちに伝えることにも力を注いでいきたいと思います」

ここ最近、台風や洪水など自然災害が続いている。そんな日本で自然災害に立ち向かうドボジョや、私たちの暮らしをより安全で快適にする社会インフラ作りに携わるドボジョ……。さまざまな場面でドボジョたちの活躍が必要とされている。このところの「ドボジョ」への関心が一過性のブームで終わってほしくないと筆者は思う。

<取材協力>
一般社団法人土木技術者女性の会
www.womencivilengineers.com

2014年 10月29日 11時01分