美術館建築の名手といわれる谷口吉生氏の設計
愛知県豊田市で、1995年に開館した豊田市美術館。設計を担当したのは、建築家・谷口吉生氏。当サイトでは「谷口吉郎・吉生記念金沢建築館」をご紹介しているが、昭和期に活躍した名建築家である吉郎氏のご子息だ。
吉生氏は慶應義塾大学工学部機械工学科を卒業後、ハーバード大学建築学科へと進み、建築学修士号を取得。世界的建築家・丹下健三氏の事務所で働いた後、独立した。1978年に誕生した「資生堂アートハウス」をはじめ、「土門拳記念館」「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」など国内で数多くの美術館や博物館を手がけている。また1997年には「ニューヨーク近代美術館(MoMA)」の増改築にあたってのコンペティションで、10人の建築家のなかから設計者に選ばれた。
その経歴から美術館建築の名手とも呼ばれている吉生氏だが、ことに豊田市美術館への評価は高いと聞く。訪れたいと思いつつ機会を逸していた筆者、ようやく訪ねることができた。
あえて屈曲したアプローチ
駐車場に車を停め、なだらかな坂道を進んでいくと、隅櫓(すみやぐら)が見える。その横にある、両側が木々で包まれた道が、豊田市美術館へとつながるアプローチだ。
公共交通機関を利用する場合、名鉄三河線・豊田市駅または愛知環状鉄道・新豊田駅から徒歩15分ほどとなるが、その行程で近いのは美術館の東側の入り口になる。初めての訪問であれば、少し回って敷地の南西にある、このアプローチからぜひ入ってみてほしい。それは吉生氏の建築につながる楽しみがあるからだ。
アプローチの先端からは美術館建物の全貌は見えない。これは日常の喧騒から距離を取るためだという。ゆるくカーブを描いた上り坂を進んでいくと視界が開け、美術館が現われる。この歩いて1~2分の時間が美術館でのすばらしい体験へと導いてくれるものになる。
さて、先ほどから坂道と記しているとおり、豊田市美術館は丘の上に位置する。そして隅櫓があることからお気づきの方もいるだろうが、江戸時代に城があった跡地だ。
吉生氏は美術館の設計に対して、こう語っている。「私が大切にしていることは、敷地の歴史や自然を生かしながら、その場所にふさわしい建築を設計すること」
その思いに敷地や館内の各所で触れることになる。
乳白色のガラスと、モスグリーンのスレートが使われた外観
アプローチを抜けると、丸く石で囲われた池のある庭園が広がる。その先に見える美術館は、直線が連なり、凛とした雰囲気を漂わせていた。
中央の建物は乳白色のガラスで、その左右の建物はモスグリーンのスレートで覆われている。スレート外観の建物で乳白色の建物を挟む形で、色のコントラストが美しい。左手にあるスレートの建物は別棟の展示館となる、髙橋節郎記念館で、右手の建物の屋上から伸びるスレートのアーケードがつないでいる。
スレートのアーケードをくぐって、乳白色のガラスの建物に入ると真っ白な壁で包まれたエントランスホールになるのだが、思ったよりも天井高が低く、薄暗さもある。しかし、エントランスホール左手を見ると、展示室1へ向かうための吹き抜けの階段があって明るい。外の巨大なアーケードから閉鎖的なエントランスホールに入り、開放的な空間が展示室へとつなぐ。この視覚の変化が自然とアートに向き合う準備になっているようだ。
吹き抜け階段の壁は、古代ギリシャから21世紀までの哲学者、思想家の名前を並べたジョゼフ・コスースの作品となっている。また、天井部からはジェニー・ホルツァーによる戦争や暴力、性などをテーマにした短文を英語と日本語で流す電光掲示板の作品を設置。これは豊田市美術館に合わせて設計されたものだそうだ。この2つの作品が館内での最初の美術作品との出合いとなる。
動線が考えられた展示空間
まず、2フロア分が吹き抜けになった広々とした展示室1。壁が天井までかっちりとついていなく、区切られた空間という感じで、上部から天窓のように廊下の乳白色の窓ガラスからのやわらかい光も入るようになっている。そこから階段を上がって、小さめの展示室2、そして少し広くなった展示室3へと進む。
展示室3を抜けると、廊下があり、窓から豊田市街地を眺めることができる。その後、展示室4を抜け、階段を下りると展示室5、さらに階段を下りてエントランスホールのある1階に戻ると、展示室6、7。そして展示室1への階段を下りた反対側に、展示室8となっている。
流れるように美術鑑賞ができる空間造りに驚いた。吉生氏はインタビューで「来館者の動線をシナリオに沿って映画を構成するように計画しています」と答えている。まさにそのとおりに感じた。
筆者が訪れたとき、映像の展覧会が行われていたため、展示室1~4は暗幕が張られた状態で光の変化を見ることができなかった。通常は、広い空間から狭い空間、光にあふれた部屋、光の遮断された部屋と、光と空間の変化に富んでいるそうだ。
美術館やアートギャラリーの多くでは、作品が映えるホワイトキューブと呼ばれる天井と壁が白い空間になっている。豊田市美術館も白を基調しているが、そのなかで乳白色の窓から自然光を取り込む部屋もある。また展示室1では、階段を上がって空間全体を見渡すことができるが、2フロア分の展示室を上層階から眺められる窓のような部分が設けられているのも面白い。アートをまた違った目線で見ることができ、空間造りの妙だった。
2階に設けられた彫刻テラスと池のある庭
本館の展示室1などがある2階から外に出ると、彫刻テラスがある。髙橋節郎館との間の空間だ。ここからは隅櫓のある風景、そして反対側に豊田市街地が一望できるようになっている。本館にはテラスに面してレストランもある。
「この歴史ある町と新しい町をつなぐ場所に、カフェー(レストラン)がある広いテラスを設け、彫刻を配して、周辺の景観と一体となった美術館を目指しました」と吉生氏。
敷地の特性を生かした吉生氏ならではの建築をこうして存分に感じることができる。
そして、彫刻テラスの前、隅櫓のある方向には庭園がある。つまり庭園は2段式となっているのである。
この上段の庭には大きな池がある。吉生氏の建築ではこのような水辺がよく見られる。「なぜ水を使うかというと、水は絶対的な平面を作るからです。建築の前に水平線を描くと建築がより安定して見えます」と吉生氏は語っている。
風によって動き、また空や周囲の景色を映す水面。その変化が、変わらないものである建築に表情を生み出す。ぜひ対岸から池を挟んで建物を見てほしい。
創建時の姿をとどめること
豊田市美術館は2度改修を行っている。
1度目は2014~2015年にかけ、バリアフリーのためのエレベーター増設や経年劣化した設備の修繕など。2度目は2018~2019年に、照明をLEDに取り替えたほか、壁の補修などが行われた。いずれも、建物そのものの意匠に大きな変更はされなかった。
そこには「建築は、時代の要請を受け入れながら、多くの人々の努力の結果を示す、創建時の姿を、極力維持する方針が理想であると考えます」という吉生氏の思いがあるからだ。
訪れてみて、建築としての魅力は確かに秀でているが、人々がアートに出合う美術館としての楽しみ、役割が、細部にまでこだわって整えられていることもその魅力につながっているのだと思った。
敷地の西側には、吉生氏が設計を手がけた茶室「童子苑(どうじえん)」もある。モダンな美術館とは対照的ともいえる和の美しさがある。建築も一種のアートではないかと思う。ぜひ、美術鑑賞に加えて、建物鑑賞もおすすめしたい。
取材協力:豊田市美術館 https://www.museum.toyota.aichi.jp/
インタビュー引用文献:『谷口吉生 豊田市美術館』能勢陽子(豊田市美術館学芸員)編集、豊田市美術館、2017年
参考文献:『谷口吉生のミュージアム ニューヨーク近代美術館(MoMA)巡回建築展』テレンス・ライリー、デルファイ研究所編集、中日新聞社、2005年
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