名古屋名物として知名度を上げたモーニング
「コーヒーを頼んだだけなのに、勝手にトーストとゆで卵が付いてきた!」と、他府県の人たちから驚かれてきた名古屋地方の“モーニング”。
もはや、説明するまでもないかと思うが念のためお伝えしておくと、モーニングとは飲み物一杯分の値段で、おまけが付いてくる朝限定のサービスのこと。おまけは、トーストに小倉あんをトッピングできたり、うどんや茶わん蒸しが付いてきたりと、多種多様の進化を遂げている。
独自のモーニングを提供するレトロな純喫茶は、今や若者たちの絶好の“映えスポット”として賑わい、名古屋喫茶の代表格・コメダ珈琲店は47都道府県への出店を果たし全国制覇。モーニングというネーミングは今では名古屋地方の食文化としてしっかりと定着してきたように思う。
半面、モーニングはどうしてこの地方で始まったのか、なぜはやっていったのかという背景については知らない人が多いのではないだろうか。実は私自身、幼少期から今まで当たり前のようにモーニングのお得感を享受してきたが、その背景はまったく知らなかった。
名古屋名物として知名度を上げたモーニング。発祥の地は名古屋市の北にある一宮市だといわれている。今回はこの一宮市で開催された、大ナゴヤツアーズ「喫茶店めぐり モーニング発祥の地・一宮編」に参加し、この地でモーニングが誕生した理由や、根付いていった経緯について教えていただいた。
ツアーガイドは、「名古屋の喫茶店」(リベラル社)の著者でフリーライターの大竹敏之さん。一宮市内の喫茶店をめぐりながら、歴史的背景のほかに「喫茶店が応接室の代わりに使われていた」「コーヒーにピーナッツが付いてくる理由」など、興味深い話をたくさん聞くことができた。
最古のモーニングは昭和31(1956)年に誕生していた
モーニングをいただくために朝食抜きで集まった参加者たち。各々、ドリンクをオーダーしモーニングを味わいながら大竹さんの話に耳を傾ける。中央に映るのがガイドの大竹敏之さん。「名古屋の酒場」「名古屋の喫茶店」「東海の和菓子名店」など名古屋の食文化に関する著書が多数まず1軒目に訪れたのは一宮駅の駅ビルの中にある「ICHIMO(イチモ)」。一宮モーニングのアンテナショップとして親しまれている店だ。
まず、モーニングの起源についての話。一宮市では商工会議所が中心となって2009年に一宮モーニング協議会を設立。同協議会の調べによると、最古のモーニングは昭和31(1956)年に誕生していたことがわかったそう。
「『三楽』という喫茶室が最初にモーニングを出したといわれています。最初からトーストが付いていたわけではなく、実はゆで卵とピーナッツがおまけとして付けられていました」と大竹さん。現在のモーニングは進化形というわけだ。
続いて、モーニングが始まった経緯については
「一宮は全国的にも有名な繊維のまち。昭和30年代は繊維業の全盛期でまちのあちらこちらに機屋(はたや)さんがあり、機織りの機械がせわしなく稼働していました。全国からいろんな業種の方が打ち合わせなどで訪れる機会も多かったのですが、社内では機械の音がうるさくて商談がなかなかできない。だから、喫茶店を会議室や応接室代わりに利用する会社が多かったんです。こうして頻繁に利用してくれる機屋さんに何か還元しようと、喫茶店側が始めたのがモーニングだといわれています」。常連さんへのちょっとしたお礼の気持ちがモーニングの始まり、というわけだ。
一宮の繊維街で生まれたモーニングが長者町に伝わり、名古屋全域に広がった
一宮から名古屋へとモーニングが派生していった経緯についても繊維業が大きく影響している、とは大竹さんの仮説。
「名古屋の丸の内周辺には、東京の横山町、大阪の丼池筋に並ぶ日本三大繊維問屋街のひとつ・長者町繊維街があります。一宮の機屋さんたちはそこへ納品しに行きます。商品を納めて、さて喫茶店で一服でもしようとなったときに『モーニングが付いてこんがや(尾張弁:付いてこないね、の意味)』)となったのではないでしょうか。そこで、『一宮にはこんなサービスがあるからやってみや~(やってみたら?)』、と名古屋の喫茶店のマスターに教えたんじゃないかと考えてみたんです」。この仮説はさらなるリサーチによって裏付けも取れたという。
「長者町付近で昭和30年前後から営業している喫茶店のママさんから、『うちのお爺さんが、一宮の人に言われて(モーニングを)始めたんだわ』という証言を得られました。このことから、一宮の繊維街で生まれたモーニングが長者町に伝わり、そこから名古屋全域に広がっていったと考えてもいいのではないかと思います」
ちなみにモーニングと同時期に名古屋でスタートしていたのは、ピーナッツをおまけで付けるサービス。発祥は、名古屋市港区にある「ヨコイピーナッツ」だ。昭和30年代後半に、ピーナッツの自動皮むき器が開発されたことがきっかけだという。ピーナッツ工場の生産性は約10倍にアップし、その販路を広げるために当時増えていた喫茶店に売り込みをかけたのだ。
「名古屋のコーヒーは、他地域に比べると苦みとコクが深いんですね。昔はもっとドロドロで濃かったという人もいるくらいです。この濃いコーヒーに塩気のあるバターピーナッツはとても相性がよかったんです。コーヒーの合間にピーナッツをつまむと口がすっきりして、よりコーヒーが美味しく感じられる。そういった理由も相まって、ピーナッツのサービスはどんどん普及し、昭和40年代には一般化していきました」と大竹さん。
その後、バリエーションが増えあられ入りが出てきたり個装パッケージに変わったりしながら定着していったという。おつまみにも歴史あり、だ。
喫茶店を支える立役者。パンメーカー、ロースターの存在
モーニングをはじめとする喫茶文化の普及には周辺産業の発展も欠かせないものだったという。
例えば、トースト。「愛知県は、パンづくりが盛んで生産量は全国でもトップクラス。なかでも業務用パンメーカーが何社も並び立っているのは愛知県だけ」だと大竹さん。業務用パンメーカーは基本的に大手スーパーや病院などが主な取引先となるが、愛知県はもう一つ大きな販路として喫茶店があるから成り立つというわけ。
「中でも有名なのは本間製パン。喫茶店を中心に業績を伸ばし、業務用製パン日本一といわれるようになりました。各パンメーカーとも、コーヒーに合うパン、トーストしておいしいパンを研究した結果、モーニングで出されるトーストは家で食べるのとはちょっと違う高級感のある味わいになっていますね」。喫茶店が使用している業務用のパンは、スーパーなどに並ぶものと比べ、お客の口に入るまでのタイムラグが少ない。だから保存料を使わず原材料にコストをかけたものが多いのだとか。なるほど、おいしいはずだ。
さらに、モーニングをはじめ愛知の喫茶文化を語るうえで欠かせないのが、地元ロースターの存在だ。
「関西ではUCC上島珈琲。関東ではキーコーヒーが有名です。名古屋の喫茶店の看板を見てみると、松屋コーヒー、富士コーヒー、ダフネコーヒー、イトウコーヒー、ワダコーヒー、ほかにもたくさんのロースターの名前が書かれていますよね。他地域に比べると愛知は地場の中堅ロースターがとても多いのが特徴的です。
特に昭和30年、40年代は脱サラして未経験で喫茶店を始める人も多かったので、ロースターが知識のある人を派遣してお店を手伝うことも多かったと聞いています。ロースターはその店の客層にあったコーヒーの味をきめ細かくリサーチしマスターに提案するなど、いわゆるコンサルティング的な役割を担ってきました」。パンメーカー、ロースターは名古屋地方の喫茶店を支えてきた立役者だということが、大竹さんの話からわかった。こうした周辺産業が喫茶店を支え、喫茶店もまた繁盛することで周辺産業を発展させてきたことがうかがえる。
昭和40年、50年代に一世風靡したログハウス風喫茶店
さて、ツアーは場所を移して「カナデアンコーヒーハウス」へ。昭和55(1980)年創業の喫茶店で、カナダのログハウス規格を活かした空間でモーニングをはしごすることに。当記事のアイキャッチに使わせていただいたのが、ここのモーニングだ。バター、小倉あんとジャムがトッピングされたトーストが付いてくる。
「ログハウス風の規格は昭和40年、50年代に一世風靡したスタイルですが、今はだいぶ少なくなってしまいました。マスターはいつもチョッキとネクタイでバチッとキメていらっしゃいます。当時は、喫茶店のマスターといえばこういったスタイルだったんですよ」と大竹さんは説明する。
高い天井、奥行のある店内。なんともゆったりとした作りで、訪れた人を包み込む懐の深さも持ち合わせているようだ。
創業当初から使っているサイフォンで淹れたコーヒーは、濃くて苦い名古屋スタイルのコーヒーとは一線を画すスッキリとした味わいだ。ところで、なぜ名古屋地方のコーヒーは濃くて苦いのか―。
喫茶店全盛期の時代の利用層や利用シーンを想像してみると、その謎は解けると大竹さん。
「今もその名残はありますが、当時はサラリーマンがお昼ご飯を食べた後に喫茶店で一服、という流れが多かったんですね。こういう方たちがお昼に何を食べていたかというと、味噌カツ、味噌煮込みといったいわゆる名古屋メシだったわけです。食後のコーヒーが淡麗なモノだと物足りなくてスッキリしない。だから、名古屋メシに負けない濃い味わいのコーヒーが好まれるようになったのではないか、といわれているんですよ」。濃い味には濃い味で。他府県から見ればやりすぎ感があるかもしれないが、これが愛知・名古屋流と胸を張りたいところである。
喫茶店は不要不急の“外食”ではなく日常の生活の一部
店内に置かれたコーヒーチケット。多くの場合、11枚綴りのチケットが10杯分の料金で購入できるシステムだ。大竹さんによると、これも喫茶文化が根付く名古屋地方ならではのシステムだという。「だって、普通はチケットってお客さん自身が持っているものでしょ。それをお店に預けちゃうんだから。信頼関係がないと成り立たないですよね」と。行きつけの店を持ち、日常使いしているからこそ生まれる信頼関係なのだろう
喫茶店王国ともいわれている名古屋市。店舗数や利用金額など、あらゆる調査項目において全国上位にランキングされている。総務省の「家計調査」でも「喫茶代の1世帯当たり年間支出金額(※)」は、岐阜県岐阜市と毎年1・2位を争ってきた。
「2020年のランキング、みなさんどうだったと思います? 実は大変ショッキングなことに3位に陥落してしまったんです」と大竹さん。2020年、喫茶店も例にもれずコロナ禍の大打撃を被った。特に、近年の喫茶店ブームにより観光客で賑わっていたお店ほど、その影響は大きかったという。
「ただ一方で、比較的早い段階で客足が戻ってきたのも喫茶店業界です。コメダ珈琲店では2021年4月の段階で、コロナ禍以前の売り上げの99.9%まで持ち直しているという話です。ここまで早い段階で持ち直したというのも、喫茶店がコミュニティの場、生活サイクルの中でとても大切な場として認識されているからではないでしょうか。地元の人にとって、喫茶店に行くというのは不要不急の“外食”ではなく、日常の生活の一部と認識されているからだと思います」
確かに、わが家の近所にある喫茶店はコロナ禍にあっても閑散とした雰囲気はまるでなかったように思う。
「カナデアンコーヒーハウス」ではマイカップというシステムもある。コーヒーチケットを3冊購入すると、マイカップを用意してもらえるのだ。カウンターの中には名札付きのカップが並べられ、常連の多さを物語っている。実はこういったサービスを展開しているお店は、一宮には多い。それだけ喫茶店を愛用している人の数も多いということだろう冒頭でも書いたが、地元育ちの筆者は、土日はよく親に連れられて近所の喫茶店にモーニングを食べに行っていた。こうして育った子ども(私)は、大人になってからも喫茶店は日常使いするものだと思っている。うちの母にいたっては、1日に2回くらいは「お茶しに行ってくる」というワードを発している気がする。それくらい喫茶店は、染みついた日常の風景なのだ。
(※)総務省「家計調査」:「喫茶代の1世帯あたり年間支出額(二人以上の世帯)の都道府県庁所在市および政令指定都市ランキング」による
江戸時代の茶の湯文化を背景にもつ名古屋人の喫茶好き
筆者がよく利用する近所の喫茶店。モーニングはトーストとゆで卵以外に、フルーツと手作りのドーナツが付いてくる。モーニング以外の時間帯でも、ドリンクをオーダーするとゆで卵と大きめのドーナツとピーナッツが付いてくる手厚いサービスが嬉しい。もちろん料金はドリンク代のみ周辺産業や名古屋メシとの関係など、名古屋地方で喫茶文化が発展した理由について紹介してきたが、そこには歴史的な背景もある。
「一宮を含む尾張地方には江戸時代からお茶をたしなむ茶の湯文化があったとされています。深刻な飢饉がなかったので暮らしにも余裕があったんでしょうね。庶民の家にも野点の道具があり、田んぼの脇にゴザを敷いて、農作業の合間にお茶を点てて飲むということが普通に行われていました。
戦後、産業の中心は農業から製造業へと移り変わりました。自分でお茶を点てることはなくなったものの仕事の合間に一服するという習慣は続き、そこで必要とされたのが喫茶店だったのです。製造業が発展した昭和40年、50年代に喫茶店も急増していることから、互いに影響しあってきたことがうかがえます」(大竹さん)
モーニング、ランチの後の一服、仕事終わりの一杯。一宮をはじめ名古屋圏の人は本当によく喫茶店を利用していると思う。この喫茶好きは、江戸時代からの習慣によるものだったのだ。
大ナゴヤツアーズ「喫茶店めぐり モーニング発祥の地・一宮編」の参加者たちと「カナデアンコーヒーハウス」の前で記念撮影。過去、名古屋の純喫茶を舞台に何度か開催されてきた「喫茶店めぐり」ツアー。喫茶店に興味がわいた方、名古屋のディープな魅力を知りたい方は、ぜひツアーのHPをチェックして次回開催を心待ちにしていてほしい茶の湯とは単にお茶を楽しむだけでなく、“おもてなし”の精神でもある。迎える喫茶店側が来てくれるお客に満足してもらいたくて始まったのがモーニング。
「客側の催促から始まったわけじゃないんです。せっかく来てくれたんだから満足してもらいたいという、おもてなしの精神から始まったサービスが食文化として認識されているのは、全国的にも稀なケース。愛知の人が自慢すべきことです」と大竹さんは言う。
確かに。普通、ご当地グルメで挙げられるのは「〇〇丼」とか、「〇〇鍋」などのメニュー名だ。店によって内容が変わるモーニングが、「味噌カツ」「味噌煮込みうどん」などと並んでご当地名物として認識されているのは珍しいこと。
あまり地元を自慢したがらない謙遜しがちな愛知県民ではあるが、今後は胸を張って「ご当地名物・モーニング」と喫茶文化について紹介していこうと思う。
「近所の人たちとゆるやかにつながり、心に潤いをもたらす場が喫茶店。愛すべき空間を残していくためにも、喫茶店の魅力を再認識していただければ嬉しい」という大竹さんの言葉でツアーは締めくくられた。
【取材協力】
大ナゴヤツアーズ
https://dai-nagoyatours.jp/
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